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第2章 バッドエンド回避RTA
28 舞踏会の秘密⑦
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「……ムク、ムク!」
「……?」
激しく肩を揺さぶられて目が覚めた。
目蓋を開けると、額からドクドクと鮮血を流すカンネンが目と鼻の先にいた。
目が合うとカンネンは、きゅうと眩しいものでも見るみたいに目を細めた。
苦しげで、そうして何か大切なものを見るような眼差しだった。
上半身を起こされ、ぎゅうと胸に抱き込められる。
頬が触れ、べとりと彼の血が顔についた。
「カンネン、良かったです、生きてて……」
「僕は肝が冷えた。君が死んだように目を覚まさないから」
彼の血を拭ってやろうと額に手を伸ばす。
手の甲にぬるりと触れたそれをぐいと拭った。
血液にはその人の魔力が濃密に流れている。触れた血の、薄荷のような清涼さに驚く。
カンネンはゲロ魔力ではなかったか。
少し考えて合点する。
嘔吐物のような不快を伴う粘度の高い魔力はカンネンのものではなく、『洗脳』をかけた彼の父のそれだったのだ。
「『洗脳』が、とれたんですね。良かった」
「君のおかげだ。僕はまた……君に助けられた」
「また」とひどく大切にカンネンは発音した。低く掠れた、慎重な声音だった。
「また?」
「幼い頃僕が父上に打たれた時、庇ってくれたのは君だったんだな」
「助けられてなんかないです……! カンネン、アンタの弟はどうなったんです!?」
「家が燃えて以来行方知れずだ。僕は良かったと思っている。自由になったんだ」
「……」
「僕たちは確かに君に救われた。一度でも手を伸ばしてくれたのは、君だけだった」
カンネンは真っ直ぐに僕の目を見た。
生真面目で馬鹿正直なカンネンの言葉に、何一つ嘘はないのだとわかった。
カンネンのてのひらが近づいて、無骨な指が僕の頬を拭った。わずかに指先が震えている。
頬についたカンネンの血が本人の指に擦られ、横に伸びた。
「すまない。余計に汚れた」
「いいですよ。カンネンの手もそのままでいい……ね、その手で一発、アンタの父親にくれてやりましょう」
ふ、と息だけでカンネンは笑った。「君はしたたかだ」と。
「棺桶先輩! アイツ出してください。ペッです、ペッ!」
「いいよ」
「ぅわあぁあぁぁああ!! 私の身体が!! からだがッ!! 無い! 無い無い無い!!!」
棺桶の扉が開き、吐き出すように床に落とされたカンネンの父は錯乱していた。
「身体が無い」と繰り返し、芋虫のように床を這う。
「棺桶先輩……中で何をしたらこうなるんです?」
「私と同じだ」
何を言っているのか意味不明であるし、なぜ少し声音が嬉しそうなのか。
棺桶に表情はないのに、にっこりと笑っているような気がしてこわい。
「父上」
「身体が! カラダ返せ! 返してくれッ!!」
「父上……」
カンネンの父は、呼びかけに答えられる状態にはなかった。
「僕は……あなたを許せない。憎い。殺してやりたいと思う。しかし……あなたの期待に応えられる跡取りになりたかったのも、本当だった」
「返してくれ! 私は! 愛! 愛されたかっただけだっ!返せ!!返せ!!!」
恐慌と混乱の中にある父と子の会話は通じていなかった。
自分の身体が存在していないと思い込んでいるらしく、「返せ」とただ怒鳴り続ける化け物じみた姿。不気味だった。
カンネンは一度拳を挙げたが、それを振り下ろすことはしなかった。
ゆっくりと、下げられた拳は耐えるようにきつく握られていた。
***
騎士団に通報した後、肌を露出した少女たちは保護され、燕尾服を着た大人の男たちはお縄になった。
罪状は人身売買とか、未成年誘拐だとか、そんなところになるだろうか。
僕たちのいる部屋に入った騎士団の皆さんの困惑はひどかった。
頭から血を流すシモンズ家の長男は「身体を返せ」と叫び続ける錯乱状態の当主を騎士団に差し出した。
当主は今も恐慌状態で、自分の名前すら受け答えできないそうだ。
胸にパンを詰めたスケフリドレスの女装男子学生は尻部分だけ衣服が焼け落ち、尻丸出しであった。
隣には尻だけ禿げたドブゴロ鼠も寝ていたという。
到底説明のつく状態ではないと思われたが、カンネンは父を騎士団に突き出し、僕たちを被害者だと説明してくれた。
僕は簡単な聴取を受け、その夜カンネンと再会を果たした。
「カンネン、体調は……よくないでしょうね」
「ムク……」
事態の収束に、しかしカンネンは元気ではなかった。
実父の犯罪と失脚と『洗脳』が一度に明らかになったのだから、それは無理ないことだった。
すっかり日が暮れてしまって、電燈も付けていない部屋は相手がどこにいるかもあやしいほどの暗さだった。
僕はぼんやりとした影のように見えるカンネンを見つめた。
暗い中でも、カンネンの視線は足元に落ちていて、大きな背を丸めているのがわかった。
歪に丸い影だった。
お互いの影しか見えない部屋で名前を呼び合い、そうして僕たちは沈黙した。
痛々しい静寂だった。
何もかけるべき言葉は見つからなかった。
先に沈黙を破ったのはカンネンだった。
暗い部屋に紛れるような、空気の多く含んだ掠れた声。
「父上は時折、不気味の存在になることが怖いと言っていた……僕にはそれが、少し分かる」
「不気味の存在って、どういうことです」
「僕たちは過剰に何者かになろうとしてしまうし、そのために『能力』を行使することができた」
「でもカンネン自身はそんなこと、していない。『洗脳』で操られていただけです」
「同じだ。同じ血が流れているのだから」
「カンネン……」
それ以上言葉を繋げることができず、彼の手を取った。
ごわごわと乾燥した、金持らしからぬかたい指先。爪のささくれがざり、と皮膚を撫でた。
触れた指先から感じ取る魔力は、薄荷に似て清涼だった。
吐瀉物のような不快な粘度はなく、潔癖すぎるほど澄み切って冷たい。
カンネンの本当の魔力はこんなにも、綺麗で淋しかったのだ。
「カンネンがシモンズ家の当主じゃなくても、『洗脳』の能力を持っていなくても、何者でもなくても、僕にはカンネンがわかります」
「……なぜ、そんなことが言える」
「僕たちが初めて二人で夕食を食堂でとった時のこと、覚えてますか。カンネンが、僕が馬鹿だとか貧乏だとかで推し量ることはないって、言ってくれたこと」
カンネンが項垂れていた首を上げた。その目が黙って僕の目を見つめる。じいっと、静かな目だった。眼球に影がさしている。昏く淋しく忍んだ影だ。
「カンネンは覚えてなくてもいいんです。僕が覚えてるから。それで僕が、カンネンが見てくれたみたいにカンネンを見るから」
「……」
「だから、僕が見るから、見てるから、カンネンはカンネンになるんですよ、なんて……」
きゅうと、触れるカンネンのてのひらに力がこもるのがわかった。触れ合うてのひらが急激に熱くなることが。
じわりと重なる面積が湿って、滑るかとも思われたがぐぐ、と力が入って、最後にはぎゅうとほとんど締め上げるように、カンネンの手にすっぽりと僕の手が握り込まれていた。
確かに強い力で掴んでいるのに、その姿は縋る子どものように弱々しい。
背中に腕を回してやり、宥めるように軽くてのひらで叩く。
ひやりと冷たい背にそうしてしばらく触れていると、恐る恐るといった様子でカンネンの左手が持ち上がり、真似るように僕の背に腕が回った。
遠慮がちに肩甲骨の下に触れたてのひら。
「君の役に立ちたかったのに……危険に晒した。申し訳ない」
「カンネン。僕は誰かに守られないといけないお姫様じゃないです。見返りさえあれば多少のリスクは取ります」
「見返り、か?」
「頂けるでしょう。アンタのお父様が失脚したんだから、シモンズ家当主はもうアンタだ。礼は弾んでください」
「確か今君は、シモンズ家でなくとも僕は僕だと言わなかったか?」
「それはそれです。僕は金が必要ですから」
僕の背に柔く触れていたてのひらにぐいと押され、カンネンの胸へ飛び込んだ。
頬に触れるのは質の良いさらりとした生地とその向こうにある厚い胸板だ。
ぎゅうぎゅうと抱き込められるのが苦しくて、咎めるようにカンネンの背をバシバシ叩いたが、びくともしない。
「君は本当に……図太い」
「失礼な! 僕はアンタの命の恩人ですよ!」
カンネンの胸筋に潰されながらもごもごと叫ぶ。暑苦しい筋肉だった。
「ドブゴロ鼠のようだ。小さいのに図太くて丈夫で、光り物を収集する……」
「もしかして恩人のことけなしてます?」
「いや、僕はドブゴロ鼠が好きだ。君のことも」
「変わり者ですね」
何にせよ元気が戻ったようで何よりである。
僕はカンネンの胸に手を突っ張って距離を取った。
正確には取ろうとしたがカンネンに手首を掴まれ「どうした?」と問われ、「離れろってんですよ」と返すと「承知した」と大人しく一歩下がった。
「しゃがんでください。頭見てやります」
「君のおかげで大事ないようだが……脳みそを縫いつけてくれるのか?」
カンネンはその場に膝をついた。
上等な燕尾服が床に擦れるのも全く気にしていないすんなりとした動作だった。
膝はつかないか、ソファにでも腰掛けるだろうと思っていたので少々面食らった。
カンネンは真面目な顔をして僕を見上げている。
本人が気にしていないならいいか、とカンネンの額に手を伸ばした。
暗闇に慣れてきた目は、大体のカンネンの輪郭を捉え、うすらと表情も感じられるようになっている。
距離感は少し掴みにくいが、そろりと伸ばしたてのひらに、かたいカンネンの額が届いた。
「痛みますか?」
「いや、頭痛もなくなって……かえって清々しい気分だ」
額の傷は塞がり、乾いた血液がこびりついている。カサカサのそこを指先でなぞる。
カンネンの頭が少し傾いて、犬のようにてのひらに額を擦り寄せるので撫でてやった。カンネンの髪は薄荷に似た清涼な匂いがする。
次いで、彼の左の耳元に頭を寄せる。
静かだった。
彼の耳の奥から、脳みその中から聞こえたあのブチブチと何かが切れるような不気味な音はもうしなかった。
彼の耳殻を人差し指の腹でたどり、耳をまるごと覆うようにてのひらで包む。
そうして耳ごと労わるように揉み込んだ。
「縫い付けなくてもよさそうです」
「ああ。君のおかげだ」
カンネンは耳を僕の手の自由にさせたまま、真面目に言う。
僕は仕上げに彼の頭を頭頂部から後頭部まで撫でつけた。
「もう『洗脳』かけられちゃだめですよ」
「君が僕の頭を取り返してくれたのだ。もう奪われない」
カンネンの頭から離れる手首を掴まれた。
そのまま口元に引き寄せられて、手の甲に柔らかくややかさついた薄い唇が落ちる。
それはまるで、お姫様に忠誠を誓う騎士の口付けのようだった。
対する僕はさしずめ、ドブゴロ鼠プリンセスと言ったところだろうか。
僕のことはどうぞドブプリと呼んでいただきたい。
「……?」
激しく肩を揺さぶられて目が覚めた。
目蓋を開けると、額からドクドクと鮮血を流すカンネンが目と鼻の先にいた。
目が合うとカンネンは、きゅうと眩しいものでも見るみたいに目を細めた。
苦しげで、そうして何か大切なものを見るような眼差しだった。
上半身を起こされ、ぎゅうと胸に抱き込められる。
頬が触れ、べとりと彼の血が顔についた。
「カンネン、良かったです、生きてて……」
「僕は肝が冷えた。君が死んだように目を覚まさないから」
彼の血を拭ってやろうと額に手を伸ばす。
手の甲にぬるりと触れたそれをぐいと拭った。
血液にはその人の魔力が濃密に流れている。触れた血の、薄荷のような清涼さに驚く。
カンネンはゲロ魔力ではなかったか。
少し考えて合点する。
嘔吐物のような不快を伴う粘度の高い魔力はカンネンのものではなく、『洗脳』をかけた彼の父のそれだったのだ。
「『洗脳』が、とれたんですね。良かった」
「君のおかげだ。僕はまた……君に助けられた」
「また」とひどく大切にカンネンは発音した。低く掠れた、慎重な声音だった。
「また?」
「幼い頃僕が父上に打たれた時、庇ってくれたのは君だったんだな」
「助けられてなんかないです……! カンネン、アンタの弟はどうなったんです!?」
「家が燃えて以来行方知れずだ。僕は良かったと思っている。自由になったんだ」
「……」
「僕たちは確かに君に救われた。一度でも手を伸ばしてくれたのは、君だけだった」
カンネンは真っ直ぐに僕の目を見た。
生真面目で馬鹿正直なカンネンの言葉に、何一つ嘘はないのだとわかった。
カンネンのてのひらが近づいて、無骨な指が僕の頬を拭った。わずかに指先が震えている。
頬についたカンネンの血が本人の指に擦られ、横に伸びた。
「すまない。余計に汚れた」
「いいですよ。カンネンの手もそのままでいい……ね、その手で一発、アンタの父親にくれてやりましょう」
ふ、と息だけでカンネンは笑った。「君はしたたかだ」と。
「棺桶先輩! アイツ出してください。ペッです、ペッ!」
「いいよ」
「ぅわあぁあぁぁああ!! 私の身体が!! からだがッ!! 無い! 無い無い無い!!!」
棺桶の扉が開き、吐き出すように床に落とされたカンネンの父は錯乱していた。
「身体が無い」と繰り返し、芋虫のように床を這う。
「棺桶先輩……中で何をしたらこうなるんです?」
「私と同じだ」
何を言っているのか意味不明であるし、なぜ少し声音が嬉しそうなのか。
棺桶に表情はないのに、にっこりと笑っているような気がしてこわい。
「父上」
「身体が! カラダ返せ! 返してくれッ!!」
「父上……」
カンネンの父は、呼びかけに答えられる状態にはなかった。
「僕は……あなたを許せない。憎い。殺してやりたいと思う。しかし……あなたの期待に応えられる跡取りになりたかったのも、本当だった」
「返してくれ! 私は! 愛! 愛されたかっただけだっ!返せ!!返せ!!!」
恐慌と混乱の中にある父と子の会話は通じていなかった。
自分の身体が存在していないと思い込んでいるらしく、「返せ」とただ怒鳴り続ける化け物じみた姿。不気味だった。
カンネンは一度拳を挙げたが、それを振り下ろすことはしなかった。
ゆっくりと、下げられた拳は耐えるようにきつく握られていた。
***
騎士団に通報した後、肌を露出した少女たちは保護され、燕尾服を着た大人の男たちはお縄になった。
罪状は人身売買とか、未成年誘拐だとか、そんなところになるだろうか。
僕たちのいる部屋に入った騎士団の皆さんの困惑はひどかった。
頭から血を流すシモンズ家の長男は「身体を返せ」と叫び続ける錯乱状態の当主を騎士団に差し出した。
当主は今も恐慌状態で、自分の名前すら受け答えできないそうだ。
胸にパンを詰めたスケフリドレスの女装男子学生は尻部分だけ衣服が焼け落ち、尻丸出しであった。
隣には尻だけ禿げたドブゴロ鼠も寝ていたという。
到底説明のつく状態ではないと思われたが、カンネンは父を騎士団に突き出し、僕たちを被害者だと説明してくれた。
僕は簡単な聴取を受け、その夜カンネンと再会を果たした。
「カンネン、体調は……よくないでしょうね」
「ムク……」
事態の収束に、しかしカンネンは元気ではなかった。
実父の犯罪と失脚と『洗脳』が一度に明らかになったのだから、それは無理ないことだった。
すっかり日が暮れてしまって、電燈も付けていない部屋は相手がどこにいるかもあやしいほどの暗さだった。
僕はぼんやりとした影のように見えるカンネンを見つめた。
暗い中でも、カンネンの視線は足元に落ちていて、大きな背を丸めているのがわかった。
歪に丸い影だった。
お互いの影しか見えない部屋で名前を呼び合い、そうして僕たちは沈黙した。
痛々しい静寂だった。
何もかけるべき言葉は見つからなかった。
先に沈黙を破ったのはカンネンだった。
暗い部屋に紛れるような、空気の多く含んだ掠れた声。
「父上は時折、不気味の存在になることが怖いと言っていた……僕にはそれが、少し分かる」
「不気味の存在って、どういうことです」
「僕たちは過剰に何者かになろうとしてしまうし、そのために『能力』を行使することができた」
「でもカンネン自身はそんなこと、していない。『洗脳』で操られていただけです」
「同じだ。同じ血が流れているのだから」
「カンネン……」
それ以上言葉を繋げることができず、彼の手を取った。
ごわごわと乾燥した、金持らしからぬかたい指先。爪のささくれがざり、と皮膚を撫でた。
触れた指先から感じ取る魔力は、薄荷に似て清涼だった。
吐瀉物のような不快な粘度はなく、潔癖すぎるほど澄み切って冷たい。
カンネンの本当の魔力はこんなにも、綺麗で淋しかったのだ。
「カンネンがシモンズ家の当主じゃなくても、『洗脳』の能力を持っていなくても、何者でもなくても、僕にはカンネンがわかります」
「……なぜ、そんなことが言える」
「僕たちが初めて二人で夕食を食堂でとった時のこと、覚えてますか。カンネンが、僕が馬鹿だとか貧乏だとかで推し量ることはないって、言ってくれたこと」
カンネンが項垂れていた首を上げた。その目が黙って僕の目を見つめる。じいっと、静かな目だった。眼球に影がさしている。昏く淋しく忍んだ影だ。
「カンネンは覚えてなくてもいいんです。僕が覚えてるから。それで僕が、カンネンが見てくれたみたいにカンネンを見るから」
「……」
「だから、僕が見るから、見てるから、カンネンはカンネンになるんですよ、なんて……」
きゅうと、触れるカンネンのてのひらに力がこもるのがわかった。触れ合うてのひらが急激に熱くなることが。
じわりと重なる面積が湿って、滑るかとも思われたがぐぐ、と力が入って、最後にはぎゅうとほとんど締め上げるように、カンネンの手にすっぽりと僕の手が握り込まれていた。
確かに強い力で掴んでいるのに、その姿は縋る子どものように弱々しい。
背中に腕を回してやり、宥めるように軽くてのひらで叩く。
ひやりと冷たい背にそうしてしばらく触れていると、恐る恐るといった様子でカンネンの左手が持ち上がり、真似るように僕の背に腕が回った。
遠慮がちに肩甲骨の下に触れたてのひら。
「君の役に立ちたかったのに……危険に晒した。申し訳ない」
「カンネン。僕は誰かに守られないといけないお姫様じゃないです。見返りさえあれば多少のリスクは取ります」
「見返り、か?」
「頂けるでしょう。アンタのお父様が失脚したんだから、シモンズ家当主はもうアンタだ。礼は弾んでください」
「確か今君は、シモンズ家でなくとも僕は僕だと言わなかったか?」
「それはそれです。僕は金が必要ですから」
僕の背に柔く触れていたてのひらにぐいと押され、カンネンの胸へ飛び込んだ。
頬に触れるのは質の良いさらりとした生地とその向こうにある厚い胸板だ。
ぎゅうぎゅうと抱き込められるのが苦しくて、咎めるようにカンネンの背をバシバシ叩いたが、びくともしない。
「君は本当に……図太い」
「失礼な! 僕はアンタの命の恩人ですよ!」
カンネンの胸筋に潰されながらもごもごと叫ぶ。暑苦しい筋肉だった。
「ドブゴロ鼠のようだ。小さいのに図太くて丈夫で、光り物を収集する……」
「もしかして恩人のことけなしてます?」
「いや、僕はドブゴロ鼠が好きだ。君のことも」
「変わり者ですね」
何にせよ元気が戻ったようで何よりである。
僕はカンネンの胸に手を突っ張って距離を取った。
正確には取ろうとしたがカンネンに手首を掴まれ「どうした?」と問われ、「離れろってんですよ」と返すと「承知した」と大人しく一歩下がった。
「しゃがんでください。頭見てやります」
「君のおかげで大事ないようだが……脳みそを縫いつけてくれるのか?」
カンネンはその場に膝をついた。
上等な燕尾服が床に擦れるのも全く気にしていないすんなりとした動作だった。
膝はつかないか、ソファにでも腰掛けるだろうと思っていたので少々面食らった。
カンネンは真面目な顔をして僕を見上げている。
本人が気にしていないならいいか、とカンネンの額に手を伸ばした。
暗闇に慣れてきた目は、大体のカンネンの輪郭を捉え、うすらと表情も感じられるようになっている。
距離感は少し掴みにくいが、そろりと伸ばしたてのひらに、かたいカンネンの額が届いた。
「痛みますか?」
「いや、頭痛もなくなって……かえって清々しい気分だ」
額の傷は塞がり、乾いた血液がこびりついている。カサカサのそこを指先でなぞる。
カンネンの頭が少し傾いて、犬のようにてのひらに額を擦り寄せるので撫でてやった。カンネンの髪は薄荷に似た清涼な匂いがする。
次いで、彼の左の耳元に頭を寄せる。
静かだった。
彼の耳の奥から、脳みその中から聞こえたあのブチブチと何かが切れるような不気味な音はもうしなかった。
彼の耳殻を人差し指の腹でたどり、耳をまるごと覆うようにてのひらで包む。
そうして耳ごと労わるように揉み込んだ。
「縫い付けなくてもよさそうです」
「ああ。君のおかげだ」
カンネンは耳を僕の手の自由にさせたまま、真面目に言う。
僕は仕上げに彼の頭を頭頂部から後頭部まで撫でつけた。
「もう『洗脳』かけられちゃだめですよ」
「君が僕の頭を取り返してくれたのだ。もう奪われない」
カンネンの頭から離れる手首を掴まれた。
そのまま口元に引き寄せられて、手の甲に柔らかくややかさついた薄い唇が落ちる。
それはまるで、お姫様に忠誠を誓う騎士の口付けのようだった。
対する僕はさしずめ、ドブゴロ鼠プリンセスと言ったところだろうか。
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