神人

宮下里緒

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12話

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待つこと5分ほどパタパタと足音に続き襖が開いて恵子が顔を出す。
「今連絡して来ました。多分30分程でこちらにくると思います。話はあの人にお願い」
「その人は誰ですか?」
「私の幼馴染です。小学生時代からの。あの人は私より断罪事件の中心にいたしその後も色々調べてたみたいだから、詳しく話が聞けると思う」
そう述べる恵子に翼は納得がいった。
やはり彼女も断罪事件になんらかの形で関わっていた様だ。
それならあの本を見た時の怯えようも、それを調査する自分たちを追い返そうとしたのも理解できると。
かつての惨劇の当事者。
これから来る人物もそうだという。
この国を震撼させた大事件の中心人物、翼もらしくなく自分に気持ちが高まって来ているのを感じた。


数十分後二人の前に姿を表したのは筋肉質な色黒の男性だった。
短く刈り上げられた短髪には白髪が少々混ざっている。
鋭い目は獰猛な肉食獣を思わせる。
痩せ型の翼と並べばより一層その猛々しさが際立つだろう。
「近衛大志だ。この二人か恵子、色々嗅ぎ回ってるってのは?」
近衛は蔑むように暗い瞳で二人を見る。
翼はその瞳の奥にある闇に声が出なくなる。
何よりもこの近衛という男の魂が今まで見た事のない在り方していた為度肝を抜かれてしまう。
「綾音ちゃんに翼くん兄妹だって」
恵子のその説明に大志はハッと笑う。
「兄妹だ?下手な嘘だな。オイ!お前たち俺に話を聞きたいんだってな。なら下らない嘘つくな、こちとらわざわざ足を運んでんだ。誠意くらい見せろや」
外見に違わず荒れた口調でそう捲し立てる大志。
こう詰め寄られては恐怖を感じてもいいが翼の意識は今まるで違う考えの中にあり綾音に至っては不敵に笑ってみせた。
「へー凄いいきなり断言するなんて。確かに私たちに手はいないけれどそこまで言い切れるには何か根拠でもあるんですか。」
目の前の中学生ほどの少女、その思わぬ切り返しに今度は大志が驚かされた。
てっきりすくみ上がるばかりだと思っていた当てが外れたからだ。
「へぇ、そちらの男と違って女の方は根性座ってるな。まぁそのくらいじゃないとこの先にはついてこれねぇか。根拠?そんなもんないさ、感だよけど間違ってねぇだろ?俺の間はよく当たるからな」
根拠なしであそこまで大きく出るとは性格も豪快の様だと綾音は分析する。
「まぁ間違っていませんよ。じゃあ改めて自己紹介します。栗見綾音です。話は聞いてるかもしれないですけど、この本と断罪事件について話を聞きたいです。叔父の失踪も関連してるかもしれませんし」
本を再び鞄から取り出して大志に見せる綾音。
大志は目を細める少し懐かしむ様な素振りを見せた。
「久しぶりに見たな。恵子、これが出た時驚いただろ?」
恵子はコクリと頷く。
「血に毛が引いた。出来れば二度とお目にかかりたくないものだったから。それより、アナタ達やっぱり兄妹じゃ無かったのね!」
騙された事に恵子はご立腹の様でキッと鋭く二人を睨む。
主に翼を。
その視線で翼もやっと会話に入ることができ。
「それについては申し訳ないです。変に勘繰られたくなかったんですよ。僕は葉口翼って言います。兄妹じゃないですけど、彼女の保護者みたいなものです。兄妹って事以外に話に嘘はありません」
そうお詫びをした。
「その本見せてもらっていいか?」
大志がそう尋ねたので綾音がカバンごと本を渡した。
「七冊揃っているのか。よく見つけたなこんなモノ。俺も長年探したけど、見つけることはできなかった。どこでコレを?」
「叔父の部屋です。部屋にいっぱい小説があってその中にありました」
大志はほーと感心する様に声を漏らす。
「コレクターだな。何モノだソイツ?」
そう聞かれて綾音は少し困った様に顔を捻る。
「さぁ?会った事ないんですよ。母、叔父の妹にあたるんですけど、母もその存在を隠してたし。部屋をたまたま見つけて、失踪しているのを知ったんです。それで部屋でこの小説を見つけて読んだら最近の自殺事件と断罪事件とな関わりがあったんで手がかり探しでここに」
「叔父の写真は?」
「カバンに中に卒アル入れてます。蓮木昼夜って書いてる人です」
大志がアルバムを取り出し、ページを捲る。
パラパラと捲る手はすぐに止まる。
「コイツだな」
「どれどれ?」
大志が指差す写真を恵子も覗き見る。
暫くその写真を見る二人だがやがて顔をあげると首を振る。
「やっぱり二人とも知らないみたいだね」
翼はそれはそうだろうと思う。
断罪事件を知る二人に話を聞けるだけでも幸運なんだ、蓮木昼夜のことまでのぞみのは欲張りすぎだろう。
それでも期待はあった。
綾音の異能は非現実を起こすこと。
きっとこの事態出会いもその力が関わっている。
なら蓮木昼夜を知るものと出会ってもおかしくはないのだから。
「この男は知らないが、この本のことなら少しわかるさ」
ポンと机に本を放り投げる大志。
よくそんなぞんざいな扱いができると翼はゾクリとする。
「出来れば聞かせてもらいたいですが」
翼が大志にそう申し出る。
表情を変えない大志の感情の動きは分からないが、暫くの沈黙の後彼はゆっくりと頷いた。
「いいだろう。そもそもここにはそのつもりで来たんだしな、ただ条件が一つある。お前達のその調査に俺も同行させろ」
そう申し出た時恵子が少し寂しそうな顔をしたのを綾音は見た。
翼が綾音を見る。
良いだろうか?という確認だろう。
勝手に話を進めても良かったが、後々文句を言われるのも面倒だからだ。
綾音は頷き了承する。
「良いですよ。こちらは問題ありません」
「よし、なら決まりだ。とりあえず話の前に恵子、お前はここから出ていけ。関わらない方がいい」
大志は恵子を見て厳しい口調でそう告げた。
反論など許さないそれは完全な命令だった。
恵子は最初こそ驚いた顔をしたがすぐに頷き立ち上がり部屋を後にした。
出て行く前に「無理はしないで」と告げて。

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