巻き戻った悪役令息のかぶってた猫

いいはな

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 その後、本日二度目のキャパオーバーを起こしたルイは、鏡の前でぶっ倒れているところを見つけられ、追加で3日も安静にしていることを約束させられた。
 ちなみにルイを見つけたのはベスなのだが、後に他の使用人はあの時は絹を切り裂くような悲鳴が聞こえたと語った。
 なんやかんやがあり、不本意ながら4日間ベッドの住人とかしてきたルイはついにベスから許可をもらってベッドから起き上がることができた。
 朝の支度をしてもらいながら、この4日間で聞きたくとも覚悟が決まらず聞けなかったことを聞く。あくまで自然に、何気なく。
「ねえ、ベス。今日っていつだったっけ?」
「……もう3日ほど、安静にされていた方が……」
 ダメだった。過保護モードに入ったベスには何を聞いても心配される。たとえそこら辺の花を指さしてあれ何?と聞いただけでベッドへと引きずっていかれる。また寝てばかりの生活になるなんてたまったもんじゃ無い。ルイはどちらかというとじっとしてはいられない性分である。
「あっ、違う、違うってば!4日も寝てたから日付の感覚がおかしくなってないかなって思っただけ!」
「そうですか……」
 しかし、ルイもただ寝っ転がっていたわけでは無い!この数日でベスへの言い訳を必死に考えていた。結果はみごと成功。若干訝しげな視線を向けられているような気もするが、成功である。さっきからルイの視線があっちいったりこっちいったりしてなんか無いったら無い。ルイはどちらかと言うと嘘が下手な方である。
 そうして何とか教えてもらったのは記憶しているよりもずっと前の日付。4日寝ていたことを考えると、ルイが飛び起きたのはちょうどルイが処刑された一年前の日。
 ああ、ほんと、夢ならばどれほど良かったでしょう……。
 しかし、夢にするには首元の傷が邪魔をしてくる。ここ数日過ごしてみて、どうやらルイにしか見えていないらしいこの首の傷。見えていたらきっとベスは絹を切り裂く悲鳴をあげルイをベッドへと縛りつける。
 痛くも痒くも無いが、鏡の前に立つたびに嫌でも目に入ってくるこの傷は、ルイに一度死んだことを忘れるなとでも言い聞かせているようだった。
 どうやらルイは一度死んで、それからなぜか一年前に時間が巻き戻ったらしい。
 つまり、このままのうのうと同じ事をしていれば、いずれ再び処刑される。それがこの4日間でルイが出した結論。
 そしてここからが本題。
 どうやったら処刑を回避できるか、である。流石に二度死ぬのは勘弁願いたい。首を切り落とされるなんて一度味わえばもう十分である。
 あの時、ルイが処刑されることに異を唱える人物は誰もいなかった。仮にもこの国で権威を振るう公爵家の令息だというのに。あの時、ルイを助ければコレット公爵家に恩を売ることができるのに、それをするものはいなかった。まあ、ルイを助けたからと言ってあの父が恩を感じるかは甚だ疑問ではあるが。
 そんな思考を読んでいたかのようにコンコンと部屋がノックされ、父に仕えている使用人がルイを訪ねてきた。
「ルイ様、公爵閣下がお呼びです。」
「……父上が?」
 噂をすればである。
 たらたらと回していた思考を一旦止め、珍しいなと思いながらも部屋を出る。
 父の執務室の前に立って、目を瞑って軽く深呼吸。
 次に目を開けた時にはルイに先ほどの柔らかな雰囲気はなく、触れるもの全てを震え上がらせるような冷淡な気配を纏わせていた。
 コンコンと軽くノックして、声をかける。
「父上、私です。ルイです。」
「……入れ。」
「失礼します。」
 持ち主の性分を反映したかのように必要最低限のものしか置かれていない部屋の中でルイを迎えたのは、視線の一つも向けず黙々と目の前の書類へと何かを書き込んでいる壮年の男だった。
 彼こそが、現コレット公爵家当主でありルイの父親であるリューク・コレットである。後ろにぴったりと撫で付けた銀髪と切れ長のルイと同じサファイアの瞳。それなりの年だというのに、若々しく張りのある男だった。しかし、その美貌に反して纏う空気は氷柱のように冷たく鋭い。仮にも自分の子供が目の前にいると言うのにそこに子供に対する情などかけらも無いように見えた。
 リュークは書類から注意を逸らすことなく、チラリとだけルイを一瞥して再び視線を下に降ろす。手を動かしたまま漸くその重たい口を開いた。
「体調を崩したようだな。」
「……ええ、少し。ですが今は問題ありません。ご心配をおかけいたしました。」
「……心配?ハッ。それよりも遅れた勉学の埋め合わせをしろ。公爵家としての自覚を持て。以上だ。」
 話は終わりと言わんばかりに僅かばかりルイへと向けていた関心も立ち消える。いつもならそれ幸いとルイもこんな部屋さっさと退出するのだが、今日は一つだけどうしても聞きたいことがあった。
「はい。……あの、父上――」
「聞こえなかったか?私は以上だと言ったはずだが。」
「……はい。申し訳ございません。失礼します。」
 精一杯の勇気も空振りに終わり、すごすごと部屋を後にする。一度死んだことでやっと出た勇気もルイの父親の前では取るに足りない出来損ないの言葉になるのだろう。むしろ聞けなくて良かったのかもしれない。予想はできていても、きっと直接聞いてしまったらルイは悲しくなってしまうから。
――あの、父上、父上は、僕が死んだら悲しんでくれますか?

 一度でいいから、僕を見て。



 
 









 



 
「あー……疲れた。」
 しょんもりとした気持ちを抱えながら自室までの廊下をトボトボと歩く。無駄に広いこの公爵邸は、移動するのも一苦労である。
 先ほどの親と子の会話とは到底思えないものが普段のルイとリュークの通常運転である。時折食事を共にしても、話すのは部下と上司の仕事の報告のような事務的で、こちらを試すようなものばかり。
 やはり父があの処刑の時に帰ってきていたとしても冷たい視線で一瞥するだけで間違ってもルイの処刑を止めようとはしないだろう。
 あーあ、父上を味方にはできないかあ。
 そう、ルイがこの4日で考え出した処刑回避法は、ルイの処刑に反対してくれるそこそこの権力を持つ味方を作ろう!である。名付けて友達100人できるかな。ルイのネーミングセンスは推して図るべし。
 とにかく、あの時に誰もルイの味方をしてくれなかったのが敗因だと考えた。そこそこの権力でも100人集まれば第三王子の権力には勝てるはずという杜撰な算数のもと決められた作戦である。
 さあ、そうなれば学園で友達を……。
 そこではたとルイは思いつく。今まで処刑をなんとか覆そうとしていたが、そもそも処刑という判決を下された原因はなんだったっけ?
 確か、卒業式のパーティーで急に――
「ああ!そもそもあの子をいじめなければいいのでは!?」
 人間、一度死ぬと死んだ記憶が強すぎて他の記憶が曖昧になるらしい。死ぬことばかり回避しようとして死んだ原因であるあんなに執着していたはずの婚約者であるアーノルドのことも、彼に付き纏っていたミカエルのこともすっぽり抜けていた。そう、婚約者である。ミカエルがアーノルドの婚約者となる前、彼の婚約者はルイであった。つまりルイは婚約者から断罪され、断頭台へと連れていかれた。何とも悲劇的な話ではあるが、ルイはあまり気にしていない。過去のことは過去である。
 とにかく、そうとなれば、今から彼らとの関係修復を目指せば処刑が回避できるかもしれない。一度首を切られたことで執着やら嫉妬やらといった負の感情も一緒に切り捨てられたらしい。
 こちらは生きるか死ぬかが掛かっているのである。愛だの恋だの、そんなものは後回しも後回し、なんなら最後尾に押しやって良いものだとルイは判断した。
 あれ?そもそも、なんであんなにあの子のことが憎たらしかったんだろう。婚約者のアーノルド殿下にあんなにも執着してたのはいつからだったっけ?えーと、確か、殿下が婚約者に決まったのが僕が12歳の時で……それで、えーと……。
 少しずつ記憶を辿っていく。
 そうだ、確か初めての顔合わせの時に……。
 
 
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