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第2話 見威王篇=正義を実現するために物量を投入する

その3(全4回) なんと、軍師殿は女の子なのか!?

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 その夜、城塞都市エンガルでは住民をかりだし、城壁の上から外壁に水をかけていた。

 あいかわらずの寒さで、まかれた水はすぐに氷りつく。

 クリーは、アルキンをともない、その作業に立ち会っている。

 必要に応じて指示を出すが、ほとんど黙って作業を見つめていた。

 住民たちは、黙々とバケツリレーで水を運び、何度も城壁に水をかけ続ける。

 まわりには、兵士たちがほとんどいない。明日の決戦に備え、フミト皇太子が早目に休ませたからだった。

「ご苦労さま、クリー大佐、アルキン大尉」

 クリーたちがふりむくと、フミト皇太子、ヤマキ中将がいた。

 いつもの巡回だ。

「氷の厚さも、だいぶ厚くなってきたな」

 ヤマキ中将は、城壁のへりから下をのぞきこむ。

 城壁自体は、今のところほとんど無傷だ。

 連邦軍は、城塞都市エンガルに備え付けの大砲の射程外に布陣している。こちらからの砲撃は届かない。反対に連邦軍の砲撃も、こちらに届かない。

 それでも連邦軍は、たびたび百数十門の大砲による一斉砲撃を加えてくることもあった。すさまじい砲声で、北部辺境守備軍の士気をそごうというわけだ。

 ただし、射程外からの砲撃なので、城塞都市エンガルそのものへの被害はなかった。

 ただ、ときおり奇襲的に迫撃砲部隊が進出してきて、場内に砲弾を撃ち込むこともあった。

 その被害や、それに対する迎撃戦で、北部辺境守備軍に戦死者が出ることもあったが、その数はわずかであった。

 ただし、ちりも積もれば山となる。こういった攻撃をくりかえされることで、北部辺境守備軍の被害も次第に大きくなっていっていた。

 しなしながら軍人のほうは状況が分かっているので、さほど恐れる者はいない。

 ただ住民たちは戦争のシロウトなので、説明を受けて分かってはいても不安になる。不安が頂点に高まれば、城塞都市エンガル内はパニックになるだろう。

 連邦軍はそれをねらっているようにも思えた。

「心理作戦を使うなど、こざかしい!」

 耳をつんざくような砲声がするたびにヤマキ中将は憤慨ふんがいしていたが、戦争なのだから当然だ。

 それより問題は、決戦当日の城の守りだ。

「決戦の日には、わが守備軍がほとんど城から打って出る」

 フミト皇太子が言った。

 大砲の移動には時間がかかる。そのため、決戦の日、北部辺境守備軍の主力が出払ったスキに城を攻めるとなれば、おそらく連邦軍の歩兵隊が突進してきて城壁にとりつき、よじのぼろうとするだろう。

「当然だが連邦は、わがほうの守備が手薄になったと考え、数にものを言わせ、急いで城壁を突破しようとすると思われる」

 ヤマキ中将は、遠く連邦軍の野営地を見やりながら言う。

「でも、城壁やその周辺に分厚ぶあつい氷があるので、ツルツルと滑って、足をとられるわけだね。よい足止めとなり、少ない兵力でも守りやすくなる。なかなか、おもしろい」

「敵を撃退できるかどうかは分からんが、少なくとも時間をかせぐことはできるだろう」

「わが一族の故地では、これを“みずそそいでこおりこおらす”と言う」

 クリーの説明によると、かつてソン国の楊延昭ヤンイェンジャオは、弱小な城を強敵に攻められたとき、城壁に水をまいて凍らせたらしい。

 そのせいで強敵も、足が滑って城壁を乗り越えられず、あきらめて退却していったそうだ。

「たとえ敵があきらめなくても、作戦を成功させるために必要な時間はかせげる」

 クリーは自信ありげに語っていたが、しかし、その声はどこかこわばっていた。

「ときに大佐は初陣ういじんか?」

 ヤマキ中将は、いつになくおだやかな声で聞く。

「実戦の経験はないけど、作戦には自信がある。だから、安心してほしい」

「いや、そういう意味ではない。自分も初陣の日は、幕僚として参戦したが、かなり緊張したものだった」

 クリーは黙ってヤマキ中将を見ている。

「とくに今回は、死ぬか生きるかの瀬戸際せとぎわだ。しかも、クリー大佐は、その作戦立案者でもある。緊張して当然だ。むしろ緊張しないほうがおかしい。自分も緊張する」

 ヤマキ中将は、クリーの肩にポンと片手を置き、その肩をほぐすようにモミモミする。

「だが緊張していれば、いつもの力を出せん」

 少しだけ腰を落とし、目線の高さをクリーにあわせ、その目を見つめるヤマキ中将。

「肩の力をぬけ、そして股間こかんに力を入れろ」

 ヤマキ中将のごつい手が、今度はクリーの股間こかんをギュッとにぎってきた。まさに体育会系のノリだ。

「きゃっ」

 クリーが女の子のように身をひねり、思わずあとずさる。

「?」

 ヤマキ中将は、予想外の感触にぼうぜんとしている。

(男子の象徴、あのイチブツがない!?)

 まるで女の子が恥ずかしがるように体をまるめ、腕を組みながらヤマキ中将をにらむクリー。

 ぼうぜんとしてしまっているヤマキ中将。

「つかぬことを聞くが、大佐は宦官かんがんか……?」

 クリーはキッと勝ち気な表情をしていたが、ヤマキ中将をにらむその目はうるみ、今にも泣きそうに見えた。

「クリー大佐は女性であります」

 アルキンが、クリーの背中をポンッとたたきながら言った。

「「!?」」

 これにはヤマキ中将だけでなく、フミト皇太子も驚いた。

 気をとりなおしたクリーが言う。

「いきなりのことで、たじろいでしまい、ごめんなさい。中将殿も、わたしを激励する意味でしたのだから、気にしないでほしい。感謝している」

 クリーは、頭を下げた。

「だますつもりはなかったけど、それでもやはり戦場では女子は軽んじられる。だから男装した。許してほしい」

「いやいや、わが帝国にも歴史上、いく人かの女傑じょけつがおって戦功をあげておる。女子であることを気にすることはない」

 ヤマキ中将は、あたふたしながらも、できるだけ平静をよそおう。

「こうして女傑が援軍に来てくれたとなると、わたしたちの戦いも歴史に残るものになるな。こうなると下手は打てないぞ。ははは」

 フミト皇太子は、快活に笑う。

 そんな皇太子に対し、アルキンはそっと頭を下げた。
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