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第4話 『狩猟家の極意』 act.1
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【ルカナ湿原】
ルカナ湿原に足を踏み入れると、じっとりとした湿気が肌にまとわりついた。朝早いというのに、空気は重く、靄が低く漂っている。足元には泥が広がり、不安定な地形がそこかしこに顔を出していた。
「まず、覚えておいてください。ここは湿気がすごいので、地面が柔らかくなっています。踏み込む場所によってはズブッと沈むこともありますから、足元には十分注意を」
ユリアスは軽く顎をしゃくりながら、背後のリリゼに視線を向けた。
「了解しました!」
リリゼは張り切った返事をしながらも、まだ足運びがぎこちない。今は慎重に歩いているが、いざ戦闘になればどうなるかわからない。
「次に、生態系についても覚えておいてください。この辺りは両生類と爬虫類が多く、毒性を持つ植物や微生物も豊富です。それらを栄養にしている生物もまた毒を持つことがあるので、むやみに触ったり食べたりしないように」
「わ、わかりました……!」
「最後に、大型モンスターについて。言うまでもありませんが、狩猟家にとって最大の脅威です。こっちから手を出さないほうがいいものもいれば、見つけた時点で逃げるべきものもいる。状況を見極めることが大切です」
「……狩猟家って、本当に大変ですね」
「そんな他人事な…」
リリゼは苦笑しつつも、意気込みを見せるように大きな鞄を持ち上げた。
「ですが、大丈夫です! ユリアスさんに勧められた新しい弓もありますし、探索に必要な道具もすべて揃えました! 新生リリゼ=ストレイナ、ここに誕生です!」
胸を張るリリゼを見て、ユリアスはふっと小さく息をついた。
「……はいはい、頼もしいことですね」
呆れ混じりに肩をすくめつつも、悪くない、とユリアスは思った。
リリゼは胸を張って言い切ったが、その直後——
ズボッ。
「うわっ!? え、ちょっ、足が!?」
次の瞬間、ズブズブと地面に沈んだ。足元を取られ、膝まで泥に埋まるリリゼ。
「……言った側から」
ユリアスは呆れ顔でため息をついた。
「は、はは……け、結構深いですね……あ、やば、抜けな——わっ!?」
バランスを崩し、今度は手まで泥に突っ込む。顔を上げたリリゼは、泥まみれになった両手を見つめて呆然とした。
「え、ちょっと待って、もうどうしようもないんですけど……」
ベニはそんな彼女をじっと見つめた後、真っ赤な手で口元を隠し、ぷるぷると震え始める。
「……ベニ? なんかすごい震えてるけど?」
ぷるぷる……
「笑ってない?」
ぷるぷる……!
リリゼの疑問をよそに、ベニは必死に笑いを堪えていた。
その間にユリアスは何も言わずに泥の浅い部分を指し示し、手を貸すこともなく、ただ見守る。
「はあ……もう……」
リリゼはなんとか泥地から這い上がり、ズボンにべったりついた泥を払うと、気を取り直して顔を上げた。
「では気を取り直して!」
勢いよく言い放ち、意気揚々と先を進むリリゼ。
「わあ~あの花、すごく綺麗ですね!」
道端に咲く鮮やかな花を見つけ、駆け寄る。ユリアスが何か言いかけたが、それよりも早く、リリゼは花の香りを思いきり吸い込んだ。
「……ん? なんか、体がピリピリ……?」
瞬間、膝ががくりと落ちる。
「あ、あれ? 足がちょっと……あ、手も……え、え?」
リリゼは腕をぶんぶんと振ってみるが、指先の感覚が鈍い。
「だから、むやみやたらに触らない」
おそらくは麻痺毒の花粉を持つ毒花の匂いを嗅いでしまったリリゼは、軽い麻痺に侵されてしまう。そんな彼女を横目にユリアスは眉間を押さえ、またもため息をつく。
「い、いやいや、だって、こんなに綺麗な花が咲いてたら、そりゃ気になるじゃないですか!?」
「気になるだけならいいんですけどね」
「くぅぅ……!」
リリゼは悔しそうに歯を食いしばり、肩を落とす。
一方、その様子を見ていたベニはまたもや真っ赤な手で口元を押さえ、ぷるぷると震え始めた。
ぷるぷる……!
「ちょっ、また笑ってる!?」
ぷるぷる……!
ベニの肩が小刻みに揺れる。その横で、ユリアスはもう三度目のため息をついていた。
しばらくして麻痺が抜け、リリゼは再び気を取り直す。
「では気を取り直して……ハハハ……」
先ほどの勢いはなく、若干涙目になりながらも探索を続けるために歩き出した。
「……ん? 何か、動いたような……?」
視線の先、泥の中でうねる影。
「蛇か……マッドコブラだな」
ユリアスがぼそりと呟く。
「危険生物……! ここは私が!」
リリゼは即座に弓を構えた。狙いを定め、息を整え、引き絞った弦を——
ヒュンッ。
「……外した」
ユリアスが淡々と呟く。
リリゼの矢は泥に突き刺さり、マッドコブラの遥か手前で止まった。
「……え?」
蛇とリリゼ、しばしの沈黙。
次の瞬間、マッドコブラが頭を持ち上げ、鋭い舌をチロチロと鳴らした。
「えっ、待って、怒ってません?」
蛇の目がリリゼを捉える。
「怒ってるな」
「嘘、きゃーーーー、こないでください!!」
リリゼは弓を抱えたまま全力で逃げ出した。マッドコブラも執拗に追いかける。
ユリアスとベニはそれを静かに見送る。
「……はあ」
ぷるぷる……!
二人はそろって、再び深いため息をついた。
ルカナ湿原に足を踏み入れると、じっとりとした湿気が肌にまとわりついた。朝早いというのに、空気は重く、靄が低く漂っている。足元には泥が広がり、不安定な地形がそこかしこに顔を出していた。
「まず、覚えておいてください。ここは湿気がすごいので、地面が柔らかくなっています。踏み込む場所によってはズブッと沈むこともありますから、足元には十分注意を」
ユリアスは軽く顎をしゃくりながら、背後のリリゼに視線を向けた。
「了解しました!」
リリゼは張り切った返事をしながらも、まだ足運びがぎこちない。今は慎重に歩いているが、いざ戦闘になればどうなるかわからない。
「次に、生態系についても覚えておいてください。この辺りは両生類と爬虫類が多く、毒性を持つ植物や微生物も豊富です。それらを栄養にしている生物もまた毒を持つことがあるので、むやみに触ったり食べたりしないように」
「わ、わかりました……!」
「最後に、大型モンスターについて。言うまでもありませんが、狩猟家にとって最大の脅威です。こっちから手を出さないほうがいいものもいれば、見つけた時点で逃げるべきものもいる。状況を見極めることが大切です」
「……狩猟家って、本当に大変ですね」
「そんな他人事な…」
リリゼは苦笑しつつも、意気込みを見せるように大きな鞄を持ち上げた。
「ですが、大丈夫です! ユリアスさんに勧められた新しい弓もありますし、探索に必要な道具もすべて揃えました! 新生リリゼ=ストレイナ、ここに誕生です!」
胸を張るリリゼを見て、ユリアスはふっと小さく息をついた。
「……はいはい、頼もしいことですね」
呆れ混じりに肩をすくめつつも、悪くない、とユリアスは思った。
リリゼは胸を張って言い切ったが、その直後——
ズボッ。
「うわっ!? え、ちょっ、足が!?」
次の瞬間、ズブズブと地面に沈んだ。足元を取られ、膝まで泥に埋まるリリゼ。
「……言った側から」
ユリアスは呆れ顔でため息をついた。
「は、はは……け、結構深いですね……あ、やば、抜けな——わっ!?」
バランスを崩し、今度は手まで泥に突っ込む。顔を上げたリリゼは、泥まみれになった両手を見つめて呆然とした。
「え、ちょっと待って、もうどうしようもないんですけど……」
ベニはそんな彼女をじっと見つめた後、真っ赤な手で口元を隠し、ぷるぷると震え始める。
「……ベニ? なんかすごい震えてるけど?」
ぷるぷる……
「笑ってない?」
ぷるぷる……!
リリゼの疑問をよそに、ベニは必死に笑いを堪えていた。
その間にユリアスは何も言わずに泥の浅い部分を指し示し、手を貸すこともなく、ただ見守る。
「はあ……もう……」
リリゼはなんとか泥地から這い上がり、ズボンにべったりついた泥を払うと、気を取り直して顔を上げた。
「では気を取り直して!」
勢いよく言い放ち、意気揚々と先を進むリリゼ。
「わあ~あの花、すごく綺麗ですね!」
道端に咲く鮮やかな花を見つけ、駆け寄る。ユリアスが何か言いかけたが、それよりも早く、リリゼは花の香りを思いきり吸い込んだ。
「……ん? なんか、体がピリピリ……?」
瞬間、膝ががくりと落ちる。
「あ、あれ? 足がちょっと……あ、手も……え、え?」
リリゼは腕をぶんぶんと振ってみるが、指先の感覚が鈍い。
「だから、むやみやたらに触らない」
おそらくは麻痺毒の花粉を持つ毒花の匂いを嗅いでしまったリリゼは、軽い麻痺に侵されてしまう。そんな彼女を横目にユリアスは眉間を押さえ、またもため息をつく。
「い、いやいや、だって、こんなに綺麗な花が咲いてたら、そりゃ気になるじゃないですか!?」
「気になるだけならいいんですけどね」
「くぅぅ……!」
リリゼは悔しそうに歯を食いしばり、肩を落とす。
一方、その様子を見ていたベニはまたもや真っ赤な手で口元を押さえ、ぷるぷると震え始めた。
ぷるぷる……!
「ちょっ、また笑ってる!?」
ぷるぷる……!
ベニの肩が小刻みに揺れる。その横で、ユリアスはもう三度目のため息をついていた。
しばらくして麻痺が抜け、リリゼは再び気を取り直す。
「では気を取り直して……ハハハ……」
先ほどの勢いはなく、若干涙目になりながらも探索を続けるために歩き出した。
「……ん? 何か、動いたような……?」
視線の先、泥の中でうねる影。
「蛇か……マッドコブラだな」
ユリアスがぼそりと呟く。
「危険生物……! ここは私が!」
リリゼは即座に弓を構えた。狙いを定め、息を整え、引き絞った弦を——
ヒュンッ。
「……外した」
ユリアスが淡々と呟く。
リリゼの矢は泥に突き刺さり、マッドコブラの遥か手前で止まった。
「……え?」
蛇とリリゼ、しばしの沈黙。
次の瞬間、マッドコブラが頭を持ち上げ、鋭い舌をチロチロと鳴らした。
「えっ、待って、怒ってません?」
蛇の目がリリゼを捉える。
「怒ってるな」
「嘘、きゃーーーー、こないでください!!」
リリゼは弓を抱えたまま全力で逃げ出した。マッドコブラも執拗に追いかける。
ユリアスとベニはそれを静かに見送る。
「……はあ」
ぷるぷる……!
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