朽薔薇の匂いは酒香に似る

橙乃紅瑚

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赤い薔薇

III.Trandafirul Roșu - 1

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 吸血鬼とは哀れな存在だ。
 
 不治の病、吸血症に感染した人間の成れの果て。永遠の命と膂力、奇術を操る力を得る代わりに、人の生き血を啜らねば正気を保てず、生涯、陽光に愛されることはない。
 
 冷たく暗い夜の住人。限りなく死に近い生を送る怪物は、人間たちから忌み嫌われ、怖れられていた。

 吸血症に感染した者は、激しい飢えに苦しめられ、人血を求めて彷徨い歩く。牙に貫かれた者は干からびるまで血を吸われ、彼らの眷属となってしまう。
 
 誰もが病の蔓延を怖れた。国は大教会に対して不死者を祓うよう求め、聖職者は祓魔専門の騎士団を組織した。国の守護者として任を受けた聖騎士たちは、純白の上衣を纏い、夜な夜な吸血鬼を捜し出しては退治した。

 聖騎士は決して不死者の存在を許さない。
 血の呪いに取り憑かれた者は、胸に銀十字の杭を打ち込まれて殺された。

 ……たったひとり、国を救った英雄を除いては。

「私は殺されなかった。いや、殺せなかったのだ。多くの同胞が私に十字杭を突き立てたが、人よりも頑丈な私は絶命することがなかった。主君は死なぬ私を憐れみ、この領地と城を下さった」

 血塗られた不死者の伝承。その牙に貫かれた者は、やがて彼らの眷属となる。以前手に取った古書物にも、確かそう記されていたか……。
 
 ロザリアは記憶を辿りながら、主の話に耳を傾けた。
 
「かつてこの一帯は敵国との緩衝地帯だったゆえ、不死の怪物を押し込めておくには丁度良かった訳だ。忠実なる騎士よ、これからも誇りを以て我らが敵を討ち続けよ――。主君は私にそう命じられた」

「あれから数百年が経ち、他国が我が国に攻め込んでくることはなくなった。私は役目を果たせぬまま、む生を送ってきた。ひとりの騎士の活躍は忘れられ、血を求める怪物の話だけが、この国に急速に広まっていった……」

 今夜も雨が降っている。この霧深い森は湿気に満ちていて、殆ど晴れることがない。ロザリアは窓を伝うしずくを見つめながら、城壁に咲く薔薇が朽ちてしまわないかと案じていた。

「吸血の衝動は、獣の血では決して抑えられない。私が正気を保つためには、どうしても人の血を得る必要があった。だが、私が好き勝手に生き血を啜るような真似をすれば、この国を恐怖に陥れてしまう。だから私は、主君と盟約を交わしたのだ。領地から出ない代わりに、血の贄を得ると」

 こちらを見てくれと言わんばかりに、ひやりとした腕に力が込められる。情事の後の気だるさを堪えながら、ロザリアは仕方なくラズヴァンの方に寝返りを打った。

「悍ましい盟約だ。この国は未来永劫に渡り、死に損ないの騎士のために民を犠牲にしなければならない。五十年に一度、城には生餌がやってきた。彼らはいずれも、何らかの訳を抱えていた。罪を犯した者。貧しい者。異教の者。盲目の者。不治の病に苦しむ者……。この怪物と同じ、社会の日陰に追いやられ、こぼれ落ちていった者たちだ」

 ロザリアの白金の髪を撫で梳きながら、ラズヴァンは静かな声で続けた。
 
「誰も彼も、大人しく血を吸わせてはくれなかったのでな。私は彼らの指先から糧を得た。皆が怪物である私を怖れ、ここから逃げ出していった。その後、彼らがどうなったのかは知らない。私は今まで、誰とも深い関係を築くことができなかった……」

 ラズヴァンの声音は沈痛を堪えている。ロザリアは無意識のうちに、男の体に擦り寄った。

「餌を、逃してもよかったのですか。血を飲まなければ、ラズヴァン様は正気を保てないのでしょう?」

「ああ、確かに。糧を得なければ、私は動くことさえ難しい。だが、吸血鬼となっても私は頑丈なままだ。酷い渇きに苦しむだけで、命自体は繋げられる」

 サイドテーブルに置かれた赤ワインの瓶を見つめ、ラズヴァンは寂しく笑った。

「それに、誉れ高き騎士の精神が訴えるのだ。弱者を守護するのが私の役目なのに、嫌がる民を無理やり餌にしてもよいのかと……」

 ロザリアは再び窓に目を遣った。
 
 立派なアーチ窓の傍に立て掛けられた長剣。騎士の誇りを体現したその剣は、ラズヴァンが腰に帯びているものだ。窓から射し込む雷光が、黒い鞘を艶やかに輝かせた。

「さて、今回はどんな訳を抱えた者がやってくるのだろう? そう思っていた私の前に、あなたは現れた」

 ロザリアの耳がラズヴァンの唇に優しく挟まれる。彼は手から生み出した一輪の赤い薔薇を、白金の髪にそっと挿した。

「ロザリアを見た時、私は今までに感じたことがないほど強い衝撃を受けた。ドレスを着たあなたは白薔薇のように美しく、花嫁のように可憐だったからだ。怖ろしい怪物である私を真っ直ぐ見つめてくれるところも、非常に好ましかった」

「完璧な美しさを誇る彼女は、きっと私への贈り物に違いない。天の女神が孤独な私のために、唯一のレディを授けて下さったのだ……。そう思ってしまうほど、あなたは魅力的だった」

 首筋にラズヴァンの舌が這う。思わず喉を鳴らしたロザリアを、ラズヴァンは情熱的な眼差しで見つめた。

「長年飢えていた私は、怪物の衝動を抑えられなかった。騎士の教えも、紳士の規範も塗り替えてしまうほど、私はあなたに惹かれたのだ。首から血を啜り、純潔たれという戒律を破って体を繋げてしまった。それほど、ロザリアという存在はあまりにも甘美だった」

 頬に手を添えられ、そのままラズヴァンに唇を奪われる。ロザリアは何も言わぬまま、硝子のような瞳を主に向けた。

「ロザリア。あなたと出逢ってから一年が経った。あなたと暮らし始めてから、私の胸には熱き血潮が巡っている。ほら、分かるだろう……? 冷たかった心臓が、あなたへの愛によって再び動き始めたのだ」

 男の胸はほんのりと温かい。
 その温度は、生きている人間と何ら変わらなかった。

「ロザリアは私の運命だ。私が何を言いたいのか分かるか? ええと、つまり……。あなたに惹かれているんだ……!」

「そうですか」

 ロザリアは素っ気なく答えた。
 
 緊張した面持ちのラズヴァンとは反対に、女の目は固く凍ったままだ。男の告白を受けても一切熱を宿すことのない青の瞳に、ラズヴァンはふうと息を吐いた。

「……やはり、あなたは手強いな。これだけ男が懸命に告白したなら、少しくらい顔を赤らめてくれても良さそうなものだが」

「お気に召さなかったようで申し訳ありません。次は努力いたします」

「ああ、いや……あなたが悪い訳ではないんだ。分かりにくい告白だったのかもしれない。もっとはっきり言うことにしよう」

 ラズヴァンは無表情の女を見つめ、ばつが悪そうに髪をかき上げた。

「ロザリア、あなたを愛している。あなたと深い関係を築きたいんだ! どうか、私の花嫁になってくれないか?」

「ただの餌にそんなことを仰るとは。あなたも変わっていますね……」

 睦言を囁く男に、ロザリアは嘲笑を浮かべた。
 
 それは主人に向けるものには相応しくない、相手を馬鹿にしきったような笑みだったが、ラズヴァンはうっとりとした目で女を見つめた。美しい顔に浮かぶ嘲りは作り物ではない、ロザリアの感情の発露によるもの。女の分厚い心の壁に少しだけひびを入れることができた気がして、嬉しかったのだ。

「レディ。私たちはお似合いだと思わないか?」

「お似合い?」

「ああ。怖ろしい怪物と、異邦の血を引く女性。社会から疎外された存在という点で、私たちは共通している」

「…………」

「私はロザリアの痛みに、多少は寄り添うことができるかもしれない。今まで辛い思いをしてきた分、あなたにはこの城で心身を癒やしてほしいんだ」

 ロザリアの体を優しく抱きしめ、ラズヴァンは幸福に満ちた表情を浮かべた。

「これからは、騎士である私がロザリアの守護者になろう。そして私は、あなたに好きになってもらえるように努力するよ」

 よければ、次はあなたの話を聞かせてくれないか。
 
 ラズヴァンにそう請われたロザリアは、ぽつぽつと自分の身の上を話した。




 血縁上の父は領主であること。彼が異人のメイドを犯した末に、自分が生まれたこと。実母に棄てられた自分は貧民街の孤児院で過ごしていたこと。やがて父に引き取られ、高慢な義母と腹違いの妹に仕えながらメイドとしての生を送ってきたこと。
 
 異なる信仰、異なる言葉、異なる外見、異なる文化。異人は決してこの国の歴史に溶け込むことがなかった。それゆえ、珍しい外見を持つ自分はどこに行っても疎まれた。
 
 異邦の血を引く穢らわしき者に、聖なる罰を与えなければ。幼い頃の妹は、そう口にしながら背に十字の焼きごてを押し付けてきた。

 ――誰からもお姉様は愛されないわ。どうせお姉様は、誰にも必要とされないもの。
  
 父は妹を止めずに見ていたが、母譲りの顔だけは焼くなと言い聞かせた。どうやら父は異人の存在を見下しながらも、犯した美しい女の面影には執着心を抱いているようだった。
 
 虐待、差別、嘲笑、無視、抑圧、排除、侮蔑、冷遇、疎外、暴力、迫害……自分に与えられたそれらを思い起こしながら、ロザリアは己の生を布地のように広げた。

「私は同じメイドにさえ受け入れられることがなかった。使用人部屋は使えなかったから、埃まみれの納屋で過ごしました。いつも黴の生えたパンを食べていたのに、病に冒されることは一度もなかった。運がいいのか、悪いのか……。私はここまで生き延びてしまったのです」

 自分の生に対して何の感慨も抱くことなく、冷めきった声で、他人事のように今までの出来事を口にする。そうしなければ、胸の奥から押さえきれないものが込み上げてくる気がしたからだ。
 
 ――どうして私だけが。
 
 押さえ込んできたその感情を露わにしてしまえば、もう止まらなくなってしまう。だから、込み上げてくるものは必死に仕舞い込んでおかなければ。




「…………。ロザリア、もういい」

 ラズヴァンはロザリアの顔を自分の胸に埋めさせた。彼女がどれほど辛い人生を送ってきたかは、もう話を聞かなくても充分に分かったからだ。

 おそらく無自覚なのだろうが、ロザリアの肩は小刻みに震えている。表情に出さずとも、彼女の身体は今までに受けた痛みをはっきりと訴えているのだ。
 
 ラズヴァンは白金の髪を撫で梳きながら、哀れな女の人生を想った。

「この国において、異人は不吉の象徴。恐ろしき吸血症もまた、異人のせいで広まったと云われています」

 ロザリアは薄く笑みを浮かべた。

「異人と関われば損をする。父も、母を犯した後に大病をしたと聞きました。私と交わったあなたも、いずれ不幸になるかもしれませんね」

「とんでもない、私はあなたに触れられて幸せだ! 不幸になんてなりはしない。そして、あなたを不幸にもさせはしない」

 ラズヴァンは赤の目から、ひとしずくの涙を流した。

「許せないな。私のレディをここまで傷付けたもの、すべてが」

 ……胸の奥から、どす黒い感情が込み上げる。
 
 ロザリアの背に刻まれた十字の焼印を撫でながら、ラズヴァンは己の内に芽生えた感情の正体を探った。

 真面目で手まめな、読書好きの女性。薔薇の花を愛でる女に、悪いところは何も見当たらない。清らかな彼女が傷付けられていい理由など、どこにもない。

  心配になるほど細い体。毎夜こぼれ落ちる涙と、弱々しい苦痛の訴え。過剰な抑圧を示す無表情、深い諦めを宿した瞳……。ロザリアがここまで追い詰められるまでに、いったいどれほどの暴力が加えられたのか?

 ロザリアを守りたいという純粋な想いと、彼女を傷付けた者たちに対する激しい殺意が、胸の中で黒く混ざり合っていく。騎士の矜持が復讐の渇望と溶け合い、得体の知れない感情となって沸き立つ。

 自分はロザリアの守護者だ。
 深く傷付いた花嫁のために、何をしてやれるだろうか?

「……本当に、許せない」

 怪物と成り果てた自分にできるのは、この力を振るうことだけ。ロザリアを傷付けた者すべてを捜し出し、彼女を害した報いを受けさせなければ。それが、ロザリアの純潔を奪ってしまった自分にできる唯一の贖罪。

「ロザリア、私と一緒にいよう。この城の中では、苦しいことなんて何もない」

 そうだ、外の世界に救いなどない。この安全な城の中にロザリアを匿い、永遠に彼女を守ろう。

 なぜなら、自分はロザリアの騎士なのだから。



 男の胸元に顔を埋めるロザリアは気付かない。ラズヴァンがどれほど怖ろしく、憎しみに満ちた顔をしていたのかを。


 *



「……薄くなっている」

 浴場の鏡に背を映し、ロザリアは驚きに目を丸くした。
 
 引き攣れた十字の火傷が、厚い瘡蓋かさぶたに変わりつつある。乾いた表皮が剥がれ落ちたら、その下から滑らかな肌が現れる予感がした。

「傷を治せるというのは、本当だったのね」

 己の傷にキスを落とすラズヴァンの姿を思い出し、ロザリアは口角を上げた。

 贄として捧げられてから、早くも一年と半年が経った。この城に来てからずっと、温かく安心感に満ちた生活を送っている。

 ラズヴァンは決して自分を傷付けない。姫に仕える騎士のように振る舞い、こちらを丁寧に扱ってくれる。すべての接触がただただ優しい。彼の腕に抱かれて寝ると、不思議と怖い夢を見なくなる……。
  
 高潔な振る舞いをするラズヴァンに、ロザリアは後ろめたい気持ちを抱いていた。
 
「あの方が、ここまで優しくしてくれる理由が分からない」

 自分は異人の血を引く女。おまけに愛嬌もない、ただの餌なのに。なぜラズヴァンは、自分を喜ばせるようなことをしてくれるのだろう?

「……私のことが、好きだから」

 あなたに惹かれている。
 ラズヴァンの情熱的な告白を思い出すと、胸の鼓動が速くなる。

「こんな女を好きになるなんて変わってる。どうせ、熱を上げるのも今だけよ。そのうち私に飽きるでしょう」

 幸せは長くは続かない。
 何かに期待して裏切られるのは、もう充分だ。
 
 クローゼットの中には、真っ赤な色のガウンドレスが仕舞われている。ラズヴァンに手渡されたそれを纏い、ロザリアはベッドに向かった。





「レディ、待ちくたびれたよ。早くあなたに触れたくて堪らなかったんだ」

 ベッドに腰掛けたラズヴァンは、風呂上がりのロザリアを見てぱっと顔を輝かせた。

「ああ、やはりその赤いドレスはよく似合う。わざわざ街に出て手に入れた甲斐があった!」

「……ラズヴァン様。あなたは領地から出てはならないのでは」

「なに、人を怯えさせたり、襲ったりしなければ問題ないはずだ。私は主君の命に背いてでも、どうしてもあなたに着せる服が欲しかった」

 ふんわりとした黒髪をかき上げた後、ラズヴァンはロザリアに愛情籠もった眼差しを向けた。

「赤い薔薇のようだ。世界で一番綺麗だぞ、ロザリア……! あなたに喜んでもらえたら嬉しいのだが」

 にこにこと笑うラズヴァンになんと答えるべきなのか分からず、ロザリアは素っ気なく礼の言葉だけを呟いた。

 ラズヴァンの逞しい腕に腰を抱かれ、大きなベッドの上に寝かされる。服を脱がされながら、ロザリアは性急に唇を塞がれた。

「っ……、ラズヴァン、さま……」

「せっかく着てもらったばかりなのに済まないな。あなたを見ていると、いつも止まらなくなる」

 首に手を置かれながら肌を舐め回される。ラズヴァンの赤い舌は冷たいのに、彼の舌が這った場所はいつもじんわりと熱を持つ。いつ急所に牙を突き立てられるか分からない緊張感に、ロザリアはぞくぞくと背が震えるのを感じた。
 
 首を噛まれた時に感じる、あの甘い快楽がもうすぐ手に入る。ロザリアは顎を仰け反らせ、ラズヴァンが吸血しやすいように白い喉を彼の前に突き出した。

 つぷ、と音を立て、牙が肌に沈んでいく。体の力が抜けるような快感が喉から込み上げ、声を堪えることができない。

「んっ、ふっ。……うぅ……」
 
 声を漏らすロザリアの変化を見逃さないようにしながら、ラズヴァンは彼女の耳に舌を差し挿れた。

「はぁっ……ロザ、リア……好きだ……」

 ぴちゃ、くちゅ。粘り気のある水音が、ロザリアの聴覚を犯す。薄い耳の皮膚を舐められると思わず身を捩ってしまう。脳まで響くその音に、ロザリアは息がたちまち上がるのを感じた。
 
 ラズヴァンの低い声で好きだと囁かれると、奥から雫が溢れていくのを感じる。足を擦り合わせたロザリアに気がつき、ラズヴァンは唇を歪めた。

「ロザリア。あなたは敏感になったな」

「……び、んかん?」

「ああ。私に血を吸われると、あなたの体は男に抱かれるための準備をするんだ。ほら、足を開いて。……分かるか? もう濡れている」

 秘部を指でなぞられ、ロザリアは羞恥に顔を赤らめた。ラズヴァンに触れられている膣口から水の音がする。好きだと言われただけで濡らしてしまう自分が恥ずかしい。
 
 ロザリアが顔を背けると、ラズヴァンはわざわざ彼女の顔を自分の方に向かせた。

「っ……。見ないでください」

「それは聞けないな。冷ややかなあなたの表情が崩れる様子は、とても……。とてもそそられるんだ」

 後ろに撫でつけられていたラズヴァンの黒髪が垂れ落ち、ロザリアの額をくすぐる。女の細い首にキスを落とし、ラズヴァンはそのままロザリアの唇を奪った。

「ぅっ、んうっ……。っ、ん、んくっ……」

 両頬に手を添えられながら下唇を啄まれる。ラズヴァンの舌でちろちろと唇を掬われると、もどかしくて勝手に体が震えてしまう。ラズヴァンの筋肉質な体に擦り寄ると、彼は赤い瞳を欲望に蕩けさせた。

「ああ、ロザリア。あなたは本当にいじらしい。いつも恥ずかしがるくせに、そうして私に甘えるような真似をする」
 
 牙で傷付けないようにしながらロザリアの唇を味わい、ラズヴァンは嬉しそうに頬を紅潮させた。

「んっ、はっ……ふ、ふふ……。ロザリア、あなたの唇は美味しい」

「ぁっ……んっ、うぅ……っ……」

「愛しいロザリア。もっと私とキスをしてくれ」

 ラズヴァンのキスはどんどんと深くなる。彼はロザリアの顔を覗き込みながら、女の腔内を蹂躙した。
 
 肉厚の舌が口の中に入り込み、女の小さな舌を絡め取る。口の端から垂れた雫を舐め取られ、ラズヴァンの唾液を飲まされる。ロザリアがぎゅっと毛布を握ると、ラズヴァンは自分の背を抱きしめるようにと言い聞かせた。

 ロザリアの長い睫毛が、生々しい肉の感触に弱々しく震えている。可愛らしいその反応にラズヴァンは顔を綻ばせ、真白い女の胸へと手を伸ばした。

「あっ、んっ……!」

「少し大きくなってきたか? 良いことだ。以前のあなたは痩せすぎていたからな」

 私は女性的な柔らかさが大好きだ。ラズヴァンはそう言いながら、ロザリアの胸の先端を優しく摘んだ。

 乳輪と乳首を指の腹で何度も擦られ、ぴんと立ち上がった乳首をかりかりと引っかかれる。単純な動きなのに、少しいじられただけでびくびくと体が跳ね、勝手に甘い声が飛び出てしまう。ロザリアはラズヴァンに縋りつき、必死に声を抑えようとした。

「く、ふぅっ! んっ、ん、うぅっ……」

「ロザリア、唇を噛まないでくれ。どうして声を我慢する?」

 女の唇に親指が差し込まれる。ロザリアは目を潤ませ、己の主をおそるおそる見つめた。

「ぁ……だって、おかしい……。胸だけで、こんなに……感じるなんて……」

 消え入るような声で呟き、ロザリアは白い頬に朱を差した。

 ロザリア自身も、自分の変化をはっきりと感じ取っていた。ラズヴァンの言う通り、体がどんどん敏感になっていく。
  
 ラズヴァンに触れられると全身がぞくぞくして、媚びるような声が出てしまう。体格のいいラズヴァンに抱きしめられながら女のうつろを力強く満たされるところを想像すると、秘部からどっと雫が溢れる。

 ラズヴァンは優しいが、危険な男でもある。彼はこちらの余裕を崩すことに執心し、決して攻めの手を緩めようとしない。この男の傍にいると平静が保てなくなる。何があっても無表情で耐え忍ぶ、それが自分の生き方だったのに。
 
 彼の傍にいると胸が跳ねて、熱くなって。好きだと言われると泣きたくなって、頭を撫でられると口元が緩みそうになる。こんなこと、今までになかった。

 自分は変わってしまった。
 
 一年半のあいだ男に抱かれ続けた自分の体は、制御できないほど感じやすくなっている。情けない顔で喘ぐ姿なんて見せたくない。ラズヴァンに抱かれている時の自分の顔は、きっと醜く歪んでいる。そんな顔を見せたら、ラズヴァンに失望されてしまうかもしれないから……。

 顔を覆って逃げようとするロザリアの両手を掴み、ラズヴァンは眉を下げて笑った。

「おかしいことなんてない。私の手でロザリアが感じてくれるなら、それは何よりも喜ばしいことだ。……あなたの顔を見せてくれ、お願いだ」

「……や、やだ……。こんなひどい顔、見せたくない。ゆるして……」

 ロザリアはとうとう涙を流した。女の青い目からこぼれ落ちた雫を指で掬い取り、ラズヴァンは己の顔をロザリアに近づけた。

「ほら、ロザリア。私の顔を見てくれ。レディに触れて、情けなく息を荒くしている私を。浅ましい男の顔に比べれば、あなたは変わらず美しいままだ」

 男の優しげで端正な顔立ちに、はっきりとした情欲の色が浮かんでいる。早く自分を食らいたいとばかりに熱烈な視線を向けてくるラズヴァンを、ロザリアはしっかりと見つめ返した。

「……そんなこと、ありません。あなただって素敵なままです」

 垂れ下がった柔らかい黒髪を耳にかけてやる。ロザリアの褒め言葉に、ラズヴァンは整った眉を下げて笑った。
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