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第3章「ひとつの声」
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教室の窓から見えるイチョウ並木が黄金色に輝く朝、成田先生が教室に入ってきた。
「おはようございます。・・・・今日は朝練の後、合唱コンクールの座席表を決めます」
朝のホームルーム、杏子はふと窓際から三つ目の席に目をやった。空いている。
「それでは出席を取ります」
成田先生が名簿を開いた。名前が順番に呼ばれていく。
「前田さん……」
先生が呼んだとき、教室に小さな沈黙が落ちた。
「前田さんは、しばらく休みです」
先生はそれだけ言って、次の名前を呼んだ。
「真帆ちゃん」
杏子は隣の席の友達に小声で話しかけた。
「前田さんって誰だっけ?」
「ん~?」
真帆はあくびをしながら答えた。秋の朝の冷え込みで眠そうな表情だ。
「休みなんだって?」
「うん、でも…なんだか変じゃない?誰も気にしてないよ」
杏子は周りを見回した。みんな普通に「はい」と返事をしている。
「おかしいなぁ…」杏子はつぶやいた。
________________________________________
「前田って、誰だっけ?」
昼休み、杏子はもう一度真帆に聞いた。
「え?前田?」
真帆は首をかしげた。
「あ、前田さんね。あんまり目立たない子だよね」
「どんな子だったか覚えてる?」
「うーん…」
真帆は考え込んだ。
「特に印象ないかも。ああ、そうだ、静かな感じの子かな。文化祭の準備のとき、誰とも話さずに一人で飾り付けしてたような…でも、どうしたの?」
「なんか、休みが長いなって思って」
「そう?」
真帆は肩をすくめた。
「気にしたことなかったけど…あ、そういえば昨日の数学の宿題やった?中島先生、今日チェックするって言ってたよ」
「やったよ」
杏子は少しがっかりした。
「真帆ちゃんも覚えてないんだ…」
「え?何か言った?」
「ううん、なんでもない」
________________________________________
放課後、杏子は一人で立ち上がった。教室の窓から見える夕暮れの空が赤く染まり始めていた。
「帰らないの?」
真帆が聞いた。
「ちょっと用事があるんだ」
「また?」
真帆はため息をついた。
「最近よく一人で行動してるね」
「ごめん…また明日」
杏子は廊下を歩き、音楽室へと向かった。心臓がドキドキしている。暖房が入っていない廊下は、秋の夕方の冷気で肌寒かった。
扉を開けると、昨日よりも冷たい空気が迎えた。
「こんにちは…」
杏子は恐る恐る言った。
「前田さん…いる?」
返事はなかった。でも、誰かがいる気配はもっと強くなっていた。
「昨日より冷たいね」
杏子は部屋の中に入った。
「でも、いるんだよね?私にはわかるよ」
杏子は慎重に部屋の中を歩き回った。秋の夕暮れの光が差し込む窓辺で立ち止まる。
「あ!」
机の下に、小さな紙きれが落ちていた。ちぎって落とした生徒手帳の切れ端みたい。
「これは…」
杏子は拾い上げた。そこにはシャープペンで細く一行だけ書かれていた。
『見てくれてありがとう』
「わあ!」
杏子の指先がぴりぴりした。心臓がドクンドクンと打つ。
「これ、あなたが書いたの?前田さん?」
杏子はメモを何度も読み返した。
「私、何もしてないよ。ただ入っただけ。でも…聴こえたんだ。助けてって」
部屋の中はシーンと静まりかえっていた。それでも、杏子には何かが見えるような気がした。
「あなたの『助けて』が見えたんだ。薄紫色の雲みたいな形」
杏子はメモをポケットに入れた。消しゴムほどの小さな切れ端なのに、石ころのように重く感じた。窓の外を見ると、夕焼けが始まっていた。オレンジ色が部屋に差し込み、譜面台の影を床に長く伸ばす。その影が、まるで人の形に見えた。
「そこにいるの?」
杏子は影に向かって話しかけた。返事はなかったけれど、壁に触れた指先が少しだけ温かくなった。
「あなたが書いたメッセージ、私だけに?どうして?」
帰り道、いつもの坂を遠回りしながら、杏子は考えていた。紅葉した木々が夕日に照らされて赤く染まり、冷たい風が落ち葉を舞い上げる。
________________________________________
「前田さん、琴音さん…どんな子だったんだろう」
家に着くと、杏子は制服のまま部屋に入って、机の引き出しを開けた。クラス名簿が載っている学校のプリントを引っ張り出す。
「あった!」
確かに「前田 琴音」という名前があった。でも、なぜか薄く見える。インクの問題じゃない。その名前だけが、紙に定着していないみたいだった。
「変だな…」
杏子は窓から差し込む夕日にプリントをかざしてみた。光に透かすと、前田琴音の名前が揺らいでいるように見えた。
「明日も音楽室に行こう」
杏子は心に決めた。「水曜日は音楽室に行く日」
こんなルールは初めてだった。杏子のルールはいつも「~しない」だったから。でも今回は違う。「何かが私に触れようとしてる。無視できない」
メモを机の上に置き、杏子はしばらく見つめた。
「返事を書こうかな…でも何て書けばいいんだろう」
考えた末、杏子は小さな石ころを取り出してメモの上に置いた。昨日の帰り道で拾った、きれいな小石。秋の空気に冷やされて、ひんやりとした感触がする。
「これで伝わるといいな」
杏子は小石に向かって話しかけた。
「私もあなたの存在を感じてるってこと」
その夜、杏子はなかなか眠れなかった。頭の中は前田琴音のことでいっぱいだった。窓の外では、月明かりに照らされた木々が風に揺れ、落ち葉が舞い踊っていた。
「どうして私だけが気づくんだろう?」
窓の外から風の音が聞こえた。いつもなら聞こえないはずの音が、今夜は杏子の耳に届いていた。
「おはようございます。・・・・今日は朝練の後、合唱コンクールの座席表を決めます」
朝のホームルーム、杏子はふと窓際から三つ目の席に目をやった。空いている。
「それでは出席を取ります」
成田先生が名簿を開いた。名前が順番に呼ばれていく。
「前田さん……」
先生が呼んだとき、教室に小さな沈黙が落ちた。
「前田さんは、しばらく休みです」
先生はそれだけ言って、次の名前を呼んだ。
「真帆ちゃん」
杏子は隣の席の友達に小声で話しかけた。
「前田さんって誰だっけ?」
「ん~?」
真帆はあくびをしながら答えた。秋の朝の冷え込みで眠そうな表情だ。
「休みなんだって?」
「うん、でも…なんだか変じゃない?誰も気にしてないよ」
杏子は周りを見回した。みんな普通に「はい」と返事をしている。
「おかしいなぁ…」杏子はつぶやいた。
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「前田って、誰だっけ?」
昼休み、杏子はもう一度真帆に聞いた。
「え?前田?」
真帆は首をかしげた。
「あ、前田さんね。あんまり目立たない子だよね」
「どんな子だったか覚えてる?」
「うーん…」
真帆は考え込んだ。
「特に印象ないかも。ああ、そうだ、静かな感じの子かな。文化祭の準備のとき、誰とも話さずに一人で飾り付けしてたような…でも、どうしたの?」
「なんか、休みが長いなって思って」
「そう?」
真帆は肩をすくめた。
「気にしたことなかったけど…あ、そういえば昨日の数学の宿題やった?中島先生、今日チェックするって言ってたよ」
「やったよ」
杏子は少しがっかりした。
「真帆ちゃんも覚えてないんだ…」
「え?何か言った?」
「ううん、なんでもない」
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放課後、杏子は一人で立ち上がった。教室の窓から見える夕暮れの空が赤く染まり始めていた。
「帰らないの?」
真帆が聞いた。
「ちょっと用事があるんだ」
「また?」
真帆はため息をついた。
「最近よく一人で行動してるね」
「ごめん…また明日」
杏子は廊下を歩き、音楽室へと向かった。心臓がドキドキしている。暖房が入っていない廊下は、秋の夕方の冷気で肌寒かった。
扉を開けると、昨日よりも冷たい空気が迎えた。
「こんにちは…」
杏子は恐る恐る言った。
「前田さん…いる?」
返事はなかった。でも、誰かがいる気配はもっと強くなっていた。
「昨日より冷たいね」
杏子は部屋の中に入った。
「でも、いるんだよね?私にはわかるよ」
杏子は慎重に部屋の中を歩き回った。秋の夕暮れの光が差し込む窓辺で立ち止まる。
「あ!」
机の下に、小さな紙きれが落ちていた。ちぎって落とした生徒手帳の切れ端みたい。
「これは…」
杏子は拾い上げた。そこにはシャープペンで細く一行だけ書かれていた。
『見てくれてありがとう』
「わあ!」
杏子の指先がぴりぴりした。心臓がドクンドクンと打つ。
「これ、あなたが書いたの?前田さん?」
杏子はメモを何度も読み返した。
「私、何もしてないよ。ただ入っただけ。でも…聴こえたんだ。助けてって」
部屋の中はシーンと静まりかえっていた。それでも、杏子には何かが見えるような気がした。
「あなたの『助けて』が見えたんだ。薄紫色の雲みたいな形」
杏子はメモをポケットに入れた。消しゴムほどの小さな切れ端なのに、石ころのように重く感じた。窓の外を見ると、夕焼けが始まっていた。オレンジ色が部屋に差し込み、譜面台の影を床に長く伸ばす。その影が、まるで人の形に見えた。
「そこにいるの?」
杏子は影に向かって話しかけた。返事はなかったけれど、壁に触れた指先が少しだけ温かくなった。
「あなたが書いたメッセージ、私だけに?どうして?」
帰り道、いつもの坂を遠回りしながら、杏子は考えていた。紅葉した木々が夕日に照らされて赤く染まり、冷たい風が落ち葉を舞い上げる。
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「前田さん、琴音さん…どんな子だったんだろう」
家に着くと、杏子は制服のまま部屋に入って、机の引き出しを開けた。クラス名簿が載っている学校のプリントを引っ張り出す。
「あった!」
確かに「前田 琴音」という名前があった。でも、なぜか薄く見える。インクの問題じゃない。その名前だけが、紙に定着していないみたいだった。
「変だな…」
杏子は窓から差し込む夕日にプリントをかざしてみた。光に透かすと、前田琴音の名前が揺らいでいるように見えた。
「明日も音楽室に行こう」
杏子は心に決めた。「水曜日は音楽室に行く日」
こんなルールは初めてだった。杏子のルールはいつも「~しない」だったから。でも今回は違う。「何かが私に触れようとしてる。無視できない」
メモを机の上に置き、杏子はしばらく見つめた。
「返事を書こうかな…でも何て書けばいいんだろう」
考えた末、杏子は小さな石ころを取り出してメモの上に置いた。昨日の帰り道で拾った、きれいな小石。秋の空気に冷やされて、ひんやりとした感触がする。
「これで伝わるといいな」
杏子は小石に向かって話しかけた。
「私もあなたの存在を感じてるってこと」
その夜、杏子はなかなか眠れなかった。頭の中は前田琴音のことでいっぱいだった。窓の外では、月明かりに照らされた木々が風に揺れ、落ち葉が舞い踊っていた。
「どうして私だけが気づくんだろう?」
窓の外から風の音が聞こえた。いつもなら聞こえないはずの音が、今夜は杏子の耳に届いていた。
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