藤堂海来探偵社

蜉蝣

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第一話 仲西麗華

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三島みしま君、さっさとやんないとボーナス差っ引くわよ!」

 ったく、何回言えば分かるんだ、明日から着手しないといけない案件があるっていうのに。今月のこの事務所の家賃だってやばいんだよ。

「社長、そうはいっても、今日中になんかきついですよ。あの子だってやめちゃったし、僕一人ですよ?」

 社長室欲しいなぁ。そうしたらもうちょい威厳持って三島にも態度でかく出来るのに、こいつなんとも思ってないみたいだからなぁ。はぁ……んなの、夢のまた夢だな。

「いーから、絶対に帰るまでに、あと2時間以内、報告書上げないとたたっ殺すからね!」
「はーい」
「何だ、そのやる気のない声は?」

 私はつい、今しがたミスプリしたコピー用紙を丸めて対面デスクに座る三島に向かって投げつけた。

「てっ! 酷いじゃないですか。暴力っすよ? それ。ボクもやめちゃおっかなー」

 うっ……そいつは不味い。

「あっ、は、はははっ、悪い悪い、ゴミ箱に投げ捨てるつもりで間違えちゃって。ごめんごめん」
「ほんとですかぁ?」
「ほんとほんと、ねぇ、ボーナス引くって嘘だからさ、お願いっ。ホントの今日中じゃないと不味いのよ。それに、もうじき、お客さんここに来る予定だし、私はその対応しなくちゃなんないから、報告書まとめてもらえるの三島くんしかいないのよ」

 と情けなくも、自分らしくもない猫なで声で合掌して三島に頭を下げる自分が哀れだ――。

「分かりましたよ。それはそうと、お客さんって?」
「ああ、言ってなかったわね。いつもどおり三島くんに応対任せようと思ってたんだけど、ちょっと特別でね――」
「へぇ、そうなんですか。社長直々」

 そう、今回はちょっと厄介な話らしかった。相手が警察官だという。本来はそうしたやばい案件は、やんわりと断るのだが、どうしても断れない事情があったんだよね。それに、金はいくらでも出すって言うし……マジで資金繰りやばいんだよね。

「そゆこと。だからお願い――」

 ゴンゴン、と事務所出入り口のドアを叩く音。古い鉄製ドアで、事務所も狭いからやたらと響くこの音は居心地が悪い。早くいい事務所に引っ越してぇ。私は、デスクから腰を上げると、5歩くらいでそのドアを開ける。

「どうぞどうぞ、よくいらっしゃいました。仲西麗華なかにしれいかさんですね?」

 そこに立っていたのは、地味なカジュアル姿の大学生風の女子と、少し派手目のピンク色のスキニーデニムパンツに白のジージャンを羽織ったその女子と同年齢っぽい女子の二人。どちらが仲西麗華なのか――。

「あ、はい。私が仲西です。こっちは友人の京極菖蒲きょうごくあやめです」

 地味な方だった。

「そうですか。ささ、狭いですけど中に入って」

 二人を狭い事務所の奥にある、二人がけのソファーに案内し、その対面に自分のデスクの椅子をくるっと180度展開させて、小さなテーブルを挟んで彼女たちの前に座った。

「すみませんね、事務所狭くって、上から見下ろすみたいで申し訳ないんですけど」

 あー、やだやだ。せめて対面にソファー置けるくらいの広さのある事務所に引っ越したい。かっこ悪いー。……あっ、三島め。

「おい、三島くん、お茶」

 三島の方に振り返った私に一瞥すらせず、めんどくさそうに立ち上がると、三島は事務所を出て給湯室に向かった。

「どうも、気が利かない奴で。で、お電話で概略はお伺いしましたが、今日は細かくお伺いするということでよろしいですか?」

 私がそう尋ねると、仲西は一瞬唇を噛みしめるようにして、私から目を逸らし、俯いた。すると、その右に座る京極が肘で仲西をつついた。

「麗華、しっかしりして。何のためにここに来たの? きちんとお話して。私が話すわけにも行かないでしょう?」

 こうした話は、大抵の場合はこうだ。いくら私のように相手が同性でも、流石に被害者本人が事実を話すというのは恥ずかしいことでもあり、思い出したくないこともあって、勇気がいるのが通常。余程の覚悟がなければ、こんなところには来ないのだろうけど、それでもいざ他人に話すとなると勇気は必要。こっちだってプロだ。そんな事はわかっている――。

「ああ、いいですよ。ゆっくり。言い難い事もあるでしょうから、その辺は今日はぼかしてもらっても構いません。それとすみませんが、録音させて頂きますね?」

 と、私はICレコーダの録音スイッチを入れてテーブルの上においた。すると、三島が給湯室から戻ってきて、グラスに注いだお茶を3つ、テーブルの上に置いて自分のデスクに戻った。

「それと、今の男性は三島っていう私の部下ですが、男性だからって気にしないでくださいね。彼もプロですし絶対完全秘密厳守ですから大丈夫です。どうですか? お話聞かせていただけますか?」

 そう言うと、仲西は少し困ったような表情で京極の顔を伺うような仕草をすると、京極が頷いて合図。仲西は一瞬つばを飲み込むと、私に向かって小さく「はい」と言った。

「では、先ず、その男性と知り合った経緯からお伺いできますか?」

 それでも少しの間、仲西は黙ったまま。三島が忙しくパソコンキーボードをタイプする音だけが事務所に響く――。

「……あの人と知り合ったのは三年前です」

 仲西麗華の話した事実はこうだった。

 その男の名前は、渡辺二瓶わたなべにへい。職業は警察官で32歳。知り合ったのは、その渡辺が勤務していた警察署管内の交番に、仲西が財布をどこかで亡くしたので、その遺失物届をしようと訪れたときが最初だった。その時、対応したのが渡辺。しかし、当初はその手続だけで、特に何もなかったという。

「それで、次はいつ頃?」
「それから一ヶ月くらい経った頃に、警察から電話がありました」
「それは、警察の誰からですか?」
「渡辺です」
「財布が見つかったって?」
「いえ……それが、もう少し詳しく事情が知りたいと」
「詳しく?」
「はい。それらしい財布は見つかったが、少々不審な点があり、警察では不味いから、二人きりで会いたいと」
「警察では不味い? それどういうことですか?」

 すると、仲西はその先を言い辛いのか、黙って俯いてしまった。しかし、その後を京極が、お茶を一気にぐいっと飲み干してから、話し始めた。

「私からお話します。全部聞いているので。いいよね? 麗華」

 仲西は頷いた。

「渡辺は最初から麗華をやるつもりで喫茶店に呼び出したんです」
「なるほど。つまり、渡辺って警察官が、職務とは関係なしにどこかの喫茶店に麗華さんを呼び出したと。それが二回目ですね?」
「はい。私はその時に、麗華から話は聞いていたのですが、相手が警察官だからまさかあんなことになるとは全く思ってなくて、大丈夫なんじゃない? と麗華に言ってしまって……」

 そこで言葉を詰まらせた京極は、バッグからハンカチを取り出すと、自分の目頭にそれを当てた。

「なるほど、京極さんも責任を感じてらっしゃると。でもそれは――」
「いいんです。だからこうして二人でここに来たんです。もう頼るところがどこにもなくって……」

 再び沈黙の時間が続いた。ふたりとも泣いていた。私は、一旦ICレコーダを切り、椅子から立ち上がると、窓際のキャビネットから一冊のファイルを取り出し、再び彼女達の前に座った。

「これね、部外秘なんだけどさ、ちょっと中身ペラペラっとでもいいから見てご覧」

 そのファイルを仲西が手に取って、ページを捲り始め、京極もそれを眺めている。

「それは概要だけだけどね、この探偵事務所も、普通はあまり扱わない性犯罪をそれだけやってきたってこと。大丈夫だから、私に任せて。こう見えてもプロなのよ」

 ――なんだよね。どうも私は童顔で、いつも舐められてる気がするんだよね。そこの三島とか。

「じゃぁ、辛いかもしれないけど、そんなに詳しくなくても今はいいから、私に話してご覧」

 そして、二人で協力しながら、1時間近く掛けて話してくれた内容は、想像したよりずっと酷い話だった――。

 その日、渡辺巡査と待ち合わせた喫茶店に赴くと、渡辺は財布とは何の関係もない話ばかりしたという。仲西は少しおかしいと思ったけれど、そのうちに急に気分が悪くなり、それを気遣った渡辺とその喫茶店を出ると、渡辺がタクシーで病院へ連れて行くといい、タクシーに乗せられるとその内に記憶がなくなった。気がつくと、ホテルの部屋でベッドの上に、服を脱がされて下着姿にされていた。びっくりした彼女は、あたりを見渡すと、バスルームから出てくる渡辺と目があった。渡辺はニヤニヤしながら冷淡な口調でこう言ってのけたという。

「君のこと全部調べたから。どこの大学に通っていて、出身の小中高、自宅はどこで、お父さんの勤め先もお母さんのパート先もね。ああそうそう、可愛い8歳年下の妹さんの通っている小学校も知っているよ。もちろん君の友達関係もね」

 そして、渡辺は数十枚のA4容姿に印刷された、彼女や友人、自宅や家族の写真をベッドの上の彼女にぶちまけた。彼女は戦慄した。

「ボクはとても悪い警察官だ。警察官って知ってるよね? 国に権力を与えられた国家公務員だ。無敵だよ? 警察官って。頭の悪い警察官は失敗してニュースになったりするけど、ボクはそんな馬鹿なことはしない。だからそうやって事前に君のことは全部調べ上げた。ボクに逆らうとどうなるか、想像つくよね?」

 そうやって散々彼女を脅した後に、彼女が凍りついて抵抗すら出来ない状態にさせられると、その最初の日はなぜか、下着姿にされただけで、渡辺は彼女に対し何もしなかったという。眠っていた間のことは気になったが、犯された様子はなかったらしい。そして、彼女が服を着ている間、渡辺はこう言った。

「今後はボクの言いなりになってもらうよ。悪いようにはしないさ。ただ言うことを聞いてくれるだけでいい。それと、今日のことを含め、絶対に他人に言わないように。ボクはくり返し言うけど警察官だ。しかもたちの悪い悪質警官だからね。じゃぁ帰っていいよ」

 彼女は混乱と恐怖の思いで、そのホテルを出ると、家族の住む自宅へ急いで帰った。そして再び、恐怖のどん底へ突き落とされた。なんと、自宅へ着くと、その玄関口で彼女が帰るのを先回りしていたのであろう渡辺と母が会話をしていたのだった。驚いて立ち尽くす彼女に気付いた渡辺は「やぁ、仲西麗華さん、直接財布をお届けに上がりました」と微笑みかけ、母は「親切な警察官さんだよ、麗華も早くお礼を言って」と手招きしたが、彼女はそこで立ち尽くしたまま一歩も動けなかった。

 仲西麗華の地獄の日々はそうして始まった――。

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