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第4章「見えない友達」
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翌朝、杏子は早く家を出た。いつもより30分も早い。寒くなってきた秋の朝、息が白く見えるほどの冷え込み。杏子はマフラーを首に巻き直した。
「今日は水曜日」
杏子は自分に言い聞かせるように言った。ー音楽室に行く日ー
学校に着くと、まだ誰もいない教室。杏子は窓際から三つ目の席に近づいた。前田琴音の席。窓の外では朝日に照らされたイチョウ並木が輝いている。
「おはよう」
杏子は小さな声で言った。
机の上には何もない。でも、引き出しを開けてみると…
「あった!」
消しゴムと鉛筆が入っていた。普通の文房具だけど、そこに確かに誰かがいた証拠。英語の教科書もあった。表紙に「前田琴音」と丁寧な文字で書かれている。
「前田さんは本当にいたんだ」
教室のドアが開く音がして、杏子はあわてて引き出しを閉めた。
「杏子ちゃん、早いね!」
真帆が驚いた顔で入ってきた。耳に少し赤みがさしている。「寒いね~」
「ちょっと早く来てみたくて」
「珍しい!」
真帆は杏子の隣に座った。「あれ?何見てたの?」
「何でもないよ」
杏子は前田さんの席から離れた。
「変なの~」真帆は笑った。
「あ、そうだ。今日の体育、持久走だって。寒いから走るにはちょうどいいかも。制服の下に体操服着てきた?」
「うん、着てきたよ」
杏子は答えたが、心はここにいなかった。
________________________________________
昼休み、杏子は成田先生の元へ向かった。職員室の前で待っていると、先生が出てきた。
「成田先生」
杏子は声をかけた。
「ちょっといいですか?」
「杏子さん?どうしたの?」
「あの、前田さんのことなんですけど…」
「前田さん?」
先生は首をかしげた。
「はい、休みになってる前田琴音さんです」
「ああ…」
先生は少し考え込むような表情になった。
「そうだね、しばらくお休みするって聞いてるよ」
「いつ頃戻ってくるんですか?」
「それはまだわからないんだ」
先生は困ったように答えた。
「何かあった?」
「いえ…ただ気になって」
「そう」
先生は優しく笑った。
「心配してくれるのはありがたいけど、大丈夫だよ。そうだ、合唱コンクールのソプラノパート、杏子さんがリードしてくれるといいんだけど」
杏子はもっと聞きたかったけど、先生の表情からこれ以上は聞けない気がした。
________________________________________
放課後、杏子は音楽室へ向かった。
「昨日と同じか…」
杏子は扉を開けた。
「でも何か違う」
部屋に入ると、机の上に何かが置いてあった。外は早くも日が落ち始め、薄暗い部屋に秋の夕陽が差し込んでいる。
「え?」
近づいてみると、それは杏子が昨日置いていった小石だった。でも、その横に小さな折り紙で作られた星が置かれていた。淡い紫色の、小さな星。
「これ…あなたが作ったの?」
杏子は星を手に取った。そのとき、部屋の温度が一気に下がったような気がした。窓の外では冷たい風が吹き、木の葉が舞い散っている。
「あ…」
杏子の耳に、かすかな音が聞こえた。誰かのつぶやきのような。
「聞こえる…聞こえるよ!」
杏子は目を閉じた。
「何て言ってるの?」
『……きれいな石……ありがとう……』
「わっ!」
杏子は驚いて目を開けた。
「今、話したの?前田さん?」
返事はないけれど、杏子には確かに聞こえた。そしてその声には色があった。薄紫色。折り紙の星と同じ色。
「私にしか聞こえないの?どうして?」
杏子はゆっくりと部屋の中を歩き回った。譜面台の前で立ち止まる。
「ねえ、琴音さん。どうして姿が見えないの?どうして誰も覚えてないの?」
静かな部屋の中、かすかな風が杏子の髪を揺らした。窓は閉まっているのに。
『助けて……消えちゃう……』
今度ははっきりと聞こえた。杏子は思わず振り返った。誰もいない。でも声はもっとはっきりしてきた。
「消える?どういうこと?」
その瞬間、黒板に何かが浮かび上がった。まるで見えない手が書いているみたいに、白いチョークの文字が現れた。
『みんな忘れる…私が消えていく…』
「うわぁ!」杏子は驚いた。「本当に書いてる!」
文字が消えると、また新しい文字が浮かび上がった。
『あなただけが見える…気づいてくれる…』
「どうして私だけ?」杏子は黒板に近づいた。
『音が見える…色が聞こえる…同じだから…』
杏子は驚いて立ち尽くした。
「琴音さんも…私と同じなの?」
『だから…助けて…』
「どうやって助ければいいの?」
杏子は必死に聞いた。
「何をすればいいの?」
その時、チャイムが鳴った。部活の開始を告げるチャイム。
『明日…また来て…』
文字は薄れていき、部屋の冷たさも和らいでいった。
「うん、約束する」
杏子は黒板に触れた。
「絶対来るよ」
その夜、杏子はノートに書いた。窓の外では寒くなってきた秋の夜風が吹き、落ち葉がこすれる音がする。
『前田琴音さんへ 私は杏子です。あなたの声が聞こえました。あなたも音が見えるんですね。私と同じ。 どうして消えていくの?どうして皆が忘れてしまうの? 明日また行きます。それまで待っていてね。 杏子より』
杏子は折り紙を取り出して、小さな星をいくつも折った。緑や青、黄色、そして紫色。寝る前に一つ一つ並べて眺めながら、明日のことを考えた。
「明日、持っていこう」
杏子はつぶやいた。「琴音さんのために」
「今日は水曜日」
杏子は自分に言い聞かせるように言った。ー音楽室に行く日ー
学校に着くと、まだ誰もいない教室。杏子は窓際から三つ目の席に近づいた。前田琴音の席。窓の外では朝日に照らされたイチョウ並木が輝いている。
「おはよう」
杏子は小さな声で言った。
机の上には何もない。でも、引き出しを開けてみると…
「あった!」
消しゴムと鉛筆が入っていた。普通の文房具だけど、そこに確かに誰かがいた証拠。英語の教科書もあった。表紙に「前田琴音」と丁寧な文字で書かれている。
「前田さんは本当にいたんだ」
教室のドアが開く音がして、杏子はあわてて引き出しを閉めた。
「杏子ちゃん、早いね!」
真帆が驚いた顔で入ってきた。耳に少し赤みがさしている。「寒いね~」
「ちょっと早く来てみたくて」
「珍しい!」
真帆は杏子の隣に座った。「あれ?何見てたの?」
「何でもないよ」
杏子は前田さんの席から離れた。
「変なの~」真帆は笑った。
「あ、そうだ。今日の体育、持久走だって。寒いから走るにはちょうどいいかも。制服の下に体操服着てきた?」
「うん、着てきたよ」
杏子は答えたが、心はここにいなかった。
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昼休み、杏子は成田先生の元へ向かった。職員室の前で待っていると、先生が出てきた。
「成田先生」
杏子は声をかけた。
「ちょっといいですか?」
「杏子さん?どうしたの?」
「あの、前田さんのことなんですけど…」
「前田さん?」
先生は首をかしげた。
「はい、休みになってる前田琴音さんです」
「ああ…」
先生は少し考え込むような表情になった。
「そうだね、しばらくお休みするって聞いてるよ」
「いつ頃戻ってくるんですか?」
「それはまだわからないんだ」
先生は困ったように答えた。
「何かあった?」
「いえ…ただ気になって」
「そう」
先生は優しく笑った。
「心配してくれるのはありがたいけど、大丈夫だよ。そうだ、合唱コンクールのソプラノパート、杏子さんがリードしてくれるといいんだけど」
杏子はもっと聞きたかったけど、先生の表情からこれ以上は聞けない気がした。
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放課後、杏子は音楽室へ向かった。
「昨日と同じか…」
杏子は扉を開けた。
「でも何か違う」
部屋に入ると、机の上に何かが置いてあった。外は早くも日が落ち始め、薄暗い部屋に秋の夕陽が差し込んでいる。
「え?」
近づいてみると、それは杏子が昨日置いていった小石だった。でも、その横に小さな折り紙で作られた星が置かれていた。淡い紫色の、小さな星。
「これ…あなたが作ったの?」
杏子は星を手に取った。そのとき、部屋の温度が一気に下がったような気がした。窓の外では冷たい風が吹き、木の葉が舞い散っている。
「あ…」
杏子の耳に、かすかな音が聞こえた。誰かのつぶやきのような。
「聞こえる…聞こえるよ!」
杏子は目を閉じた。
「何て言ってるの?」
『……きれいな石……ありがとう……』
「わっ!」
杏子は驚いて目を開けた。
「今、話したの?前田さん?」
返事はないけれど、杏子には確かに聞こえた。そしてその声には色があった。薄紫色。折り紙の星と同じ色。
「私にしか聞こえないの?どうして?」
杏子はゆっくりと部屋の中を歩き回った。譜面台の前で立ち止まる。
「ねえ、琴音さん。どうして姿が見えないの?どうして誰も覚えてないの?」
静かな部屋の中、かすかな風が杏子の髪を揺らした。窓は閉まっているのに。
『助けて……消えちゃう……』
今度ははっきりと聞こえた。杏子は思わず振り返った。誰もいない。でも声はもっとはっきりしてきた。
「消える?どういうこと?」
その瞬間、黒板に何かが浮かび上がった。まるで見えない手が書いているみたいに、白いチョークの文字が現れた。
『みんな忘れる…私が消えていく…』
「うわぁ!」杏子は驚いた。「本当に書いてる!」
文字が消えると、また新しい文字が浮かび上がった。
『あなただけが見える…気づいてくれる…』
「どうして私だけ?」杏子は黒板に近づいた。
『音が見える…色が聞こえる…同じだから…』
杏子は驚いて立ち尽くした。
「琴音さんも…私と同じなの?」
『だから…助けて…』
「どうやって助ければいいの?」
杏子は必死に聞いた。
「何をすればいいの?」
その時、チャイムが鳴った。部活の開始を告げるチャイム。
『明日…また来て…』
文字は薄れていき、部屋の冷たさも和らいでいった。
「うん、約束する」
杏子は黒板に触れた。
「絶対来るよ」
その夜、杏子はノートに書いた。窓の外では寒くなってきた秋の夜風が吹き、落ち葉がこすれる音がする。
『前田琴音さんへ 私は杏子です。あなたの声が聞こえました。あなたも音が見えるんですね。私と同じ。 どうして消えていくの?どうして皆が忘れてしまうの? 明日また行きます。それまで待っていてね。 杏子より』
杏子は折り紙を取り出して、小さな星をいくつも折った。緑や青、黄色、そして紫色。寝る前に一つ一つ並べて眺めながら、明日のことを考えた。
「明日、持っていこう」
杏子はつぶやいた。「琴音さんのために」
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