ヤンデレホイホイ貧乏苦学生物語

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第1章 ヤンデレホイホイRTA

4 偽善のおにいさん

 授業は難しすぎて何を言っているのかよく分からなかった。

 僕は中等部を卒業したとはいっても家には世話が必要な小さい弟たちがたくさんいたし内職も毎日山のようにあってあまり学校に行けなかったのだ。

 読み書きもあまり得意じゃない。
 授業は白い面布を縫っているうちに終わった。六個組を六セット作ることで日銭を稼いでいるのだ。

 魔力が無さすぎて魔法もほぼ使えないので魔法実践の授業は見学だった。

 クラスメイトの視線が痛い。「何で入学してんのあいつ? あっ『無効化』持ちね。通りで」みたいな。

 こちらも内職の造花を作っているうち気付けば授業は終わっていた。花は藤である。

 すなわち昼休み。昼食である!

 スックと立ち上がり食堂へ走り出そうとした僕の肩が掴まれた。

「貧民くん。あそこのタバコを吸っている生徒を注意してきていただけますか?」
「わ、先生……でも何で僕ですか? 先生から言った方が」
「彼の家、我が校への寄付金が厚いんですよ。目を付けられたくないので。それに万が一揉め事になって魔法を使った騒ぎにでもなったら私は首を切られます」

 『無効化』入学の僕なら退学沙汰になっても問題ないってことですか! まったく仰る通りで!

 性悪の担任は片方の唇を軽く持ち上げた。お上品な悪役顔だ。

「それに君、風紀委員でしょう。風紀委員としての活躍が認められれば在学期間が伸びますよ。今朝のパンも美味しかったでしょう。専属のコックが第一には雇われてますからね」
「分かりました! やります!」

 僕は即座に問題の生徒に向かって足を踏み出していた。

「こんにちはぁ。僕も一服頂いていいですかあ」
「は? 何だお前」

 敵意がないことを示そうとそれだけ考えていたら、つい一本くれのジェスチャーを手が始めていた。

 いや中等部では喫煙とかは当たり前というか俺のタバコが吸えねえのか? みたいな文化があって処世術だったんです! 教師も黙認してたし! 危険ドラッグじゃないだけ良くないかな!?

「なかったらお兄さんが吸ってるのでも大丈夫ですけど」
「ガキが馬鹿言ってんじゃねえ。失せろ」

 ガキって言われた。
 第一にしては口の悪い奴である。
 万年栄養不足の貧相な身体つきは第一に入ってから悪目立ちしているような気は確かにしている。
 でもお兄さんと一個か二個しか違わないと思うけどな。

「ぁえ、あの」
「なんだよ……ああ」

 お兄さんは性悪教師に視線をやると納得したように嘆息した。

「先生に頼まれてんのか。イイコちゃんだな」

 お兄さんはおもむろに指先から小さな炎を出すとタバコの先につけた。

 炎系の能力の持ち主なのだろうか。指は熱くないのかな。

 そろりと手を伸ばし、お兄さんの人差し指の先を掴んだ。僕の『無効化』で火が揺らめいて消えた。
 魔力の残滓がちらちらと指の隙間から零れ落ちて綺麗だ。

「あったかい……綺麗ですね」
「……初対面で求愛たあ良い度胸だ」
「きゅう?」

 お兄さんが片眉を上げて僕を見下ろしている。猫っ毛の金髪をかき上げる手のひらが大きい。……キュウアイ?

「『無効化』持ち入学の馬鹿ガキか。遊んでやるよ。ほら、そんなに消したいなら消してみな」
「あ、ちょっ……!?」

 お兄さんは手のひらを中庭に向けてかざしたかと思うと、圧縮したような炎の球を放った。
 どこまで火球が飛ぶのか知らないが、その先には校舎もあるし生徒だっている。

 第一高等魔界学園生徒の初手バイオレンス、もしや法律で定められてる?

 僕は後ろから火球を追う形で走り出し足の裏で強く地面を蹴ると、抱き込むように火球へタックルをかました。
 『無効化』によって胸の中で炎がほどけ、揺らめいて消えていく。
 
 お兄さんから距離を取って振り返ると片頬を上げてこちらを見ていた。どこか楽しげだ。

「ガキはボール遊びが好きだもんなあ!」

 いや全然好きじゃないですけど!? と言い返す間もなく次々と火球が飛んでくる。
 その全てを捕まえるべく走り、飛んで、腕を伸ばす。きりがない。
 
 三十三発目の火球を『無効化』し終えた時、僕はぺたりと尻餅をついた。
 大きく肩を上下させて息を切らせている俺とは対照的に、お兄さんは息一つ乱していない。

「楽しかったか?」
「……っ、は、い」

 これで終わってもらわないと僕はもう体力がない。何一つ楽しくはなかったし意味がわからなかったが機嫌を損ねないようこくこくと頷く。

 体力はある方だと自負していたが、喋るのもきつい。

「お前の『無効化』、触らないと発動しないんだな」

 頷く。僕の『無効化』はかなりしょっぱいのである。いや伸び代があるのだ。三メートルくらい。

「のびしろ……あります」

 『無効化』持ち入学の僕は『無効化』伸び代アピールを怠らない。
 拳を握ってみせるとお兄さんは喉の奥を鳴らして低く笑った。馬鹿にされてる?

「ガキはおうちで絵本読んでな」
「わかりました……?」

 首を傾げながら頷くと、お兄さんは犬歯を見せて笑んだ。それからタバコを手のひらのうちに握りつぶすとそのまま行ってしまった。

 すれ違いざまに香るタバコの苦味とバニラのような甘い匂い。

 呆然とお兄さんを見送る僕に、どこからか現れた性悪教師は首を振った。

 コイツ、火球対ショボ無効化でも一切手助けしてくれなかったな。

「炎系能力者の炎に触れてそれを賞賛するのは炎系の間では典型的な求愛……アプローチですよ。常識でしょう。まったくこれだから学のない貧民は」

 キュウアイ。求愛。

 頭の中で無事変換を終え僕は頭を抱えた。

「炎に飛び込んでいくのにいたってはプロポーズですけど……まあ向こうも常識知らずの『無効化』持ち入学ド貧民ということは分かっていたみたいですから、からかわれたのでしょうね」

 「絵本でも読んでいろというのは私も賛成ですよ」と言い残して性悪教師は去っていった。

 疲労した重い体を壁に寄せて先生の背中を見送るうち、鐘が鳴った。

 昼休みの終了である。お昼、食べ損ねた……!

 僕は仕方無しに教室に戻ると次の授業で使う教科書をロッカーから取り出し、魔法薬大教室Ⅰに移動し着席した。「魔法薬学」。
 教科書に載っている単語のほとんどが理解できずそっと閉じた。

 次いでごそりと取り出したのは絵本だ。僕の愛読書。
 お兄さんにも性悪教師にも絵本を読めと言われたがまさに僕は毎日読んでいるお気に入りの絵本がある。

 「あくまぱんめしあがれ」という屈指の名作。

 見開きページで大きく美味しそうなパンが描かれていて「まるぱんめしあがれ」「あくまぱんめしあがれ」など控えめに一文が書かれている。

 これを読んでパンを食べた気になるのが僕と弟たちの日々の幸せだったのだ。

 昼食は食べ損ねたがご機嫌で「魔法薬学」の時間を過ごす。
 お兄さんのアドバイスが良かった。分からない授業をただ座って聞いているよりずっと楽しい。

 ご機嫌で魔法薬学の教科書を盾にしてパンの絵を眺めていると、誰かが隣に座った。
 受講の仕方は自由目なのだろうか。遅れて来た生徒に教師は何も注意しなかったと思う。

 僕は絵本の中のパンに夢中で顔も上げなかった。

「何見てんだ」
「あくまぱんめしあがれ」
「おもしろいか?」
「おもしろい」
「そりゃ良かったな」
「うん……ん? あ、さっきの、お兄さん」

 なんだか聞き覚えのある声だと思って顔を上げると先ほど別れたばかりのお兄さんだった。

「あれ、同級生でした?」
「いいや、俺はこの授業単位落としてんだ。三回目だよ」
「ふぅん」
「お前、スラム出身か」
「スラムほどじゃないです。中等部も出たし」
「で、教科書は読めないのか」
「難しいですね」
「それにしたってもう少し字のある本を読めよ」
「これしか持ってないです」

 ウチにはめしあがれシリーズが何冊かあるが、弟たちのために置いて来た。
 絵本なんて全部置いてってやれよって感じかもしれないが、僕とてこの絵本だけは譲れない。

「そうか。それで、お前……吸うのか?」

 タバコの話を蒸し返して来た。僕は内心ギクリとしながら口元に微笑を浮かべる。

「吸いませんよ」

 お兄さんはしなだれかかるように僕の肩に手を置き、首元へ顔を寄せた。ふわふわの金髪が俺の顎をくすぐる。
 お兄さんは僕のズボンのポケットをまさぐるが、パン屑しか出てこない。

「……ポケットにパンでも突っ込んでたのか?」
「まあ、はい」

 また突っ込まれた。金持ちってポケットにパンが入っていたらよっぽど気になると見える。
 
 お兄さんの指先は次に僕の脇腹をなぞった。くすぐったい。

「薄い腹だな。ちゃんと食ってんのか」
「お昼は、食べ損ねましたけど……っ」

 言外にお兄さんのせいで、と含ませるが大して気にした様子もない。
 ふぅん、と生返事をして人差し指がつうっとシャツの上を滑る。
 ジャケットの内ポケットに指を差し入れられ、僕は唇を噛んだ。

「はっ、やっぱりお前か。吸わねえんじゃなかったか?」
「吸いませんってば。あー……没収です。風紀委員として?」

 お兄さんから盗んだタバコが、再びお兄さんの手に取り戻されていた。

「いつ盗られたのか分からなかったな。スラム出身じゃあないんだっけか」
「能力でもないですよ。同郷に『スリ』の能力持ってる奴もいて、羨ましかったですけど」

 盗られる方が悪いだろ、間抜け。
 口から飛び出しそうな雑言を飲み込み、事なかれな笑みを浮かべる。
 
 お兄さんは僕から体を離すと首を傾げた。

「ヤニ臭くもねえな。ガキ臭ぇ石鹸の匂いだ。本当に吸わないのか?」
「吸いませんって。金持ちのタバコだから高く売れるかなーとは思いましたけど」

 お兄さんが引きそうにないので観念して目論みを白状すると、お兄さんの蜂蜜色の目がゆっくりと一度瞬いた。

「『無効化』持ちは危険手当が出るんだろ、足りないのか」
「月末に、ですね。それまでに退学にならないとも限りませんし」

 金になりそうなものは適宜頂いておこうかなと思ってます、とまでは言わずに目を細めて小首を傾げておく。
 見逃せ! の思いを込めてとぼけた顔でお兄さんを上目遣いに見遣る。

 お兄さんは無言で尻ポケットから札を一枚取り出し、僕に握らせた。
 僕の手はすっぽりとお兄さんに握り込まれてしまう。
 綺麗な爪だ。労働を知らない、綺麗な爪。

 僕の手だけでなく、眼球から脳にかけてぎゅうぎゅうに握り込められているような痛みがした。
 苛々する。それを押さえつけて喉の奥から声を出す。

「何、ですか」
「タバコ代だ」
「元々、お兄さんのものでしょう」
「……第一で窃盗なんざ、それこそお前なんか退学沙汰だろ」
「それ、脅してるつもりですか」
「他の奴には止めとけって言ってんだ。いいから受け取れ」
「そりゃあ、僕が触ったら僕のもんです!」

 お兄さんの手を振りほどき、札をポケットに突っ込む。

 調子のいい時だけ分かった顔で勝手に同情して上から目線で物を与える。

 ムカつく。僕が嫌いな大人みたいだ。でもお兄さんはまだ学生か。

 ムカつく、が、胸ポケットに札が一枚入っていると思うと心に余裕ができた。

「ぁ……お兄さん、ごめんなさい、僕」

 しおらしく眉を下げて見つめれば、お兄さんは僕を見下ろして首を緩く振った。
 痛ましいものを見るような目つきだった。安全圏にいる奴特有の高慢で慈善に富んだ目つき。

「金に困ったら俺んとこ来い」

 行くかよ、偽善者。
 利用して巻き上げれば良い。
 嘘つきの大人じゃないから、良い奴かもしれない。

 ぐるぐると結論の出せない胸中を握りつぶし、「ありがとうございます」とへらりと笑った。











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