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第5章「消えゆく記憶」
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翌朝、杏子は折り紙の星と手紙を持って学校へ向かった。霜が降りた冷たい朝、真帆でさえ、杏子の持っているものに気づかないようだった。二人で息を白く吐きながら並んで歩く。
「杏子ちゃん、おはよー!」
真帆が後ろから声をかけた。赤いマフラーを首に巻いている。
「ねえねえ、そのカバンから何か見えてるよ」
真帆は杏子のカバンをのぞき込んだ。
「折り紙?」
「ああ、これ…」
杏子は少し慌てた。
「ちょっと趣味で作ってみたんだ」
「かわいいね!私にもくれる?」
「うん、いいよ」
杏子は黄色い星を一つ取り出して真帆に渡した。
「やった!ありがとう!」
真帆は嬉しそうに星を手に取った。
「文化祭の合唱に使おうかな。でも、何でたくさん作ったの?」
「それは…」
「あ、もしかして誰かにあげるの?」
真帆は目を輝かせた。
「誰?誰?中学に来て、気になる男子でもできた?」
「そうじゃなくて…」
杏子は言葉に詰まった。「ただ作りたくなっただけ」
「ふーん」
真帆は半信半疑の表情だった。
________________________________________
教室に入ると、杏子はすぐに窓際から三つ目の席を見た。昨日と同じく空いている。でも、今日はその席に何か違和感があった。
「あれ?」
杏子は席に近づいた。その席の存在感が薄くなっているような…。まるで少しずつ消えかかっているみたい。冷え込んだ朝の教室で、その席だけが霧に包まれているかのよう。
「杏子ちゃん、何見てるの?」
真帆が不思議そうに聞いた。
「ここ、誰の席だっけ?」
杏子は試しに聞いてみた。
「え?」
真帆は首をかしげた。
「あそこ?空いてるよ」
「前田さんの席じゃないの?」
「前田…さん?」
真帆はますます不思議そうな顔になった。
「誰それ?」
杏子はぎょっとした。
「昨日まで話してたじゃん。あまり目立たない子って言ってたよ」
「えー?」
真帆は首を横に振った。
「覚えてないなぁ。そんな子いたっけ?」
「冗談でしょ?」
杏子は驚いた。
「本当に覚えてない?静かな感じの子だって言ってたのに」
「ごめん…」
真帆は申し訳なさそうにした。
「私、人の名前忘れやすいから…あ、合唱コンクールのプログラム、もう印刷されてるかな?」
ホームルームが始まった。紅葉した木々が見える窓の外は澄みきった青空。成田先生が名簿を開いて出席を取り始める。
杏子はドキドキしながら名前が呼ばれるのを待った。でも…
「細井くん」
「はい」
・・
「室伏さん」
「はい」
前田琴音の名前は呼ばれなかった。すっぽり抜けていた。
「先生!」
杏子は思わず手を挙げた。
「はい、杏子さん?」
「前田さんは?前田琴音さんの名前を呼んでいません」
教室が静かになり、すぐに不安なざわめきが広がった。成田先生は困惑した表情で杏子を見た。
「前田…?」
先生は名簿を見直し、まるで自分の記憶を疑うように眉をひそめた。
「そういう生徒はいないようだけど…」
「いるはずです!」
杏子は必死だった。
「窓際から三つ目の席!昨日まで『しばらく休み』って言っていたじゃないですか」
クラスメイトたちの間から
「何言ってるの?」
「変なの」
というつぶやきが聞こえてきた。何人かはクスクス笑い始め、別の子はとまどいの目で見つめている。真帆は心配そうに友達を見ていた。教室全体が杏子を中心に波紋のように動揺が広がっていった。
先生は名簿をめくり直し、杏子を見つめた。少し間を置いて言葉を選ぶように、
「杏子さん、具合が悪いの?」
先生は優しく聞いたが、声は明らかに普通よりも高い声だった。
「秋の冷え込みで風邪でも引いた?それとも何か心配事でも?」
教室中から集まる視線を感じ、杏子の孤立感は増していった。みんなの前で一人だけ違う現実を見ているような感覚。
「違います…」
杏子は力なく言った。喉が詰まる感じがした。
「すみません、勘違いでした」
________________________________________
杏子は昼休みに音楽室へ向かった。
「琴音さん!」
杏子は部屋に入るなり叫んだ。
「大変なことになってる!」
冷たい空気が杏子を包んだ。窓の外では落ち葉が風に舞い、校庭のイチョウが黄金色に輝いている。
「みんなあなたのことを忘れてる!名簿からも名前が消えてる!」
黒板に文字が浮かび始めた。
『始まっている…私が消えていく…』
「どういうこと?なんで消えていくの?」
『私が…覚えられなくなる…記憶から…世界から…』
「でも、どうして?」
『私は…特別…音が見える…色が聞こえる…でも誰も理解してくれなかった』
「私と同じ…」
杏子はつぶやいた。
『孤独で…辛くて…誰にも気づかれないようになりたいって思った…そしたら本当に…見えなくなり始めた…』
「自分でそう願っちゃったの?」
『最初はそう…でも今は怖い…消えたくない…でも止まらない…』
「どうすれば止められるの?」
『知らない…でもあなただけが私を覚えてる…私を見つけてくれた…』
杏子はカバンから折り紙の星と手紙を取り出した。
「これ、あなたに」
杏子は譜面台の上に置いた。
「私からのプレゼント」
折り紙の星が譜面台の上で揺れ動いた。誰かが触れたかのように。
『きれい…ありがとう…』
「手紙も読んでね」
杏子は言った。
「あなたを助けたい。どうすればいいか考えてる」
『明日も来て…もっと話したい…』
「もちろん来るよ」
杏子は約束した。
「毎日来るよ!」
その時、杏子は部屋の隅|《すみ》に薄い影を見た気がした。人の形をした、うっすらとした紫色の影。静かな立ち姿の少女のシルエットが、ほんの一瞬映ったような。
「琴音さん?見えた気がする!」
影はすぐに消えたけれど、部屋の空気が少し暖かくなった。
________________________________________
放課後、杏子は図書室に行った。冷え込む午後、図書室は暖かく、勉強する生徒たちで賑わっていた。
「何か手がかりがあるはず…」
杏子は「記憶」「消える」「共感覚」というキーワードで本を探した。
「共感覚…音に色を感じること…」
杏子は小さな声でつぶやきながら本を開いた。
「私と琴音さんは同じなんだ」
数時間調べた後、杏子は一冊の古い本を見つけた。『目に見えない世界の不思議』という本だ。表紙がほこりをかぶっていて、久しく手に取られていない様子。
「ここに何か書いてあるかも…」
本をページをめくると、こんな一節があった。
「時に人は強い感情によって、現実世界から姿を消すことがある。それは魂の叫びであり、存在の悲鳴である。そして、その人を本当に理解し、心から必要としている人だけが、その人を呼び戻すことができる」
「これだ!」
杏子は思わず声を上げた。
図書室の司書が「しーっ」と注意してきた。
「ごめんなさい」
杏子は小さな声で謝った。
家に帰る途中、杏子は考えていた。夕暮れの空が赤く染まり、冷たくなった風が頬をなでる。落ち葉を踏む音が静かな夕方の街に響く。
「琴音さんを本当に理解して、心から必要としていれば呼び戻せる…」
明日、琴音さんに会うのが待ちきれなかった。
「杏子ちゃん、おはよー!」
真帆が後ろから声をかけた。赤いマフラーを首に巻いている。
「ねえねえ、そのカバンから何か見えてるよ」
真帆は杏子のカバンをのぞき込んだ。
「折り紙?」
「ああ、これ…」
杏子は少し慌てた。
「ちょっと趣味で作ってみたんだ」
「かわいいね!私にもくれる?」
「うん、いいよ」
杏子は黄色い星を一つ取り出して真帆に渡した。
「やった!ありがとう!」
真帆は嬉しそうに星を手に取った。
「文化祭の合唱に使おうかな。でも、何でたくさん作ったの?」
「それは…」
「あ、もしかして誰かにあげるの?」
真帆は目を輝かせた。
「誰?誰?中学に来て、気になる男子でもできた?」
「そうじゃなくて…」
杏子は言葉に詰まった。「ただ作りたくなっただけ」
「ふーん」
真帆は半信半疑の表情だった。
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教室に入ると、杏子はすぐに窓際から三つ目の席を見た。昨日と同じく空いている。でも、今日はその席に何か違和感があった。
「あれ?」
杏子は席に近づいた。その席の存在感が薄くなっているような…。まるで少しずつ消えかかっているみたい。冷え込んだ朝の教室で、その席だけが霧に包まれているかのよう。
「杏子ちゃん、何見てるの?」
真帆が不思議そうに聞いた。
「ここ、誰の席だっけ?」
杏子は試しに聞いてみた。
「え?」
真帆は首をかしげた。
「あそこ?空いてるよ」
「前田さんの席じゃないの?」
「前田…さん?」
真帆はますます不思議そうな顔になった。
「誰それ?」
杏子はぎょっとした。
「昨日まで話してたじゃん。あまり目立たない子って言ってたよ」
「えー?」
真帆は首を横に振った。
「覚えてないなぁ。そんな子いたっけ?」
「冗談でしょ?」
杏子は驚いた。
「本当に覚えてない?静かな感じの子だって言ってたのに」
「ごめん…」
真帆は申し訳なさそうにした。
「私、人の名前忘れやすいから…あ、合唱コンクールのプログラム、もう印刷されてるかな?」
ホームルームが始まった。紅葉した木々が見える窓の外は澄みきった青空。成田先生が名簿を開いて出席を取り始める。
杏子はドキドキしながら名前が呼ばれるのを待った。でも…
「細井くん」
「はい」
・・
「室伏さん」
「はい」
前田琴音の名前は呼ばれなかった。すっぽり抜けていた。
「先生!」
杏子は思わず手を挙げた。
「はい、杏子さん?」
「前田さんは?前田琴音さんの名前を呼んでいません」
教室が静かになり、すぐに不安なざわめきが広がった。成田先生は困惑した表情で杏子を見た。
「前田…?」
先生は名簿を見直し、まるで自分の記憶を疑うように眉をひそめた。
「そういう生徒はいないようだけど…」
「いるはずです!」
杏子は必死だった。
「窓際から三つ目の席!昨日まで『しばらく休み』って言っていたじゃないですか」
クラスメイトたちの間から
「何言ってるの?」
「変なの」
というつぶやきが聞こえてきた。何人かはクスクス笑い始め、別の子はとまどいの目で見つめている。真帆は心配そうに友達を見ていた。教室全体が杏子を中心に波紋のように動揺が広がっていった。
先生は名簿をめくり直し、杏子を見つめた。少し間を置いて言葉を選ぶように、
「杏子さん、具合が悪いの?」
先生は優しく聞いたが、声は明らかに普通よりも高い声だった。
「秋の冷え込みで風邪でも引いた?それとも何か心配事でも?」
教室中から集まる視線を感じ、杏子の孤立感は増していった。みんなの前で一人だけ違う現実を見ているような感覚。
「違います…」
杏子は力なく言った。喉が詰まる感じがした。
「すみません、勘違いでした」
________________________________________
杏子は昼休みに音楽室へ向かった。
「琴音さん!」
杏子は部屋に入るなり叫んだ。
「大変なことになってる!」
冷たい空気が杏子を包んだ。窓の外では落ち葉が風に舞い、校庭のイチョウが黄金色に輝いている。
「みんなあなたのことを忘れてる!名簿からも名前が消えてる!」
黒板に文字が浮かび始めた。
『始まっている…私が消えていく…』
「どういうこと?なんで消えていくの?」
『私が…覚えられなくなる…記憶から…世界から…』
「でも、どうして?」
『私は…特別…音が見える…色が聞こえる…でも誰も理解してくれなかった』
「私と同じ…」
杏子はつぶやいた。
『孤独で…辛くて…誰にも気づかれないようになりたいって思った…そしたら本当に…見えなくなり始めた…』
「自分でそう願っちゃったの?」
『最初はそう…でも今は怖い…消えたくない…でも止まらない…』
「どうすれば止められるの?」
『知らない…でもあなただけが私を覚えてる…私を見つけてくれた…』
杏子はカバンから折り紙の星と手紙を取り出した。
「これ、あなたに」
杏子は譜面台の上に置いた。
「私からのプレゼント」
折り紙の星が譜面台の上で揺れ動いた。誰かが触れたかのように。
『きれい…ありがとう…』
「手紙も読んでね」
杏子は言った。
「あなたを助けたい。どうすればいいか考えてる」
『明日も来て…もっと話したい…』
「もちろん来るよ」
杏子は約束した。
「毎日来るよ!」
その時、杏子は部屋の隅|《すみ》に薄い影を見た気がした。人の形をした、うっすらとした紫色の影。静かな立ち姿の少女のシルエットが、ほんの一瞬映ったような。
「琴音さん?見えた気がする!」
影はすぐに消えたけれど、部屋の空気が少し暖かくなった。
________________________________________
放課後、杏子は図書室に行った。冷え込む午後、図書室は暖かく、勉強する生徒たちで賑わっていた。
「何か手がかりがあるはず…」
杏子は「記憶」「消える」「共感覚」というキーワードで本を探した。
「共感覚…音に色を感じること…」
杏子は小さな声でつぶやきながら本を開いた。
「私と琴音さんは同じなんだ」
数時間調べた後、杏子は一冊の古い本を見つけた。『目に見えない世界の不思議』という本だ。表紙がほこりをかぶっていて、久しく手に取られていない様子。
「ここに何か書いてあるかも…」
本をページをめくると、こんな一節があった。
「時に人は強い感情によって、現実世界から姿を消すことがある。それは魂の叫びであり、存在の悲鳴である。そして、その人を本当に理解し、心から必要としている人だけが、その人を呼び戻すことができる」
「これだ!」
杏子は思わず声を上げた。
図書室の司書が「しーっ」と注意してきた。
「ごめんなさい」
杏子は小さな声で謝った。
家に帰る途中、杏子は考えていた。夕暮れの空が赤く染まり、冷たくなった風が頬をなでる。落ち葉を踏む音が静かな夕方の街に響く。
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