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第三章
第29話 揺らぐ護り手
しおりを挟む旅は順調に進んでいた。
初夏の風が心地よく、沿道の草花が鮮やかに咲いている。
リクは窓を少し開け、外の香りを吸い込んだ。
「王都を離れると、空が広いね」
「ええ。空気も澄んでおります」
シリウスの返事はいつも通り落ち着いている。
それでも声を聞くたびに、心が少し温かくなる。
目的地まであと二日。
南の領地は穏やかな丘陵地帯で、
年に一度の“収穫祭”が近いという。
視察という名目だが、実際は王族の顔見せに近い。
――ただの旅、のはずだった。
昼下がり。
休憩のため、街道沿いの小さな集落に立ち寄った。
市場の広場では、子どもたちが輪になって踊り、
年寄りたちが木陰で話している。
リクは馬車から降りると、
子どもたちの笑顔を見て思わず歩み寄った。
「楽しそうだね」
「王子、あまり離れないように」
「うん、わかってる」
その時、子どもの泣き声がした。
小屋の向こうで、倒れた少年の周りに人が集まっている。
リクはとっさに駆け寄った。
「どうしたの?」
「転んで足を切ったみたいで……血が止まらないんです!」
周囲が慌てている。
リクは腰のポーチから包帯を取り出した。
学院で学んだ応急処置の手順が自然と頭に浮かぶ。
「布で押さえて、圧をかけて……」
震える手で処置をするリクの横に、
いつの間にかシリウスが跪いていた。
「落ち着いて、王子。私が支えます」
「うん。……大丈夫、もうすぐ止まる」
少年の傷口を押さえ、血が止まるまで離さなかった。
手のひらに伝わる体温と汗。
――この小さな命を守りたい。
その気持ちは、きっと同じだ。
やがて血が止まり、少年が小さく息をついた。
「ありがとう、お兄ちゃん……」
リクは微笑んだ。
「もう大丈夫。無理しないでね」
馬車に戻ったあと、
シリウスは珍しく沈黙を破った。
「王子……今のは見事でした」
「え?」
「あの場で迷わず手を伸ばせる者は少ない。
――陛下のご子息として、誇らしく思いました」
リクは少し驚いた。
シリウスの言葉に“誇り”という響きがあるのを、久しぶりに聞いたからだ。
「ありがとう。でも、僕はただ……放っておけなかっただけだよ」
「それが、あなたの強さです」
シリウスの声が柔らかくなる。
ふと、彼の指がリクの手に触れた。
瞬間、心臓が跳ねる。
目が合う。
言葉がいらないほどの時間。
でも次の瞬間、シリウスは小さく息を吸い、視線を逸らした。
「……申し訳ありません。
護衛としての節度を――」
「いいよ。僕の方こそ、変に意識してる」
二人とも、同じように苦笑した。
それだけで、少し空気が軽くなる。
馬車の外では、風が夏の匂いを運んでいた。
旅はまだ続く。
けれど、昨日より少しだけ――
二人の距離が近づいている気がした。
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