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第一章 最強パーティ、一夜にして糞雑魚パーティへ

第26話 異形との戦い、決着

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「ギフン! お前昔は”もう二度とアレはやらん!”って散々言ってたじゃないか!」
「本当はめちゃくちゃ嫌じゃわい! ワシのキューティクルなヒゲがボロボロになるからのう!」
「だったらどうしてやる気になったんだ!?」
「わかってて嫌なこと聞くのはやめんかアイザック! ヒゲを切らせて骨を断つってやつじゃよ!」
「肉な!」

 俺とギフンの防御をかえりみない突撃に異形がほんの少し怯んだ様子を見せた。
 肩に大穴開けてる手負いのファイターがいきなり突っ込んで来たんだ。予想外だったのだろう。
 格下を狩ってるつもりだったのか。馬鹿にしないでほしいもんだ!
 
「ぬうううあああ!!」
「ギギッ!」

 俺は盾を、ギフンは刀をそれぞれ異形に押し当て、突進の勢いを利用してそのまま壁へ叩きつける。
 壁に叩きつけられた異形は肺から呼吸を吐き出したかのように一瞬呻くがすぐに我を取り戻し反撃を試みる。

「ギイイイア!!」
「ぐ、ぬっ! ぐあっ!」

 突然の激痛が右肩を走った。ああ、ああちくしょう!ちくしょう! 
 この野郎肩の傷に爪をえぐりこませてきやがったんだ! 
 そうかよああそうかよ。好きにしてろよ! 今だけだ。今だけだ勝手が出来るのは!
 数分後にはてめえはオスカーに解剖されて『フムフム実に興味深い』とか言われてっからな!

「舐め、んじゃねえぞ! こんな修羅場何度も経験してんだよこっちは……よぉ!」
「ギャイ!」

 頭突きを食らわす。壁に固定しているから衝撃が逃げずにモロにヒットだ。
 目を回していやがる。
 今だ。今しかない。ここで仕留めないと全員死ぬ!

「ギ、フン! 俺は準備オ、ッケェ、オッケェだ! お前はどうだ!?」
「はよせえ!」 
「っっっし! い、まだ! オスカァ! 頼むぜえ!」
「ああ! 頼むよ二人共! デュランスは治癒術キュア・ウーンズ準備だ!」
「お、おう!?」

 オスカーが俺とギフンに、正確には俺とギフンに取り押さえられた異形に向けて火炎瓶を投擲《とうてき》する。
 異形の目にオスカーの投げた火炎瓶が映る。その目は恐怖に染まっていた。
 すでに奴らは学んでいるはずなんだ。アレが割れるととっても怖くて痛い目に合うとな
 バレバレなんだよ!

「おい! ネズミマン!」
「ギャイッ! ハァ~……! ハァ~……!」

 頭突きを今度は鼻柱にかます。鼻骨を折られた異形の呼吸が荒くなる。
 口で呼吸してるな。よし。
 
「熱くなるのはこっからだぜえ!」

 言うや否や俺は目一杯呼吸をして肺に酸素を蓄える。
 投げられた火炎瓶が壁に叩きつけられ、中に入っていた液体が弾け飛ぶ。
 その瞬間、液体は一瞬だけ青く燃え、またたく間に赤く燃え盛る業火へと変貌する。

「ギイイイイイイイイイイイイ!!」
「ぬうううあああああああああ!!」

 最初に背中が、次に手足に全身を蝕むような痛みと熱さが這い回り、視界が真っ赤に染まる。 
 赤く染まった視界の中で、異形が俺の拘束から抜け出し叫びながら床を転げ回っていた。
 息を止めていなければ口に、肺に炎の熱が入りパニックに陥っていただろう。こいつのように。
 口を開かせる為に鼻を折ったんだから当たり前だがな。
 三秒! 俺は三秒は動けるはずだ!
 火だるまになる覚悟をしていた俺は理性を保って三秒だけ動けるはずだ!
 
 盾を捨てるのに一秒。
 ロングソードを両手に構えるのに一秒。
 それを転げ回る異形の腹に突き刺すのに一秒。計三秒だ。

 「ッギイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ!!」
 
 この世の全てを呪うような異形の断末魔が響き渡る。手応えはあった。
 その瞬間俺は纏わりつく炎の熱さに耐えきれず転げ回る

「ぎゃああああああっちいいいいいいいいいい!!」

 何も考えられなかった。目が焼け焦げ耐えきれない痛みが全身を走る。
 死が見えた。その時だ。

「旦那! 大丈夫ですか旦那!」

 耐え難い全身の痛みが痒みに替わり、痒みも時間とともに消え失せてゆく。
 デュランスの治癒術《キュア・ウーンズ》だ。
 焼け焦げた瞼も繋がり視界が鮮明になっていく。傷もふさがったが体が無性にダルい。
 死ぬ寸前の大火傷から戻ってきた代償だろう。体力はもうすっからかんだった。

「デュランス……サンキューな……」
「む、無茶しすぎっすよ旦那! なんですか自分ごと相手を火だるまって! 下手したら死んでますよ!」
「格下が格上倒すにはこんくらいやるしか……ねえんだよ」
「だ、旦那、やっぱり旦那は新米冒険者じゃないんですね。後で話を聞かせてもらいますよ!」
「ああ……全部話す。それでギフンは?」

 俺がそう聞くとデュランスは顎で指し示す。視線を追うとそこにはギフンがいた。
 俺と同じようにうまくいったのだろう。すでに治療済みだった。
 そんなギフンの足元には胴体から切り離された異形の頭が転がっていた。
 苦悶の表情を浮かべながら焼け焦げた異形の目はこちらに向いていた。
 そんな恨みがましい目で見るなって。お互い様だ。

 当のギフンはというとそんな死体に目もくれずにヒゲをモジモジいじっていた。

「よお~ギフン。自慢のヒゲがいい感じにローストされてるじゃないか」
「んもお~。だからワシこれ嫌なんじゃよ! 前やった時もヒゲが黒焦げで戻るのに半年近くかかったんじゃからな!」

 涙目で焦げ焦げのヒゲを見せつけてくるギフン。確かに自慢の真っ赤でたくましいヒゲが今じゃ焦げ焦げのチリチリだ。

「似合ってる似合ってる。いや本当逆にかわいい! 逆に! なあデュランス!? 逆にアリだよな!?」
「え!? そ、そうですね! あ、すいません! やっぱ似合ってないです! 嘘はよくないと思うんですよ俺!」
「ほらやっぱり似合わないんじゃああああ!!」
秩序にして善ローフルグッドォォォ!! てめえええ!!」
「すいません! すいません! で、でも性に合わねえんすよ嘘つくの!」
「人を幸せにする嘘ってのもクレリックに必要な素質だよデュランス。それでアイザック、あっちも決着がつきそうだよ」
「……ソニアとベルティーナか。俺はもう動けねえぞ」
「あれなら助太刀は必要なさそうだよ」

 俺は部屋の反対側で戦っているソニアとベルティーナ達に視線を差し向ける。
 ……なるほどあれなら必要ないな。
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