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五十八話 事件発生 ー慶介の話ー
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その電話がかかってきたのは千晃たちと別れてからほんの数十分後のことだった。
あれから私たちは特に会話もなく夜道を歩き続けた。
私の数歩前を歩く大志を私が追いかけるような形で歩く。
何で横に並んでくれないのだろうか?
これじゃ話しかけ辛くてしょうがない。
そんな沈黙の抗議を大志の背中へと投げかけ続けるが彼は一向に振り返ったりはしない。
ずけずけふてぶてしく前を進んで行くばかりだ。
こちらから話しかけようにもなんと言えばいいのかが分からなかった。
そもそも今日までずっと仲違いしてたんだ、話したいことは山のようにあったはずなのにいざこうして二人っきりになると口は重く言葉は喉につっかえたままだ。
なにかを話そうと考えるほど頭の中の混乱は激しさを増し私はいたたまれなくなり意味もなくスマホを取り出すとLINEを開く。
新着のメッセージは特になく仕方なくタイムラインの方に目をやると二時間ほど前に修のヤツが投稿をしていた。
内容は、彼女とのデートといつものお決まりのものだ。
百合と付き合いだしてからの修の投稿内容は八割がたがコレなんだから苦笑しかもれない。
今回は、二人で天体観測というもの。
アイツ、星になんか興味あっただろうか?
そんな疑問を抱きつつとりあえず、こんな寒い中百合を付き合わせるな!とだけコメントしておいた。
投稿された写真には二人が寄り合っている笑っていた。
修は変わらない幸せそうな笑顔で百合も同じくなんだけど少し表情が硬く見えた。
なんだろう?
やっぱりこの寒空の下ではさすがに人の良い百合もきつかったのかな?
百合にバカな彼氏のせいで風邪ひかなかった?とメッセージを送ろうとしたところで大志が不意に立ち止った。
「お前さ、こんな夜遅くによく出かけてんの?」
「え?そりゃ、用事があれば出ることはあるけど・・」
「一人で?」
「別に子供じゃないだしいいでしょ」
少しおちゃらけながら返すが大志は真顔のままだ。
元々、子供のころから可愛げのある顔ではなかったけど成長するにしたがってより目つきが鋭くなったせいか言いはしないけど凶悪犯のような面構えだ。
そう表情無い目で見られると少しすくんでしまう。
「お前は、今の現状をよく考えて行動しろよ。こんな事件が起こっている中なんもかんがえずに出歩くなんてお前ぐらいのもんだぞバカ女」
はて?
これは私のことを心配していってくれているんだろうか?
感情を見せない大志からはその真意がうかがえない。
どう言葉を返すべきかと思案していると手の中のスマホが桁ましく音を立て、電話の着信を知らせてきた。
私は反射的に相手も確認せず電話に出る。
「もしもし?恵子」
聞こえてきたのは脳をとろけさせるかのような甘いかわいらしい声。
それが一瞬誰だか分からなかったけど、一切の抑揚のない平坦な波のない口調、その特殊な喋り方から正体はすぐに判明した。
「なんだ、慶介か。どうした?」
そう、電話の相手は道長慶介。
最近の彼は、容姿だけでなく声まで女の子のそれだ。
本当に性別が男なのかも疑わしくなってくる。
以前はこんなこと思わなかったのになんで最近になって気になりだしたんだろう?
ふと、そんなことを思った。
「アンタが電話なんて珍しいね」
そう、慶介とは付き合いの長い私だけど、彼の方から連絡をよこすなんてことは今までほとんどなかった。
ほとんど?
いや、思い返せばまったくというっていいほどなかったような気もする。
そんな彼からの連絡、よほどの内容だということは簡単に想像がついた。
「恵子。今から言うこと落ち着いて聞いて。百合が襲われた、話を詳しく聞きたいなら駅前まで来てくれ、そこに俺と修もいる。気が進まないなら来なくてもいい。それじゃ、この言伝、大志にもよろしく」
長さにしてほんの十数秒ほどの電話、それが切れると同時に私は半ば半狂乱になりながら大志に駆け寄った。
三丸駅、ここはいつ来てもさびれたこの街を象徴するかのようにいつ来ても人の姿はなく改札口だけが寂しげに口を開けているだけだ。
そんな寂しさを紛らわすためだろうか、駅前には一本の木が植えられていて(なんの木かはわからない)それを取り囲むようにベンチが設けられている。
普段ならそこに居座る人物なんているわけもないが今日は二人の人物がそこにいた。
ひとりは桐村修、顔はこちらに向けられていない為その表情は見て取れないがベンチに座りひどくうなだれている様子から恵子からから聞いた話は真実だったというわけか。
そしてもう一人の人物、道長慶介はその長い髪をたなびかせながらまっすぐにこちらを見据え立っていた。
二人を発見した恵子は脱兎のごとくかけていく。
「百合は!!」
「今はもう寮に戻っているよ。大きな怪我とかはないみたいだったから」
その言葉を聞き少しは心に余裕が持てたのか、恵子は詰め寄っていた慶介から少し距離を離す。
けど事そんな簡単なものではないことは修の様子を見れば一目瞭然だ。
近づき目に見てとれた修はまさに幽鬼の類のようで俺たちの姿などまるで見えていないように見えた。
いや、俺たちどころかすべてがその目からは零れ落ちているようだった。
「慶介、何があった」
「大志、久しぶり。こうして話すのはいつ以来かな。うん、七川浅利の葬儀以来だから約四年ぶりかな。こんな小さな町にいるのに俺を避けてたのかい?」
俺の質問、恵子の困惑、修の現状、それらすべてがまるでどうでもいいかのようにのんきにあまりにも場違いなことを言い出した。
「そんなことはどうでもいい、何があったか言え」
怒気は強くそれはもう殺気に近いものがあったが、ヤクザだろうと多少はひるませることのできる俺の威圧を慶介はそれこそ吹く風のごとく受け流す。
「そんなに急いでも、結果は変わらないよ。別にいいけどね。とはいっても俺は彼らを見つけただけだから詳しくは話せないけど」
そこで慶介は言葉を区切り俺と恵子の双方の顔を見る、それがどうやら覚悟は出来ているかという確認だと分かり俺たちは小さく頷いた。
俺たちの意志が慶介にはいったいどう映ったのだろうか?
その無機質なほの暗い瞳からは何も読み取れなかった。
「俺が、彼らを発見したのは一時間ほど前のこと。俺がたまたま井下川の橋の下にいた二人を見つけたんだ」
井下川はこの三丸駅と百合の通う学園のちょうど間に位置する小さな川だ。
その橋を覆わんとする入道雲のように無駄に大きな無骨な橋は列車を通すだけに作られた見栄えの悪いもの。
辺りには何もないだけにその橋はより圧迫感があるものとしてそこに存在している。
まるでこの空間は自分のものだと主張せんばかりに。
だけど、あんな場所をとおるようなんてなんだ?
それにあそこは街灯すらないはず、一時間前といったら辺りはもう暗闇、夜目のない人間にどうやって彼らの姿をとらえることが出来たのだろうか?
「見てすぐに尋常ではないことだと分かったよ。修は縛られてるし百合はほとんど裸の状態で倒れていたからね」
その言葉に恵子が悲鳴にも似た声をあげた。
それと比べ俺の心は憤りこそあれど頭はやけに冷え切っていた。
襲われた、その知らせを聞いた時点で想像はしていたがやはりそういうことだったかやはりそうだったかと納得する自分がいる。
女が裸で倒れていた、それから連想できることは一つつまりはそういうことなんだろう。
話によると修は近くに居たようだが、それならあの状態も納得できる。
自分の彼女が目の前で凌辱されるのだ。
誰よりも守りたい人が目の前で凌辱されごみのように捨てられる、その精神的ショックはまさに自分を殺したくなるほどのものだろう。
いや、ある意味修は死んでいる。
あの生気のない目、体はなんの不自由もなく機能してるが中身、心の方は飛散というより霧散し消え去ってしまっているように見えた。
あの顔はあの死んだ目は知っている。
最初、あの施設で出会ったころの俺を含めた皆の顔だ。
家族を失い、なぜ自分たちがここにいるのかもわからなくてなんでここで息をして生きているのかも分からなかった頃のただ生きているだけの自己のない存在。
あれは、駄目だ。
そんな考えが頭をよぎる。
少なくとも短時間の間に元通りの修に戻ることは不可能だろう、あそこまで壊れてしまったんならそれこそ元に戻るにはかつての俺たちのように長い時間と多くの支えがなければいけない。
けど、そんな修の状況に疑問も残る。
彼女である百合が目の前で襲われたそれにショックを受けるのは分かるだがそれでああも抜け殻に修がなるのは少しばかり疑問に感じるところだ。
自分自身を殺したくなるほど憎む修の気持ちはわかるけれど、その怒りは自分だけではなくこれを行った犯人に向いてしかるべきものだ。
なのに修にはそんなそぶりがない、なぜ?
「大志。桐村修がなぜ怒りをおびていないのか気になっているね」
ギクリとした。
慶介が俺の考えを読んだから、ではない。
その漆黒の目がギョロリとまるで金魚鉢をのぞき込む子供のように俺の目を見ていたからだ。
まるですべてを飲み込むブラックホールのような漆黒。
俺はごくりと息をのんだ。
「それが知りたいならこれを見ればいいよ」
そう言うと慶介はいつから持っていたのか黒いビデオカメラをこちらへと渡そうとしてきた。
「なんだそれ?」
ビデオカメラをよこすということはその中に撮られているものを見ろという意味なのだろうけど、どう考えても写っているものは一つしか想像できない。
「なにって、金城百合が襲われている映像が映っているのだけど」
その言葉が終わると同時にだったろうか?
恵子は無言のまま慶介の手にあったビデオカメラを弾き飛ばした。
カシャンと軽い音を立て地に落ちるビデオカメラを慶介は全く見ようともせず、その瞳は俺たちから外れようとしない。
まるで俺たちを監視でもするかのように。
「恵子」
蒼白のまま立ち尽くす恵子の肩を引き一歩後ろに下がらせる。
このまま恵子を慶介の前に立たせるのは良くないしこれではまともに会話もできないと判断しての行動だった。
すると恵子は、まるで糸が切れたようにその場に座り込むとかすかなうめき声をあげ、胃の中のものをすべて出し切るかのように嘔吐をしだした。
精神的な限界が来たのだろう。
なにをすればこういった時どんな対応をすればいいか分からない俺はそんなどうでもいい分析をする。
いや、何かを考えることでこの現状から逃げ出したかったのかもしれない。
そんな立ち尽くすだけの俺とは対照的に慶介はすぐに行動に出た。
恵子の背後にまわり背中をさする慶介、けど恵子は言葉にならない言葉を喚きながら慶介を振り払おうとする。
その暴れっぷりは誰かを傷つけるというよりまるで自分を傷つけているようでとても痛ましかった。
「眠りなさい」
それはどのような魔法なのか?
慶介の声が聞こえたかと思ったら恵子はかくっと首をうなだれ動かなくなってしまった。
驚き、近づいてみるとそこには先ほどの鬼気迫る顔などどこに行ったのかというほど穏やかな顔で寝息をたててる恵子がいた。
「いったい・・・」
何が起こった?
「話の邪魔なので眠らせました」
それがいつもとは違う口調、それに街灯に照らされた髪色がいつもより薄く見えたせいかなんだか別人のように思えた。
「おまえ、何をした?」
「さてね。それより話の続きをしよう」
取り合う気はないのだろうビデオカメラを拾い見ろと言わんばかりに俺に差し出してくる慶介。
俺はその手を首を振り拒絶した。
「それは駄目だ。そこにあるのは百合にとっての地獄だ。その地獄は百合だけのもの俺が知っていいものじゃない」
「真実につながることだとしても?」
「ああ、いや。コレは単なる逃げだな、俺は怖いんだよこれを見ることでコレ以上何かを背負ってしまうことが。コレ以上抱え込みたくないんだ」
それは惨めで醜い弱音だった。
「ヤクザすら黙らせる男の言葉とは思えないほど弱々しいね。とても臆病に見える」
「最初からそんなもんだよ俺は。弱いから虚勢を張ってた。弱いから自分を磨いた。でも何も守れなくて、今あるものがいつなくなるのビクビクしてる小心者だ」
こんなこと言って慶介は笑うだろうかそれとも呆れるだろうか?
けれど、俺のそんな思いとは違い慶介の顔はあくまで無表情のままだった。
「いいさ、別にこれを無理に見せる気はない。けど話は聞いてもらうよそれくらいの覚悟は出来ているんだろ?」
「ああ」
「簡潔に言うと百合は別に犯されてはいないよ。服をはぎ取られて裸を撮影されただけ見たい。体の方の心配がないのはそのためだよ」
「犯されてはいない?」
それは意外で多少救いを感じる事実だった。
だが疑問は増すばかりだ。
犯さなかったということは相手は単に体を狙ったというわけではないということで、そこには必ず何か思惑があるはずで、でもそれが分からない。
それに、あの百合を前にして情欲を押さえれるものだろうか?
あの女はそれ程までに男を引く存在だった、あの魅惑に耐えれる奴なんているのか?
なら相手は女?
まさか、百合はあれで隙のない奴だ女相手にいや相手が男だろうと屈ることは無いだろう。
だから、この現状が信じられない自分がいる。
それに、百合本人に何らかの憎しみがあっての犯行だとしたらそれこそ犯すなどもっと手ひどい仕打ちがあっただろう、なのにあくまで裸をとるだけにとどめた理由は何だ?
しかもせっかくとったその映像を置いて行ってしまうなんて何を考えている?
正直やり方が手ぬるい、これはほんとに百合を狙っての犯行だったのか?
それとも、俺はいまだうなだれている修の方へ視線を移す。
「ああ、気付いた大志。そうだよ。相手の狙いは金城百合じゃない桐村修の方だっただよ」
やっぱりそうか。
それなら、百合を襲うという手は絶大な効果があるだろう修にとって百合は己の全てと言ってもいいほどに絶大な存在だった。
そんな彼女が目の前で嬲られるのだ彼氏としても修個人としてもこれほどの痛みはないだろう。
「カメラの中の人物、つまり犯人なんだけどそれはこういってたよ。『この女がこのような屈辱を受けるのはお前の責任だ。お前の過去の罪がこんな事態を招いた、コレは断罪だ自分お罪を自覚しながらも裁かれずにいるお前へのせめてもの罰だ。だから後悔しろお前が甲光凪沙にした行いを』そんな声が裸にされた百合の映像と一緒に録音されてた。ああ、声の方はこもっていて男か女かも分からなかったよ残念ながらね」
「甲光凪沙?誰だそれは?」
まったく聞き覚えのない名前、少し考えてみるがやはり記憶にはなかった。
「ああ、大志はあったことなかったね。百合の友達だった子でね俺たちは何回か一緒に遊んだりしたんだ」
「俺たち?」
「そう、俺と恵子と修と威久。ああ、死んだ七川浅利もだね」
かつてのクラスメートに対する冷たい言い方に感じるものがないこともないがここは黙っていることにする。
そもそも慶介がこんな奴だということは前から知っていることだ。
死者にたいしてなにかを思うようなことはしない彼はそんな奴だ。
「それで、修の奴がその甲光って女に何をしたんだ?」
「そこまではなんとも。このビデオでも言ってなかったし。ただ、その甲光凪沙少し前にね死んだんだよ」
「まてよ、たしか胡桃宮で女子学生が一人自殺してたな。しかも薬物中毒だったとか」
「そう、今はやりのヒプノシス・ブレイン」
ヒプノシス・ブレイン、青渕の奴が雄一郎に飲ませてた薬だな。
あれは、荒身組の奴らが扱っていた品だ、ならその甲光ってやつもそこと関わりがあったのか?
それとも、かかわりのある奴らに騙された被害者だったのか?
自殺したという現状から察するにたぶん騙されてだろう。
あくまで推測だけど。
にしてもここで荒身組が絡んでくるのか。
俺のチームと奴らの仲は冷戦のような状態、被害を出さないためにもこのままのお互いをけん制しあう関係を続けたかったが。
「それともう一つ、今はやりのものが現場に残されていてね。俺が見つけたとき金城百合は半裸だったんだけどアレの腹部に刻まれていたよドクロのマークが」
筋肉が、全身の筋肉が硬直したのが自分でもわかった。
断罪事件、このマークが意味する者はそれだ。
もちろん模倣犯って可能性もあるが。
「大体のことは分かった。つまり修は甲光って女のことで誰かに恨みを買いその復讐として百合が襲われた犯人は不明、修がその女に何をしたのかも不明。甲光本人は自殺をしていて詳細は不明、修もこの状態だ口は割らないだろうっていうかまともに会話できるかも怪しいしな。手がかりとしては甲光は薬物中毒だったという事実だけ。そして残されたそのマークからコレは断罪事件の一つかもしれないってことか」
「まぁ、おおむねそんな感じだね。それで大志はどうするの?」
「どうするも何もないさ。犯人は分からないし事が事だあまりおおっぴらにはしたくないな。それに今はコイツを家まで運ばないと」
俺は慶介の腕から眠りこけている恵子を奪い背中に担ぐ。
初めて背負った恵子の体は予想よりもさらに軽かった。
「ああ、そうだね。このまま放置ってのも体に悪い。言うべきことは伝えたし帰るか」
「修の方は」
俺らの話など全く耳に入っていないのだろう変わらずうなだれている修に目をやる。
「ああ、コレは俺が運んでおくよ。大志は恵子を頼むね」
「それはいいがお前ひとりで大丈夫か?」
「心配はいらないよ。・・・今のコレは何もできません」
丁寧さと軽薄さの入り混じった言葉使いからは一切の信頼の情など感じられず、俺はもしかして慶介は修が何をしたのか知っているじゃないかと疑いを持ってしまう。
「大志、さようなら」
バイバイと手を振る慶介はなんだか話をここで切りたがっているようにも思えたが変に追及するのはなんだか気が引けた。
それは、久しぶりに会う慶介の様子がまるで別人のように感じたからかも知れない。
だから、今は一番の違和感を一言だけ彼に告げることにした。
「お前さ、その妙な敬語なんなの?」
あれから私たちは特に会話もなく夜道を歩き続けた。
私の数歩前を歩く大志を私が追いかけるような形で歩く。
何で横に並んでくれないのだろうか?
これじゃ話しかけ辛くてしょうがない。
そんな沈黙の抗議を大志の背中へと投げかけ続けるが彼は一向に振り返ったりはしない。
ずけずけふてぶてしく前を進んで行くばかりだ。
こちらから話しかけようにもなんと言えばいいのかが分からなかった。
そもそも今日までずっと仲違いしてたんだ、話したいことは山のようにあったはずなのにいざこうして二人っきりになると口は重く言葉は喉につっかえたままだ。
なにかを話そうと考えるほど頭の中の混乱は激しさを増し私はいたたまれなくなり意味もなくスマホを取り出すとLINEを開く。
新着のメッセージは特になく仕方なくタイムラインの方に目をやると二時間ほど前に修のヤツが投稿をしていた。
内容は、彼女とのデートといつものお決まりのものだ。
百合と付き合いだしてからの修の投稿内容は八割がたがコレなんだから苦笑しかもれない。
今回は、二人で天体観測というもの。
アイツ、星になんか興味あっただろうか?
そんな疑問を抱きつつとりあえず、こんな寒い中百合を付き合わせるな!とだけコメントしておいた。
投稿された写真には二人が寄り合っている笑っていた。
修は変わらない幸せそうな笑顔で百合も同じくなんだけど少し表情が硬く見えた。
なんだろう?
やっぱりこの寒空の下ではさすがに人の良い百合もきつかったのかな?
百合にバカな彼氏のせいで風邪ひかなかった?とメッセージを送ろうとしたところで大志が不意に立ち止った。
「お前さ、こんな夜遅くによく出かけてんの?」
「え?そりゃ、用事があれば出ることはあるけど・・」
「一人で?」
「別に子供じゃないだしいいでしょ」
少しおちゃらけながら返すが大志は真顔のままだ。
元々、子供のころから可愛げのある顔ではなかったけど成長するにしたがってより目つきが鋭くなったせいか言いはしないけど凶悪犯のような面構えだ。
そう表情無い目で見られると少しすくんでしまう。
「お前は、今の現状をよく考えて行動しろよ。こんな事件が起こっている中なんもかんがえずに出歩くなんてお前ぐらいのもんだぞバカ女」
はて?
これは私のことを心配していってくれているんだろうか?
感情を見せない大志からはその真意がうかがえない。
どう言葉を返すべきかと思案していると手の中のスマホが桁ましく音を立て、電話の着信を知らせてきた。
私は反射的に相手も確認せず電話に出る。
「もしもし?恵子」
聞こえてきたのは脳をとろけさせるかのような甘いかわいらしい声。
それが一瞬誰だか分からなかったけど、一切の抑揚のない平坦な波のない口調、その特殊な喋り方から正体はすぐに判明した。
「なんだ、慶介か。どうした?」
そう、電話の相手は道長慶介。
最近の彼は、容姿だけでなく声まで女の子のそれだ。
本当に性別が男なのかも疑わしくなってくる。
以前はこんなこと思わなかったのになんで最近になって気になりだしたんだろう?
ふと、そんなことを思った。
「アンタが電話なんて珍しいね」
そう、慶介とは付き合いの長い私だけど、彼の方から連絡をよこすなんてことは今までほとんどなかった。
ほとんど?
いや、思い返せばまったくというっていいほどなかったような気もする。
そんな彼からの連絡、よほどの内容だということは簡単に想像がついた。
「恵子。今から言うこと落ち着いて聞いて。百合が襲われた、話を詳しく聞きたいなら駅前まで来てくれ、そこに俺と修もいる。気が進まないなら来なくてもいい。それじゃ、この言伝、大志にもよろしく」
長さにしてほんの十数秒ほどの電話、それが切れると同時に私は半ば半狂乱になりながら大志に駆け寄った。
三丸駅、ここはいつ来てもさびれたこの街を象徴するかのようにいつ来ても人の姿はなく改札口だけが寂しげに口を開けているだけだ。
そんな寂しさを紛らわすためだろうか、駅前には一本の木が植えられていて(なんの木かはわからない)それを取り囲むようにベンチが設けられている。
普段ならそこに居座る人物なんているわけもないが今日は二人の人物がそこにいた。
ひとりは桐村修、顔はこちらに向けられていない為その表情は見て取れないがベンチに座りひどくうなだれている様子から恵子からから聞いた話は真実だったというわけか。
そしてもう一人の人物、道長慶介はその長い髪をたなびかせながらまっすぐにこちらを見据え立っていた。
二人を発見した恵子は脱兎のごとくかけていく。
「百合は!!」
「今はもう寮に戻っているよ。大きな怪我とかはないみたいだったから」
その言葉を聞き少しは心に余裕が持てたのか、恵子は詰め寄っていた慶介から少し距離を離す。
けど事そんな簡単なものではないことは修の様子を見れば一目瞭然だ。
近づき目に見てとれた修はまさに幽鬼の類のようで俺たちの姿などまるで見えていないように見えた。
いや、俺たちどころかすべてがその目からは零れ落ちているようだった。
「慶介、何があった」
「大志、久しぶり。こうして話すのはいつ以来かな。うん、七川浅利の葬儀以来だから約四年ぶりかな。こんな小さな町にいるのに俺を避けてたのかい?」
俺の質問、恵子の困惑、修の現状、それらすべてがまるでどうでもいいかのようにのんきにあまりにも場違いなことを言い出した。
「そんなことはどうでもいい、何があったか言え」
怒気は強くそれはもう殺気に近いものがあったが、ヤクザだろうと多少はひるませることのできる俺の威圧を慶介はそれこそ吹く風のごとく受け流す。
「そんなに急いでも、結果は変わらないよ。別にいいけどね。とはいっても俺は彼らを見つけただけだから詳しくは話せないけど」
そこで慶介は言葉を区切り俺と恵子の双方の顔を見る、それがどうやら覚悟は出来ているかという確認だと分かり俺たちは小さく頷いた。
俺たちの意志が慶介にはいったいどう映ったのだろうか?
その無機質なほの暗い瞳からは何も読み取れなかった。
「俺が、彼らを発見したのは一時間ほど前のこと。俺がたまたま井下川の橋の下にいた二人を見つけたんだ」
井下川はこの三丸駅と百合の通う学園のちょうど間に位置する小さな川だ。
その橋を覆わんとする入道雲のように無駄に大きな無骨な橋は列車を通すだけに作られた見栄えの悪いもの。
辺りには何もないだけにその橋はより圧迫感があるものとしてそこに存在している。
まるでこの空間は自分のものだと主張せんばかりに。
だけど、あんな場所をとおるようなんてなんだ?
それにあそこは街灯すらないはず、一時間前といったら辺りはもう暗闇、夜目のない人間にどうやって彼らの姿をとらえることが出来たのだろうか?
「見てすぐに尋常ではないことだと分かったよ。修は縛られてるし百合はほとんど裸の状態で倒れていたからね」
その言葉に恵子が悲鳴にも似た声をあげた。
それと比べ俺の心は憤りこそあれど頭はやけに冷え切っていた。
襲われた、その知らせを聞いた時点で想像はしていたがやはりそういうことだったかやはりそうだったかと納得する自分がいる。
女が裸で倒れていた、それから連想できることは一つつまりはそういうことなんだろう。
話によると修は近くに居たようだが、それならあの状態も納得できる。
自分の彼女が目の前で凌辱されるのだ。
誰よりも守りたい人が目の前で凌辱されごみのように捨てられる、その精神的ショックはまさに自分を殺したくなるほどのものだろう。
いや、ある意味修は死んでいる。
あの生気のない目、体はなんの不自由もなく機能してるが中身、心の方は飛散というより霧散し消え去ってしまっているように見えた。
あの顔はあの死んだ目は知っている。
最初、あの施設で出会ったころの俺を含めた皆の顔だ。
家族を失い、なぜ自分たちがここにいるのかもわからなくてなんでここで息をして生きているのかも分からなかった頃のただ生きているだけの自己のない存在。
あれは、駄目だ。
そんな考えが頭をよぎる。
少なくとも短時間の間に元通りの修に戻ることは不可能だろう、あそこまで壊れてしまったんならそれこそ元に戻るにはかつての俺たちのように長い時間と多くの支えがなければいけない。
けど、そんな修の状況に疑問も残る。
彼女である百合が目の前で襲われたそれにショックを受けるのは分かるだがそれでああも抜け殻に修がなるのは少しばかり疑問に感じるところだ。
自分自身を殺したくなるほど憎む修の気持ちはわかるけれど、その怒りは自分だけではなくこれを行った犯人に向いてしかるべきものだ。
なのに修にはそんなそぶりがない、なぜ?
「大志。桐村修がなぜ怒りをおびていないのか気になっているね」
ギクリとした。
慶介が俺の考えを読んだから、ではない。
その漆黒の目がギョロリとまるで金魚鉢をのぞき込む子供のように俺の目を見ていたからだ。
まるですべてを飲み込むブラックホールのような漆黒。
俺はごくりと息をのんだ。
「それが知りたいならこれを見ればいいよ」
そう言うと慶介はいつから持っていたのか黒いビデオカメラをこちらへと渡そうとしてきた。
「なんだそれ?」
ビデオカメラをよこすということはその中に撮られているものを見ろという意味なのだろうけど、どう考えても写っているものは一つしか想像できない。
「なにって、金城百合が襲われている映像が映っているのだけど」
その言葉が終わると同時にだったろうか?
恵子は無言のまま慶介の手にあったビデオカメラを弾き飛ばした。
カシャンと軽い音を立て地に落ちるビデオカメラを慶介は全く見ようともせず、その瞳は俺たちから外れようとしない。
まるで俺たちを監視でもするかのように。
「恵子」
蒼白のまま立ち尽くす恵子の肩を引き一歩後ろに下がらせる。
このまま恵子を慶介の前に立たせるのは良くないしこれではまともに会話もできないと判断しての行動だった。
すると恵子は、まるで糸が切れたようにその場に座り込むとかすかなうめき声をあげ、胃の中のものをすべて出し切るかのように嘔吐をしだした。
精神的な限界が来たのだろう。
なにをすればこういった時どんな対応をすればいいか分からない俺はそんなどうでもいい分析をする。
いや、何かを考えることでこの現状から逃げ出したかったのかもしれない。
そんな立ち尽くすだけの俺とは対照的に慶介はすぐに行動に出た。
恵子の背後にまわり背中をさする慶介、けど恵子は言葉にならない言葉を喚きながら慶介を振り払おうとする。
その暴れっぷりは誰かを傷つけるというよりまるで自分を傷つけているようでとても痛ましかった。
「眠りなさい」
それはどのような魔法なのか?
慶介の声が聞こえたかと思ったら恵子はかくっと首をうなだれ動かなくなってしまった。
驚き、近づいてみるとそこには先ほどの鬼気迫る顔などどこに行ったのかというほど穏やかな顔で寝息をたててる恵子がいた。
「いったい・・・」
何が起こった?
「話の邪魔なので眠らせました」
それがいつもとは違う口調、それに街灯に照らされた髪色がいつもより薄く見えたせいかなんだか別人のように思えた。
「おまえ、何をした?」
「さてね。それより話の続きをしよう」
取り合う気はないのだろうビデオカメラを拾い見ろと言わんばかりに俺に差し出してくる慶介。
俺はその手を首を振り拒絶した。
「それは駄目だ。そこにあるのは百合にとっての地獄だ。その地獄は百合だけのもの俺が知っていいものじゃない」
「真実につながることだとしても?」
「ああ、いや。コレは単なる逃げだな、俺は怖いんだよこれを見ることでコレ以上何かを背負ってしまうことが。コレ以上抱え込みたくないんだ」
それは惨めで醜い弱音だった。
「ヤクザすら黙らせる男の言葉とは思えないほど弱々しいね。とても臆病に見える」
「最初からそんなもんだよ俺は。弱いから虚勢を張ってた。弱いから自分を磨いた。でも何も守れなくて、今あるものがいつなくなるのビクビクしてる小心者だ」
こんなこと言って慶介は笑うだろうかそれとも呆れるだろうか?
けれど、俺のそんな思いとは違い慶介の顔はあくまで無表情のままだった。
「いいさ、別にこれを無理に見せる気はない。けど話は聞いてもらうよそれくらいの覚悟は出来ているんだろ?」
「ああ」
「簡潔に言うと百合は別に犯されてはいないよ。服をはぎ取られて裸を撮影されただけ見たい。体の方の心配がないのはそのためだよ」
「犯されてはいない?」
それは意外で多少救いを感じる事実だった。
だが疑問は増すばかりだ。
犯さなかったということは相手は単に体を狙ったというわけではないということで、そこには必ず何か思惑があるはずで、でもそれが分からない。
それに、あの百合を前にして情欲を押さえれるものだろうか?
あの女はそれ程までに男を引く存在だった、あの魅惑に耐えれる奴なんているのか?
なら相手は女?
まさか、百合はあれで隙のない奴だ女相手にいや相手が男だろうと屈ることは無いだろう。
だから、この現状が信じられない自分がいる。
それに、百合本人に何らかの憎しみがあっての犯行だとしたらそれこそ犯すなどもっと手ひどい仕打ちがあっただろう、なのにあくまで裸をとるだけにとどめた理由は何だ?
しかもせっかくとったその映像を置いて行ってしまうなんて何を考えている?
正直やり方が手ぬるい、これはほんとに百合を狙っての犯行だったのか?
それとも、俺はいまだうなだれている修の方へ視線を移す。
「ああ、気付いた大志。そうだよ。相手の狙いは金城百合じゃない桐村修の方だっただよ」
やっぱりそうか。
それなら、百合を襲うという手は絶大な効果があるだろう修にとって百合は己の全てと言ってもいいほどに絶大な存在だった。
そんな彼女が目の前で嬲られるのだ彼氏としても修個人としてもこれほどの痛みはないだろう。
「カメラの中の人物、つまり犯人なんだけどそれはこういってたよ。『この女がこのような屈辱を受けるのはお前の責任だ。お前の過去の罪がこんな事態を招いた、コレは断罪だ自分お罪を自覚しながらも裁かれずにいるお前へのせめてもの罰だ。だから後悔しろお前が甲光凪沙にした行いを』そんな声が裸にされた百合の映像と一緒に録音されてた。ああ、声の方はこもっていて男か女かも分からなかったよ残念ながらね」
「甲光凪沙?誰だそれは?」
まったく聞き覚えのない名前、少し考えてみるがやはり記憶にはなかった。
「ああ、大志はあったことなかったね。百合の友達だった子でね俺たちは何回か一緒に遊んだりしたんだ」
「俺たち?」
「そう、俺と恵子と修と威久。ああ、死んだ七川浅利もだね」
かつてのクラスメートに対する冷たい言い方に感じるものがないこともないがここは黙っていることにする。
そもそも慶介がこんな奴だということは前から知っていることだ。
死者にたいしてなにかを思うようなことはしない彼はそんな奴だ。
「それで、修の奴がその甲光って女に何をしたんだ?」
「そこまではなんとも。このビデオでも言ってなかったし。ただ、その甲光凪沙少し前にね死んだんだよ」
「まてよ、たしか胡桃宮で女子学生が一人自殺してたな。しかも薬物中毒だったとか」
「そう、今はやりのヒプノシス・ブレイン」
ヒプノシス・ブレイン、青渕の奴が雄一郎に飲ませてた薬だな。
あれは、荒身組の奴らが扱っていた品だ、ならその甲光ってやつもそこと関わりがあったのか?
それとも、かかわりのある奴らに騙された被害者だったのか?
自殺したという現状から察するにたぶん騙されてだろう。
あくまで推測だけど。
にしてもここで荒身組が絡んでくるのか。
俺のチームと奴らの仲は冷戦のような状態、被害を出さないためにもこのままのお互いをけん制しあう関係を続けたかったが。
「それともう一つ、今はやりのものが現場に残されていてね。俺が見つけたとき金城百合は半裸だったんだけどアレの腹部に刻まれていたよドクロのマークが」
筋肉が、全身の筋肉が硬直したのが自分でもわかった。
断罪事件、このマークが意味する者はそれだ。
もちろん模倣犯って可能性もあるが。
「大体のことは分かった。つまり修は甲光って女のことで誰かに恨みを買いその復讐として百合が襲われた犯人は不明、修がその女に何をしたのかも不明。甲光本人は自殺をしていて詳細は不明、修もこの状態だ口は割らないだろうっていうかまともに会話できるかも怪しいしな。手がかりとしては甲光は薬物中毒だったという事実だけ。そして残されたそのマークからコレは断罪事件の一つかもしれないってことか」
「まぁ、おおむねそんな感じだね。それで大志はどうするの?」
「どうするも何もないさ。犯人は分からないし事が事だあまりおおっぴらにはしたくないな。それに今はコイツを家まで運ばないと」
俺は慶介の腕から眠りこけている恵子を奪い背中に担ぐ。
初めて背負った恵子の体は予想よりもさらに軽かった。
「ああ、そうだね。このまま放置ってのも体に悪い。言うべきことは伝えたし帰るか」
「修の方は」
俺らの話など全く耳に入っていないのだろう変わらずうなだれている修に目をやる。
「ああ、コレは俺が運んでおくよ。大志は恵子を頼むね」
「それはいいがお前ひとりで大丈夫か?」
「心配はいらないよ。・・・今のコレは何もできません」
丁寧さと軽薄さの入り混じった言葉使いからは一切の信頼の情など感じられず、俺はもしかして慶介は修が何をしたのか知っているじゃないかと疑いを持ってしまう。
「大志、さようなら」
バイバイと手を振る慶介はなんだか話をここで切りたがっているようにも思えたが変に追及するのはなんだか気が引けた。
それは、久しぶりに会う慶介の様子がまるで別人のように感じたからかも知れない。
だから、今は一番の違和感を一言だけ彼に告げることにした。
「お前さ、その妙な敬語なんなの?」
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