断罪

宮下里緒

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六十三話 彼の殺人

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決断にはきっかけがいる。

それが今後の人生を左右するようなものならなおさらだ。

そういった意味で俺の人生を運命づけたのは響司彼の存在が大きいだろう。

恵子は俺が変わってしまったと思っていたようだけど、もしそう感じたんならそれは司の変貌がきっかけだったんだと思う。

アイツが変わり始めたのはちょうど時実先生が死んだ頃、それまでのアイツは犯罪者とか悪人とかを険悪する素振りこそあれど態度に出るくらいのものだった。

俺はアイツのそんな気持ちを理解しているつもりでいた。

俺だって事件とかのニュースを見る度に憤りに駆られることがあった。

その手の話を聞くたびにかつての自身の事件を思い出し犯人に対する頭に湧くような怒りに駆られた。

だからだろう、俺は自分と同じ気持ちを持つ司に近親感を覚えたんだ。

そんなアイツがあの事件の後不意にこんなことを言った。

『やっぱり、汚れたモノは全て捨てるべきだよね』

院長先生の写真を眺めながらそう呟いた司、その時の俺はその言葉の意味を理解できないでいた。

汚れたモノというのはつまるところ悪事を働いた人間のこと、そしてそれを裁くのは同じ穴のムジナたち、そうなることで綺麗なものは一切汚れずゴミだけをこの世から処分できる。

それがアイツの思い浮かべた理想だった。

そんなこと出来るわけがない、そう笑った俺の予想とは反して司の理想は今現実のものとなりつつある。



恵子を家に送り届けた俺は彼女をベッドに寝かしつけた後どうしたものかとリビングの椅子に腰を掛けとりあえず待機をしていた。

正直、秋瀬と恵子の家に恵子と二人っきりというこの状況は俺にとってとても居心地の悪いものだったが意識のない恵子を置いていくというのはそれ以上に気が引けた。



恵子と秋瀬の部屋は何度か恵子には内緒で上がり込んだりもしたが前と変わらずこじんまりとしつつも綺麗に片づけられて清潔感に満ちていた。

まぁ、細かいことにうるさい恵子がいるんだ散らかしようはないだろうが。

ここは本当に穏やかな空気に満ちていた。

俺がアルマゲドンの連中と一緒に居る時に感じるあの殺伐とした冷たさはそこにはなかった。

ああ、確かにここには恵子と秋瀬二人の思いや愛情が感じられて肩身が狭い。

そんな若干の居心地の悪さを感じながら何気なくスマホを見るとLineが来ていることに今気が付いた。

開いてみると法事からの着信履歴があった。

それも六件も。

恵子を担いでいたから気づかなかったんだろうが、そんな短時間にこれだけの着信、何らかの異常事態が起きたというわけだろう。

嫌な動悸を感じながら電話をかけると法事は5コールもしないうちに出てくれた。

「大志さん!よかったやっとつながった」

「どうした法事、何があった?」

「それが、荒身組がなんか襲撃されたみたいで今ネットのニュースにもでててそれで」

その文脈のまとまらない話っぷりから法事がひどく混乱しているのは聞き取れたが、荒身組が襲撃とは一体どういうことだろう?

俺は電話をいったん切るとすぐにニュースサイトを開いてみた。

普段ニュースなんて見ないであろう法事が知っているということはそれなりに大きく報じられているということだろうが、こんな田舎町の事件がそんなに話題になるということはそれなりに大きな事件ということだろう。

三丸町、荒身組、事件で検索するとすぐにそれは出てきた。



三丸町にて、暴力団殺害事件が発生!

記事の見出しにはそう書かれていた。



23日午後11時頃三丸町三丸団地にて暴力団、荒身組の構成員と思われる多数の遺体が発見された。

現場にはドクロ思われるマークが刻まれており一連の断罪事件との関連性を警察では調べている。

それが事件のあらましだった。

「ドクロマーク、司か」

司が荒身組を襲撃したそれがこんな形で成功したことに対する驚きはあったがこの行動に対しては特に驚くべきことは無かった。

司の性分からするとアイツがこの町にいる暴力団をほっとくとは思えなかったからな。

問題はこれがアイツの最終目的かどうかということだ。

おそらく違う、アイツならもっと世間に大きな影響を与えるようなことを考えているはずだ。

それが何なのかはわからないが。

だとしたら次にアイツが狙うのはなんだろうか?

この町で荒身組に次ぐ組織それは俺達アルマゲドンだ。

おそらく次の狙いは俺たち。

どうする?

元々この組織は俺が司を止めるために作り上げた組織だったけど、明志が殺された以上アイツらをこれ以上巻き込むのは危険だろう。

なにか手を打たないと。

悪いと思いつつ恵子たちの部屋を物色する。

まめな恵子なことだからすぐに見つかると思うのだけど。

そう探すこと約一分ほどで目的のモノは発見できた。

TV台下の収納スペース、そこに収められたアルバムの一冊を取り出す。

見覚えのある赤いアルバムは俺たちが中学を卒業する際に渡されたもの。

やっぱり恵子はこれを残していたか。

俺はもうどこへやったか分からないそのアルバムは大切に保管されていたようで日焼け一つなくそこにあった。

俺はそこから生徒が一覧できるページを開いた。

どんなに写真嫌いな奴でもこればかりは絶対撮らされるからな。

ずらりと並ぶ中学生の顔、つい三年ほど前の自分たちはやけに幼く子供のように見えた。

まぁ、今がおとなかって聞かれると困るが。

そんな青臭い顔が並ぶ中目的の写真の人物、響司は不快そうにこちらを睨んでいた。

「写真にとられるのは相変わらず嫌いのようだな。けど、この写真は使わせてもらうぜ」

パシャりと司の写真を写メるとすぐにアルマゲドンのグループLINEにその写真と『この男を町で見かけたらすぐに俺に連絡しろ。無理に探し出そうとしなくていい。見つけた場合は連絡だけ済ませ直ぐにコイツのそばから離れろ。コイツは俺の獲物だ手出しはするな』

という文をつけてあげた。

こう告げておけばアイツらが馬鹿な行動もとることもないだろう。

だから、後は恵子が目を覚ますのを待つだけ。

眠り姫のような恵子を前に王子にはなれない俺はただ恵子の魔法が解けるのを待つしかなかった。





三丸公園。

三丸小学校近くにあるその小さな公園は今でこそここで遊ぶ子どもなんて見ないけど私が子供の頃はよく学校帰りの子供たちがたむろっていた。

私はその輪に参加したことはほとんどなかったけれど、家路の中やかましい子供たちの声をよく聞いたものだ。

それはいまだに耳にしみついていて鮮明に思い出せる。

私が子供だった頃は鉄棒やブランコ、滑り台、回転ジャングルジムなどがったけれど今はどれも危険遊具扱いされていつの間にやら姿を消していた。

遊具が消えれば公園もただの空き地、その姿はとても寂しいものだ。

そんな中、この公園に残された数少ないというより現存する唯一の遊具、通称タコの山と呼ばれるコンクリート製の山形滑り台の内部に私は身を潜めていた。

冬場の深夜、しかもこんなコンクリートの物体の中にいるわけだからその寒さは痛いくらいだったけど、いまは人目を避けたいので仕方がない。

少しでも暖を取ろうと体をダンゴムシのように丸めると鼻腔に血の匂いが刺さった。



今の暗がりではよく見えないけれど、臭いのもとは私の肩に付着している雄一郎の血液だろう。

今からほんの三十分ほど前のことだ。

私はいつものように雄一郎を呼び出して自身の嗜虐心を満たしていた。

手足の先からなめるようにその皮膚を切り裂き割れた皮膚に舌をねじ込む。

そのとき広がる血の味と耳にこだまする雄一郎の絶叫が私の体を震わす。

その快楽は何よりも私を魅了した。

そしていつものように例の薬、ヒプノシス・ブレインを取り出し飲ませた。

最近、この薬によるプレイもマンネリ化してきた感はあるけれど薬を飲ませた後の雄一郎の従順っぷりを見るとなかなかやめられない。

なにしろ私が傷つけた傷口をえぐれって命令すればスプーンを持ち出しまるでストロベリーのカップアイスをすくように自らの肉を削いで見せた。

こんなの見せられてやめれるはずもなく私はこの行為を続けた。

けれど今日はなんだか様子が変だった。

いつものようにとろりと呆けた顔にならない。

体をプルプルと振るわせて顔をまるでお酒でもなんだかのように真っ赤に一度せき込むと同時につぶれたトマトのような赤い物体を口から吐き倒れてしまった。

その吐き出された赤い物体が血だと気づき駆け寄った時には雄一郎はすでにこと切れておりこの場にいたら犯人は私にされる、そう直感した私は逃げ出した。

原因はわかっている、たぶん私が雄一郎に飲ました例の薬だ。

荒見組から受け取った薬が毒とすり替わっていたんだ。

なぜ彼らがこんな真似をしたかはわからないが、私の大事なおもちゃを壊したんだ文句の一つでも言わないと気が済まない。

それくらいの権利、薬の売人役を買っている私にはあるだろう。

そう思い、彼らの拠点である三丸団地に向かったがそこにいたのはあふれんばかりの警察官たちだった。

それから逃げるようにその場を立ち去った私は人目を避けてこんな場所に隠れているというわけだ。



どうして、こんなことに?

自分の置かれている状況もわからず追いつめられることほど恐怖を感じることはない。

不安と疲れで一瞬意識が飛びそうになったとき、コツリと何か固いものが頭に触れた。

「ああ、本当にこんなところにいた。ヒルのいうことに外れはないか」

顔を上げると額に押し付けられる黒く光る冷たい鉄の塊。

これと同じものを一度荒見組で見たことがあった。

「出てこい。変な行動はするな。声を上げずに静かにだ」

突然の状況に頭が追い付かない私は何も考えることなくタコの山からはいずり出た。

外はやっぱり風もありひやりとした空気が首元を撫でた。

外に出てみるとそこには意外な人物が拳銃なんていうずいぶん物騒なものを私に突き付けながら立っていた。

「アンタ、もしかして響司?」

もう何年も会ってはいなかったけれどぼさぼさな髪に細い目、その体から漂う陰気さが彼本人であることを物語っていた。

「黙って後ろを向いて跪け」

私の言葉など耳に入れてないのか彼はそう一方的に命令をしてきた。

本来ならこんな横暴な態度には即座に反発するところだけどあんな物騒なものを突き付けられていたらそれすらできない。

あの銃が本物かは分からないが、先ほど頭に突き付けられたときのあの感触、銃に詳しいわけじゃないけれどおもちゃのものとは思えない重々しい感触があった。

おとなしく彼の言うことに従い、タコの山と向き合う形で私は地面に膝をついた。

すると、ゴツリと再び頭に固い感触が触れた。

「ちょ!命令には従ってんでしょ!」

「黙れ。ゴミが。お前の意見なんて知らないゴミは消えなければならない、価値がない」

ゆっくりとそう語りかける声は少し震えているように感じた。

「私をどうするつもり?」

「殺す。絶対に、お前は生きてはいけないゴミだ」

会話が成立しているのだろうか?

響司は繰り返しそう呟いており、まるで自分自身に言い聞かせているようだった。

もしかして迷ってる?

なら、逃げられるかも。

首はなるべく動かさず眼球の動きと聴力を使い響司の動きを探る。

今逃げ出してもこの銃が本物ならまず撃ち殺される、かといってこのままでもいずれそうなる。

逃げるなら何とかしてあの銃を奪わなければならないけれど、この跪いた状態じゃそれも難しい。

なにか、気をそらせれば。

あたりを探ろうにも、こんな深夜の公園に気をそらせるものなどあるはずもなく冬なのに緊張のあまり流れ出た汗が背中をつたった。

どうしよう。

緊張で考えが全く働かない。

そもそも、なんなんだろうこの状況は?

混乱、恐怖、怒り様々な感情が渦巻く中突如として男の大声が私の耳にとどろいた。

「やめろ!!」

とっさにその声の方向を見ると

私と同じくらいの年と思われる頭にそりこみを入れた少しガラの悪そうな男が公園入口からこちらに全速力で向かってきているところだった。

知らない男性だったが体格もよく明らかに響司よりは強そうに見えた。

何とか彼が響を抑え込めたら助かる。

そのためにはやっぱりあの銃が邪魔だ。

今なら響も突然現れた彼に気を取られっている、今ならいける!

なんだか長年ともに手を組んだ名コンビのように私と名も知らない彼はこの時ばかりは異様ないきのよさで響に向かっていった。

こういうのを以心伝心、阿吽の呼吸というのだろうか?

振り返ると同時に銃を掴む。

そして、私の頭の中で何かが炸裂した。

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