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act.3
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場所は移り、ルカナ湿原の草原地帯にぽつんと存在する水場。周囲を背の高い草とまばらな木々に囲まれ、風が吹けばさざ波がきらめく、静かなオアシスだった。
ユリアスたちは木陰に身を潜め、じっと様子を窺う。予想通り、ドンバッドはのそのそと水辺へ近づくと、重い身体をゆっくりと沈めていった。まるで長旅の疲れを癒すように、目を細め、満足そうに鼻から泡を出す。その様子は、どこまでも穏やかだった。
だが——その静寂は、突如として破られる。
ユリアスはわずかに眉を寄せ、肩のベニに手を添える。
「……来ますよ」
低く、確信を持った声だった。
リリゼが反応する間もなく、ユリアスの脳内に鋭く悲痛な叫びが突き刺さった。同時に、ベニがビクリと震え、恐怖に駆られたようにフードの中へ転がり込む。
そして——
ルカナ湿原の森林地帯から、木々を薙ぎ倒す轟音が響き渡った。
枝が砕け、葉が舞い、地響きが広がる。
その中心から、目が赤く血走り、顔の一部の毛が白く変色した巨獣——《マントライキ》が姿を現した。
ユリアスはその姿を見た瞬間、思わず目を細めた。
「……お前だったか」
あの、数日前に聞いた悲痛な叫びは——。
あのとき、自分は確かに湿原のどこかで響く獣の声を聞いた。絶望に満ちた、何かに抗うような、苦しみに満ちた声だった。レイオストルンの気配を探していたユリアスは、これまでの報告書に記されていた痕跡から、レイオストルンだと断定していたが違った。
——あれは、このマントライキの叫びだったのか。
ユリアスが呆然とする間にも、マントライキは一直線に水場へと突進する。そして、悠然と水浴びをしていたドンバッドへと飛びかかった。
鈍い音が響く。鋭い牙がドンバッドの分厚い皮膚へと突き刺さった。
ドンバッドが咆哮する。水しぶきが飛び散る。
大型生物同士の死闘が、今まさに始まった——。
マントライキの牙が食い込む。
分厚いドンバッドの皮膚に、鋭い牙が突き立てられた瞬間、血飛沫が弧を描いた。ドンバッドが鈍く低い咆哮を上げる。巨体を震わせ、瞬時に後ろ足へと力を込めると、ねじ込まれた牙ごとマントライキを弾き飛ばした。
「うわ……っ!」
リリゼが思わず声を上げる。
投げ飛ばされたマントライキは地面を転がるが、即座に四肢で踏ん張り、殺意を滾らせた視線をドンバッドに向ける。血走った赤い瞳が、尋常ならざる狂気を帯びていた。
「まるで殺し合い……」
リリゼが呆然と呟く。
マントライキは喉の奥で低く唸りながら、ゆっくりと間合いを詰める。一方のドンバッドは、水場を背に構え、警戒しながら巨体を揺らした。
次の瞬間——マントライキが地を蹴った。
猛烈な勢いで跳躍し、ドンバッドの頭部を狙う。その牙を迎え撃つように、ドンバッドは巨体を振り回し、ぶ厚い前脚を叩きつけた。
ズドォンッ!!
地面が震え、衝撃波が草をなぎ払う。
マントライキの身体が弾かれ、ドンバッドの足元の水が爆ぜる。しかし、それでもマントライキは諦めない。衝撃を耐えながらも、すかさずドンバッドの横腹へと噛みついた。
肉を裂く音。血の匂い。
ドンバッドが水を蹴り上げ、暴れ回る。だが、マントライキは食らいついたまま離れない。そのまま爪を突き立て、さらに深く牙を食い込ませていく。
「これ……どっちかが死ぬまで終わらないんじゃ……?」
リリゼの顔が青ざめる。
まさに生きるための殺し合い。自然の摂理に基づいた、純粋な捕食者の戦いだった。
「……おそらくは、」
ユリアスが低く呟いた。その表情には、何か考え込むような色が浮かんでいた。
マントライキの様子が異常だった。ただの捕食行動とは思えない。
水場を舞台に、二匹の巨獣が血を流しながら激突する。
ドンバッドが咆哮し、巨体を揺らしながらマントライキを振り落とそうと暴れ回る。だが、マントライキは牙を深く食い込ませたまま決して離れない。鋭い爪を突き立て、分厚い皮膚を裂きながら執拗に喰らいつく。
バギャッ!
ドンバッドが横転するように身体を傾け、水場を蹴り上げた。
大きな水飛沫が舞い、マントライキの視界を遮る。
その隙を突き、ドンバッドが巨体をひねるようにして突進した。
——直撃すれば、骨ごと砕かれる。
ドガァンッ!!
衝撃音とともに、マントライキの身体が宙を舞った。
鋼のような筋肉を持つ巨獣の突進をまともに受けたのだ。
「……すご……」
リリゼが息を飲む。
普通の肉食獣なら、これで戦意を喪失するだろう。
しかし——
マントライキは違った。
ガバッ!!!
飛ばされた先の地面を爪で抉り、全身の力で踏ん張る。
口元から血を滴らせながらも、まだ戦意は消えていない。
否——むしろ、殺意が増していた。
狂気じみた咆哮とともに、マントライキは再び地を蹴る。
その目は完全に獲物を狩る者のものだった。
——狩るまで、終わらせない。
それを察したドンバッドも、低く唸りながら構えを取る。
両者の距離が縮まる。
次の瞬間——
爆発するような勢いで、二匹が激突した。
牙が、爪が、肉を裂き、血を撒き散らす。
咆哮が響き、地面が震える。
まさに、生存を懸けた死闘だった。
血飛沫が舞い、咆哮が響き渡る。
マントライキとドンバッドの戦いは、もはや決着の瞬間を迎えようとしていた。
ユリアスはその様子を見届けながら、静かに息を吐く。そして、すぐさま背を向けた。
「帰還しますよ……」
「え? どうしてですか?」
リリゼは思わず聞き返したが、ユリアスの足は迷いなく動いていた。
——先が見えている。
この戦いは、いずれマントライキが終止符を打つ。
そして、その時には殺意の余剰が発生する。
マントライキは本来、群れを持たず、単独で狩りをする肉食獣だ。しかし、この個体は異常だった。ただの捕食ではない。獲物を狩ることそのものに執着し、戦闘の興奮に駆られている。
このままでは、ドンバッドを仕留めた後、さらなる殺意を撒き散らす。
標的が彼らに向く可能性は十分にあった。
「急ぎます」
ユリアスの声が低く響く。
「でも、ドンバッドが……!」
「関係ありません。ここで生き残るのは強い方です」
リリゼはその冷淡な言葉に言葉を詰まらせた。
だが、ユリアスの足は止まらない。
躊躇する暇はない。
——今、ここに留まる理由など、どこにもない。
すぐさまアトレイオへ帰還する。
そう決断すると同時に、ユリアスは一切の迷いなく、草むらを駆け抜けた。
リリゼも、躊躇いながらもその背を追う。
背後では、獣たちの咆哮が、まだ響き続けていた——。
ユリアスたちは木陰に身を潜め、じっと様子を窺う。予想通り、ドンバッドはのそのそと水辺へ近づくと、重い身体をゆっくりと沈めていった。まるで長旅の疲れを癒すように、目を細め、満足そうに鼻から泡を出す。その様子は、どこまでも穏やかだった。
だが——その静寂は、突如として破られる。
ユリアスはわずかに眉を寄せ、肩のベニに手を添える。
「……来ますよ」
低く、確信を持った声だった。
リリゼが反応する間もなく、ユリアスの脳内に鋭く悲痛な叫びが突き刺さった。同時に、ベニがビクリと震え、恐怖に駆られたようにフードの中へ転がり込む。
そして——
ルカナ湿原の森林地帯から、木々を薙ぎ倒す轟音が響き渡った。
枝が砕け、葉が舞い、地響きが広がる。
その中心から、目が赤く血走り、顔の一部の毛が白く変色した巨獣——《マントライキ》が姿を現した。
ユリアスはその姿を見た瞬間、思わず目を細めた。
「……お前だったか」
あの、数日前に聞いた悲痛な叫びは——。
あのとき、自分は確かに湿原のどこかで響く獣の声を聞いた。絶望に満ちた、何かに抗うような、苦しみに満ちた声だった。レイオストルンの気配を探していたユリアスは、これまでの報告書に記されていた痕跡から、レイオストルンだと断定していたが違った。
——あれは、このマントライキの叫びだったのか。
ユリアスが呆然とする間にも、マントライキは一直線に水場へと突進する。そして、悠然と水浴びをしていたドンバッドへと飛びかかった。
鈍い音が響く。鋭い牙がドンバッドの分厚い皮膚へと突き刺さった。
ドンバッドが咆哮する。水しぶきが飛び散る。
大型生物同士の死闘が、今まさに始まった——。
マントライキの牙が食い込む。
分厚いドンバッドの皮膚に、鋭い牙が突き立てられた瞬間、血飛沫が弧を描いた。ドンバッドが鈍く低い咆哮を上げる。巨体を震わせ、瞬時に後ろ足へと力を込めると、ねじ込まれた牙ごとマントライキを弾き飛ばした。
「うわ……っ!」
リリゼが思わず声を上げる。
投げ飛ばされたマントライキは地面を転がるが、即座に四肢で踏ん張り、殺意を滾らせた視線をドンバッドに向ける。血走った赤い瞳が、尋常ならざる狂気を帯びていた。
「まるで殺し合い……」
リリゼが呆然と呟く。
マントライキは喉の奥で低く唸りながら、ゆっくりと間合いを詰める。一方のドンバッドは、水場を背に構え、警戒しながら巨体を揺らした。
次の瞬間——マントライキが地を蹴った。
猛烈な勢いで跳躍し、ドンバッドの頭部を狙う。その牙を迎え撃つように、ドンバッドは巨体を振り回し、ぶ厚い前脚を叩きつけた。
ズドォンッ!!
地面が震え、衝撃波が草をなぎ払う。
マントライキの身体が弾かれ、ドンバッドの足元の水が爆ぜる。しかし、それでもマントライキは諦めない。衝撃を耐えながらも、すかさずドンバッドの横腹へと噛みついた。
肉を裂く音。血の匂い。
ドンバッドが水を蹴り上げ、暴れ回る。だが、マントライキは食らいついたまま離れない。そのまま爪を突き立て、さらに深く牙を食い込ませていく。
「これ……どっちかが死ぬまで終わらないんじゃ……?」
リリゼの顔が青ざめる。
まさに生きるための殺し合い。自然の摂理に基づいた、純粋な捕食者の戦いだった。
「……おそらくは、」
ユリアスが低く呟いた。その表情には、何か考え込むような色が浮かんでいた。
マントライキの様子が異常だった。ただの捕食行動とは思えない。
水場を舞台に、二匹の巨獣が血を流しながら激突する。
ドンバッドが咆哮し、巨体を揺らしながらマントライキを振り落とそうと暴れ回る。だが、マントライキは牙を深く食い込ませたまま決して離れない。鋭い爪を突き立て、分厚い皮膚を裂きながら執拗に喰らいつく。
バギャッ!
ドンバッドが横転するように身体を傾け、水場を蹴り上げた。
大きな水飛沫が舞い、マントライキの視界を遮る。
その隙を突き、ドンバッドが巨体をひねるようにして突進した。
——直撃すれば、骨ごと砕かれる。
ドガァンッ!!
衝撃音とともに、マントライキの身体が宙を舞った。
鋼のような筋肉を持つ巨獣の突進をまともに受けたのだ。
「……すご……」
リリゼが息を飲む。
普通の肉食獣なら、これで戦意を喪失するだろう。
しかし——
マントライキは違った。
ガバッ!!!
飛ばされた先の地面を爪で抉り、全身の力で踏ん張る。
口元から血を滴らせながらも、まだ戦意は消えていない。
否——むしろ、殺意が増していた。
狂気じみた咆哮とともに、マントライキは再び地を蹴る。
その目は完全に獲物を狩る者のものだった。
——狩るまで、終わらせない。
それを察したドンバッドも、低く唸りながら構えを取る。
両者の距離が縮まる。
次の瞬間——
爆発するような勢いで、二匹が激突した。
牙が、爪が、肉を裂き、血を撒き散らす。
咆哮が響き、地面が震える。
まさに、生存を懸けた死闘だった。
血飛沫が舞い、咆哮が響き渡る。
マントライキとドンバッドの戦いは、もはや決着の瞬間を迎えようとしていた。
ユリアスはその様子を見届けながら、静かに息を吐く。そして、すぐさま背を向けた。
「帰還しますよ……」
「え? どうしてですか?」
リリゼは思わず聞き返したが、ユリアスの足は迷いなく動いていた。
——先が見えている。
この戦いは、いずれマントライキが終止符を打つ。
そして、その時には殺意の余剰が発生する。
マントライキは本来、群れを持たず、単独で狩りをする肉食獣だ。しかし、この個体は異常だった。ただの捕食ではない。獲物を狩ることそのものに執着し、戦闘の興奮に駆られている。
このままでは、ドンバッドを仕留めた後、さらなる殺意を撒き散らす。
標的が彼らに向く可能性は十分にあった。
「急ぎます」
ユリアスの声が低く響く。
「でも、ドンバッドが……!」
「関係ありません。ここで生き残るのは強い方です」
リリゼはその冷淡な言葉に言葉を詰まらせた。
だが、ユリアスの足は止まらない。
躊躇する暇はない。
——今、ここに留まる理由など、どこにもない。
すぐさまアトレイオへ帰還する。
そう決断すると同時に、ユリアスは一切の迷いなく、草むらを駆け抜けた。
リリゼも、躊躇いながらもその背を追う。
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