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第一章
第6話 風の中の約束
しおりを挟む数日続いた熱がようやく下がったのは、朝の光がやわらかく差し込んだ日だった。
まだ体はだるく、喉も少し痛む。
けれど、外から吹く風の匂いがどこか懐かしくて、リクはそっとまぶたを開いた。
「……ひかり」
かすれた声が漏れる。
その声に反応して、すぐそばで誰かが動いた。
「目を覚まされましたか、王子」
銀の髪が光を受けてきらめいた。
見慣れた灰の瞳――シリウスが、椅子の上でまっすぐに座っていた。
いつもと同じ無表情に見えて、どこか安堵の色が混じっている。
「しりうすさん……」
「無理に話さないでください。熱は下がりましたが、まだ体力が戻っていません」
その静かな声が、リクの胸にしみ込む。
リクは首を振り、かすかに笑った。
「ぼく、ね……また しりうすさんの声 きけてうれしい」
一瞬、銀狼の耳がぴくりと動いた。
そして、彼はほんのわずかに笑う。
「……それは、こちらの台詞です」
その日、セレナは泣きながらリクを抱きしめた。
「本当に……よくがんばりましたね」
リクは小さな手で母の頬を撫で、「もうだいじょうぶ」と囁いた。
――以前より少し、声に力がある。
――笑顔も、穏やかでやさしい。
その様子に、シリウスはほんの少し胸をなでおろした。
「王子、外の風を浴びてみませんか?」
そう提案すると、リクはぱっと顔を明るくした。
庭に出ると、春の終わりの風がそっと頬を撫でた。
空は澄み、青がどこまでも広がっている。
季節の境目を越えた風は、まだ少し冷たいけれど――心地よい。
「……おひさま、まぶしい」
「ええ、でも今日は暖かいですね」
リクはゆっくりと歩いた。
シリウスがすぐ隣にいて、転びそうになるたびに手を差し出す。
「もう、だいじょうぶだよ」
リクが笑ってその手を振り払う。
小さな足取りは、確かに前よりしっかりしていた。
「……強くなられましたね」
「うん。ぼく、がんばった」
風が二人の間を抜けて、花びらを運ぶ。
それを見ながら、リクがぽつりと言った。
「しりうすさん」
「はい」
「ぼく、またねつ出しても……こわくないよ」
「なぜです?」
「だって、しりうすさん いるから」
その一言に、シリウスの心が静かに震えた。
彼はしばらく言葉を探し、最後に小さく頷く。
「――ええ。必ず、そばにいます」
リクは嬉しそうに笑った。
その笑顔は以前より少し大人びて見えた。
夜。
シリウスは王妃の塔を離れる前に、そっと窓の外を見上げた。
部屋の中には、静かな寝息。
月明かりがカーテンの隙間からこぼれ、リクの寝顔を照らしている。
(あの子は、風のようだ)
弱くても、流れ続ける。
いつの間にか、冬を越え、春を越え――確かに強くなっていく。
胸の奥が温かくなるのを感じながら、シリウスは小さく呟いた。
「……おめでとうございます、リク王子」
「またひとつ、風の季節を越えられましたね」
その声は、優しい夜風に溶けていった。
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