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第一章 最強パーティ、一夜にして糞雑魚パーティへ

第48話 エルフvs異形 決着

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「で、でもソニアの奴あんなに傷だらけで、ここから逆転の芽があるんですか?」

 ソニアを見守るデュランスは不安な表情を浮かべている。
 無理もない。冒険者としてまだ迷宮探索は二回目の新人なのだからな。
 傍から見ればソニアは疲労困憊の満身創痍だ。だがその目は死んでいない。
 
「よく見ろデュランス。あいつはわざと攻撃を受けてんだよ」
「えっ!? そ、そうなんですか? でも明らかに最初よりも傷が深くなってますけども……」
「そりゃそうだ。最初は紙一重で躱していた。今はあえて深く受けているんだ」
「ど、どうしてそんなことを」
「ネズミ野郎の攻めっ気を増長させる為だな。大ぶりの攻撃を欲しがってるんだよソニアは」
「トドメの一撃を……ってことですか?」

 躱し続けていくら攻撃をこちらが加えようが筋力の差からジリ貧に追い込まれることは自明の理だ。
 相手からすればジワジワなぶれば勝手に倒れてくれる。踏み込む必要はないのだ。
 だからこそ致命傷を避けつつ、けれども相手の攻め気を更に誘う為に深くソニアは攻撃を受けていたのだ。
 全ては異形の一撃を待つために。
 俺もギフンもソニアも。恐らくオスカーもソニアの狙いに勘付いていたはずだ。
 狩りも飽きたのだろうか。異形が大きく背筋を伸ばし深い呼吸の後……大きく踏み込む。
 そら来るぞソニア。お望みのが来るぞ。狙いは首筋。左手の爪だ!
 致命の突きを放たれたソニアはまるでダンスの誘いを受けた淑女のようにゆったりと右手を異形の左手に伸ばす。
 ソニアの手は異形の爪をすんでの所で躱し、そのまま異形の手首を掴み取る。
 そしてエルフの格闘家は吠える。

「ッッッっしゃああああああっス!!」
「ギイッ!?」

 異形の体はソニアが掴んだ手首を軸に回転していた。
 地面に背中から叩きつけられた瞬間にドゴォという音が迷宮内に響く。
 ただ投げただけでは起こり得ない衝撃音だ。

「ッッッッカハ!!!!」

 衝撃で異形の肺から酸素が全て吐き出される。うへー痛そう。
 なるほどなるほど。アレがソニアの奥の手ってわけか。

「ありゃネズミマンの勢いがそのまま乗ってるな。相手の攻撃を利用したのかソニアのやつ」
「合気じゃのう」
「合気?」
「相手の攻撃を利用する格闘技でな。つっても大抵は仕掛ける側受ける側がグルのインチキなんじゃがな。極々稀に本物《マジモン》も存在するんじゃ」
「へー。じゃあ異形とソニアがグルじゃないってんなら、あいつは本物《マジモン》だな」
「じゃのう。後でソニアが異形に金一封とか渡してない限りは本物《マジモン》じゃのう」
「あんたら何バカなこと言ってんの。ホラ! ソニアちゃんが締めに入ってるわよ! 見てみて! 超かっこいい! 超かわいい!」

 間髪入れずにソニアは仰向けになった異形の背中を起こし、がら空きになった両手を首に絡めて頸動脈を締め上げる。
 スリーパーホールドか。投げのダメージがなければ顎を引かれて腕を首に回せていなかっただろう。
 更にソニアは両足を異形の腕に引っ掛けて自由を奪っていた。
 あれならスリーパーホールドの最中に爪で体の急所を攻撃されることもある程度は防げるはずだ。

「ギッッッッッ……! ガカッッッッ!!」
「くううううう!!」

 突然呼吸を奪われパニックに陥った異形がソニアの足を掻きむしる。
 腕の自由が奪われているとはいえ、ソニアの足には手が届いているのだ。
 足に爪が食い込み、出血が激しさを増す。それでもソニアが技を緩める様子は一切見られなかった。

「グッッ! この……! さっさとくたばるっスよこのネズミマウスがああああ!!」
「ッッッッギ……!! カッ……!」

 ソニアの叫びと同時に異形の体が二回、三回と跳ね上がる。痙攣だ。
 もはや異形の爪は足ではなく空を掻きむしり、完全に動きを止めた。

「落ちたか」
「みたいだのう」

 異形の気絶を確認したソニアはそのまま上半身を大きく捻った。異形の首ごと。
 ゴキンという音がこちらにも聞こえてくる。頚椎をねじ切った音だ。
 しばしの静寂の後、ソニアはようやく異形の首から腕を離す。
 疲れからかその場で尻もちをついたソニアがこちらに顔を向けて腕を突き上げる。

「……か、勝った……勝ったっスよおお!!!」
「や、やった! ソニアが勝ちましたよ!」
「ソニアちゃん最高! 私マジ推せる! ソニアファンクラブ作るわ私!」

 笑顔を浮かべながらデュランスがソニアに駆けつけ、血だらけの足から治癒術《キュア・ウーンズ》を施す。

「やったなソニア! おめぇマジすごかったぞ! よく勝ったな!」
「ヘヘ……デュランス。私、このパーティのお荷物を卒業したいんス」

 ソニアは顔を上げてデュランスに笑顔を向ける。
「お、お荷物ってそんなこと言うんじゃねえよソニア」
「でも事実なんス。デュランスはクレリックとしてすでに戦力になっているし、他のみんなはレベル5でも私と同じレベル5じゃないんス」
「それは……年季とかあるからしょうがねえだろ」

 ソニアの奴やはりそこを気にしていたか。
 パーティ間での実力差が原因でトラブルになることはよくある話だ。
 あいつは俺より弱いのに取り分が半々なんて不公平だ。みたいな言い分は酒場でゲップが出るほど耳にする。
 パーティってそういうもんじゃねえと思うんだけどな。

「特にアイザックとギフンの兄さんに自分、追いつきたいんス。今回の戦いだって二人は無傷なのに。私は傷だらけで……一か八かでようやく勝てたし」

 俯きながら枯れるような声で呟くソニアにデュランスは困惑の表情を浮かべる。
 せっかく格上に勝ったってのに塞ぎ込んでちゃ勿体ないっての。ここは自信をつけさせてやらんとな
 俺は治療中のソニアの頭をバシンと叩く。

「ふぇ!? ア、アイザックの兄さん何するんスか!?」 
「あのなソニア! お前な、生意気なこと言ってんじゃねえよ!」
「な、生意気って……事実前衛として私は格下じゃないスか」
「お前な、俺が『最初のレベル5』の頃なんてお前の足元にも及ばなかったんだぞ? その頃の俺に比べたらお前は天才だっての!」
「そうじゃそうじゃ。ワシも糞雑魚じゃったわい」
「だよなギフン!」
「そうじゃよ。アイザックなんてこんなネズミ野郎よりも全然弱い大カエル相手に失禁したこともあるくらいじゃからな」
「失禁なんてしてねえよ! 嘘こいてんじゃねえよギフン! 脱糞だよ!」
「そうじゃったすまん。脱糞じゃった。カエルにビビって脱糞じゃったわ」
「だ、脱糞スか……」

 ソニアは俺から距離を離しながら聞き返す。なんで離れるん?
 昔、地下三階で大カエルに殺されかけて這々の体で迷宮から逃げ帰ってその時初めて脱糞してることに気づいた。
 不思議だね。人間って死の恐怖が近づくと脱糞する生き物なんだね。ってそんな話はどうでもいい!

「ま、恥ずかしい話だけどな昔ちょっとな……それよりもレベル7,8くらいでようやく倒せるような敵をお前はピンで倒してるんだよ! まずそれを素直に喜べ!」
「そうそう。最初のレベル5の頃のワシらじゃったら瞬殺されておるわい」
「そ。だから自信持て。お前は強いしこれからもっと強くなるぜ。ソニア」

 俺はソニアの頭をポンと撫でる。

「あ、ありがとうございますっス! 私、これからも頑張って出来る限り強くなるっス! だから、ヨロシクっス!」

 ソニアは満開の花のような笑顔をこちらに向ける。そうそう。そういう方がお前らしいよ。

「それにデュランス。お前もめっちゃ強くなるよ」

 俺はデュランスの前髪の先端を掴みシュッシュとしごく。
 こいつのクレリックとしての素質はかなりのものだ。治癒術《キュア・ウーンズ》の効きが並のクレリックとは段違いだ。

「あ、ありがとうございます! あの……なんか摩擦で髪が熱くなってきたんでやめてくれませんかね……」
「やだ」

 俺のかわいがりはソニアの治療が終わるまで続いた。
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