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第一章 最強パーティ、一夜にして糞雑魚パーティへ

第50話 餌は服。魚は俺

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 と、意気込んで地下二階に踏み入れてはみたもののどこから探せばいいものか

「ひとまず昨日とは逆の道を行ってみようか」

 とはオスカーの提案。おうおう賛成賛成。まずは未踏破区域を出来る限り減らさないとな。
 昨日俺達は迷宮内の南を進んだわけだから、今日は逆に北を探索だな。

「相変わらず不気味な雰囲気っスね……」

 と、身震いしているのはソニアだ。確かに不気味だ。壁の裏側で何かが走る音が常に聞こえる。
 恐らく鼠だろうが。やはり不気味だなこの階層は。
 警戒しているのかビクビク怯えているのか自分でも区別がつかない感情を抱きながら北エリアを探索していると扉にたどり着いた。

「よし。ここから調べようか。ちょっと……待ってくれよ……今、今……調べる」

 オスカーが床に耳を当て、次に扉に耳を当てて室内を探る。
 さてさて。出来れば無駄な戦闘は避けたい所だがどうかなオスカー君。いるかな? いないかな?

「いない、ね。いないよこれは。室内は無人だ」
「っしゃあ!」
「ええぞ! ええぞ!」
「しゃっス!」
「喜びすぎだろ前衛組……」

 俺、ギフン、ソニアがキャッキャウフフと喜びの感情を表している様をデュランスがチクりと言葉で刺してくる
 君ねえデュランス君ねえ。あんなイカついネズミ野郎との戦いなんざ出来る限り避けるべきなんだよ君ぃ!
 まま、いいや。とにかく廊下よりも室内の方が安全だ。さっさと入って探索だ。
 少し湿り気のある扉に手を当てて力を込めると軋んだ音を立てながら開かれる。

「おおう……やっぱりあの石像あるのかよ」

 思わず呟いてしまったのも無理はない。
 部屋の中央にあのブサイクな鼠の王の彫像が堂々と鎮座していたのだ。
 もしかしてこれ全部の部屋にあるんじゃねえのか?
 石像は置いといて改めて室内を見渡すと大きさも作りも昨日俺達が異形と戦った時とそっくりだった。
 そんなそっくりな部屋で嫌でも目につくものがあった。

「これは……気になるな」
 
 石像の真下に積まれた薄汚れた衣服の山。それが唯一この前の部屋と違う点だ。
 迷宮内に衣服の山。嫌でも目に入るさそりゃ。
 早速山から一枚の衣服をつかみ取り観察してみるとただの衣服でないことがわかった。

「こりゃ……囚人服か?」

 横に走った黒と白のストライプ。刑務所にお勤め中の囚人さんのメインファッションといえばこれだ。
 しかしどうして囚人服が迷宮の……それもこんな部屋のど真ん中に積み上げられているんだ?
 少なくともこんなファッションは街では流行ってない。当然迷宮でもそうだろうよ。
 ではなぜ? 考えに耽っていた俺にデュランスが横から声を掛けてきた。

「あの……アイザックの旦那。その囚人服……もしかして関係あるんじゃないかって話が、いや、でも……」
「話してくれ」
「え、っとですね。一週間くらい前の話です。街の刑務所から囚人の集団脱走事件が発生したってお触れを見かけたんですよ」
「集団脱走? じゃあお前が言いたいのはつまり」
「この服はその脱走した囚人達のなんじゃないかなって……」
「しかしあのアールンド刑務所から集団脱走か……」

 アールンド刑務所。一度入れば脱走不可能。凶悪犯罪者の行き着く場所として名高い刑務所だ。
 デュランスが言うには刑務官が毎朝の業務として独房の見回りをしていた所、いつもなら囚人の悪態が聞こえるはずなのに何も聞こえない。
 不気味すぎる程の静けさだったそうだ。それを怪しく思った刑務官が独房を覗いたら……

「もぬけの殻だった、と?」
「そうなんです。全ての独房の床にどでかい穴が空いていたそうです」
「穴が……」
「ええ。そっから逃げ出したんじゃないかと。どうやって穴を開けたのかは不明ですけどね」
「そして逃げた囚人は……ここに来ていた」
「俺はそう思ってます」

 あのアールンド刑務所から脱走者が、それも集団だ。そう集団脱走事件が発生したことも驚きだったが
 その囚人が迷宮にたどり着いていたというのか。
 確かに考えてみれば筋は通る。いくら脱走が成功したとしてもすぐに追手が差し向けられるだろう。
 脛に傷持つ囚人がこの国のお天道様の下で逃げ切れるわけがない。
 だとすればこの迷宮に逃げ込むことも十分に考えられる。
 実際俺は迷宮内で犯罪者や盗賊と何度も出くわしている。
 だとするとこの衣服が……その脱走囚人共のだとしてもなんら不自然ではない

「確かに納得できた。これは脱走した奴らの服だろう。だが一つ気になることがある」
「気になること、ですか?」
「それは……」
「どうして脱ぎ捨てられているか? だろアイザック」
「ああそうだオスカー。なぜこいつらは囚人服を脱いだ?」

 オスカーもやはり同じ結論に達していたか。脱ぎ捨てられた衣服の枚数はざっと数十枚。
 迷宮内で囚人服に変わる装備をを見つけたとしても到底賄えるわけがない。
 なぜ服を脱いだ? 囚人はどこへ行った? そもそも奴らはどうやって脱走をした?
 この迷宮の異変に囚人の脱走事件は関係あるのか?
 思考の行き止まりを感じる。これ以上は情報が足りないな。
 オスカーもどうやら同じ場所で行き詰まっているらしい。オスカーがわからないなら俺も無理かもな
 ひとまず俺は手に持った囚人服を山へ投げ戻す。
 ボフッと埃が山から吹き出してくる。きたねえ!

「うーん。とりあえず他の皆と情報を共有しておこうぜオスカー、デュランス…………ん? ん?」

 とりあえず知っている情報をパーティ面子で共有して相談しよう。
 そう思っていた矢先に違和感が右足から這い上がってきた。
 すぐに違和感が怖気おぞけへと変貌する。
 俺の直感が命の危機を警告していた。
 なんだ? 俺は今生死の分かれ目に立っているのか!?
 すぐに違和感の発生源である右足に視線を向けた。

「な、なんだ!? なんだこれは!? い、糸!?」

 違和感の正体は糸だった。
 まるでシルクのように艶かしく煌めく糸が俺の足に何重にも絡みついていたのだ。
 オスカーの警戒を掻い潜って俺の足に糸を巻いたのか!?
 
「クッ……この!」

 慌てて手でちぎろうとしても隙間なく巻き付いている糸は全く緩む気配を見せず
 糸は想像以上に頑丈で、爪すら食い込む余地を与えてくれなかった。

「オ、オスカー! デュランス……! 敵、敵だ!」
「え? 敵? だけど僕の耳には……その足! どうしたんだい!?」
「だ、旦那! 大丈夫ですか!?」
「ああ、今の所は、大、丈夫ぅぅぅぅああああああああああああああああ!!!」
「アイザック!?」

 二人に助けを求めた瞬間俺の体は勢いよく後方に、部屋の出口へ向けて高速で引っ張られた。
 糸だ。俺の足に巻き付いた糸が巻き取られているのだ。まるで釣り竿のように糸が巻き取られている。
 魚は俺か。そして……囚人服が餌だったのだ!

「ギフウウウウウウウウウウウウウウウウン!!! 斬ってくれええええ!! 糸だあああああ!!」
「な、なんじゃアイザック!? どうなっとるんじゃ!?」
「とにかく糸を斬ってくれえええええええ!!」

 俺はギフンに助けを乞うた。
 今この瞬間頼りになるのはギフンだ。侍のあいつに糸を斬ってもらわな俺は確実に拉致られる! そして死ぬ!
 すぐに状況を理解したギフンが流れるような動作で刀を引き抜き上段に構える。
 チャンスは一回だ。これで斬れなきゃ俺は部屋の外まで引っ張り込まれて拉致られる!

「わかったわい! チェエエエエエエエエエエストオオオオオオオオオ!!」

 右足から部屋の出口へと一直線に伸びている糸に向けてギフンが渾身の一撃をお見舞いした。
 上段からの振り下ろしだ。やったか?
 刀を糸に食い込ませたギフンはこちらに満面の笑顔を向ける。やったんだな!?

「アイザック……」
「やったのかギフン!?」
「ごめん無理じゃった」

 ギフンが舌をペロリと出してウインクする。
 いや俺がやるならまだしもおっさんのドワーフがそれやっても全然かわいくねえぞ。
 ……ってか斬れなかったんかいいいい!!
 その瞬間糸の巻き込むスピードが更に上がり、俺は部屋から引っ張り出された。

「おああああああああああああああああああああ!!!」
「アイザックーーー!!」
「旦那ーーーー!!」
「アイザックの兄さん!!!」

 
 高速で部屋から遠ざかるに連れてみんなの声も遠くなっていく。
 ギフンの一撃でも無理だった。この糸は……自力では解けない! 斬れない!
 迷宮の壁のあちらこちらに体をぶつけられながら俺の体は引っ張られ続けた。
 打ち付けられた体の痛みと裏腹に俺の思考は冴えていった。
 この糸の先には何があるのか。俺を釣り上げた存在は何者なのか
 もうわかっているはずだ。鼠の王だ。
 それなら俺がすべきことは……覚悟だな。身を切ってでもすべきことがある。

「低レアから撒いていこう……それでも……それでもすまん!」

 俺は腰につけているデュエル&ドラゴンズのデッキからカードを定期的に床に落としていく。低レアカードから。
 これで俺のお守りは仲間に居場所を知らせる目印となった。
 せめてザルディンを落とさなきゃいけないくらい遠くまで拉致られませんように
 そう願いながら俺の体は迷宮の奥底へと引っ張られ続けた。
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