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番外編 戸部京子の帰還
1、女子大生社長の憂鬱
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あたしは京都学院大学の社会学部に通う大学生で、株式会社アゴラの社長でもあるのだ。
女子大生社長っていうと、なんだかドラマの設定みたいでカッコいいように思うかも知れないけど、実際やってみると大変なのだ。
夜学ではなくて、社会人入試で昼間に大学に通ってるから、学校が終わってから仕事なのだ。
朝はバスで大学に行く。講義はできるだけ午前中や午後一番に絞って、終わったら大学に置いてある自転車で西陣の事務所まで行く。それから経理の仕事なのだけど夜遅くまでかかることもある。
そんなあたしを見ていた阿部部長が、事務員を一人雇うって言い出した。あたしは大丈夫だって言ったけど、阿部部長はあたしには別の仕事を用意したって言った。
経理の仕事はもういいのか?
って言ったら、それは事務員に任すからって返事された。
新しく採用された事務員は、あたしの後輩で嵯峨高校を去年卒業した山本澄香ちゃんだった。
あたしは澄香ちゃんって呼ぶことにした。
そういえば、澄香ちゃんはあたしが社会に出て、初めてできた後輩なのだ。ちょっと嬉しかったのだ。
あたしの新しい仕事は広報担当だった。
その頃、あたしが焦土作戦で会社を救ったことと、そのあたしが京都学院大学の学生になったことに地元のマスコミが注目し始めていたのだ。
あたしは恥ずかしいから、マスコミの取材を断ってたけど、阿部部長は会社の広報を兼ねて取材に応じて欲しいって言った。
会社のためなら仕方がないと思って、最初に受けたのが京都日報新聞の取材だった。
「会社の危機を救った女子大生社長」
っていう連載記事になって、ものすごく評判が良かったそうだ。
それから、いっぱい取材を受けた。
京都限定だけど、あたしはちょっとした有名人になった。
取材の次には講演会の依頼がきた。
さすがに講演会はできないのだよ、って思ったんだけど、貴志お兄ちゃんが絶対やるべきだって言って、あたしは特訓を受けた。
講演会では、あたしがこれまでやってきたことや、考えてきたことを、そのまま話した。
講演が終わるとものすごい拍手が起こって、あたしの話を聴いていた高そうなスーツを着たおじさんたちに名刺をもらった。よく知らないけど、京都の財界の偉い人だったらしい。
あたしが社員のお給料を上げて優秀な人材を集めたって話に、偉い人は感動したらしいけど、偉い人は肝心なことが分ってないって思った。
あたしの広報活動で、株式会社アゴラが評判になり、回転寿司のお店のお客さんも増えたみたいだ。
部長たちは京都駅の南口に三号店を出す計画をはじめた。また忙しくなるって思ったけど、細かいことは阿部部長と黒澤さんが決めて、あたしは最終的なジャッジだけをすればいいと言われた。
そうだよね、あたしがいなくても部長と黒澤さんに任せとけば間違いないよね。
ちょっととっと寂しかったけど、そんあたしに阿部部長は言った。
「戸部社長、仕事は社長としての最終決定と広報だけでいいです。社長は勉強してください。会社に来なくてもいいですから大学にゆっくり居てください。講義だけでなくサークルにも入って、友達を作って下さい。そのために、みんな頑張ってるんです。」
なんだかすごく申し訳ないような気がした。お兄ちゃんに相談したら、阿部部長が正しいって言われた。
「おまえ、大学で学ぶちゅうことがどんな事なんか、まだ分かってへんのやな。大学で学ぶいうのはやな、大学で遊ぶ、大学と遊ぶちゅうことや。つまり知との戯れや。」
たわむれなのか?
でも、分かったような気がした。あたしはみんなの好意に甘えることにした。
あたしは京都探偵団っていうサークルに入った。京都の史跡を巡ったり。誰も知らないようなスポットを探し当てたり、美味しいグルメを探求したりするサークルだ。これなら仕事にも役に立つのだ。
サークルには三十人くらいが所属していて、男の子と女の子が半分半分くらいだ。
女の子の友達はすぐにできた。男の子とも仲良くなった。
高校の時は、男の子は苦手だった。優等生は勉強に必死で、普通の子はゲームの話ばかり、ヤンキーの子はあたしに意地悪した。
大学の男の子はみんな優しいし、話題も豊富なのだ。高校時代の優等生たちが大学に入るとこんなふうになるんだなって思った。
サークルの部長は三回生の相沢光毅君っていう活発そうな男の子だった。一年浪人して入学した先輩なんだけど、二十一で大学に入ったあたしと同い年なのだ。
そんな新入部員だったあたしを、光毅君は気遣ってくれた。あたしはいちばん年上の新入生だってことを気にしてたけど、大学では歳はあんまり関係ないって教えてくれた。
あたしが、噂の女子大生社長だってことは、みんなが知っていた。知っていたけど、特別な目では見ないようにしてくれた。これも部長の光毅君の気遣いらしいのだ。
光毅君はあたしを映画に誘ってくくれた。
デートなのだよ。初めての・・・
光毅君はちょっと変わった映画の趣味をしていて、初めて連れて行ってくれた映画はドキュメンタリーだった。予想に反して、このドキュメンタリーはすごく面白かった。あたしと光毅君は映画についておしゃべりした。光毅君の話題は映画から、芸術、歴史や哲学の話にぴょんぴょん飛んでいくのだ。こんなに男の子と話をしたのは初めてだった。
会話の途中で、光毅君が気になることを言った。
ネット・ジャーナルにあたしの記事が載っているのをみたのだそうだ。光毅君によると、あまり好意的な記事じゃなかったみたいだ。
「京子ちゃん、大丈夫?」
って、訊かれて。多分大丈夫って答えた。
この記事があたしをピンチに追い込むことを、この時まだ、あたしは知るすべもなかった。
女子大生社長っていうと、なんだかドラマの設定みたいでカッコいいように思うかも知れないけど、実際やってみると大変なのだ。
夜学ではなくて、社会人入試で昼間に大学に通ってるから、学校が終わってから仕事なのだ。
朝はバスで大学に行く。講義はできるだけ午前中や午後一番に絞って、終わったら大学に置いてある自転車で西陣の事務所まで行く。それから経理の仕事なのだけど夜遅くまでかかることもある。
そんなあたしを見ていた阿部部長が、事務員を一人雇うって言い出した。あたしは大丈夫だって言ったけど、阿部部長はあたしには別の仕事を用意したって言った。
経理の仕事はもういいのか?
って言ったら、それは事務員に任すからって返事された。
新しく採用された事務員は、あたしの後輩で嵯峨高校を去年卒業した山本澄香ちゃんだった。
あたしは澄香ちゃんって呼ぶことにした。
そういえば、澄香ちゃんはあたしが社会に出て、初めてできた後輩なのだ。ちょっと嬉しかったのだ。
あたしの新しい仕事は広報担当だった。
その頃、あたしが焦土作戦で会社を救ったことと、そのあたしが京都学院大学の学生になったことに地元のマスコミが注目し始めていたのだ。
あたしは恥ずかしいから、マスコミの取材を断ってたけど、阿部部長は会社の広報を兼ねて取材に応じて欲しいって言った。
会社のためなら仕方がないと思って、最初に受けたのが京都日報新聞の取材だった。
「会社の危機を救った女子大生社長」
っていう連載記事になって、ものすごく評判が良かったそうだ。
それから、いっぱい取材を受けた。
京都限定だけど、あたしはちょっとした有名人になった。
取材の次には講演会の依頼がきた。
さすがに講演会はできないのだよ、って思ったんだけど、貴志お兄ちゃんが絶対やるべきだって言って、あたしは特訓を受けた。
講演会では、あたしがこれまでやってきたことや、考えてきたことを、そのまま話した。
講演が終わるとものすごい拍手が起こって、あたしの話を聴いていた高そうなスーツを着たおじさんたちに名刺をもらった。よく知らないけど、京都の財界の偉い人だったらしい。
あたしが社員のお給料を上げて優秀な人材を集めたって話に、偉い人は感動したらしいけど、偉い人は肝心なことが分ってないって思った。
あたしの広報活動で、株式会社アゴラが評判になり、回転寿司のお店のお客さんも増えたみたいだ。
部長たちは京都駅の南口に三号店を出す計画をはじめた。また忙しくなるって思ったけど、細かいことは阿部部長と黒澤さんが決めて、あたしは最終的なジャッジだけをすればいいと言われた。
そうだよね、あたしがいなくても部長と黒澤さんに任せとけば間違いないよね。
ちょっととっと寂しかったけど、そんあたしに阿部部長は言った。
「戸部社長、仕事は社長としての最終決定と広報だけでいいです。社長は勉強してください。会社に来なくてもいいですから大学にゆっくり居てください。講義だけでなくサークルにも入って、友達を作って下さい。そのために、みんな頑張ってるんです。」
なんだかすごく申し訳ないような気がした。お兄ちゃんに相談したら、阿部部長が正しいって言われた。
「おまえ、大学で学ぶちゅうことがどんな事なんか、まだ分かってへんのやな。大学で学ぶいうのはやな、大学で遊ぶ、大学と遊ぶちゅうことや。つまり知との戯れや。」
たわむれなのか?
でも、分かったような気がした。あたしはみんなの好意に甘えることにした。
あたしは京都探偵団っていうサークルに入った。京都の史跡を巡ったり。誰も知らないようなスポットを探し当てたり、美味しいグルメを探求したりするサークルだ。これなら仕事にも役に立つのだ。
サークルには三十人くらいが所属していて、男の子と女の子が半分半分くらいだ。
女の子の友達はすぐにできた。男の子とも仲良くなった。
高校の時は、男の子は苦手だった。優等生は勉強に必死で、普通の子はゲームの話ばかり、ヤンキーの子はあたしに意地悪した。
大学の男の子はみんな優しいし、話題も豊富なのだ。高校時代の優等生たちが大学に入るとこんなふうになるんだなって思った。
サークルの部長は三回生の相沢光毅君っていう活発そうな男の子だった。一年浪人して入学した先輩なんだけど、二十一で大学に入ったあたしと同い年なのだ。
そんな新入部員だったあたしを、光毅君は気遣ってくれた。あたしはいちばん年上の新入生だってことを気にしてたけど、大学では歳はあんまり関係ないって教えてくれた。
あたしが、噂の女子大生社長だってことは、みんなが知っていた。知っていたけど、特別な目では見ないようにしてくれた。これも部長の光毅君の気遣いらしいのだ。
光毅君はあたしを映画に誘ってくくれた。
デートなのだよ。初めての・・・
光毅君はちょっと変わった映画の趣味をしていて、初めて連れて行ってくれた映画はドキュメンタリーだった。予想に反して、このドキュメンタリーはすごく面白かった。あたしと光毅君は映画についておしゃべりした。光毅君の話題は映画から、芸術、歴史や哲学の話にぴょんぴょん飛んでいくのだ。こんなに男の子と話をしたのは初めてだった。
会話の途中で、光毅君が気になることを言った。
ネット・ジャーナルにあたしの記事が載っているのをみたのだそうだ。光毅君によると、あまり好意的な記事じゃなかったみたいだ。
「京子ちゃん、大丈夫?」
って、訊かれて。多分大丈夫って答えた。
この記事があたしをピンチに追い込むことを、この時まだ、あたしは知るすべもなかった。
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