雨の中の女の子

西 海斗

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第九話 社長

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「ここさ……風俗店だよね」
 水月の身体に鳥肌が立つ。「社長」とやらは、水月に売春をさせたくて呼びつけたのが本音なのだろうか。
 
 芽衣は敏感に水月の表情を察知したらしく、「ちがうよ! 社長は風俗嬢として水月さんを呼び出した訳じゃないから!」と水月の耳元で囁いた。
 水月は芽衣の目が少し潤んでいるのを見て、もし芽衣が嘘を言っているのなら、アカデミー賞ものだと感じた。
 水月はため息をつきながら「分かった。芽衣さんの言う事。とりあえず信じます」と答えた。
 「良かった」芽衣は笑うと、水月の手を引きながら、店内に入る。
 店内そのものは普通のホテルのフロントとあまり変わらない。
 フロントには青年の男性がおり、「あー芽衣ちゃんお帰り」と愛想よく挨拶をした。見たところ30歳くらいのソフトモヒカンの男性で、暴力的な感じはしなかった。

 「ただいま。本田さん。社長はいる?」芽衣が尋ねると、その本田という「ああ、5階の部屋にいるよ」と普通に答えた。
「ありがと」と芽衣はエレベーターのスイッチを押す。
 エレベーターが上昇するにつれて、水月の不安感も上昇していく。最悪の場合は逃げる事を考えていると、5階についた。

 5階に着き、ドアが開くと廊下があった。
 廊下の先に、2つのドアがある。
「右側のドアが社長室なのよ」芽衣が説明してくれた。
「じゃあ行こう。水月ちゃん。愛想良くね」と芽衣はご丁寧に念を押してくれた。

(余計に緊張するっての)
 水月の緊張に関係なく、芽衣は社長室をノックする。
「どうぞ」という低い女性の声が聞こえた。

「入ります」と芽衣は水月の腕を引きながら入る。
 社長室の中はきれいに整頓されており、水月が最初にイメージした風俗店の社長っぽい、嫌みな感じの金目のものが置いてあるような部屋ではなかった。
 デスクとソファ、パソコンと書棚という一般的な書斎の様だった。
 それよりも、ひときわ目立ったのは、そこに居る人物だった。

 身長は170センチメートル位。ショートカットの黒髪をした25歳くらいの女性で、女性のわりに肩幅は広い。均整の取れた体格をしている。
 妖艶な感じの色気があり、白いシャツと黒いパンツといういで立ちだが、ただの美人というよりも、水月は鷹や鷲の持つ猛禽類の様な美と迫力を感じた。

「藤原社長。連れてきました」
 芽衣の言葉も少し緊張している。
「良くやった。春田お疲れ様」
 藤原社長は低い声で答えた。

「……」
 水月としては、 まず何を言ったら良いのか、言葉に詰まった。
 聞きたかったことは確かにあるが、藤原社長の迫力に気おされているのだ。
「ヴィーナス倶楽部にようこそ。私はここの社長をしている藤原美貴ふじわら みき。君の事が気になって、春田に連れてくるように言ったのは私だ。急に来てもらって済まなかったな」

 (なんでこんな迫力があるのこの人……)
 水月としては、気おされながら何とか言葉を言う。
「あの……。ここに来たら、私の身体の事を教えてもらえると芽衣さんから聞いたんです」

 「そうか。それなら立ち話も何だから、座りなさい」と藤原はソファに座るように促した。
 素直に水月と芽衣はソファに座る。

「芽衣から連絡を受けて、君の身体の状態も分かった。私もあまりまどろっこしい話は好きじゃない。その前に、君の名前を教えてもらえるかな」
御堂水月みどう みづきです」

「それなら御堂みどう。春田から聞いたかも知れないが、君は一度確実に死んだ。そしてその後生き返った。人間とは別の存在としてね」

「……その……人間とは別の存在って何なんですか」
 恐怖もあったが、聞かないと先に進めない予感が水月にはしていた。

「昔は死人帰りと呼ばれた時代もあったらしい。強い悲しみや怨念、恨みを持った子どもが死んだ場合、素質があるものは、再び蘇る」

「……」
 水月はまるでホラー映画だと感じたが、馬鹿馬鹿しいという次元ではなく、今自分がその中にいると感じた。

「それは人間の姿をしているが、正確に言えばもう人間ではない。人間を超える身体能力や筋力を持ち、20歳くらいまでは成長するが、それ以上は年を取らない。肉体は再生能力を持つので、死ににくくなる。もちろん再生能力を上回るダメージを受ければ死ぬけどね」

「……」
 水月は何もとっさに言えなかった。嘘と思いたかった。しかし自分の身に着いたパワーを考えても否定できなかった。自分が人間でなくなった事を、どのようにして受け入れたら良いのか。戸惑うばかりだった。

「以上が簡単な説明だが、何か質問はあるか?」
 藤原は淡々と続けた。

 水月は緊張と混乱で口が干上がりながらも、かろうじて口を動かした。
「いくつか……あります」
「なるほど」
「私が、その死人帰りだって、いつごろから気付いてたんですか?」

 藤原は髪をかき上げると、「そういう存在に気付く、感知系の能力者がいる。だから気付いた。そして詳細を確認するために春田を尾行させた」と淡々と答えた。

「あの……春田さんから、春田さんや藤原さんも、私と同じ存在って聞きました。そうなんですか?」

 藤原は、芽衣をチラリと見たが特に責めたり、小言を言うことも無く、「そうだ」と話した。

 水月は正直なところ、頭の中が混乱状態になりつつあった。
 普通の女子高生がこんな話を聞いて、はいそうですかと理解して納得できる方がおかしいとさえ感じた。
 しかし、自分の状況を考えると、藤原の話は説得力があり、まさにその通りだった。そして……抑えてこんで来た感情が急にどっと出てきた。

「あの……。私は実の父から殺されて、生き返って、その父を殺しました。それで博多から大阪に逃げてきたんです。私は……」
 「私は……一体、どうしたら良いっていうんですか……?」

 話ながら、水月は今まで強がってたんだと、自分でも気付いた。
 もちろん、精神的に強くなった部分はあった。
 だが、不安が解消された訳ではなく、孤独だったのだ。
 自分の事を話すことも、聞いてくれる人もいなかった。
 水月は感情を吐露しながら、自分の目が潤んでいるのが分かった。

 藤原は水月の話を聞くと、口を開いた。
「どうすれば良い? ここで働けば良い。だから春田を使った。ここなら御堂の身の安全は守りやすくなる」

「社長。水月さんに売春させることはしませんよね?」
 芽衣が心配して口を挟んだ。

「当たり前だ。春田と同じように、御堂にも客を取らせて売春をさせることはしない。御堂には他の仕事をやってもらう。それから」

「死人帰りというのは昔の呼び名でね。今は帰還した者の意味で、リターナーと呼ぶのさ」
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