幼馴染は俺のかみさま

文字の大きさ
7 / 14

過去編4 慈雨に打たれる

しおりを挟む
 供物用の教会は狭く、俺が着いた時には既にすし詰め状態だった。

 薬っぽく苦酸っぱいツンとした空気が充満している。アワヤスカの副流煙を肺に吸い込み、乾いた気管支が微かに引き攣った。

「なに、もう始まってんのこれ」
「お、クモツ。久々だな」

 一番後ろの扉付近に立つと年長組のクモツに声をかけられた。
 アワヤスカの葉巻を眼前に突き出されるが、持参したものを取り出して断る。

「今日のでお前も正式な精霊縫いに決まるかもな」
「そしたら年長組も卒業よ。さみしいか?」

 気安い同年代のクモツが唇の端を持ち上げ笑う。

「馬鹿言うなっての」
「んは、俺はさみしいけど?」

 唇を合わせると慣れ親しんだ薬草と煙混じりの苦い味がして、もう一度触れ合いそうになった直前にクモツの顎を押して顔を逸らした。

「……なに?」
「なあ、俺、クモツじゃなくなることが寂しいのかな?」
「はあ? 元服すればクモツに比べりゃ安泰だろ」
「でもさ、クモツの方が御空に近いと思わないか」
「ばか、元服しても御空にとって俺たちは供物だろ」

 俺が言いたいのはそういうんじゃなくて、もう誰も俺のことをクモツって呼んでくれなくなったら、どうやって神さまの供物だと自分を証明できるのかっていうこと……それを上手く説明する言葉を見つけられないうちに、教会の鐘は鳴った。

 合図だ。

 俺たちは手を胸の前に組み目を瞑る。
 鐘が三十一回鳴るまでの間に胸中で十三度「御空の御許に供物が参ります」と唱えた。

 少年たちが詰め込まれた教会は静まり返っていた。息の音すら許されないような緊迫。
 
 そこへ、音は鳴った。
 
 膨らみと奥行きを持った音に聞こえた。
 言語だとは到底思えなかった。雨音にも似た、静かな音の連なり。時折歌うような高低がつくこともあるが、途切れ途切れのモールス信号のようなそれ。

 震える手でアワヤスカの葉巻を唇に咥えた。
 煙はすぐに俺たちの身体をまわり、教会に充満する。俺たちはもくもくと曇った教会の中、ふうわりと身体が浮かび上がるような浮遊感に身を任せた。

 耳慣れない異邦のうたのようなそれがまさしく精霊の唄であるということは、ぱらぱらと教会の屋根を優しく叩く音が聞こえ始めて確信に変わった。
 そうしてそれが他ならぬ俺が世話役としてついている少年の声であること、神の御使の魔力の気配のする雨が降っているということも。

 俺たちは遺伝子の次元で雨を渇望している。年少組の幼いクモツが外に行こうとするのを抱き止める。
 雨が降っている間外に出てはならない。村の教えだ。

「お外出たい、あめ!」
「駄目だよ、御空はお前のような年若いものの交ぐわいをお望みだ」

 性欲増進作用のある香を吹き掛け列に戻す。年長組はこの村で生きるための規則と秩序の複雑な噛み合いをよく理解している。だから扉付近は年長組の見張り番だ。

 すぐ隣の成人用の教会はガラス越しにこちらの教会で行われる少年たちの交ぐわいを視姦していた。数えきれない数の大人の眼球。

 香を炊き、雨に触れようと教会の外に出たがるクモツたちを交ぐわいに戻し、それがひと段落したところでようやく落ち着いてアワヤスカを深く吸い込み、甘やかで有難い雨の音に浸ることができた。

 ぬるく柔い水の中を俺たちは揺蕩った。雨音に包まれている限り、俺たちは正しい場所に還って来られたのだと間違いなく信じられた。幸福で正しい、間違いのない場所。

 アワヤスカの紫の煙の一つ一つまでが粒立って眼前に現れた。

 美しく奇妙ではっきりとした形を持って、それでいて脆いそれを忘れぬように、俺は精霊の唄を目に見える形としてレースに編み出すのだ。








 
 
 
 平伏して神の御使を待っていた。

 山の奥、人の寄らない暗く冷たい奥の底、神輿を担いだ大人たちが力強い健脚で山道を踏み鳴らす音。
 近づいてきた足音は仰々しく神の御使を神輿から降ろされた後、同じように一定の速度で厳粛な音を持って離れていった。

 神の御使が前に立ち、床に額を触れさせている俺を見下ろしたことが影に呑まれてわかった。

「……どうぞ発言をお許しください」
「……」
「これまでの私の無礼をどうかお許しください。御使であることを浅ましくも疑い……」
「痛い」

 謝罪の言葉を最後まで紡ぐことはできなかった。御使は地面にぴたりとくっつけていた俺の手首を掴み持ち上げると人差し指を口に含まれてしまう。
 腕を引き上げられるままに俺の顔も上がってしまった。

「あっ、も、申し訳……恐れ多いことです、お離しください」
「……いたい」

 幼い少年のような、無垢で静かな声が耳に触れて視界がブレる。
 痛がっている。俺の可愛いアメくん。
 違う。慈雨をもたらす神の御使。村で崇め奉るべき共同財産だ。

「ぁ、あ、御使の御身に触れては……」
「みつかい」

 酷く冷たい声だった。
 不興を買ってしまったとすぐに分かり再び平伏する。

「私のような下賎のものが軽々しくお呼び申し上げ、申し訳……っ!?」
「アメくん、だろう」

 きゅう、と首を絞められた。
 少年の細腕が大切なものでも扱うかのように二つ、俺の首に添えられていた。
 少年の首は小さく傾げられ、眉間には皺が寄っている。
 非難めいた声音だった。
 
 じわじわと首を絞める力が強くなって、骨ばった指が皮膚に食い込んでいく。
 少年に抑えられた頸動脈がどくどくと脈打っていた。頭にまわるべき血液が少しずつ堰き止められる。心臓と頭を繋ぐ血が離れて、滞って、切り離される。

 息が吸えない。
 ぎう、とついには皮膚を破りそうなくらい爪は立てられ、指は肉をそして気道を押し込めている。
 はく、と酸素を求めて口が勝手に開閉するが何の効果もない。

「アメくんだろう」
「アメくん」
「アメ」
「お前が与えた名だ」
「お前が俺を形づけた」
「責任を取れ」

 視界が暗くなったり白くなったりする。
 口の端から伝った唾液を拭うこともできない。多分じきに泡を吹く。死ぬ。

 音は耳に届くがその言葉を意味に分解できない。
 「アメくん」「アメくん」と何度も刷り込むように音が鳴る。
 懇願するような幼く切ない声の調子だけは分かって、引き絞られるように胸が苦しい。

 少年は途方に暮れた迷子のような目で俺を見て(清らな御空色)、俺の胸に顔を押し付けた。
 そうして心臓に直接吹き込むように「アメくん」と言う。

 いよいよ意識が途切れそうだと言う時に俺の首は解放された。
 酷く咳き込んで生理的な涙をぼたぼたと落とした後、未だ意識は曖昧だった。

「アメくん」

 それで口から溢れた少年の名は意識が飛ぶ直前まで繰り返された言葉の模倣に過ぎなかったが、その時確かに一際強く心臓が鳴った。
 ドッドっと再び強く脈動を始めた心臓が全身に血を巡らせる。

 アメくんは俺以外の人が見ても分からないくらい僅かに口の端を上げた。俺だけが知っている嬉しい時の顔。可愛い俺のアメくん。

 「いたい」と口を塞がれ、力の入らない舌にアメくんの薄いそれを絡ませられる。労わるように舌を撫でれば、ぎゅうと身体丸ごと強く抱きしめられた。

「二度と俺を呼び違えるな」
「ええと、うん。ごめんなさい。でも俺はさ、俺は……村の教えに反している」
「お前は正しい」
「アメくん」
「俺にはお前だけが正しい」

 なんだか今朝もこんな会話をしたような気がする。
 後頭部を首からがっちりと掴まれ、アメくんの腕の中で見下ろされながらぼんやりと思う。
 唇でかさついた柔さを幾度も受け止めながらおかしくて笑ってしまった。
 
 俺は多分間違ったけど、アメくんが正しいと言うならば正しいのだろう。

 俺たちは今、正しく村の異物だ。









しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か

雪兎
BL
第二性が存在する世界。 Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。 しかし入学初日、彼の前に現れたのは―― 幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。 成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。 だが湊だけが知っている。 彼が異常なほど執着深いことを。 「大丈夫、全部管理してあげる」 「君が困らないようにしてるだけだよ」 座席、時間割、交友関係、体調管理。 いつの間にか整えられていく環境。 逃げ場のない距離。 番を拒みたいΩと、手放す気のないα。 これは保護か、それとも束縛か。 閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。

【完結】I adore you

ひつじのめい
BL
幼馴染みの蒼はルックスはモテる要素しかないのに、性格まで良くて羨ましく思いながらも夏樹は蒼の事を1番の友達だと思っていた。 そんな時、夏樹に彼女が出来た事が引き金となり2人の関係に変化が訪れる。 ※小説家になろうさんでも公開しているものを修正しています。

陰キャ系腐男子はキラキラ王子様とイケメン幼馴染に溺愛されています!

はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。 まったり書いていきます。 2024.05.14 閲覧ありがとうございます。 午後4時に更新します。 よろしくお願いします。 栞、お気に入り嬉しいです。 いつもありがとうございます。 2024.05.29 閲覧ありがとうございます。 m(_ _)m 明日のおまけで完結します。 反応ありがとうございます。 とても嬉しいです。 明後日より新作が始まります。 良かったら覗いてみてください。 (^O^)

幼馴染がいじめるのは俺だ!

むすめっすめ
BL
幼馴染が俺の事いじめてたのは、好きな子いじめちゃうやつだと思ってたのに... 「好きな奴に言われたんだ...幼馴染いじめるのとかガキみてーだって...」 「はっ...ぁ??」 好きな奴って俺じゃないの___!? ただのいじめっ子×勘違いいじめられっ子 ーーーーーー 主人公 いじめられっ子 小鳥遊洸人 タカナシ ヒロト 小学生の頃から幼馴染の神宮寺 千透星にいじめられている。 姉の助言(?)から千透星が自分のこといじめるのは小学生特有の“好きな子いじめちゃうヤツ“だと思い込むようになり、そんな千透星を、可愛いじゃん...?と思っていた。 高校で初めて千透星に好きな人が出来たことを知ったことから、 脳破壊。 千透星への恋心を自覚する。 幼馴染 いじめっ子 神宮寺 千透星 ジングウジ チトセ 小学生の頃から幼馴染の小鳥遊 洸人をいじめている。 美形であり、陰キャの洸人とは違い周りに人が集まりやすい。(洸人は千透星がわざと自分の周りに集まらないように牽制していると勘違いしている) 転校生の須藤千尋が初恋である

天使から美形へと成長した幼馴染から、放課後の美術室に呼ばれたら

たけむら
BL
美形で天才肌の幼馴染✕ちょっと鈍感な高校生 海野想は、保育園の頃からの幼馴染である、朝川唯斗と同じ高校に進学した。かつて天使のような可愛さを持っていた唯斗は、立派な美形へと変貌し、今は絵の勉強を進めている。 そんなある日、数学の補習を終えた想が唯斗を美術室へと迎えに行くと、唯斗はひどく驚いた顔をしていて…? ※1話から4話までは別タイトルでpixivに掲載しております。続きも書きたくなったので、ゆっくりではありますが更新していきますね。 ※第4話の冒頭が消えておりましたので直しました。

こっそりバウムクーヘンエンド小説を投稿したら相手に見つかって押し倒されてた件

神崎 ルナ
BL
バウムクーヘンエンド――片想いの相手の結婚式に招待されて引き出物のバウムクーヘンを手に失恋に浸るという、所謂アンハッピーエンド。 僕の幼なじみは天然が入ったぽんやりしたタイプでずっと目が離せなかった。 だけどその笑顔を見ていると自然と僕も口角が上がり。 子供の頃に勢いに任せて『光くん、好きっ!!』と言ってしまったのは黒歴史だが、そのすぐ後に白詰草の指輪を持って来て『うん、およめさんになってね』と来たのは反則だろう。   ぽやぽやした光のことだから、きっとよく意味が分かってなかったに違いない。 指輪も、僕の左手の中指に収めていたし。 あれから10年近く。 ずっと仲が良い幼なじみの範疇に留まる僕たちの関係は決して崩してはならない。 だけど想いを隠すのは苦しくて――。 こっそりとある小説サイトに想いを吐露してそれで何とか未練を断ち切ろうと思った。 なのにどうして――。 『ねぇ、この小説って海斗が書いたんだよね?』 えっ!?どうしてバレたっ!?というより何故この僕が押し倒されてるんだっ!?(※注 一月十日のアルファポリス規約改定を受け、サブ垢にて公開済みの『バウムクーヘンエンド』をこちらへ移しましたm(__)m サブ垢の『バウムクーヘンエンド』はこちらへ移動が出来次第、非公開となりますm(__)m)

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する幼少中高大院までの一貫校だ。しかし学校の規模に見合わず生徒数は一学年300人程の少人数の学院で、他とは少し違う校風の学院でもある。 そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語

イケメンに惚れられた俺の話

モブです(病み期)
BL
歌うことが好きな俺三嶋裕人(みしまゆうと)は、匿名動画投稿サイトでユートとして活躍していた。 こんな俺を芸能事務所のお偉いさんがみつけてくれて俺はさらに活動の幅がひろがった。 そんなある日、最近人気の歌い手である大斗(だいと)とユニットを組んでみないかと社長に言われる。 どんなやつかと思い、会ってみると……

処理中です...