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第一章 最強パーティ、一夜にして糞雑魚パーティへ

第47話 前衛に必要な素質

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「クッ……!」
「シイイイイイ・・・!!」

 ソニアと異形は数メートルの距離を挟んで睨み合っている。
 俺が先程目にしたギフンと異形と似たような形だ。
 あの時は異形が傷だらけでギフンが無傷だった。
 だが今回はソニアが傷だらけで異形は無傷だ。まるで逆の構図になっていた。
 すでにソニアは肩で息をしていた。傷だけでなくスタミナも尽きかけている。

「おいギフン」
「わかっとる」

 ギフンは一度鞘に戻した刀を再び抜き放った。
 俺も合わせて剣を引き抜く。
 ”もしも”の時にいつでも駆けつけられるように臨戦態勢だ。
 タイミングが遅れればソニアが死ぬ。かといって早すぎれば彼女のプライドを傷つけてしまうだろう。
 見極めなければ。ソニアの戦いを。

「っしゃあっス!」
「ギ!」

 ソニアがステップインから仕掛ける。前蹴りだ。仕掛けるタイミング、角度、どちらも申し分ない。
 異形の水月目掛けてソニアの右足が伸びる。
 そんなソニアの前蹴りを異形は避ける素振りも見せずに待ち構える。
 前蹴りは確かに異形に炸裂した。ズムッと小気味いい音が異形の下腹部から響く。
 下腹部の水月。大きいダメージを与えることの出来る急所だ。そこにソニアの右足が突き刺さっていた。
 だが……

「くっ!!」
「シャアア!」

 異形にダメージは一切見られない。
 格の違いを見せつけるかのように咆哮を上げながら、異形はまるで煩わしい虫を払うかのようにソニアの足を爪で振り払う。
 間一髪で足を引くも薄皮一枚触れていたのだろうか。ソニアの足から血が流れ落ちる。
 最高のタイミング、最高の角度で急所に打撃が入ってもノーダメージか。これは……

「筋力不足か」
「じゃな……酷な現実を見せつけられていることじゃろうよ」

 ギフンが哀れみの表情を浮かべる。俺も、恐らくは似たような顔を浮かべているのだろう。
 筋力。前衛に最も必要とされる能力だ。もちろん素早さ、所謂敏捷性。
 それに体力も前衛には求められる。だが何よりも必要なのが筋力なのだ。
 敵をぶっ叩くのが前衛の仕事だ。なのにぶっ叩いてもノーダメージでは意味がない。
 だからこそ俺達前衛は真っ先に筋力を鍛えなければいけないのだ。
 だがソニアは他種族よりも筋力が劣るエルフ。
 いくら敏捷性に優れているとはいえ前衛として必要最低限の筋力を持ち合わせていないのだ。

「悔しいだろうな。何を打ち込んでも効かないってのは」
「そりゃそうじゃろう。だが……かといってソニアに前衛としての資質がないってわけでもないんじゃよ」
「達人か?」
「そうじゃ。ソニアには達人の資質がある」

 世の中には”達人”と呼ばれる格闘家が存在する。
 並以下の筋力しか持ち合わせていないにも関わらず並み居るモンスターをなぎ倒すことが出来ると言われている。それも魔力も使わずにだ
 ”気”と呼ばれる人体に備わる力を利用する達人もいれば、単純に己の技量のみで敵を圧倒する達人も存在する。
 ソニアが幼い頃に出会い、教えを乞うた格闘家も恐らくは達人だろう。
 そんな達人から師事を受けたソニアには筋力の無さを補って余りある戦闘センスがあるはずだ。
 それをこの戦いで開花させることが出来ればいいが。

「シャアアアアア!」

 今度は異形が仕掛ける。ソニアの肉をえぐり取ろうと様々な角度から爪を振り回す。
 俺のときと同じように体のどこかに当たればいいと言わんばかりの攻撃だ。
 
「ッッ!!」
  
 ソニアはなんとか紙一重で爪を避けてはいるが防戦一方だった。
 何度攻撃を当ててもノーダメージで、一発でも当たればほぼ敗北。不公平な話だ。
 だがソニア。自分にはこれしかないと格闘家の道を選んだお前の判断、俺は間違っていないと思っている。
 エルフ特有の敏捷性に加えて組技、関節技のセンス。それを達人から磨かれたんだ。
 ソニア。きっとお前は強くなれる。いや、もう強いはずだ!

「あうっ!」
「シイイ!!」

 薄皮一枚で凌いでいたソニアだったが、相手の攻撃が激しくなるにつれて薄皮”二枚”程度に当たるようになってきていた。
 ソニアの腕、肩、胸、足に裂傷が走る。出血が激しいな。

「シイイ……」

 爪についたソニアの血を異形が舐め回す。すでに奴は相手を獲物と見ているようだった。
 これは……ふむ。 

「ねえアイザック。あのクソネズミマウス私がぶっ殺していい?」

 戦況を見守る俺の背中からベルティーナの声が届く。どうやらお気に入りのソニアが傷つけられて相当頭に来ているようだった。

「ほら。あいつ結構燃えるじゃない? 私も火球《ファイアーボール》をお披露目したいんだけど」
「いやいやいやいや。待てって。もうちょい見守ろうぜ」
「ベ、ベルティーナの姉さん! それはまずいですって!」

 ベルティーナの助太刀宣言にデュランスが慌てて引き止める。一番止めたいのはお前だろうにデュランス。

「だってもう見てても無駄じゃない。いいでしょやっちゃって」

 そんなベルティーナは手持ち無沙汰に杖を軽く振り回しながら退屈そうに言い放つ。

「うーん。言いたいことはわかるよ。でもさ、だからこそ見てようぜ」
「そうかしらねえ」
「ちょ! ちょっと! アイザックの旦那にベルティーナの姉さん! なんてこと言ってるんですか! ソニアは今死にもの狂いで戦ってるんですよ! それを無駄って!」
「でも無駄じゃない。このままじゃソニアちゃんの肌が無駄に傷ついちゃうし見てられないわよ。スキンケアってのは若いうちから仕込んでおかないと駄目なのよ?」
「何言ってるんですか! 肌とか傷とか今は関係ないじゃないですか! 
「ま、確かにベルティーナの言いたいことはワシもわかるぞい。だけども見届けたいって気持ちがあるんじゃよワシにも」
「ギ、ギフンの旦那まで! なんなんですか!」

 デュランスは顔を真っ赤にしながらこちらに抗議の意思を表明してくる。
 うーん。さてはデュランスの奴誤解してるな。いっちょほぐしてやるとすっか。

「まあまあデュランス。そう怒るなって」
「これが怒らないでいられますか!? まだ勝負はついてないのにみんなソニアが負けるって決めつけてるじゃないですか!」

 肩を抱いて宥めるがどうにもデュランスの怒りは収まらない。こりゃ困ったな。

「おいデュランス。俺もベルティーナも、それにギフンもソニアが負けるだなんて一言も言ってねえぞ」
「へ? だってこれ以上は無駄だって……」
「そりゃそうよ。だってもうソニアちゃんが勝つのはもう決まってるし。だったら無駄に傷をつける必要もないでしょ?」
「へ? 勝つ? 負けるじゃなくて?」
「うむ。そろそろじゃろ」

 ベルティーナの発した言葉が思いもよらなかったのだろう。
 デュランスは口を開けたままパクパクさせている。とても信じられないといった表情だ。
 だが実際ベルティーナの見通しは正しい。ソニアはそろそろ逆転するはずだ。だからこそ俺もギフンも武器を既に鞘にしまっている。

「おい鈍感クレリック!」

 デュランスの前髪をモサッと掴んで前後左右に大きく揺らす。

「ちょ、ちょ! なんですかアイザックの旦那!?」

 我に返ったデュランスがこちらを見ながら困惑の表情を浮かべている。

「よく見とけ! ソニアが勝つ所をな!」

 疲労困憊で傷だらけの獲物を前に悠然と構える異形
 体格差、受けているダメージ。一見すればほぼ”詰み”だ。
 だがソニアの目はまだ死んでいない。ありゃ追い込まれた前衛が大きいのを一発狙ってる目だ。
 俺もギフンも、やばいけど勝ちの芽が残ってるときにはあんな目をする。
 やっぱりソニア。いくら非力だろうがお前は前衛に向いているよ。
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