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第一章 最強パーティ、一夜にして糞雑魚パーティへ

第51話 聞く耳持たねえよこいつ

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「ああちくしょう……! やっぱりこれ、解け、こっの……! 解けねえよこの糸!」

 糸に引きずられてどのくらい経っただろうか。
 時間にしてみればほんの数分だろうが自分にとってもは永遠にも近い時間にも感じる。
 一度は解くことを諦めた糸もカードをばら撒きがてらもう一回試みたもののやはり糸はびくともしない。

「こんなに頑丈な糸なら高く売れそうだなおい! 痛っ!」

 高速で引っ張られているからか壁や床に体が当たる度に痛みが走る。
 特に角がキツい。曲がりきれずに壁に叩きつけられる。
 体は打ち身だらけだ。アーマーを脱いだら青あざだらけになっていることだろう。
 だが体よりも、もっともっと恐るべき事態が俺に迫っていた。

「しまった! これは! これは実にまずい!!」

 とうとうだ。とうとうやってきた。
 仲間の道標にとバラ撒いていたデュエドラのカードがとうとうレアカードの領域へと達しつつあった。
 最初は低級コモンのカードで事足りていたが……それも限界か!?

「まだか!? まだなのか!?」

 焦る気持ちとは裏腹にまだ体は引っ張られ続ける。終点はまだまだ先のようだった。

「ああ! ちくしょう! このままだと! このままだと!」

 その後二回の曲がり角を経て恐れていた事態が起きる。
 とうとうレアカードの放出時期がやってきてしまったのだ。
 もはや体の痛みなどどうでもよかった。

「ちくしょおおお!! 『耕す牛車』ごめんよおおおおおおおお!!」

 『耕す牛車』 魔力3のクリーチャーカード。なんとパワー0体力7と素晴らしい防御性能を有している。
 そして牛車は装備カードとしても使用できるのだ。他のクリーチャーにつけるもよし
 牛車自身を強化して殴りにいくもよし。フレキシブルに動くことが出来るクリーチャーなのだ。金貨1,200枚

「うわあああああああ!! 『臆病な歩哨』があああああ!!! やめてええええ!!」

 『臆病な歩哨』 魔力4、パワーと体力共に1のクリーチャーカードだ。
 その貧弱なステータスとは裏腹に有している能力は簡潔にして無慈悲
 なんと相手はこちらのターン中に即時魔法カードなどのアクションを一切行うことが出来ないのだ。
 即時魔法はデュエドラでは最も警戒すべきアクションだ。
 それを防ぐことのできるこのカードはまさに転ばぬ先の杖なのだ!
 臆病だからこそ相手の行動を読み取り制限する。素晴らしいカードだ。金貨1,400枚

「ああああ!! 『執政官ベレン』があああああああ!!! もうやめて! お願いだからやめてぇ!」

 『執政官ベレン』 魔力2、パワー2体力2のクリーチャー
 一見変哲がないクリーチャーに見えるがなんとベレンが場に存在している時はクリーチャーを召喚する為のコストが1少なくなるのだ。
 小粒を並べる俺のデッキの潤滑油であり歯車なのだ。文字通りこいつがいなければ俺のデッキは気持ちよく回ってくれない。金貨2,500枚
 その厳格とも頑固とも言える性分から城内ではやや疎まれがちな執政官ベレン
 だが俺は知っている。誰よりもこの国を思う熱い心を持った公人だと!
 高速で迷宮内を引きずられながら俺の手から離れていったベレンは、なんだか少し笑っているような悲しんでいるようなそんな表情を浮かべていたように見えた。
 もはや金の為ではない。義だ。義の為にお前を討つ! 鼠の王!

「鼠の王ううううううう! てめえぜってえ許さねえからなあああ!! 敵は討つからなベレン! 牛車! 歩哨!」

 その後数々のレアカードを手放していって間もなく、俺の体は迷宮の……北西。
 恐らく北西に位置する空間へといざなわれる。
 その大部屋に足ではなく頭を踏み入れた瞬間、足に纏わりつく糸の挙動が変わり体に浮遊感が与えられる。
 空中に放り投げられ背中から床に叩きつけられる。
 糸が体のコントロールの大半を奪っているのだろうか受け身が、受け身が取れねえ!

「ガハッ!」

 背中から床へと思いきり打ち付けられた衝撃で肺の中の酸素が全て吐き出される。
 痛みからたまらず身をよじる。なんて手荒い歓迎なんだこの野郎……!
 呼吸を……呼吸をしなくては!

「ヒュー……! ヒュー……!」

 叩きつけられて数秒。
 なんとか十全に酸素を取り戻すことが出来たが生きた心地がしなかった。
 うつ伏せ状態から身を起こし、右足を撫でると指先に糸の感触が伝わる。

「相変わらずくっついたままか」

 今の衝撃で拘束が緩むかもしれないと都合のいい展開を期待していたが糸は相変わらず俺を離す気配を見せてくれない。
 改めて室内を見渡すとそこには異様な光景が広がっていた。室内というよりも広場だろうか。
 迷宮内でもこれほど大きな空間は見たことがない。やはり迷宮内の構造が変わっているぞこれは。
 そんな広場にはどこから集めてきたのか皆目検討もつかない木っ端や岩石。
 壊れた宝箱に鎧、果ては無数のガラクタで積み上げられた小さな山が形成されていた。
 山の大きさはおおよそ直径三十メートル程。高さは十五メートルといったところか。
 つまりはゴミ山だ。
 そんなゴミ山の両端には例の不細工で出来の悪い石像が称えるかのように配置されている。

「なんつう趣味だよ王様さんよ……」

 思わず呟いてしまう程に悪趣味な空間だ。
 まるでこれが俺の城だと言わんばかりの存在感をゴミ山は部屋の中央で放っていた。
 だが何よりも俺の目が奪われたのはそのゴミ山の頂点だ。
 部屋の中央のゴミ山。そのゴミ山の頂点にはこれまたガラクタを寄せ集めて作ったであろう玉座らしきオブジェクトが見受けられた。
 玉座の横幅は四メートルはあろうか。人間用とは到底言えない程のサイズだ。
 その玉座に誰かが、いや、何かが座っていた。
 先程叩きつけられた衝撃で未だに視界がチラつくがそれでも見える。何かが玉座で蠢いていた。

「なん、だ? あれは……? おいおいおいおいおい!」

 目を凝らすと視力が回復してきたからか視界がより鮮明になっていく。
 だが視界が鮮明になったことを俺は若干後悔した。
 全長はおおよそ四メートル……頭についている目の数は八つ。
 全身に毒々しい毛がビッシリと生え揃っている巨大な蜘蛛が玉座に収まっていたのだ。
 俺の足の糸は玉座の蜘蛛へと伸びていた。
 わかりきってはいたが俺の足に巻き付いた糸の主はあの大蜘蛛だったようだ。
 その蜘蛛の胴体に何者かが跨っていた。
 大蜘蛛に跨った主の身長は120センチメートル前後……かなり小柄に見える。
 だがどうにも見えない……蜘蛛の大きな体が視線を遮り、その主を伺うことが出来なかった。
 影をなんとか視界に入れようと試みたその時だ。

「ケエエエエエエエエエエエエ!!」

 耳をつんざくような叫びが室内に、鼠の国に響き渡る。
 鼓膜を手で弄くり回されているのかと錯覚するほどの轟音だった。
 
「なんつう……声だよ」

 声はゴミ山の頂上、大蜘蛛の上から発せられていた。
 主の叫びに呼応するかの如く玉座の大蜘蛛が這いつくばる程に身を屈めた後に跳躍した。
 まるでその体躯を意にも介さぬと言わんばかりに軽やかな動きだ。
 大蜘蛛は俺の目の前でその巨体を着地させた。不気味なことに着地した際の音が全く聞こえなかった。
 その巨体でなんて静音性だよ。オスカーが気づかなかったのも頷ける。
 そして俺は見た。大蜘蛛が主と認める影の姿を。

「てめえが……鼠の王か!」
「ケキイイイイイイイイ!!」

 何かが腐ったような悪臭が鼻を刺激する。劣悪な環境がこの臭いを生んだのだろうか。
 臭いに怯まずに観察すると、その姿は俺が戦ってきた異形と似ていた。
 しかし纏っている雰囲気が違う。禍々しさが奴らの比ではない。
 更に奴は歪んだ鉄細工のような冠を被り、そしてその身に釣り合わない三尺90センチメートルはあろう長さの杖を携えていた。
 冠もゴミ山も粗末だが杖だけは綺羅びやかで荘厳で、本物の王が手にしていても何ら不自然無い程の代物だ。恐らくはマジックアイテムだろう。
 そして小柄ではあるもののその残虐性は隠しきれていない。
 大蜘蛛の上から牙を剥き出し、血走った瞳で俺を見やる。
 そこに王の威厳も貫禄も存在しない。狂王だ。
 だが怯んではいけない。きっとオスカー達がカードを目印にやってきてくれるはずだ。
 出来る限り時間を稼ぐ! とにかく繋ぐんだ。会話で繋げ俺!

「で、だ。王様さんよ。とりあえず初めましてだな」
「フーーーーー……! フーーーーー……!」

 うっわめっちゃ睨んできてる。
 引き延ばせ引き延ばせ。小粋なトークで時間を引き伸ばすんだ俺!

「そ、それにしても素晴らしい城だな。ご招待頂き光栄だ。そして俺は前衛! なんちゃって! ハ、ハハハ……」
「……」
「い、今のは光栄と後衛を掛けてて……後衛前衛っていう鉄板迷宮ジョークで……っておいおいおいおいおい!」
「ケアアアアアアアアアア!!!」

 冗談が気に食わなかったのかそもそも人語を理解できない生き物だったのか。恐らく後者だ。絶対後者だ。
 鼠の王は杖を振りかぶったかと思うとすぐさま俺の頭に振り下ろしてきた。
 速い! 足を縛られていることなど関係ない。そう思わせる程の振り下ろしだった。
 狙いは正確だ。避けられない。
 振り下ろされる寸前、全てがゆっくりに動いているように見えた。だが体が動かない。
 ちくしょう……レベルさえ、レベルさえ現役の頃なら!
 杖が眼前に迫り、メキャア! という音が耳に広がったその瞬間、俺の意識は闇へと放り出された。
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