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act.3
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ハンターズギルドでの一件が落ち着いた後、ユリアスは足を救護詰所へ向けた。負傷者――リーダーの男の経過を確認するためだ。
詰所の中は薬草の香りと乾いた布の匂いが混ざり合い、外の喧騒とは別世界のように静かだった。規則正しく並べられたベッドの一つに、あの負傷者が横たわっている。昨日より顔色は良く、呼吸も落ち着いているようだ。
「おや、未探家殿。今日も見回りですか?」
声をかけてきたのは、白衣を着た男――この詰所のドクターだ。ユリアスと同じくエクスハンターの資格を持つ者にだけ与えられる「医療協力者」の資格も持つ実力者である。
「ええ。僕が処置をしましたから、その責任があります。経過を確認させてください」
そう言って負傷者の様子を覗き込む。包帯を巻かれた腕や足には痛々しい傷跡が残っていたが、膿や腫れは見られない。ユリアスの作った解毒剤が正しく作用している証拠だった。
「炎症もなく、順調ですね。どうやら貴方の薬は十分に効果を発揮しているようです」
ドクターが満足げに頷く。ユリアスも内心で安堵したが、念のためさらに細かく観察を続けた。
「呼吸も安定していますし、皮膚の異常もなし。拒絶反応も出ていませんね」
これならばもう安心だろう。ユリアスは小さく息をつく。
「助かった……本当に、助かったよ」
突然、かすれた声が聞こえた。負傷者のリーダーが目を開け、ユリアスを見つめている。
「お前が、助けてくれたんだな……礼を言う」
その目には、確かな感謝の色が宿っていた。
「当然のことをしただけです。助けるべき人がいたから助けただけです」
「いや、それでもだ……俺は死ぬと思ってた。あの時、お前がいてくれなかったら……」
そう言って彼は微かに笑う。力なく、それでいてどこか安心しきったような表情だった。
「まだ完全に回復したわけじゃありません。しばらく安静にしてください」
「ああ……それにしても、お前、すげぇな……未探家ってのは、皆こんなもんなのか?」
ユリアスは肩をすくめた。
「さあ、どうでしょうね」
それ以上は何も言わず、ユリアスはベッドの側を離れた。
---------------------
アトレイオのハンターズギルド前。
ユリアスはギルドの建物を見上げながら、軽く息をついた。
「……さて、と」
ひとまず、ルカナ湿原の探索を継続する旨を報告しよう。
ギルドの自動ドアをくぐると、受付嬢がこちらに気づき、愛想よく笑った。
「おかえりなさい、ユリアスさん」
「ただいま戻りました。報告があります」
受付嬢が頷くと、ユリアスは淡々と話し始める。
「新規の痕跡は確認できず。W種も未確認です」
彼の言葉に、受付嬢の手がぴたりと止まる。ユリアスは表情を崩さず、続けた。
「ですが、念のため数日の間、探索を継続します」
「……そうですか。お気をつけて」
彼女は何かを悟ったのか、それ以上は深く聞かずに報告を記録し始めた。
---------------------
アトレイオのハンターズギルド前。
ルカナ湿原の探索を続けるため、ユリアスは再び旅立とうとしていた。
しかし——
「ユリアスさん!」
背後から、リリゼの声が響く。
振り向くと、彼女は真っ直ぐな瞳でこちらを見つめていた。
「私も、ルカナ湿原に行きたいです!」
「は?」
唐突な申し出に、ユリアスはあからさまに怪訝な顔をする。
「私は、ユリアスさんの右腕なので!」
力強く宣言するリリゼ。しかし、ユリアスの表情は微塵も動かない。
「……何を言い出すかと思えば」
呆れたように言うと、リリゼはすぐに続けた。
「私はショートウルフ戦で烈粉を使いました! 負傷者さんを二時間半も運び続けました!」
「だから?」
「だから、もう足手まといじゃないんです! 一緒に行かせてください!」
必死な説得。しかし、ユリアスは微動だにせず、あっさりと答える。
「ダメです」
「お願いします!」
「ダメです」
即答。
リリゼはぐっと歯を食いしばる。
「どうしてですか!」
「どうしても何も、旅は甘くないので」
リリゼは悔しそうに拳を握りしめた。
(……どうにかして、納得させないと)
すると、すぐ隣で小さな影が動いた。
ベニが、不安そうにユリアスの袖を引っ張る。
「……」
小さな身体を震わせながら、じっとユリアスを見上げていた。
ユリアスは大きく息を吐いた。
「……仕方ないですね」
リリゼがぱっと顔を上げる。
「本当ですか!?」
「ただし——」
彼の目が鋭くなった。
「その長ったるい邪魔な髪は切ってください」
「え?」
「その似つかわしくもない大剣は捨ててください」
「ちょっ、待っ——」
「その安そうな装備を脱いで、動きやすくしてください」
「えええっ!?」
「今から言うもの、すべて揃えてください——」
次々と無理難題をふっかけられ、リリゼの思考が止まる。
「な、なんでそんなに!?」
「旅をするなら、最低限の身支度は整えるべきです」
言葉を失うリリゼ。しかし——
彼女はぐっと拳を握りしめると、腰のナイフを抜き——
桃色の長髪を、躊躇なく切り落とした。
風に舞う髪。肩につくかつかないかのボブへと変わる。
そして——
「こ、これでいいですよね!」
少し後悔気味に苦笑いしながらも、どこか誇らしげな表情を浮かべるリリゼ。
その顔を見たユリアスは——
「……っ」
驚きに目を見開いた。
(まさか、本当にやるとは)
予想外の行動に、思わずリリゼをじっと見つめる。
しかし、次の瞬間にはため息をつき——
「はぁ、仕方ない」
肩をすくめると、静かに言った。
「助手、認めます」
「やった……!」
リリゼが小さくガッツポーズをする。
「えへへ……やりましたよ、ベニ!」
ベニは小さく震えながらも、じっとユリアスを見上げる。
ユリアスは腕を組み、二人の様子を見ながら、ゆっくりと口を開いた。
「じゃあ、行きますか」
そう言って歩き出そうとした——その瞬間。
「——ちょっと待ってください!!!」
怒声が響いた。
ユリアスとリリゼが揃って振り向くと、ギルドの受付嬢が腕を組んで立っていた。
その足元には、ギルド前に散乱した桃色の髪。
彼女は鋭い目つきで言い放った。
「これ、誰が掃除すると思います?」
リリゼの顔が青ざまる。
「えっ……えええ!? そ、そんな……!」
受付嬢の怒りに震えながら、リリゼは必死に髪を集め始めた。
ベニもおどおどとユリアスを見上げる。
そして——
二人して、視線を合わせる。
無言のまま、何とも言えない空気が流れる。
「……反省ですね」
「……ですね」
結局、掃除を終えるまで旅立ちはお預けになった。
しかし、ユリアスはそんな時間さえも——
悪くないかもしれない、と思い始めていた。
詰所の中は薬草の香りと乾いた布の匂いが混ざり合い、外の喧騒とは別世界のように静かだった。規則正しく並べられたベッドの一つに、あの負傷者が横たわっている。昨日より顔色は良く、呼吸も落ち着いているようだ。
「おや、未探家殿。今日も見回りですか?」
声をかけてきたのは、白衣を着た男――この詰所のドクターだ。ユリアスと同じくエクスハンターの資格を持つ者にだけ与えられる「医療協力者」の資格も持つ実力者である。
「ええ。僕が処置をしましたから、その責任があります。経過を確認させてください」
そう言って負傷者の様子を覗き込む。包帯を巻かれた腕や足には痛々しい傷跡が残っていたが、膿や腫れは見られない。ユリアスの作った解毒剤が正しく作用している証拠だった。
「炎症もなく、順調ですね。どうやら貴方の薬は十分に効果を発揮しているようです」
ドクターが満足げに頷く。ユリアスも内心で安堵したが、念のためさらに細かく観察を続けた。
「呼吸も安定していますし、皮膚の異常もなし。拒絶反応も出ていませんね」
これならばもう安心だろう。ユリアスは小さく息をつく。
「助かった……本当に、助かったよ」
突然、かすれた声が聞こえた。負傷者のリーダーが目を開け、ユリアスを見つめている。
「お前が、助けてくれたんだな……礼を言う」
その目には、確かな感謝の色が宿っていた。
「当然のことをしただけです。助けるべき人がいたから助けただけです」
「いや、それでもだ……俺は死ぬと思ってた。あの時、お前がいてくれなかったら……」
そう言って彼は微かに笑う。力なく、それでいてどこか安心しきったような表情だった。
「まだ完全に回復したわけじゃありません。しばらく安静にしてください」
「ああ……それにしても、お前、すげぇな……未探家ってのは、皆こんなもんなのか?」
ユリアスは肩をすくめた。
「さあ、どうでしょうね」
それ以上は何も言わず、ユリアスはベッドの側を離れた。
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アトレイオのハンターズギルド前。
ユリアスはギルドの建物を見上げながら、軽く息をついた。
「……さて、と」
ひとまず、ルカナ湿原の探索を継続する旨を報告しよう。
ギルドの自動ドアをくぐると、受付嬢がこちらに気づき、愛想よく笑った。
「おかえりなさい、ユリアスさん」
「ただいま戻りました。報告があります」
受付嬢が頷くと、ユリアスは淡々と話し始める。
「新規の痕跡は確認できず。W種も未確認です」
彼の言葉に、受付嬢の手がぴたりと止まる。ユリアスは表情を崩さず、続けた。
「ですが、念のため数日の間、探索を継続します」
「……そうですか。お気をつけて」
彼女は何かを悟ったのか、それ以上は深く聞かずに報告を記録し始めた。
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アトレイオのハンターズギルド前。
ルカナ湿原の探索を続けるため、ユリアスは再び旅立とうとしていた。
しかし——
「ユリアスさん!」
背後から、リリゼの声が響く。
振り向くと、彼女は真っ直ぐな瞳でこちらを見つめていた。
「私も、ルカナ湿原に行きたいです!」
「は?」
唐突な申し出に、ユリアスはあからさまに怪訝な顔をする。
「私は、ユリアスさんの右腕なので!」
力強く宣言するリリゼ。しかし、ユリアスの表情は微塵も動かない。
「……何を言い出すかと思えば」
呆れたように言うと、リリゼはすぐに続けた。
「私はショートウルフ戦で烈粉を使いました! 負傷者さんを二時間半も運び続けました!」
「だから?」
「だから、もう足手まといじゃないんです! 一緒に行かせてください!」
必死な説得。しかし、ユリアスは微動だにせず、あっさりと答える。
「ダメです」
「お願いします!」
「ダメです」
即答。
リリゼはぐっと歯を食いしばる。
「どうしてですか!」
「どうしても何も、旅は甘くないので」
リリゼは悔しそうに拳を握りしめた。
(……どうにかして、納得させないと)
すると、すぐ隣で小さな影が動いた。
ベニが、不安そうにユリアスの袖を引っ張る。
「……」
小さな身体を震わせながら、じっとユリアスを見上げていた。
ユリアスは大きく息を吐いた。
「……仕方ないですね」
リリゼがぱっと顔を上げる。
「本当ですか!?」
「ただし——」
彼の目が鋭くなった。
「その長ったるい邪魔な髪は切ってください」
「え?」
「その似つかわしくもない大剣は捨ててください」
「ちょっ、待っ——」
「その安そうな装備を脱いで、動きやすくしてください」
「えええっ!?」
「今から言うもの、すべて揃えてください——」
次々と無理難題をふっかけられ、リリゼの思考が止まる。
「な、なんでそんなに!?」
「旅をするなら、最低限の身支度は整えるべきです」
言葉を失うリリゼ。しかし——
彼女はぐっと拳を握りしめると、腰のナイフを抜き——
桃色の長髪を、躊躇なく切り落とした。
風に舞う髪。肩につくかつかないかのボブへと変わる。
そして——
「こ、これでいいですよね!」
少し後悔気味に苦笑いしながらも、どこか誇らしげな表情を浮かべるリリゼ。
その顔を見たユリアスは——
「……っ」
驚きに目を見開いた。
(まさか、本当にやるとは)
予想外の行動に、思わずリリゼをじっと見つめる。
しかし、次の瞬間にはため息をつき——
「はぁ、仕方ない」
肩をすくめると、静かに言った。
「助手、認めます」
「やった……!」
リリゼが小さくガッツポーズをする。
「えへへ……やりましたよ、ベニ!」
ベニは小さく震えながらも、じっとユリアスを見上げる。
ユリアスは腕を組み、二人の様子を見ながら、ゆっくりと口を開いた。
「じゃあ、行きますか」
そう言って歩き出そうとした——その瞬間。
「——ちょっと待ってください!!!」
怒声が響いた。
ユリアスとリリゼが揃って振り向くと、ギルドの受付嬢が腕を組んで立っていた。
その足元には、ギルド前に散乱した桃色の髪。
彼女は鋭い目つきで言い放った。
「これ、誰が掃除すると思います?」
リリゼの顔が青ざまる。
「えっ……えええ!? そ、そんな……!」
受付嬢の怒りに震えながら、リリゼは必死に髪を集め始めた。
ベニもおどおどとユリアスを見上げる。
そして——
二人して、視線を合わせる。
無言のまま、何とも言えない空気が流れる。
「……反省ですね」
「……ですね」
結局、掃除を終えるまで旅立ちはお預けになった。
しかし、ユリアスはそんな時間さえも——
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