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南部諸国【アトレイオ】から15キロ地点──。
アルルカ大陸固有の生態系が息づく、水場の多い沼地【ルカナ湿原】に、ユリアスは足を踏み入れていた。
調査ポイント1『白毛』
写真記録は残っているものの、現地での直接確認には至らず。
撮影地点を中心に半径数百メートルを捜索するも、白毛の痕跡は発見できなかった。
この湿原は湿気が多く、雨風による環境の変化が激しい。そのため、落とし物や痕跡はすぐに流され、発見が難しくなる。
調査ポイント2『毒素検知』
一箇所目は、沼地に横たわっていた草食種 ティポネア の死骸。
肉片はほとんど残されておらず、骨のみが晒された状態だったが、そこには微かに毒性の痕跡が残っていた。
この毒は、単に生物の命を奪うだけでなく、肉質の細胞まで破壊し尽くし、腐食させるほどの猛毒。
──ユリアスたちが追っている標的の特徴と酷似している。
二箇所目は、そこから時計回りに数キロ降りた地点に生えている木々。その幹には、鋭利な爪によってつけられた深い引っ掻き傷と、微量ながら毒の残穢が確認された。
強靭な爪を持つ生物が、この地を通った証拠だ。
調査ポイント3『似た特徴』
標的は、肉食種《レイオストルン》に酷似した習性と特徴を持つ。
特に、沼地での狩りを得意とする点 や 強靭な五本爪 は、レイオストルンと共通している。
しかし、決定的な違いとして──
レイオストルンには、白い体毛も毒性も存在しない。
「ここにも引っ掻き傷……。」
ユリアスは首に巻いていた白いスカーフを持ち上げ、口元を覆う。微量とはいえ毒素が空気中に漂っている可能性を考え、慎重に対処するためだ。
次にカバンを下ろし、中を漁る。取り出したのは、左手用のゴム手袋、試験管、ナイフ、そして透明な液体の入った小瓶。
ナイフを手にし、幹に刻まれた引っ掻き傷へと刃を滑らせる。削り取った木屑を試験管に落とし込むと、すぐに透明な液体を静かに注ぎ入れた。すると、木屑の周囲から黒く澱んだものが滲み出し、ゆっくりと広がっていく。
試験管に注いだ液体は 『PI溶液』 と呼ばれるもので、毒の種類を識別する試薬。
反応によって現れる色の違いから、毒の成分や危険度を判別 することができる優れもの。
そして今回は──黒色。
この反応は、ユリアスが追っている標的の毒素と一致する。ほぼ間違いない。
「黒毒……W種、すぐ協会に知らせないと……」
──?!
ユリアスの動きが止まる。耳を澄ませ、湿原の空気の流れに意識を向ける。
同時に、フードの中からひょこりと顔を出すベニ。二人の視線が交わった瞬間、言葉を交わさずとも理解する。
ルカナ湿原に異変が起きている。
「……生物の悲鳴、苦しんでる……ああ、分かってるよ、ベニ」
ユリアスは素早く道具をカバンにしまい、異変を察知した方角へと駆け出した。
──急げ。
日が暮れるまで、もうそう時間はない。
ぬかるんだ地面をものともせず、湿地帯を駆ける。泥が靴やズボンにまとわりつき、足を取られるたびに機動力が奪われていく。
それでも、少しでも早く現場へ辿り着かなければ──。
ユリアスは迷いなく、先を目指した。
「きゃーーー‼︎」
遠くで響く女性の悲鳴に、ユリアスは即座に足を止めた。
「あっちか……」
息を整える間もなく、すぐさま方向転換し、悲鳴の聞こえた方角へと駆ける。
視界が開けた先、沼地に足を取られた桃色の長髪をした女性ハンターと、倒れ込む男性ハンターの姿があった。そしてそのすぐそばで、肉食種モンスター《テデナリア》 が倒れた男を見下ろしている。
蛙のようにブヨブヨとした不気味な皮膚。異様に大きな口の奥には、無数の細かい牙と長く伸びる舌。
粘り気のある涎を垂らしながら、獲物を狙う冷たい瞳──。
それは完全に、人間を捕食対象として認識している目だった。
「レイオストルン…じゃない…。それより、二人…まさかあれが狩猟家のパーティ⁈」
もはや躊躇している暇はない。
巨体がヌルリと揺れ、大口を開きながら獲物に迫る──その瞬間。
ユリアスの肩に乗っていたベニが、高いトーンで泣き叫んだ。
「ピギャーーー‼︎」
突き刺すような甲高い咆哮。それは人間には無害だが、大型生物が本能的に嫌う周波数を持つ音だった。
たった一瞬、0コンマ数秒。だが、その僅かな隙を作るには十分だった。
「よくやった、ベニ。あとは目を瞑ってて」
ユリアスが低く囁くと、ベニは素直にクリクリとした大きな目を、真っ赤な両手で覆う。
次の瞬間、ふわりとフードの中へと転がり落ちる。その間に、ユリアスは腰に装備していた双剣を抜き放つ。
刃を逆手に構え、泥濘の湿地を疾駆する。
ユリアスの愛双剣──
〔 氷真小刀 〕
氷属性を宿し、刃先が冷気を帯びた氷結短刀。
切断箇所を瞬時に冷却し、組織を硬化させる特性を持つ。
〔 烈火昼神〕
火属性を宿し、刃先が熱気を帯びた火炎短刀。
切断面を焼き切り、肉質を脆くする効果を持つ。
対する肉食種・テデナリア──
その肉質は柔軟で弾力性があり、全身を覆う 粘性のある液体 が刃の通りを阻む。
並の武器では弾かれるか、刃が滑って致命傷を与えられない厄介な相手だ。
しかし──
粘液を凍結させた上で急速加熱することで、肉質を脆くし、切断を可能にする。それが テデナリアに対する有効な戦術 だった。
「冷静かつ一瞬で‼︎」
ユリアスは左手に握る氷真小刀を振るい、テデナリアの左前足にズバッと切り込む。刃が触れた瞬間、粘液が凍り付き、肉が硬化する。
すかさず、同箇所に右手に握った烈火昼神を振り下ろす。
凍った組織が急激な熱変化にさらされ、繊維が裂けるように断ち切れた。
片方の前足を奪われたテデナリアは、重たい体を支えきれずに前へ崩れる。
ユリアスはその隙に双剣を納め、泥の中から男性ハンターを担ぎ上げると、即座に戦線を離脱した。
背後では、テデナリアが苦しげにのたうち回りながら、かすれた唸り声を漏らしていた。
「何してんだ‼︎ 離脱するぞ‼︎」
ユリアスの怒鳴り声が、湿原に鋭く響いた。
状況整理に手間取っていた女性ハンターは、一瞬遅れて我に返る。泥に足を取られたまま立ち尽くし、目の前で何が起こったのか理解しきれていなかった。
だが、今は考えている暇はない。
ユリアスの動きを見て、ようやく危機を悟った彼女は、足を踏み出す。
「は、はい‼︎」
アルルカ大陸固有の生態系が息づく、水場の多い沼地【ルカナ湿原】に、ユリアスは足を踏み入れていた。
調査ポイント1『白毛』
写真記録は残っているものの、現地での直接確認には至らず。
撮影地点を中心に半径数百メートルを捜索するも、白毛の痕跡は発見できなかった。
この湿原は湿気が多く、雨風による環境の変化が激しい。そのため、落とし物や痕跡はすぐに流され、発見が難しくなる。
調査ポイント2『毒素検知』
一箇所目は、沼地に横たわっていた草食種 ティポネア の死骸。
肉片はほとんど残されておらず、骨のみが晒された状態だったが、そこには微かに毒性の痕跡が残っていた。
この毒は、単に生物の命を奪うだけでなく、肉質の細胞まで破壊し尽くし、腐食させるほどの猛毒。
──ユリアスたちが追っている標的の特徴と酷似している。
二箇所目は、そこから時計回りに数キロ降りた地点に生えている木々。その幹には、鋭利な爪によってつけられた深い引っ掻き傷と、微量ながら毒の残穢が確認された。
強靭な爪を持つ生物が、この地を通った証拠だ。
調査ポイント3『似た特徴』
標的は、肉食種《レイオストルン》に酷似した習性と特徴を持つ。
特に、沼地での狩りを得意とする点 や 強靭な五本爪 は、レイオストルンと共通している。
しかし、決定的な違いとして──
レイオストルンには、白い体毛も毒性も存在しない。
「ここにも引っ掻き傷……。」
ユリアスは首に巻いていた白いスカーフを持ち上げ、口元を覆う。微量とはいえ毒素が空気中に漂っている可能性を考え、慎重に対処するためだ。
次にカバンを下ろし、中を漁る。取り出したのは、左手用のゴム手袋、試験管、ナイフ、そして透明な液体の入った小瓶。
ナイフを手にし、幹に刻まれた引っ掻き傷へと刃を滑らせる。削り取った木屑を試験管に落とし込むと、すぐに透明な液体を静かに注ぎ入れた。すると、木屑の周囲から黒く澱んだものが滲み出し、ゆっくりと広がっていく。
試験管に注いだ液体は 『PI溶液』 と呼ばれるもので、毒の種類を識別する試薬。
反応によって現れる色の違いから、毒の成分や危険度を判別 することができる優れもの。
そして今回は──黒色。
この反応は、ユリアスが追っている標的の毒素と一致する。ほぼ間違いない。
「黒毒……W種、すぐ協会に知らせないと……」
──?!
ユリアスの動きが止まる。耳を澄ませ、湿原の空気の流れに意識を向ける。
同時に、フードの中からひょこりと顔を出すベニ。二人の視線が交わった瞬間、言葉を交わさずとも理解する。
ルカナ湿原に異変が起きている。
「……生物の悲鳴、苦しんでる……ああ、分かってるよ、ベニ」
ユリアスは素早く道具をカバンにしまい、異変を察知した方角へと駆け出した。
──急げ。
日が暮れるまで、もうそう時間はない。
ぬかるんだ地面をものともせず、湿地帯を駆ける。泥が靴やズボンにまとわりつき、足を取られるたびに機動力が奪われていく。
それでも、少しでも早く現場へ辿り着かなければ──。
ユリアスは迷いなく、先を目指した。
「きゃーーー‼︎」
遠くで響く女性の悲鳴に、ユリアスは即座に足を止めた。
「あっちか……」
息を整える間もなく、すぐさま方向転換し、悲鳴の聞こえた方角へと駆ける。
視界が開けた先、沼地に足を取られた桃色の長髪をした女性ハンターと、倒れ込む男性ハンターの姿があった。そしてそのすぐそばで、肉食種モンスター《テデナリア》 が倒れた男を見下ろしている。
蛙のようにブヨブヨとした不気味な皮膚。異様に大きな口の奥には、無数の細かい牙と長く伸びる舌。
粘り気のある涎を垂らしながら、獲物を狙う冷たい瞳──。
それは完全に、人間を捕食対象として認識している目だった。
「レイオストルン…じゃない…。それより、二人…まさかあれが狩猟家のパーティ⁈」
もはや躊躇している暇はない。
巨体がヌルリと揺れ、大口を開きながら獲物に迫る──その瞬間。
ユリアスの肩に乗っていたベニが、高いトーンで泣き叫んだ。
「ピギャーーー‼︎」
突き刺すような甲高い咆哮。それは人間には無害だが、大型生物が本能的に嫌う周波数を持つ音だった。
たった一瞬、0コンマ数秒。だが、その僅かな隙を作るには十分だった。
「よくやった、ベニ。あとは目を瞑ってて」
ユリアスが低く囁くと、ベニは素直にクリクリとした大きな目を、真っ赤な両手で覆う。
次の瞬間、ふわりとフードの中へと転がり落ちる。その間に、ユリアスは腰に装備していた双剣を抜き放つ。
刃を逆手に構え、泥濘の湿地を疾駆する。
ユリアスの愛双剣──
〔 氷真小刀 〕
氷属性を宿し、刃先が冷気を帯びた氷結短刀。
切断箇所を瞬時に冷却し、組織を硬化させる特性を持つ。
〔 烈火昼神〕
火属性を宿し、刃先が熱気を帯びた火炎短刀。
切断面を焼き切り、肉質を脆くする効果を持つ。
対する肉食種・テデナリア──
その肉質は柔軟で弾力性があり、全身を覆う 粘性のある液体 が刃の通りを阻む。
並の武器では弾かれるか、刃が滑って致命傷を与えられない厄介な相手だ。
しかし──
粘液を凍結させた上で急速加熱することで、肉質を脆くし、切断を可能にする。それが テデナリアに対する有効な戦術 だった。
「冷静かつ一瞬で‼︎」
ユリアスは左手に握る氷真小刀を振るい、テデナリアの左前足にズバッと切り込む。刃が触れた瞬間、粘液が凍り付き、肉が硬化する。
すかさず、同箇所に右手に握った烈火昼神を振り下ろす。
凍った組織が急激な熱変化にさらされ、繊維が裂けるように断ち切れた。
片方の前足を奪われたテデナリアは、重たい体を支えきれずに前へ崩れる。
ユリアスはその隙に双剣を納め、泥の中から男性ハンターを担ぎ上げると、即座に戦線を離脱した。
背後では、テデナリアが苦しげにのたうち回りながら、かすれた唸り声を漏らしていた。
「何してんだ‼︎ 離脱するぞ‼︎」
ユリアスの怒鳴り声が、湿原に鋭く響いた。
状況整理に手間取っていた女性ハンターは、一瞬遅れて我に返る。泥に足を取られたまま立ち尽くし、目の前で何が起こったのか理解しきれていなかった。
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