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第二章
第14話 寮の夜
しおりを挟む夜の帳が学院を包み、白翼寮の窓から灯がこぼれている。
昼の喧騒が嘘のように静まり、遠くで鐘の音がひとつ響いた。
リクはベッドの上で制服のボタンを外しながら、
今日の出来事を何度も思い返していた。
ルーアと過ごした放課後の時間。
初めて「普通の友達」と笑い合えたことが、胸の奥をじんわりと温めていた。
「王子。お休みの支度は整いましたか」
シリウスの低い声が部屋の隅から聞こえる。
机の上には整然と並んだ書類と、彼の手入れされた剣。
鎧を脱いだ銀狼は、昼とは違う穏やかさをまとっていた。
「うん。今日は、ちょっと楽しかったよ」
「それは良いことです」
「ルーアっていう子がいてね。同じ班なんだ。兎族の子で……すごく優しいんだ」
リクの声は自然と明るくなる。
その無邪気な笑顔を見て、シリウスは一瞬だけ手を止めた。
「……ルーア、ですか」
「うん。最初に話しかけてくれたの、あの子だったんだ」
言葉の端々に浮かぶ喜びが、部屋の空気を少し柔らかくする。
シリウスは軽く息をつき、穏やかに頷いた。
「良き友を得られたようで、安心いたしました」
「ほんとに、そう思う。ぼく、人間だから、最初はみんなの目が怖くて……」
「……」
「でもルーアは、最初から普通に話してくれた。気を使ってる感じじゃなくて、自然に」
リクの声が少し沈んで、また柔らかく笑いに戻る。
その表情を見ながら、シリウスの胸にわずかなざらつきが走った。
それが何なのか、言葉では説明できない。
ただ、心の奥で小さく何かが動いたのを確かに感じた。
「王子」
「ん?」
「学院で何があっても、私はそばにおります。
困ったことがあれば、遠慮なく仰ってください」
「うん、ありがとう。シリウスがいると思うと、少し安心する」
リクがそう言って微笑むと、シリウスの目が一瞬やわらいだ。
その笑顔は、昔から彼を縛る呪いのようでもあり、救いでもあった。
「……では、そろそろお休みください」
「うん。おやすみ、シリウス」
「おやすみなさいませ、王子」
リクが寝息を立てるまでの間、
シリウスは机の前で静かに目を閉じていた。
剣を磨く手を止め、窓の外に視線を移す。
寮の外は、夜の静けさに包まれている。
遠くで犬族の警備兵が交代の声を上げた。
その音を聞きながら、シリウスはひとり言のように呟く。
「……よき友、か」
月明かりが差し込む部屋で、銀色の瞳が静かに瞬いた。
守ることしか知らなかったはずの自分の心に、
別の感情が芽を出し始めている――
それに気づくのが、少し怖かった。
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