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第一章 最強パーティ、一夜にして糞雑魚パーティへ

第35話 聖女リーゼッテ

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「ソニアはセンセイに会いたくて冒険者になったのか。それはわかったけどデュランスはなんでなんだ?」
「めっちゃシンプルですよ。金ですよ金! 世の中金ですからね!」

 人差し指と親指で輪っかを作り金のハンドサインを見せつけるデュランス。
 聖職者って金に汚い人ばかりなのか!?

「アイザック兄さん! 金が必要なのは子どもたちの為っスからね! 恥ずかしいの誤魔化してるんスよ!」
「あ! おいソニア! そういうこと言うなっての!」

 ソニアの割り込みにデュランスが慌てた様子を見せる。

「子どもたちの為?」
「ここの建物って賃貸なんスよ! 借り物なんス! ボロいと言っても結構な大きさなもんで家賃がかさむんス!」

 デュランスとソニアが故郷から連れてきた孤児の数は二十人を超えている。
 確かにこれほどの数の子供を育てるとなると普通の家屋では到底賄えないだろうしボロくても一定の大きさは必要だ。

「なるほどねえ。そんで金の為に冒険者になったってことか」
「最初は治療所でも始めようかと思ってたんですけどレベル1ですからね。一日に二回、小さな傷を癒やす程度じゃ食っていけませんし」
「私も冒険者になりたかったっスから一石二鳥ってことでデュランスと組んで迷宮に潜ることにしたんス!」
「そんでスライムに三角締めを掛けてる所で俺達が駆けつけたわけか」
「助けてもらってありがたいとは思ってるっスけど、でもあのスライム完全にタップ寸前でしたっスよ」
「アホソニア!!」
「痛いっス! 聖書の角で叩かないで欲しいっス!」

 デュランスから聖書の角でこめかみをグリグリされるソニア。うわめっちゃ痛いやつだあれ。

「ま、まあ私もこの家に住んでるし子どもたちを寒空の下に放り出すわけにはいかないってことで手伝うことにしたんス」
「なるほどねえ。ソニアにとっては名を売りたいし家も確保できるってことで一石二鳥ってワケか」
「そうっス! だもんでガンガン潜ってガンガン強くなってガンガン稼ぐっスよ!」

 本当は愛しのデュランスと一緒にいられるから一石三鳥なんだろうけどな
 この二人が迷宮に挑む動機がようやくわかった。
 金で買えないものもある! とかなんとか世の中の胡散臭い奴はよく言うけれども
 世の中のほとんどのトラブルは金で回避できるんだよな。金がないからそのトラブルを回避できなくて
 人生を大いに遠回りさせられてしまう人を俺は何人も見てきた。お金はやっぱり大事だな。
 俺も本当に大事なもの以外に金を使わないよう倹約してるから金の大切さはわかるよ。
 あ、そうだ。帰りにコーエンのとこでレアカード買ってこよう。

「それでデュランス、家賃の支払いは間に合いそうなのか?」
「いざって時は土下座でもして待ってもらいますよ」
「その前髪で土下座はできねっスよデュランス」
「家賃だけじゃなくて食費もかかるだろうし、早めに稼げるようにしないとな」
「つっても無理なペースで下に潜っても危ないですから旦那に任せますよ!」
「そう言ってくれると助かる。ま、無理せず潜ろう」

 一応デュランスとソニアのプレッシャーにならないように言ってはみたものの
 すでのネズミ事件がかなりの無理めな案件なんだよなあ……もう少し力をつけないと手に負えないぜありゃ。

「それに食費に関してはお世話に……というか頼っちゃってる人がいるんで一応は安心っしゃ安心なんですよ」
「お世話?」

 デュランスは気恥ずかしそうに頭をボリボリ掻きながら笑顔を浮かべていた

「はい。俺らに余った野菜やらなんやら食い物分けてくれる人がいるんですよ」
「リーゼッテ様はめちゃくちゃ女神様なんスよ! 超女神! 超姉貴なんス!」
「リーゼッテ!? リーゼッテってあのリーゼッテか!?」

 俺はついつい二人に聞き返してしまった。おいおいマジか。あのリーゼッテがこんな所に来ているのか……!?

「あ、やっぱりご存知でしたか。俺はこの国来て日が浅いんで知らなかったんですけどやっぱり有名な方だったんですね」
「そりゃ当たり前よ! ハザン教のリーゼッテだろ? 超有名だよ!」

 この国の正教とも言えるハザン教団。その教皇の子女がリーゼッテだ。
 均整の取れた手足、儚さの中に強さを感じられる美しい瞳。
 この国では誰もがリーゼッテを、彼女を聖女と崇め奉っている。
 過去に一度パレードに出席している彼女を遠目で見かけたことがあるが
 遠くからでもリーゼッテの内側から滲み出てくる聖なる美しさに目を奪われたものだ。
 そりゃ聖女って呼ばれるだけあるわと納得したものだ。


「そのリーゼッテがここに食料を届けてくれているのか?」
「はい! 週一のペースで馬車一杯の食料を届けてくれるんですよ! 本当に助かってます!」

 どうやら定期的にリーゼッテはここに顔を見せにくるらしい。
 あれだけの立場の人間だ。さぞかし忙しいはずだ。
 それでもリーゼッテは街はずれの孤児院にまで目をかけてくれているのだ。
 おいおい中身までホーリーウーマンかよ! 

「あ! デュランス! そういえば今日ってリーゼッテ様が来る日じゃないっスか!?」
「おお! そういえばそうだな! 時間的にもそろそろってとこじゃねえか!」
「え? 今日がリーゼッテが来る日なのか!?」

 二人がソワソワし始めた。え? え? あのリーゼッテが来るの? 
 なんだか俺も足元がムズムズしてソワソワしてきた。

「そうっス! 毎週この日のこの時間に馬車で……あっ! リーゼッテ様っス! リーゼッテ様の馬車っスよあれ!」

 ソニアの顔がパアッと花開く。まるでご主人が帰ってきた忠犬のような喜びようだ。
 遠くに馬車が二台こちらに向かってくる。
 一台は山のように荷物を積み上げた荷車。見た所中身は野菜や果物。食料が積まれている。
 もう一台は雄々しい白馬の二頭建て馬車だ。
 キャビン部分に取り付けられた装飾品は嫌味にならない程度に華美だ。
 他人からどう見られているのかを知っていないとこのような装飾は施せない。
 御者がリズム良く白馬を制し、教会の手前で停止する。

「おいデュランス。馬車からやんごとねえオーラがビンビンに伝わってくるぞおい」
「ハハハ。旦那もですか。俺も初めて目にした時は飲み込まれちまってましたよ」

 デュランスがあっけらかんと笑う。
 業者が馬車から降りてキャビンへ近づき扉を開く。

「リーゼッテ様お久しぶりっス!」

 ソニアが馬車へ駆け寄る。そこから降りてきたのはまさに聖女だった。
 極上のシルクを鏡に映したような光彩が広がる髪。
 瞳は暖かさを感じさせる優しい光を放つ。目の色は太陽の色だ。
 身にまとったローブに散りばめられた細かな装飾は彼女の神聖さを更に際立たせていた。
 とはいえもしもボロを身に纏っていたとしても、彼女の神聖さは微塵も崩れることがないであろう。
 思わず息を飲んでしまった。
 これが……この人がハザン教聖女……リーゼッテ
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