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第三章
第31話 花火のあと
しおりを挟む祭りの喧騒が遠ざかるころ、街はゆっくりと夜を取り戻していた。
宿屋の廊下には灯りが並び、木の床がきしむ音だけが響く。
リクの部屋は二階の角にあった。
窓からは、まだ煙の残る夜空が見える。
花火の残光が薄く漂い、風がカーテンを揺らした。
「……言えなかったな」
小さく呟く。
“君は僕の騎士で、僕の――”
その続きを、あの場では言えなかった。
シリウスの表情が、
あまりにも真っ直ぐで、揺れていて。
何を言っても壊れてしまいそうだった。
胸の奥が痛い。
けれど、痛みの向こうには確かな温かさもある。
彼が隣にいてくれた夜。
花火の光の中で見た横顔。
リクはベッドに腰を下ろし、
掌を見つめた。
――彼の手を握った感触が、まだ消えない。
(この気持ちを、どうしたらいいんだろう)
誰にも言えないまま、
ただ胸の奥で繰り返す。
恋という言葉の重さが、まだ怖かった。
同じ夜。
一階の廊下を抜けた先の部屋で、シリウスも眠れずにいた。
鎧を外し、机の上に置いたグローブを見つめる。
指先に残る微かなぬくもりが、離れない。
「……王子」
呼んだ声が夜に溶けた。
あの花火の光の中で、彼が言いかけた言葉。
“僕の――”
その続きが何だったのか、分かるのが怖かった。
胸が熱くなる。
罪のように、愛おしくて。
(忠誠を誓った身でありながら、
どうしてあんなにも、あの笑顔に惹かれてしまうのだろう)
騎士としての理性と、一人の人間としての心。
どちらを選んでも、苦しい。
シリウスは立ち上がり、窓を開けた。
夜風が入ってきて、髪を揺らす。
遠くで、まだ小さな花火が上がった。
音もなく、空で消える光。
「……王子。
あなたの見る空に、
私も同じように光れているだろうか」
その言葉は、夜に吸い込まれていった。
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