死神の導き

宮下里緒

文字の大きさ
上 下
10 / 14

10話

しおりを挟む
翌日、学校が休校のなるかもというほとんどの生徒が持っていた淡い期待を裏切り授業は通常通り行われた。
多くの生徒がその結果を残念がっていたが、僕らとしてはその方が都合が良い。
島津先生。
今のところ事件の鍵を握るのは彼だ。
だから登校するや否やすぐに二人して彼のもとに話を聞きに行った。
早朝からの僕たちの訪問に島津先生は少し驚いていたが、ことが鍵の話になると険しい顔つきへなり、少し場所を移そうと僕らを廊下へと追い出した。
「屋上の鍵の話って事は山村の自殺の件か?」
ピシャリと職員室の扉を閉めるなり島津先生はそう聞いてきた。
その顔つきは険しい、なんだか怒っている様だ。
「察しが良いですね。そうです。島津先生なら屋上の鍵を誰が持ち出したか見ているかもと思って聞きにきました」
そんな島津先生の様子に全く臆する事なく質問できる栗見さんは流石だ。
対してそんな質問をされた島津先生は眉間に皺を寄せすこぶる不愉快そうだ。
「そんな事は警察の仕事だろう。君たちが立ち入っていい事じゃない」
こちらの意見なんて知らない。
ピシャリと言い切る島津先生は職員室の閉ざされたドアの用に完全に僕らの意思を遮ってくる。
けれど、そんな事で止まるわけがないのが栗見さんだ。
「友達の死を調べたいと思うのに何がいけないんですか?警察なんてただ仕事でやってるだけじゃないですか。それで金を貰うから。私の純粋な思いをそんなものと比べないでもらいたいです」
ここまで食ってかかるとは島津先生も思っていなかったのだろう。
栗見さんの勢いに引き下がった体が職員室の扉にぶつかりガタリと音を立てた。
それにハッとした様に島津先生は後ろを振り返り職員室の様子を気にしている様だった。
そんな様子を見た栗見さんはまた例の嫌な笑顔を見せてくる。
「先生、そんな動揺したら怪しいですよ。生徒とこんな話してるって他の先生たちに知られたら立場なくなっちゃうんじゃないですか?」
「お前俺を脅迫するつもりか」
小声だが明らかに怒気のこもった声。
怒りの感情が場に広がる。
その空気の飲まれるかの様に僕の胸もズンと重くなる。
先生が生徒を怒る説教ではなく島津という人間個人の怒りに萎縮してしまう。
でも栗見がそんなことを気にする事がある筈もなく、引くどころか更に詰め寄り島津先生を扉に押し寄せる。
「そんな怒らないでくださいよ。先生こそ脅しですか?怖い怖い大人の男性に凄まれたら怖くて何もいえなくなります」
そういう割に全然怯えた素振りすら見せないのはあえてなのだろうか?
余裕のあるその態度は相手を挑発している様にしか見えず、見ているこちらはハラハラしてしまう。
「別に話してまずい事でもないじゃないですか?それとも聞かれて困る事でも?」
その一言に島津先生の顔が渋く歪んだ。
「話しても無駄なだけだ。俺は何も見ていないからな」
これ以上突っぱねるのも立場が悪くなると考えたのか島津先生は吐き捨てる様にそう答えそのまま職員室の中へ姿を消した。
「逃げちゃった」
ちぇっと栗見さんが口を尖らせる。
まるで獲物を逃した釣り師の様な不満げな顔。
「島津先生変な感じでしたね。なんかやけに怒ってて」
「あーそうだね。私は怒ってる事よりあの余裕のなさが気になったけどね」
栗見さんはそう言いながら職員室から離れる。
僕もその後ろへついて行く。
「確かに妙に焦っていた様に見えましたね」
その尊大な態度と比べてとても華奢な背中を見ながら同意する。
こう見ると女の子なんだなと変に納得する。
「見てて面白くなかったあのキョドリよう」
ククと笑いが堪える声と共に栗見さんの肩が揺れた。
島津先生が去った事で機嫌が悪くなったかと思ったけれど、意外とそうでもなさそうだ。
「なんか楽しそうですけど、収穫なかったんですよ。次の手を考えないと」
僕がそう愚痴ると、栗見さんは立ち止まりニコリと笑ってみせた。
「収穫ならあったじゃない、なかなか面白いものがさ」
「なんですかそれ?」
疑問を口にする僕に栗見さんは楽しそうにそれを聞かれてくれた。

午後の最初の授業は島津先生担当の数学からだった。
教壇で証明の問題を説明する島津先生。
この学園で働く男性教師陣の中ではまだ若いだろうその顔が今日はやけに老けて見える。
いや正確には朝見た時よりも。
もしかして朝の問答のせいだろうか?
もしそうなら朝の栗見さんの説も現実味を帯びてくる。

栗見さん曰く、もしあの日屋上の鍵を持ち出した人物を彼が見ていてそれを聞き出せたならそれが一番理想的な結末だった。
でもみてなかったなら、残念ではあるがそれはそれでまた違う考え方もできる。
一つは本当に何もみていない可能性。
いくら席が近いとはいえ出入りの多い入り口付近意識しないと詳細に覚えてはいないだろう。
十分にあり得る事だし、それ自体は不自然じゃない。
だから島津先生が見ていないと答えたのは別段どうでも良かったと。
だから注目してたのはその挙動。
質問して詰め寄った時、彼が一体どんな反応をするのかを観察していたのだという。
正直、どう話を聞き出せば良いかばかり考えていた僕にはそんな余裕なんて無かったのでとても助かった。
だからこそあそこまで攻撃的な攻めをしたらしいのだけど、それで帰ってきたのがあの反応。
「あそこまで狼狽されるとね。もう一つの可能性も考えたくなっちゃうよね」
興奮からか舌舐めずりするその姿はまるで獲物を追い詰めた獣の様だ。
「もう一つの可能性ってなんですか?」
「島津先生自身が犯人。桐子を屋上から突き落とした殺人犯だって可能性」

改めて教壇の男に目を向ける。
数学教師にしてはガタイの良いその体は体育選手の様で、これならばあの鉄柵の向こうに人一人を落すのも可能だろう。
それに山村先輩の交際相手だとしても男性教師陣の中で一番若い島津先生ならまだ違和感もない。
だけど本当にこの人が殺人を?
目の前の男が殺人犯。
なんて現実味にない話だろう。
教師をこんな疑いの目で見る日が来るなんて思ってもいなかった。
その時たまたまだろう、僕の目と島津先生の目線が繋がる様の合った。
あっと声が出そうになる僕と、びくりと何か怯える様に目を逸らす島津先生。
その反応があまりに過剰で僕どころか周りの生徒たちもどうしたのかとざわつき始めた。
「大丈夫ですか先生?」
側から見たらその姿は生徒に怯えている様に見えただろう。
なぜそんな反応をされるかわからない僕以外の生徒は不審がりながらも異様な様子の先生に声をかけた。
一番初めに声をかけた生徒、御脇静音は純粋に心配してというよりは誰も声をかけない状況に見かねて風だったが、彼女が声をかけた事で他の生徒たちからも徐々に声が上がり出した。
「体調悪いんですか?」
「立ちくらみ?」
そんなみんなにひそひそ話に対して島津先生はなんでもないと言ったが、その顔は蒼白で誰の目から見ても大丈夫ではない事は明らかだった。
結局授業はそのまま続いたけど、島津先生は体調不良で早退だと後から聞いた。
あの過剰な反応は栗見さんの言う様に先生が犯人だからか?
そう物思いに更けていると「なぁ千草」と俊が久しぶりに僕に声をかけてきた。
少し心配そうな表情をしている。
この前のことはもう怒っていないのだろうか?
「どうしたの?」
「いや、ちょっと気になって」
また歯切れが悪い言い方だ。
こういう時はだいたいいい話じゃない。
少し心を落ち着けてから口を開く。
「気になるって何が?」
「その、千草。島津先生に何したんだ?」
その時僕はどういった表情をしていただろうか?
多分もの凄く引きつった顔をしてたんだと思う。
俊の驚く顔がそれを物語っていたから。
「その顔、さっきの島津先生みたいだぞ。俺は千草の前の席だからな島津先生が千草に反応してるってすぐにわかった」
そっかだとしたら俊もひどく驚いただろう。
あの驚愕顔を直に目てしまったのだから。
「それで、何したんだよ。あの顔は異常だって」
「何かすたのはどちらだろう」
僕のその呟きに俊は気づかなかった様だ。
さてどうしようか?
このまま黙るのは簡単だけどこれ以上俊との仲を悪くはしたくないし、栗見さんにも口ドメは特にされていない。
少しの思案の末僕はある程度俊に話をすることに決めた。
「教室じゃ話しにくいから場所変えよ」
僕がそう言い立ち上がると俊は話してもらえるのが嬉しいのか「ああ」と大きく返事をしてきた。
しおりを挟む

処理中です...