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第1章「聞こえない音の世界」
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落ち葉が舞い始めた火曜日の朝、杏子は中学校への通学路から少し外れた裏道を歩いていた。栗色の髪が秋の冷たい風にそよぐ。フェンス沿いの草がさらさらと風に揺れ、イチョウの黄色い葉が舞い落ちていた。
「おーい、杏子ー!」
後ろから駆けてくる足音。杏子の親友の真帆だ。赤みがかった髪をまとめ、跳ねるように走ってくる。襟元のリボンが少しだけずれていた。
「また遠回りしてるの?」
真帆が追いついて、息を整えながら聞いた。
杏子はうなずいた。
「火曜日は坂を登らないの」
「えー、どうして?」
真帆は不思議そうに聞いた。
「なんとなく」
杏子は肩をすくめた。
「そうしないと、聴きたい音が遠くなっちゃう気がして」
真帆は首をかしげた。
「音が遠くなる?何それ、面白い!」
彼女は風の方向に顔を向けた。
「ねえ、風が吹くと、ざわざわ音がするよね」
杏子は黙ってうなずいた。でも本当は、その音がわからなかった。
鳥のさえずりや風鈴の高い音みたいな、あの澄んだ世界が、ときどき杏子には届かないのだ。その瞬間、世界の動きがゆっくりになる。みんなの口の動きは見えるのに、声が遠くなって、まるで水の中にいるみたい。
「杏子?」
真帆が手を振った。
「聞いてる?また変な顔してるよ」
「ごめん」
杏子は我に返った。
「ちょっと考え事してた」
二人は並んで歩き始めた。道端のコスモスが秋風に揺れている。
「あのね」
杏子は思い切って言った。
「私ね、たまに音が消えるの」
「え?どういうこと?」
「世界がスローモーションみたいになって…」
杏子は指を動かしながら説明した。
「でも、私の指先は風の色がわかるんだ。薄い青色で、冷たい感じがする」
真帆は目を丸くした。
「すごい!私には見えないよ。杏子って特別だね!」
「特別…かな」
杏子は照れて視線を落とした。
「ほんと変だよね、でも、そこがいいんだけどさ」
真帆は明るく笑った。
学校に着くと、教室はすでに賑やかだった。窓の外では、校庭のイチョウの木が黄金色に輝いている。窓から差し込む朝日が、真帆の髪をオレンジ色に染めていた。
「あ、成田先生来た!」
誰かが声を上げた。
「おはよう、みんな」
先生の声の途中で、また世界がゆっくりになった。「よう」と「みんな」の間が、ひとつの永遠みたいに感じられる。
「今週末の合唱コンクールの練習、朝の時間にも入れたいと思います」
「杏子?」
真帆が小声で呼んだ。
「また聞こえなくなったの?」
杏子はゆっくりとまばたきをして、小さくうなずいた。
「大丈夫だよ」
真帆はそっと杏子の手を握った。
「私がそばにいるから」
杏子が窓の外を見ると、校庭の木々が風に揺れていた。イチョウの葉が舞い、銀杏の実が少しずつ落ち始めている。朝の空気は澄んでいて、風が冷たくなり、指先がぴりぴりする。まだ誰も気づいていない何かが、そっと目を開けたような気がした。
「おーい、杏子ー!」
後ろから駆けてくる足音。杏子の親友の真帆だ。赤みがかった髪をまとめ、跳ねるように走ってくる。襟元のリボンが少しだけずれていた。
「また遠回りしてるの?」
真帆が追いついて、息を整えながら聞いた。
杏子はうなずいた。
「火曜日は坂を登らないの」
「えー、どうして?」
真帆は不思議そうに聞いた。
「なんとなく」
杏子は肩をすくめた。
「そうしないと、聴きたい音が遠くなっちゃう気がして」
真帆は首をかしげた。
「音が遠くなる?何それ、面白い!」
彼女は風の方向に顔を向けた。
「ねえ、風が吹くと、ざわざわ音がするよね」
杏子は黙ってうなずいた。でも本当は、その音がわからなかった。
鳥のさえずりや風鈴の高い音みたいな、あの澄んだ世界が、ときどき杏子には届かないのだ。その瞬間、世界の動きがゆっくりになる。みんなの口の動きは見えるのに、声が遠くなって、まるで水の中にいるみたい。
「杏子?」
真帆が手を振った。
「聞いてる?また変な顔してるよ」
「ごめん」
杏子は我に返った。
「ちょっと考え事してた」
二人は並んで歩き始めた。道端のコスモスが秋風に揺れている。
「あのね」
杏子は思い切って言った。
「私ね、たまに音が消えるの」
「え?どういうこと?」
「世界がスローモーションみたいになって…」
杏子は指を動かしながら説明した。
「でも、私の指先は風の色がわかるんだ。薄い青色で、冷たい感じがする」
真帆は目を丸くした。
「すごい!私には見えないよ。杏子って特別だね!」
「特別…かな」
杏子は照れて視線を落とした。
「ほんと変だよね、でも、そこがいいんだけどさ」
真帆は明るく笑った。
学校に着くと、教室はすでに賑やかだった。窓の外では、校庭のイチョウの木が黄金色に輝いている。窓から差し込む朝日が、真帆の髪をオレンジ色に染めていた。
「あ、成田先生来た!」
誰かが声を上げた。
「おはよう、みんな」
先生の声の途中で、また世界がゆっくりになった。「よう」と「みんな」の間が、ひとつの永遠みたいに感じられる。
「今週末の合唱コンクールの練習、朝の時間にも入れたいと思います」
「杏子?」
真帆が小声で呼んだ。
「また聞こえなくなったの?」
杏子はゆっくりとまばたきをして、小さくうなずいた。
「大丈夫だよ」
真帆はそっと杏子の手を握った。
「私がそばにいるから」
杏子が窓の外を見ると、校庭の木々が風に揺れていた。イチョウの葉が舞い、銀杏の実が少しずつ落ち始めている。朝の空気は澄んでいて、風が冷たくなり、指先がぴりぴりする。まだ誰も気づいていない何かが、そっと目を開けたような気がした。
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