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「はー、今日もいい天気だ」

 伸びをして、朝の冷たい空気を吸う。
 一呼吸ごとに神経が研ぎ澄まされ、生きる活力を世界からもらう。

 俺の名はエイジ。
 東の開拓村のエイジだ。
 名前の由来はかつての英雄で……、っと、そんな事はどうでもいいか。
 朝の清々しさに思わず昔語りをしてしまいそうになる。それだけの気持ちよさだったと理解してもらいたい。

 我が家から徒歩数歩の場所にある井戸で水を汲み、瓶へと入れる。
 一日の日課であり、これをしないと生活が出来ない。今日も瓶いっぱいの水を汲み、家の中にある大瓶へと移し入れる。

 再び家を出て、周りを見回すが、何もない。
 ここには家が二軒と荒れ地のみ。五分ほど歩けば他の家々もあるが、この周囲にはない。
 朝の静謐さをこれでもかと演出している、心憎い配置だ。

「さて、今日も一日がんばるぞ!」

 ヨッシャと腕を振り上げる。風を切った腕が心地よい。その爽快感に思わず気分も高揚する。
 隣人は寝ている。
 夜型なのと寝起きは機嫌が悪いのでそっとしておく。

 さて、今日のお仕事は何をしようか。
 とある事情で定職を持たない俺は、どこへ手伝いに行こうかなーと考えるのも毎朝の日課だ。
 村の中の人手が必要そうな場所に考えを巡らせていると、来た。
 来てしまった。

 他の人には分からないこの感覚。
 どこかに俺を導くような見えない光が現れ、誘う。
 これは加護の予兆だ。

「今日はまた一段と変な導き方だなぁ」

 普段なら直感のようなものが働くだけだったり、妙な物音が聞こえたりだったが、こんな視覚に訴えかけてくるのは珍しい。
 いつもと違う出来事には細心の注意を払えと隣人に散々忠告されてきたけど、俺はホイホイついて行く。

「今日の加護も絶好調だな」

 出会いの加護。
 もとい、変な出会いの加護。
 俺が唯一持っている神様から頂いた加護だ。

 教会で判定してもらっても

「えーと、その、よく分かりませんでした……」

 と申し訳なさげに神父様に謝られてしまうほどに変わった俺の加護。

 出会いの加護というのは、その名の通り出会いを支援する加護で、人との良縁が結びやすくなる加護だ。
 この加護を持つ人が会談に一人いれば、犬猿の仲の人たちが口論していても、あっという間に収まる。
 出会いの加護が陽の目を見るようになってからは、国家間の戦争がなくなったと言われている。
 そんなすごい加護だ。

「そっちの加護は国にスカウトされて、『調整官』として平民でも法衣子爵の爵位を与えられる。すごいよなぁ、平民が貴族になれるんだから」

 一方、俺の加護はと言えば

「変な縁を結ぶ加護かぁ」

 俺の記憶にある一番最初の変な出会いは、魔物だろう。

 魔物、魔獣、モンスター。
 明確に区別があるらしいけど、学者でもない俺たちには判別できない。
 一つ分かっているのは、そいつらは全部人間の俺たちに危害を加える存在だって事。

 しかし俺が出会った時は大きく傷つけられることはなかった。本当に魔物は人を見境なく襲うのか疑問に思ったのはこの時だったな。

「それから、護衛を連れた迷子、立往生していた馬車、死にかけのボロボロな男、銀色の人、幼馴染と、言われてみるとちょっと変かなーと思う出会いが多かった」

 色々出会ったが、出会いが一番多いのは魔物だ。
 度々魔物と出会ってしまう俺に対して、国が下した判断は

「野放しにしても害はないが、雇うのは危険、か」

 幸いにも、出会った魔物に大きな危害は加えられていない。
 ただ、どれもが友好的だとは言えない態度だった。
 最初の出会いは虎型の魔物の子供。
 足を倒木に挟まれた大きめの猫だと思ったので、躊躇いなく近寄りちょっと木を持ち上げたらすぐに脱出した。
 ケガもなくすぐに立ち上がったのを喜んでいたら、ザクーっと手のひらを引っ掻かれて、そのまま逃げられてしまったっけな。

「懐かしいなぁ。あいつ、元気にしてるかな」

 今も左手の甲に刻まれている三本線。
 親も村の人たちも、みんな驚いていたっけか。
 そして出会いがあっても、魔物に危害を加えられるのでは意味がない、むしろ危険だと言われて……。

「元々成人と共に村を出る予定だったからな」

 追い出されたのではなく、俺は自ら進んで村を出た。

 当てもなくさまよい、様々な奇縁を結びながら行きついた先は、国の端にあった故郷の村とは真逆の位置にある開拓村。
 俺はそこで人の手伝いをしては日銭を稼ぐ、何でも屋になった。
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