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103.回想5《アレックスside》
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『何やってるんだ…やはり俺には理解出来ない』
ローランド殿下の命で迷い人の護衛責任者としてシュナイダー公爵家の町屋敷に移り、迷い人の護衛をしている。
迷い人は平民だった事から身の回りの事は自分でする。それどころか使用人の手伝いまでも自ら進んでするのだ。遠縁の男爵家嫡男は平民の女性を娶ったが、その女性は侍女に世話を任せ、まして使用人の手伝いなどしないぞ。迷い人の考えが全く理解出来ない俺は、ただ傍で見守るだけ。公爵がそれを許しており俺は口出しできない。
『またか!』
迷い人は重い荷物を自ら運ぼうとしている。ため息を吐き迷い人の手から草が満杯に入ったバケツを取りあげると、眉尻を下げ自分で運ぶと言い出す。
「女が重い物を持つ必要はない」
「あ…ありがとうございます」
礼は言うがこいつ俺が居なかったら自分で運ぶつもりだな! 騎士に目を配る様に通達しておかなければ…それにまた帽子も被ってない!
「庭で作業するなら帽子を被れ!日焼けするだろう!」
「…はぃ」
はぁ…誰かこいつの取扱説明書をくれ。
数日過ごし迷い人の為人を見てきた。行動は理解不能だが謙虚で真面目そして優しい性格の様だ。身持ちも固く男性と距離を置いて接している。これなら殿下の妃としての最低限のレベルだろう。王族としてのマナーや知識は婚約が決れば教育を受ければいい。
屋敷まで並んで歩くが隣の迷い人は小さい。背は俺の肩にも届かず並んで歩くと顔が見えない。馬車で眠った時に支えた事があるが華奢で軽い。話を聞くと彼女は自国では女性の標準体型だと言う。小柄な民族なのだろう。
ふと彼女の肩元が目に入る。今日は草むしりをする為に髪を一つに纏めていて首筋が露わになっている。細く綺麗なうなじに目がいく。何故か目が離せない自分に気付き、また理解できない感覚に戸惑う。
『異世界人は不思議だらけだ…』
こうして平穏な日々が過ぎていく。しかし許容出来ない迷い人の行動に俺の怒りが爆発した。
今日は何故か騎士が任務が終えたのに帰らない。婚姻したばかり者まで残っている。疑問に思いながら屋敷の周りを確認にまわる。
すると何故か非番のダイスが立っている。疑問に思いながら、洗濯場の方へ足を向けるとダイスが止める。意味が変わらず無視をして建物角を曲がると驚愕の光景を目にする。
それは鼻歌を歌いながら迷い人が膝まで脚を晒し洗濯をしている。
「なっ!」
未婚の女性が肌を晒すなんて考えられない!
怒りで震えがきた。しかし同時にその白く柔らかそうな脚に目が離せない。細く程よく肉付き触り心地が良さそうだ。すると体の中心に疼きと熱を持ち出す。なんだこれは知らない感覚だ。自分の頬を叩き叫ぶ!
「お前未婚の女がなんて格好をしているのだ!」
キョトンとした顔が更に俺の怒りに増長させる。他の男にあの柔脚が晒されると思うと腹が立ち、マントを取り迷い人を包み抱き上げた。
『また軽くなっている。料理長に食事の相談が必要だ』
エントランスに着くと眉間の皺を深め執事のクリスが駆け寄ってくる。そしてクリスと口論となり、怒りが治らない俺は…
「春香嬢は陛下も認められた殿下の妃候補だ。ゆくゆくは王妃になり国母となられる。それなのに脚を出し洗濯などあってはならん!」
そうだ!レイシャルの王妃になり、次期王を孕られる高貴な方になるのだ。騎士の見張り立てても、騎士が邪な思いを持ち迷い人のあの柔脚を…想像しただけで頭に血が上り震えてきた。何故か見張りをしていただけの無実のダイスを殴りたくなった。
すると腕の中で泣いていた迷い人は、顔を上げて俺を睨みつけて叫んだ。
「私が望んだんじゃない!私は平民で帰り方が分かれば直ぐにでも帰ります。本当はここにも来たく無かった。私をシュナイダー家の屋敷に戻して下さい。叶わないならこの国から出ていきます!下ろして!」
「なっ!」
いきなり暴れられバランスを崩すと迷い人は俺の腕から落ち走り出す。
唖然として一歩が遅れた。クリスが追いかけて行く。どうやら門から本当に出て行くつもりだ。それより彼女は裸足だ!早く止めねばあの柔脚に傷が!
『くそっ!』
いつもはとろいくせに今日はやけに早い。門が見えてきたら彼女は
「開門!」
と叫び門番は両手を広げて止めようとしている。あと少しで門というところでクリスが追いつき彼女を抱き止めた。彼女は錯乱した様に叫び暴れる。
「いや!離して自分の部屋に帰る!帰ってスマホで音楽聴きながらラノベ読むの!コーヒーとドンビのクロワッサンサンドを夜食に食べて夜更かしするの!自分のウチに帰して!」
「!」
頭に衝撃を受け眩暈を起こす。目の前の彼女は膝から崩れて落ちクリスが抱き止める。痛む頭を押さえながら彼女に手を伸ばした瞬間に俺は意識喪失した。
『アレックス…』
呼ばれてた気がして目を開けると見たことも無い場所に居る。ここは何だ⁉︎何も無く無音で誰もいない…
『アレックス』
「誰だ!」
『迷い人は帰りを望んだ。故に迷い人の助けとなる【使い】となる命を其方に与える』
「何処にいる!人に命ずるなら姿くらい現せ!」
すると目の前に光の玉が現れた。
“はぁ?何だこれ?”
『我は全能の神テクルス。このレイシャルの救いとなる春香は孤独で味方がいない。其方が味方になり護れ!そして春香が再度”帰りたい”と強く願った時、私を呼び【送り人】と共に春香を元の世界に返せ』
目の前の玉はふわふわ浮いている。この玉が神?俺は夢を見ているのか⁈
『私は神力が強く普通の人には姿が見えない。今其方の心に直接話しかけている。いきなりで信用出来ないだろう。今から過去のレイラの加護を受けた者と迷い人を見せよう。迷い人について学ぶといい』
玉テクルスがそう言うとまるで絵本を見るように目の前に1人目の加護持ちと迷い人の出会いから婚姻での様子が映し出された。迷い人は春香と同じ国の女性らしく幼い顔立ちに黒い瞳をしていた。次に2人目の加護持ちと迷い人が映し出された。次の迷い人も同じ感じの女性だった。
「…フィリップ殿下は酷いな!」
『そうなんだ。迷い人である詩織には悪い事をした。彼女の希望でこちらの記憶を消して帰した』
テクルスは小さくなり床に落ちた。びっくりして近付くと…
『迷い人は突然自分の世界から全て切り離され、何の前ぶれなくいきなりレイシャルに来ている。意味の分からないまま、面識のない男性に求婚されるのだ。不安しかないだろう。しかし春香は不満も言わず、一生懸命慣れるように努力しレイシャルの人に感謝している。其方らは春香の心情も察せず求めるばかりだ』
「・・・」
テクルスの言葉に返す言葉もない。
「彼女に強く当たった俺を罰する為にここに連れてきたのか!」
『否!今から春香の世界とそこでの春香を見せよう。彼女を知ってほしい』
そう言うと目の前に見た事もない景色が映る。無数に聳え立つ城のように高い建物が目を引いた。そして馬が引かない馬車に箱の中で動く絵本。我々の世界と技術の差に言葉が出ない。そこで生活する女性は脚や腕を晒しドレスでは無く、男の様にスラックスを履き、男の様に髪が短い者までいる。更に帯剣している者もおらず、秩序が守られ危険がなく平和だ。
次に幼い春香と両親が映し出される。ありふれた普通の親子。両親の愛を受け少女になった彼女は愛らしくよく笑う子だった様だ。が…
「つっ…」
まだ親の擁護が必要な歳なのに突然両親を亡くし、兄弟もなくいきなり1人になった春香。親戚の支援を断り自立し働き1人で生活をしていた。
「だから自分で身の回り事をするのか…早くに自立して頼らない事に慣れているのだ」
普段の彼女の行動に納得がいく。
誰にも頼らず一生懸命生きている彼女を見ていると庇護欲が沸いてくる。そしてこちらの想いや価値観を押し付け、彼女自身を見ていなかった自分に落ち込む。暫く落ち込み項垂れているとテクルスは迷い人の帰り方の説明を始めた。
彼女がレイシャルに来る前の時点に戻る期限はこちらに来た時から半年。それを越えると肉体は時空を越えれず魂のみ帰り、肉体を持たない魂は新しい器を得て産まれ直す。つまり半年を超えると彼女は元の世界で完全に死んでしまう。
「その事を彼女は?」
『知らない。故にここから戻ったら彼女にだけ知らせ、半年以内に進退を決めるように促せ。またこの事は加護を受けた者には知られるな。2人目の二の舞は避けたいのだ』
2人目は確か迷い人に執着し帰れない様に軟禁していたなぁ…ふと疑問に思い聞いてみる。
「何故レイラの加護を与えた者の為に、テクルスが迷い人を呼ぶのだ」
『それは其方が知る必要はない。然るべき時に迷い人が知るだろう』
「ここでの話は加護持ちに伝えていいのか⁉︎」
『帰る期限以外は構わない』
状況は理解できたがまた新たな疑問があり…
「テクルスよ。何故俺が使いに選ばれた。また送り人は誰なんだ」
『迷い人の心の叫びに其方の心が反応したからだ。迷い人をよく思わずえらくキツく接していた様だが、本心は庇護してやりたいと感じていた。恋愛感情抜きに護れる者でないと使いには慣れない』
確かに危うく幼ない彼女を気にはしていたが、それならレイモンド様の方が…
『送り人はもう役目を伝えている。送り人は其方の事は知っているが、その時まで静観していて其方にも接触はしてこないだろう』
「何故同じく啓示を受けたのに知り得ないのだ!」
『それは其方が知る必要はない』
「…」
何度聞いても教えてもらえなかった。一抹の不安を持ちつつ、テクルスからの役目を受ける事になった。今はただ早く戻り彼女に真摯に謝罪し彼女の心に寄り添い護ってやりたい。
『今から其方の意識を肉体に戻す。使いになると其方の肉体にも多少変化が起きるが、病ではないので安心するといい。では迷い人を頼む』
玉が上昇し消えた瞬間に居た空間は暗転し目覚めた。
「アレク!」
「うぐっ!」
苦しい!目の前に母上がいて抱きつかれていて母上重みで苦しい…
「2日も目を覚さないから死んでしまったかと思ったわ!」
「俺は…」
この後部屋に駆け込んできた父上に状況説明を受けた。公爵家の町屋敷で倒れた俺は2日間意識がなく、侯爵家の町屋敷に移された。
同じタイミングで倒れた彼女は当日意識が戻り今はシュナイダー領地の屋敷で療養している。すると意味の分からない事を父上が言い出した。
「医師に診てもらったが命に関わるものでは無いようで、恐らく精神的なものだろう。落ち着いたら治るかもしれんから、あまり気にするな」
「父上言っている意味が…」
すると母上が眉尻を下げ手鏡を渡してきた。
「!」
そこに映る俺は髪と瞳の色が変わっていた。テクルスが言っていた容姿が変わるとはこの事か…やはり夢では無かったんだ!
「父上。大切な話があります。すみませんがローランド殿下を呼んでいただけますか⁈迷い人に関する大切な話があります」
こうしてやって来た殿下にテクルスの使いの話をし、春香に辛く当たった事を懺悔し今後は春香を護ると誓った。
話が終わると静かに話を聞いていた2人は開口一番に、幼い頃の春香を見れた俺が羨ましいと言い、春香の愛らしくさを語り出した。
2人が本当に春香を心から愛しているのが分かる。
春香…俺も含めてお前を愛する者がこの世界には沢山いる。今、時空の狭間にいるお前にこの想いは届いているのか⁈
俺はテクルスの使いだから、お前が帰りたいならそれでもいい…本心は残って欲しいがな…
窓の外を見ると少し明るくなり、そろそろ日が昇る。お前は今何を思っているんだ。そこに俺はいるのか?
ローランド殿下の命で迷い人の護衛責任者としてシュナイダー公爵家の町屋敷に移り、迷い人の護衛をしている。
迷い人は平民だった事から身の回りの事は自分でする。それどころか使用人の手伝いまでも自ら進んでするのだ。遠縁の男爵家嫡男は平民の女性を娶ったが、その女性は侍女に世話を任せ、まして使用人の手伝いなどしないぞ。迷い人の考えが全く理解出来ない俺は、ただ傍で見守るだけ。公爵がそれを許しており俺は口出しできない。
『またか!』
迷い人は重い荷物を自ら運ぼうとしている。ため息を吐き迷い人の手から草が満杯に入ったバケツを取りあげると、眉尻を下げ自分で運ぶと言い出す。
「女が重い物を持つ必要はない」
「あ…ありがとうございます」
礼は言うがこいつ俺が居なかったら自分で運ぶつもりだな! 騎士に目を配る様に通達しておかなければ…それにまた帽子も被ってない!
「庭で作業するなら帽子を被れ!日焼けするだろう!」
「…はぃ」
はぁ…誰かこいつの取扱説明書をくれ。
数日過ごし迷い人の為人を見てきた。行動は理解不能だが謙虚で真面目そして優しい性格の様だ。身持ちも固く男性と距離を置いて接している。これなら殿下の妃としての最低限のレベルだろう。王族としてのマナーや知識は婚約が決れば教育を受ければいい。
屋敷まで並んで歩くが隣の迷い人は小さい。背は俺の肩にも届かず並んで歩くと顔が見えない。馬車で眠った時に支えた事があるが華奢で軽い。話を聞くと彼女は自国では女性の標準体型だと言う。小柄な民族なのだろう。
ふと彼女の肩元が目に入る。今日は草むしりをする為に髪を一つに纏めていて首筋が露わになっている。細く綺麗なうなじに目がいく。何故か目が離せない自分に気付き、また理解できない感覚に戸惑う。
『異世界人は不思議だらけだ…』
こうして平穏な日々が過ぎていく。しかし許容出来ない迷い人の行動に俺の怒りが爆発した。
今日は何故か騎士が任務が終えたのに帰らない。婚姻したばかり者まで残っている。疑問に思いながら屋敷の周りを確認にまわる。
すると何故か非番のダイスが立っている。疑問に思いながら、洗濯場の方へ足を向けるとダイスが止める。意味が変わらず無視をして建物角を曲がると驚愕の光景を目にする。
それは鼻歌を歌いながら迷い人が膝まで脚を晒し洗濯をしている。
「なっ!」
未婚の女性が肌を晒すなんて考えられない!
怒りで震えがきた。しかし同時にその白く柔らかそうな脚に目が離せない。細く程よく肉付き触り心地が良さそうだ。すると体の中心に疼きと熱を持ち出す。なんだこれは知らない感覚だ。自分の頬を叩き叫ぶ!
「お前未婚の女がなんて格好をしているのだ!」
キョトンとした顔が更に俺の怒りに増長させる。他の男にあの柔脚が晒されると思うと腹が立ち、マントを取り迷い人を包み抱き上げた。
『また軽くなっている。料理長に食事の相談が必要だ』
エントランスに着くと眉間の皺を深め執事のクリスが駆け寄ってくる。そしてクリスと口論となり、怒りが治らない俺は…
「春香嬢は陛下も認められた殿下の妃候補だ。ゆくゆくは王妃になり国母となられる。それなのに脚を出し洗濯などあってはならん!」
そうだ!レイシャルの王妃になり、次期王を孕られる高貴な方になるのだ。騎士の見張り立てても、騎士が邪な思いを持ち迷い人のあの柔脚を…想像しただけで頭に血が上り震えてきた。何故か見張りをしていただけの無実のダイスを殴りたくなった。
すると腕の中で泣いていた迷い人は、顔を上げて俺を睨みつけて叫んだ。
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「なっ!」
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唖然として一歩が遅れた。クリスが追いかけて行く。どうやら門から本当に出て行くつもりだ。それより彼女は裸足だ!早く止めねばあの柔脚に傷が!
『くそっ!』
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「開門!」
と叫び門番は両手を広げて止めようとしている。あと少しで門というところでクリスが追いつき彼女を抱き止めた。彼女は錯乱した様に叫び暴れる。
「いや!離して自分の部屋に帰る!帰ってスマホで音楽聴きながらラノベ読むの!コーヒーとドンビのクロワッサンサンドを夜食に食べて夜更かしするの!自分のウチに帰して!」
「!」
頭に衝撃を受け眩暈を起こす。目の前の彼女は膝から崩れて落ちクリスが抱き止める。痛む頭を押さえながら彼女に手を伸ばした瞬間に俺は意識喪失した。
『アレックス…』
呼ばれてた気がして目を開けると見たことも無い場所に居る。ここは何だ⁉︎何も無く無音で誰もいない…
『アレックス』
「誰だ!」
『迷い人は帰りを望んだ。故に迷い人の助けとなる【使い】となる命を其方に与える』
「何処にいる!人に命ずるなら姿くらい現せ!」
すると目の前に光の玉が現れた。
“はぁ?何だこれ?”
『我は全能の神テクルス。このレイシャルの救いとなる春香は孤独で味方がいない。其方が味方になり護れ!そして春香が再度”帰りたい”と強く願った時、私を呼び【送り人】と共に春香を元の世界に返せ』
目の前の玉はふわふわ浮いている。この玉が神?俺は夢を見ているのか⁈
『私は神力が強く普通の人には姿が見えない。今其方の心に直接話しかけている。いきなりで信用出来ないだろう。今から過去のレイラの加護を受けた者と迷い人を見せよう。迷い人について学ぶといい』
玉テクルスがそう言うとまるで絵本を見るように目の前に1人目の加護持ちと迷い人の出会いから婚姻での様子が映し出された。迷い人は春香と同じ国の女性らしく幼い顔立ちに黒い瞳をしていた。次に2人目の加護持ちと迷い人が映し出された。次の迷い人も同じ感じの女性だった。
「…フィリップ殿下は酷いな!」
『そうなんだ。迷い人である詩織には悪い事をした。彼女の希望でこちらの記憶を消して帰した』
テクルスは小さくなり床に落ちた。びっくりして近付くと…
『迷い人は突然自分の世界から全て切り離され、何の前ぶれなくいきなりレイシャルに来ている。意味の分からないまま、面識のない男性に求婚されるのだ。不安しかないだろう。しかし春香は不満も言わず、一生懸命慣れるように努力しレイシャルの人に感謝している。其方らは春香の心情も察せず求めるばかりだ』
「・・・」
テクルスの言葉に返す言葉もない。
「彼女に強く当たった俺を罰する為にここに連れてきたのか!」
『否!今から春香の世界とそこでの春香を見せよう。彼女を知ってほしい』
そう言うと目の前に見た事もない景色が映る。無数に聳え立つ城のように高い建物が目を引いた。そして馬が引かない馬車に箱の中で動く絵本。我々の世界と技術の差に言葉が出ない。そこで生活する女性は脚や腕を晒しドレスでは無く、男の様にスラックスを履き、男の様に髪が短い者までいる。更に帯剣している者もおらず、秩序が守られ危険がなく平和だ。
次に幼い春香と両親が映し出される。ありふれた普通の親子。両親の愛を受け少女になった彼女は愛らしくよく笑う子だった様だ。が…
「つっ…」
まだ親の擁護が必要な歳なのに突然両親を亡くし、兄弟もなくいきなり1人になった春香。親戚の支援を断り自立し働き1人で生活をしていた。
「だから自分で身の回り事をするのか…早くに自立して頼らない事に慣れているのだ」
普段の彼女の行動に納得がいく。
誰にも頼らず一生懸命生きている彼女を見ていると庇護欲が沸いてくる。そしてこちらの想いや価値観を押し付け、彼女自身を見ていなかった自分に落ち込む。暫く落ち込み項垂れているとテクルスは迷い人の帰り方の説明を始めた。
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『知らない。故にここから戻ったら彼女にだけ知らせ、半年以内に進退を決めるように促せ。またこの事は加護を受けた者には知られるな。2人目の二の舞は避けたいのだ』
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「何故レイラの加護を与えた者の為に、テクルスが迷い人を呼ぶのだ」
『それは其方が知る必要はない。然るべき時に迷い人が知るだろう』
「ここでの話は加護持ちに伝えていいのか⁉︎」
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状況は理解できたがまた新たな疑問があり…
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『迷い人の心の叫びに其方の心が反応したからだ。迷い人をよく思わずえらくキツく接していた様だが、本心は庇護してやりたいと感じていた。恋愛感情抜きに護れる者でないと使いには慣れない』
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「…」
何度聞いても教えてもらえなかった。一抹の不安を持ちつつ、テクルスからの役目を受ける事になった。今はただ早く戻り彼女に真摯に謝罪し彼女の心に寄り添い護ってやりたい。
『今から其方の意識を肉体に戻す。使いになると其方の肉体にも多少変化が起きるが、病ではないので安心するといい。では迷い人を頼む』
玉が上昇し消えた瞬間に居た空間は暗転し目覚めた。
「アレク!」
「うぐっ!」
苦しい!目の前に母上がいて抱きつかれていて母上重みで苦しい…
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「俺は…」
この後部屋に駆け込んできた父上に状況説明を受けた。公爵家の町屋敷で倒れた俺は2日間意識がなく、侯爵家の町屋敷に移された。
同じタイミングで倒れた彼女は当日意識が戻り今はシュナイダー領地の屋敷で療養している。すると意味の分からない事を父上が言い出した。
「医師に診てもらったが命に関わるものでは無いようで、恐らく精神的なものだろう。落ち着いたら治るかもしれんから、あまり気にするな」
「父上言っている意味が…」
すると母上が眉尻を下げ手鏡を渡してきた。
「!」
そこに映る俺は髪と瞳の色が変わっていた。テクルスが言っていた容姿が変わるとはこの事か…やはり夢では無かったんだ!
「父上。大切な話があります。すみませんがローランド殿下を呼んでいただけますか⁈迷い人に関する大切な話があります」
こうしてやって来た殿下にテクルスの使いの話をし、春香に辛く当たった事を懺悔し今後は春香を護ると誓った。
話が終わると静かに話を聞いていた2人は開口一番に、幼い頃の春香を見れた俺が羨ましいと言い、春香の愛らしくさを語り出した。
2人が本当に春香を心から愛しているのが分かる。
春香…俺も含めてお前を愛する者がこの世界には沢山いる。今、時空の狭間にいるお前にこの想いは届いているのか⁈
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