音の色をさがして —杏子と琴音の秘密の音楽室—

あいがーでん

文字の大きさ
3 / 9

第3章「ひとつの声」

しおりを挟む
 教室の窓から見えるイチョウ並木が黄金色に輝く朝、成田先生が教室に入ってきた。

「おはようございます。・・・・今日は朝練あされんの後、合唱コンクールの座席表を決めます」

 朝のホームルーム、杏子はふと窓際から三つ目の席に目をやった。空いている。

「それでは出席を取ります」
 成田先生が名簿めいぼを開いた。名前が順番じゅんばんに呼ばれていく。

「前田さん……」
 先生が呼んだとき、教室に小さな沈黙ちんもくが落ちた。

「前田さんは、しばらく休みです」
 先生はそれだけ言って、次の名前を呼んだ。

「真帆ちゃん」
 杏子はとなりの席の友達に小声で話しかけた。
「前田さんって誰だっけ?」

「ん~?」
 真帆はあくびをしながら答えた。秋の朝の冷え込みで眠そうな表情だ。
「休みなんだって?」

「うん、でも…なんだか変じゃない?誰も気にしてないよ」
 杏子は周りを見回した。みんな普通に「はい」と返事をしている。
「おかしいなぁ…」杏子はつぶやいた。

 ________________________________________

「前田って、誰だっけ?」
 昼休み、杏子はもう一度真帆に聞いた。

「え?前田?」
 真帆は首をかしげた。
「あ、前田さんね。あんまり目立たない子だよね」

「どんな子だったか覚えてる?」

「うーん…」
 真帆は考え込んだ。
「特に印象いんしょうないかも。ああ、そうだ、静かな感じの子かな。文化祭の準備のとき、誰とも話さずに一人で飾り付けしてたような…でも、どうしたの?」

「なんか、休みが長いなって思って」

「そう?」
 真帆は肩をすくめた。
「気にしたことなかったけど…あ、そういえば昨日の数学の宿題やった?中島先生、今日チェックするって言ってたよ」

「やったよ」
 杏子は少しがっかりした。
「真帆ちゃんも覚えてないんだ…」

「え?何か言った?」

「ううん、なんでもない」

 ________________________________________

 放課後、杏子は一人で立ち上がった。教室の窓から見える夕暮ゆうぐれの空が赤く染まり始めていた。

「帰らないの?」
 真帆が聞いた。

「ちょっと用事があるんだ」

「また?」
 真帆はため息をついた。
「最近よく一人で行動してるね」

「ごめん…また明日」

 杏子は廊下を歩き、音楽室へと向かった。心臓しんぞうがドキドキしている。暖房だんぼうが入っていない廊下は、秋の夕方の冷気れいき肌寒はだざむかった。
 
 扉を開けると、昨日よりも冷たい空気が迎えた。
「こんにちは…」
 杏子は恐る恐る言った。

「前田さん…いる?」
 返事はなかった。でも、誰かがいる気配けはいはもっと強くなっていた。

「昨日より冷たいね」
 杏子は部屋の中に入った。

「でも、いるんだよね?私にはわかるよ」
 杏子は慎重しんちょうに部屋の中を歩き回った。秋の夕暮れの光が差し込む窓辺で立ち止まる。

「あ!」
 机の下に、小さな紙きれが落ちていた。ちぎって落とした生徒手帳の切れはしみたい。

「これは…」
 杏子は拾い上げた。そこにはシャープペンでほそく一行だけ書かれていた。

『見てくれてありがとう』

「わあ!」
 杏子の指先がぴりぴりした。心臓しんぞうがドクンドクンと打つ。

「これ、あなたが書いたの?前田さん?」
 杏子はメモを何度も読み返した。

「私、何もしてないよ。ただ入っただけ。でも…こえたんだ。助けてって」

 部屋の中はシーンと静まりかえっていた。それでも、杏子には何かが見えるような気がした。

「あなたの『助けて』が見えたんだ。薄紫うすむらさき色の雲みたいな形」

 杏子はメモをポケットに入れた。消しゴムほどの小さな切れはしなのに、石ころのように重く感じた。窓の外を見ると、夕焼けが始まっていた。オレンジ色が部屋に差し込み、譜面ふめん台のかげを床に長くばす。そのかげが、まるで人の形に見えた。

「そこにいるの?」
 杏子はかげに向かって話しかけた。返事はなかったけれど、壁にれた指先が少しだけ温かくなった。

「あなたが書いたメッセージ、私だけに?どうして?」

 帰り道、いつもの坂を遠回りしながら、杏子は考えていた。紅葉した木々が夕日に照らされて赤くまり、冷たい風が落ち葉をい上げる。

 ________________________________________

「前田さん、琴音さん…どんな子だったんだろう」
 家に着くと、杏子は制服のまま部屋に入って、机の引き出しを開けた。クラス名簿めいぼっている学校のプリントを引っ張り出す。

「あった!」
 確かに「前田 琴音」という名前があった。でも、なぜか薄く見える。インクの問題じゃない。その名前だけが、紙に定着ていちゃくしていないみたいだった。

「変だな…」
 杏子は窓から差し込む夕日にプリントをかざしてみた。光に透かすと、前田琴音の名前がらいでいるように見えた。

「明日も音楽室に行こう」
 杏子は心に決めた。「水曜日は音楽室に行く日」

 こんなルールは初めてだった。杏子のルールはいつも「~しない」だったから。でも今回は違う。「何かが私にれようとしてる。無視できない」

 メモを机の上に置き、杏子はしばらく見つめた。

「返事を書こうかな…でも何て書けばいいんだろう」
 考えた末、杏子は小さな石ころを取り出してメモの上に置いた。昨日の帰り道で拾った、きれいな小石。秋の空気に冷やされて、ひんやりとした感触かんしょくがする。

「これで伝わるといいな」
 杏子は小石に向かって話しかけた。
「私もあなたの存在を感じてるってこと」

 その夜、杏子はなかなか眠れなかった。頭の中は前田琴音のことでいっぱいだった。窓の外では、月明かりに照らされた木々が風に揺れ、落ち葉がおどっていた。

「どうして私だけが気づくんだろう?」

 窓の外から風の音が聞こえた。いつもなら聞こえないはずの音が、今夜は杏子の耳にとどいていた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

中学生ユーチューバーの心霊スポットMAP

じゅん
児童書・童話
【第1回「きずな児童書大賞」大賞 受賞👑】  悪霊のいる場所では、居合わせた人に「霊障」を可視化させる体質を持つ「霊感少女」のアカリ(中学1年生)。  「ユーチューバーになりたい」幼なじみと、「心霊スポットMAPを作りたい」友達に巻き込まれて、心霊現象を検証することになる。  いくつか心霊スポットを回るうちに、最近増えている心霊現象の原因は、霊を悪霊化させている「ボス」のせいだとわかり――  クスっと笑えながらも、ゾッとする連作短編。

松野井奏
児童書・童話
月とぼうやは眠れぬ夜にお話をします。

まぼろしのミッドナイトスクール

木野もくば
児童書・童話
深夜0時ちょうどに突然あらわれる不思議な学校。そこには、不思議な先生と生徒たちがいました。飼い猫との最後に後悔がある青年……。深い森の中で道に迷う少女……。人間に恋をした水の神さま……。それぞれの道に迷い、そして誰かと誰かの想いがつながったとき、暗闇の空に光る星くずの方から学校のチャイムが鳴り響いてくるのでした。

野良犬ぽちの冒険

KAORUwithAI
児童書・童話
――ぼくの名前、まだおぼえてる? ぽちは、むかし だれかに かわいがられていた犬。 だけど、ひっこしの日に うっかり わすれられてしまって、 気がついたら、ひとりぼっちの「のらいぬ」に なっていた。 やさしい人もいれば、こわい人もいる。 あめの日も、さむい夜も、ぽちは がんばって生きていく。 それでも、ぽちは 思っている。 ──また だれかが「ぽち」ってよんでくれる日が、くるんじゃないかって。 すこし さみしくて、すこし あたたかい、 のらいぬ・ぽちの ぼうけんが はじまります。

【完結】またたく星空の下

mazecco
児童書・童話
【第15回絵本・児童書大賞 君とのきずな児童書賞 受賞作】 ※こちらはweb版(改稿前)です※ ※書籍版は『初恋×星空シンバル』と改題し、web版を大幅に改稿したものです※ ◇◇◇冴えない中学一年生の女の子の、部活×恋愛の青春物語◇◇◇ 主人公、海茅は、フルート志望で吹奏楽部に入部したのに、オーディションに落ちてパーカッションになってしまった。しかもコンクールでは地味なシンバルを担当することに。 クラスには馴染めないし、中学生活が全然楽しくない。 そんな中、海茅は一人の女性と一人の男の子と出会う。 シンバルと、絵が好きな男の子に恋に落ちる、小さなキュンとキュッが詰まった物語。

ふしぎなかばん

こぐまじゅんこ
児童書・童話
おかあさんがぬってくれたかばん。 あんずちゃんのおきにいりです。

少年騎士

克全
児童書・童話
「第1回きずな児童書大賞参加作」ポーウィス王国という辺境の小国には、12歳になるとダンジョンか魔境で一定の強さになるまで自分を鍛えなければいけないと言う全国民に対する法律があった。周囲の小国群の中で生き残るため、小国を狙う大国から自国を守るために作られた法律、義務だった。領地持ち騎士家の嫡男ハリー・グリフィスも、その義務に従い1人王都にあるダンジョンに向かって村をでた。だが、両親祖父母の計らいで平民の幼馴染2人も一緒に12歳の義務に同行する事になった。将来救国の英雄となるハリーの物語が始まった。

イチの道楽

山碕田鶴
児童書・童話
山の奥深くに住む若者イチ。「この世を知りたい」という道楽的好奇心が、人と繋がり世界を広げていく、わらしべ長者的なお話です。

処理中です...