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第一章 3
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少年の通う高校は、自宅からおよそ二キロ圏内にある。自転車登校なので、普通であれば、十分でお釣りがくる。自転車をこぐスピードを上げて信号機に嫌われなければ七分程度であろうか。この高校を選んだ理由は、自分の成績で合格間違いない一番近くの公立高校、であったからである。学校帰りにスーパーに寄ることもできるし、早く帰って夕食の用意もしなくてはならない。少年も色々と忙しいのである。
今年卒業した中学校は、徒歩で一キロ以内にあった。自宅と中学校を線でむすぶと、その延長線上に高校がある。ということで、自転車の後ろに妹を乗せて、中学校で妹を下ろし、兄は高校へ向かう。無駄がなにひとつない完璧な登校方法である。しかし、この状態を長く続けるのは、あまり良くないであろう。学校で、ブラコン、シスコンの評判が広がるのはよろしくない。妹も人付き合いは苦手でもないし、休日には友達と出かけることもある。妹は今年で十四歳になる。注意しなければならない年頃であり、なにかをきっかけとして、クラス内で浮いた存在になりかねない。でき得れば、兄の高校への進学を機に、近所の友人と登校することを望ましく思っていた。
「早いうちに、話をする必要があるな」
少年は中学校への道を急いだ。
中学校は、街の都心部ではなく、少し繁華街から離れた、どちらかといえば、ひなびた趣のある都市外縁部にある。近くには緑地公園がある。少年も三年間通っていた。まだ懐かしさを感じる程昔のことではないが、中学生の頃は徒歩で通っていた道を自転車で通るというのは、不思議な感じがした。道にあるものすべてに少なからず思い出がある。それは、良い思い出だけではなかったものの、大切な思い出であった。
四分程で中学校に到着した。
「マナミー」
妹を呼びかける声が聞こえた。
「ミッちょーん」
妹が呼びかける声が聞こえた。
「お兄ちゃんありがとう。行ってくるね」
「ああ、行ってらしゃい」
妹は自転車から下りて、「ミッちょーん」と呼びかけた女の子の方へと元気よく走っていった。
「さて、行きますか」
少年がペダルをこごうとすると、妹たちの話声が聞こえてきた。
「ねえねえ、あのひと誰? マナミの彼氏さん?」
少年は豪快にペダルを踏み外してしまった。
「そんなふう見えるのか」
少年は、先刻考えていたことについて、早いうちに話しておいたほうが良いと思った。そう思った瞬間、妹が返答する声が聞こえてきた。
「うん、じつは、そうなの」
少年は、またまたペダルを踏み外してしまった。
「なんてことを。冗談にも程がある」
少し険しい表情で妹のほうを見ると、いたずらっぽく笑う妹が兄に目を向けていた。黒い尻尾は見えなかったが、まるで小悪魔である。
「えー、そうなんだ、今までそんな話しなかったよね」
「それは、まだ、あの男の子が中学生だったから、おおっぴらに出来なかったの」
「で、で、どこで出会ったの」
「実は、生まれる前から親同士で決めてたの。わたしが知ったのもごく最近のことだから」
「きゃー、それって、許嫁ってことじゃない」
少年は、ぬけるような青い空を見上げて溜息をもらした。
「これは折檻ものだな」
妹にSのケがあるとは思ってもいなかった。妹をからかったことの報復のつもりであろうか。兄妹とはいえ、まだまだ少年の知らない妹がいることに気づけたのは、良かったのか悪かったのか、瞬時に判断を下すのは難しかった。
「母さん、年の近い妹とは、どう接すればいいのか、教えてくれないかな」
もちろん返事はなかった。とりあえず、気を取り直して、少年は高校へ向かうことにした。
「それにしても」
少年が中学を卒業したのは今年の三月のことである。自分が妹の兄であることはともかく、同じ中学の先輩として認知されていないことに、少しく寂寥感を感じた。まあ、目立つタイプではなかったので仕方があるまい。容姿も突出して良いわけでもないしクラブ活動もそこそこ、なにかを任せられることもなかった。飛び抜けて成績が良いわけでもないし、ここまで考えを進めたとき、それ以上の詮索は止めにした。自分が惨めに思えてきたからである。
少年は「高校デビュー」なんてものは考えてはいない。少年の通う高校は、ほとんど中学校からの持ち上がりである。それに他の中学区からの人たちが半数。つまり、新入生の半分以上は、見知った間柄である。無理をしてキャラを変えたりしても直ぐにバレてしまうしボロが出る。まあ、少年はそんな気はなかった。なにより通学が楽、という理由で選んだ高校である。別に無理をする必要性は感じていなかった。無理してできないことをできるふりをしなくてもよかろう、疲れるだけなのだから。
「そういえば」
中学の同級生にいわれたことを思い出した。
「お前さんの生き方は、省力的で無駄がない。まるで、効率的であることを価値判断の基準においている。無駄がない。無理をしない。大きな失敗はないが、大きな成功もない。それで、楽しいかい?」
「さん」という呼びかけと、最後の言葉が「か」ではなく「かい」であったので、悪意はないのであろう。
「おれは楽しいか楽しくないかを基準にして、自分の生き方を選んでいない。ただ、徒労に終わるのは嫌なんでね、省エネモードも悪くないぞ」
溜息混じりに答えると、その同級生は楽しそうに笑った。自分の顔つきや言動がおかしかったのか、わからなかったが、その笑い声は少年を憮然とさせたのは確かであった。
それに、人生を博打に使うのは、反作用や副反応が大きすぎる。夢やら望みなんてものは、手の届く範囲で選べばよい、と思うのである。
「おれの辞書には、『向上心』の三文字熟語が欠けているのかもしれない」
そう考えると、少年はまた、深く溜息をついた。
「こんな非建設的なことを考えるのが、そもそも徒労である」
少年は面白くなさそうに首を振った。
今年卒業した中学校は、徒歩で一キロ以内にあった。自宅と中学校を線でむすぶと、その延長線上に高校がある。ということで、自転車の後ろに妹を乗せて、中学校で妹を下ろし、兄は高校へ向かう。無駄がなにひとつない完璧な登校方法である。しかし、この状態を長く続けるのは、あまり良くないであろう。学校で、ブラコン、シスコンの評判が広がるのはよろしくない。妹も人付き合いは苦手でもないし、休日には友達と出かけることもある。妹は今年で十四歳になる。注意しなければならない年頃であり、なにかをきっかけとして、クラス内で浮いた存在になりかねない。でき得れば、兄の高校への進学を機に、近所の友人と登校することを望ましく思っていた。
「早いうちに、話をする必要があるな」
少年は中学校への道を急いだ。
中学校は、街の都心部ではなく、少し繁華街から離れた、どちらかといえば、ひなびた趣のある都市外縁部にある。近くには緑地公園がある。少年も三年間通っていた。まだ懐かしさを感じる程昔のことではないが、中学生の頃は徒歩で通っていた道を自転車で通るというのは、不思議な感じがした。道にあるものすべてに少なからず思い出がある。それは、良い思い出だけではなかったものの、大切な思い出であった。
四分程で中学校に到着した。
「マナミー」
妹を呼びかける声が聞こえた。
「ミッちょーん」
妹が呼びかける声が聞こえた。
「お兄ちゃんありがとう。行ってくるね」
「ああ、行ってらしゃい」
妹は自転車から下りて、「ミッちょーん」と呼びかけた女の子の方へと元気よく走っていった。
「さて、行きますか」
少年がペダルをこごうとすると、妹たちの話声が聞こえてきた。
「ねえねえ、あのひと誰? マナミの彼氏さん?」
少年は豪快にペダルを踏み外してしまった。
「そんなふう見えるのか」
少年は、先刻考えていたことについて、早いうちに話しておいたほうが良いと思った。そう思った瞬間、妹が返答する声が聞こえてきた。
「うん、じつは、そうなの」
少年は、またまたペダルを踏み外してしまった。
「なんてことを。冗談にも程がある」
少し険しい表情で妹のほうを見ると、いたずらっぽく笑う妹が兄に目を向けていた。黒い尻尾は見えなかったが、まるで小悪魔である。
「えー、そうなんだ、今までそんな話しなかったよね」
「それは、まだ、あの男の子が中学生だったから、おおっぴらに出来なかったの」
「で、で、どこで出会ったの」
「実は、生まれる前から親同士で決めてたの。わたしが知ったのもごく最近のことだから」
「きゃー、それって、許嫁ってことじゃない」
少年は、ぬけるような青い空を見上げて溜息をもらした。
「これは折檻ものだな」
妹にSのケがあるとは思ってもいなかった。妹をからかったことの報復のつもりであろうか。兄妹とはいえ、まだまだ少年の知らない妹がいることに気づけたのは、良かったのか悪かったのか、瞬時に判断を下すのは難しかった。
「母さん、年の近い妹とは、どう接すればいいのか、教えてくれないかな」
もちろん返事はなかった。とりあえず、気を取り直して、少年は高校へ向かうことにした。
「それにしても」
少年が中学を卒業したのは今年の三月のことである。自分が妹の兄であることはともかく、同じ中学の先輩として認知されていないことに、少しく寂寥感を感じた。まあ、目立つタイプではなかったので仕方があるまい。容姿も突出して良いわけでもないしクラブ活動もそこそこ、なにかを任せられることもなかった。飛び抜けて成績が良いわけでもないし、ここまで考えを進めたとき、それ以上の詮索は止めにした。自分が惨めに思えてきたからである。
少年は「高校デビュー」なんてものは考えてはいない。少年の通う高校は、ほとんど中学校からの持ち上がりである。それに他の中学区からの人たちが半数。つまり、新入生の半分以上は、見知った間柄である。無理をしてキャラを変えたりしても直ぐにバレてしまうしボロが出る。まあ、少年はそんな気はなかった。なにより通学が楽、という理由で選んだ高校である。別に無理をする必要性は感じていなかった。無理してできないことをできるふりをしなくてもよかろう、疲れるだけなのだから。
「そういえば」
中学の同級生にいわれたことを思い出した。
「お前さんの生き方は、省力的で無駄がない。まるで、効率的であることを価値判断の基準においている。無駄がない。無理をしない。大きな失敗はないが、大きな成功もない。それで、楽しいかい?」
「さん」という呼びかけと、最後の言葉が「か」ではなく「かい」であったので、悪意はないのであろう。
「おれは楽しいか楽しくないかを基準にして、自分の生き方を選んでいない。ただ、徒労に終わるのは嫌なんでね、省エネモードも悪くないぞ」
溜息混じりに答えると、その同級生は楽しそうに笑った。自分の顔つきや言動がおかしかったのか、わからなかったが、その笑い声は少年を憮然とさせたのは確かであった。
それに、人生を博打に使うのは、反作用や副反応が大きすぎる。夢やら望みなんてものは、手の届く範囲で選べばよい、と思うのである。
「おれの辞書には、『向上心』の三文字熟語が欠けているのかもしれない」
そう考えると、少年はまた、深く溜息をついた。
「こんな非建設的なことを考えるのが、そもそも徒労である」
少年は面白くなさそうに首を振った。
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