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第三章
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しおりを挟むK=インズ商会を出て、家路を急ぐ。
ポーション事件を介して、俺は一つの焦りを得ていた。
そう、鉄の国の動向だ。
「K=インズ商会の末端の社員でさえ、鉄の国、かの帝国がキナ臭いと知っていた」
大手の商会ゆえに情報共有がされていただろう。だから副支店長であるあの女が知っていたのは特に問題ではない。
だが、末端の研究者がそれを知っていたのが問題だ。
研究者には、そんな話関係がない。それなのに既に知っていると言うことは、だ。
つまり、俺の想像よりも早く、そして派手にあの国が動いていることになる。
「魔道具による長距離通信もある。情報は力だ。これはもう、すでに戦争は始まっていると見た方がいい」
相手はすでに準備万端。いつでも口火を切れるようにしている。
戦争をする目的がさっぱり分からないが、どう考えてもロクな要求ではないだろう。
奪い、奪われ、盗られ壊され、後に残るは汚い爪痕。
あまりにも理不尽。
しかして、それが戦争。
この国は強い。しかしだからと言って犠牲が出ない訳もなく、そして俺に被害が及ばないとも限らない。
身に降りかかる火の粉は振り払う主義だが、対抗するには今の戦力では足りないような気がしてならない。
「この前遭遇した戦闘集団は、その先駆けだったのでしょうか? そうであれば相当に手強い相手ですね」
「あんなのが集団で来られたら、いかに屈強なこの国の騎士達であっても被害甚大だろう。他にどんな隠し玉を持っているかも知れないのだから、相手の戦力を想像の二歩ほど進めておくべきだろうな」
あの兵士たちの二歩、文明を二周させたほどの戦力。
それはつまり、近代兵器の実用化と量産化の危惧。
銃のような生易しいものではなく、もっと酷い、大量破壊兵器のようなもの。
騎士達前衛はダイナマイトくらい喰らっても骨が折れる程度だ。
しかし、その土地、建物はそうもいかない。
もし連中が国の制圧ではなく、破壊を目論んでいたとしたら……。
「旦那様!」
石畳を見つめ足早に進む俺の手をシスは引き込せてきた。
その強い引きに俺の足のみならず、思考も一時止まる。
そこでようやく天狐姉妹が俺の近くに控えていたのに気付き、顔を上げる。
そうだ。
俺はもう一人じゃなかったんだったな。
振り向き、己の嫌なイメージを払拭すべく優しい声色を心がける。
「また馬車にひかれかけたか? 助かった」
考えごとをしながら歩くのは俺の悪いくせだ。
そう詫びながらシスの反応を待つが、返事がない。
何故だ?
「シス?……おい、シス?」
何度か名前を呼ぶも、シスは黙ってある一点を見つめている。
この不審な様子、まさか。
「敵か!?」
くぅぅぅ~~~。
警戒の叫びに、しかし返ってきたのは腹の音。
俺の腕を右手で握りながら、左手で自分の腹を抑えるシスが眉根を寄せて訴えてきた。
「旦那様、お腹空いたよぅ……」
……、あ、はい。
K=インズ商会で散々クッキーを食べまくっていたはずのシスだが、どうやらまだ満腹には程遠いようだった。
腹を押さえるシスに苦笑を返し、俺は心を落ち着かせる。
焦りは人を殺す。
そんな当たり前のことを思い出した俺は、シスが熱い視線を送る露店に寄った。
近づいて気付く、見慣れたオッサン。
「あ!? オメーさん、久しぶり、だな……」
この匂い、懐かしいな。
「オッサン、串を百本だ」
キャスとの出会いを作ってくれた懐かしの焼き鳥屋だ。最近はまとめ買いもしていなかったし、キャスに買い出しを頼んでいたから俺が直接会うのは本当に久しぶりだ。
そこにいつも通りの無茶苦茶な注文をして、ニヤリと笑ってやった。
「テメェ! またかよ!! もうちょっと分割したりしねぇのか!!」
しないな。
それに、なんだかんだと言いつつも手早く鳥を焼いていくその手腕に感心する。
このオッサンにとっては百本焼くなど造作でもない。素晴らしい才能だ。悪態をつくのもただのパフォーマンスだと俺は知っている。
「腕は落ちていないようだな」
「ったりめーだろ! こちとら毎日肉を焼いてんだ!」
焦げそうな肉をヒョイヒョイと裏返し、的確に火を通し焼き目を付けていく姿はいっぱしの職人だった。
そう感心していると、オッサンがしみじみとした調子で口を開く。
「……、俺ぁ、オメーがくたばったんじゃねーかって思ってたぞ」
「はぁ? 突然、物騒なことを言うな」
何を言い出すのかと思えば、信じられない事を口にしだすオッサン。その後は止める間もなかった。
「あの日、くたびれたガキを連れたグラムのヤロウを見た時、俺は、このガキはどんな修羅場くぐってきたんだって思ったよ」
グラム、グラムボンはこの街の冒険者ギルドのギルド長だ。
つまりこれは、俺がこの街を最初に訪れた時の話か。
天狐姉妹がいるのにやめて欲しいなーと思いつつも、何故だか俺は話を止めずに聞いていた。
きっとそれは、その声色が、前世の父親の話し方に似ていたから。
「ギラギラと濁った瞳、誰も信用していないあの視線に、こいつは長生きしねーと思ったんだよ。ほら、一陣、焼けたぞ」
袋に入ったニ十本の焼き鳥を受け取り、それをシスに渡す。
食べて良しと伝え、俺はオッサンに向き直る。
「そんなヤツがよ、なんだ。うまそうに、がっついて俺の焼いた肉を食ってたんだ。あんなにうまそうに食ってたヤツ、初めてみたぞ」
空腹は最大の調味料。
あの時の俺は飢え死に寸前だったからな。
別にここの肉がマズい訳じゃない。この店の味はただただ、普通だ。
しかしその味が日本で食った焼き串に似ていたから、俺は前世を思い出した。
この世界に来てすり切らしてしまった心を、その肉の味が癒してくれるようで、俺はがっついたんだった。
当時を思い出したが、率直な味の感想は求められていないだろうし、前世の話をされても困るだろう。話の腰を折らずに、遠い目をするオッサンの話の続きを聞く。
「体をポヤポヤ光らせながら、奇妙な光景だった。でも、なんだから魅せられちまったんだよ、その光景に……」
「だから、今まで無茶な注文を受けていたと?」
「ああ。それによ、風の噂で聞いたんだ。どこぞの横柄な冒険者がスラムの連中に飯食わせてるって。食いきれねーからって、俺の串をよ」
あったなー、そんな事も。あれは本当にただの偶然だったんだが、綺麗な思い出になってるっぽいから黙っていよう。
「そしたらスラムのバカ共が真っ当に働き出してな。儲けた金で俺んとこで買ってくわけだ」
「……」
「うめぇ、うめぇ、あの時の味だ、ってな」
チッ。
綺麗な話どころか背中がムズ痒くなる話だった。聞いて損した!
ほれ見ろ、天狐姉妹がまた俺を神聖視して目を輝かせている。俺はそんなヤツじゃないって知ってるだろうに。
「まぁ、そんな昔話はいいか。ほれ、全部焼けたぞ」
「そうかい」
顔をひきつらせた俺が受け取らないのでキャスが横合いから手を伸ばして受け取り、全部を亜空間へとしまう。
それを目で追い、それからオッサンに金を払い、別れを告げようと口を開く。
もう二度と来るもんか!
しかしそれをオッサンにより、さえぎられる。
「もうすぐ、デカい戦争が起こる」
そのセリフに先ほどまでの感情が吹き飛ぶ。
もうこんな所にまで、話が飛んでいるのか。
驚き目を見開く俺に、オッサンは続ける。
「その時、お前は、戦うんだろ? また、皆の為にってよ」
このオッサンは俺を正義の味方か何かと勘違いしているのだろうか?
軽く否定し返そうと思ったが、しかしオッサンの眼差しは優しかった。
その目に毒気を抜かれた俺は、肩をすくめ、ニヒルに返す。
「そんな面倒なこと、するかよ」
いつだって俺は、戦いなんてしていない。
蹂躙だ。
俺は、神からもらったチート力で、才能無き者たちを蹂躙する。
それだけだ。
それを、俺は思い出した。
ああ、これはもう、負けないな。
俺は負けない。
ははっ、簡単な話だった。
まさかこんなオッサンに教えられるとは。
「死ぬなよ」
オッサンの最後のつぶやきを背中越しに手を振って応え、俺たちは家へと帰った。
何かのスイッチが入った気がする。
食事を終えた俺は、今まで途中で放り出していた研究に手をかける。
マッケインから受け取った飛行機、いや、ジェットパックの設計図。
それを眺め、改良を加える。
近代兵器に勝つ。
これは必須だ。
その上で、向こうの大量破壊兵器をすべて潰す。
火力は必須。そして機動力も必要不可欠。
次々と案を出し、実現可能なレベルにまで落とし込む。
「あの悪魔に、これ以上何も奪わせはしない」
そう、これは俺が、俺のために行なう、俺のための蹂躙だ。
ならばそう、徹底的に、破壊の限りを尽くす。
奪われたくなければ、先に奪えばいい。
情報、命、制空権。
その為には、新たな武器が必要だ。
気合十分の俺の隣では、シスがフンスと両こぶしをにぎり、イキがっている。
「わたしもがんばるよー!」
その手には、旅行前に研究していた太陽光調理器。
どうやらそれを兵器に転用すべく案を捻出中のようだ。書きかけの設計図を見ても、これなら任せて問題ないと思えるものが描かれている。
そちらはシスに丸投げしよう。
「私は魔道具については分からないので、それ以外のお世話全般を承ります」
黒髪を揺らし、キャスが甲斐甲斐しく世話を焼いてくる。
失敗した設計図を保管庫にしまい、のどが渇けば茶を、腹が減れば軽食を運んでくる。
折を見ての休憩の提案は、実にタイミングが良かった。
体制は整った。
さぁ、俺のチートよ。俺に力を貸してくれ。
今度こそ、何も奪われないために。
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