離婚しようとしたら将軍が責任とれ?

エイプリル

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第二十六話 すれ違う心、忍び寄る影

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第二十六話 すれ違う心、忍び寄る影

夕餉の席には、夫人と将軍が静かに向かい合っていた。

「今日のお料理は、草盈たちと工夫してみました。将軍のお好み、まだ勉強中ですが……」

夫人はいつもより少しだけ明るく振る舞っていた。ほんの少しでも、何か距離を縮めたかった。あの第一皇女の言葉を胸に、「名前を呼ぶ」機会を探していた。

だが。

「……無理はしなくていい」

将軍は目を合わせずに、短く言った。

「貴女が私に気を使うのは……本意ではない」

箸を置き、立ち上がる。

「夕餉、ごちそうだった。だが、今夜は休ませてくれ」

微かに頭を下げ、将軍は静かに部屋を去った。

夫人の手が、器の上で止まった。
どうして、何かして差し上げようとすると裏目に出るのかしら
何もしない時は近寄って来られるのに
将軍の目には媚びる女となって見えるのかしら
ならば、何もしない?
いいえ。それでは駄目よ

言えなかった……名前、呼べなかった。

ただの一言が、こんなにも遠い。

胸の奥に、また一つ寂しさが積もっていった。


---

その夜。将軍の寝所。

第六王子がそっと戸を開けると、机に向かって書物を積み上げた将軍の姿が見えた。

「……また何か調べてるの?」

「……ああ」

将軍は顔を上げずに返事をした。

王子はため息をつき、そばに腰を下ろす。

「なにかあったんだろう? あの嫁っ子ちゃん、目がうるうるしてたよ」

しばらく沈黙が流れたあと、将軍はぽつりと呟いた。

「……私は彼女を、苦しめているのではないかと思い始めた」

「えっ?」

「将軍という立場。王家に仕える重責。私と関わることで、彼女が“個”として生きられなくなっているのではないかと……」

「それって……」

「…………………」

「ちょっと!何?急に見つめて~
気持ち悪いっ」
大げさに両肩を抱いておどける

「………………顔、取り替えないか?」

「はぁ?」盛大に声を出して王子が珍しく眉間にシワを寄せる

「歩けば竹林が揺れるように涼やかで凛としていると言われ
座れば霧に霞む山河の如きと褒め称えられる将軍が?
馬鹿にしてる?」

「…………すまない。忘れてくれ…」
軽く頭をふり馬鹿な事を言ったと
少し遠くを見る

「何だよ~。お前のそれ!悪い癖!!
直ぐ言葉を飲み込むから、嫁っ子ちゃんも誤解するんだよ~」

「………誤解…」ふーーっと息を吐きながら将軍が続ける

「お前の顔立ちが晨と似てる気がして」

「え?……」一瞬王子の瞳が揺れる

「晨の顔立ち、そして立ち居振る舞い。もし、王家と密な関係があったとすれば……」

「まさか……王族の血筋か何かってこと……?」

将軍は小さく首を横に振った。

「まだ何も断定はできない。ただ……あまりにも近すぎる。だから今は、確かめたい。彼女を巻き込まずに」

王子はしばらく黙っていたが、やがてゆっくりと頷いた。

「……わかった。俺もなんとなく思ってた。けど、それを言葉にすると重くなるから……胸にしまっておくよ」

「……すまない」


---

その間、夫人は庭をひとりで歩いていた。

外の空気を吸えば、少しは気が晴れるかと思った。

――だけど。

「まぁまぁ、なんて健気に徘徊してるのかしら、将軍の寝所を締め出された将軍夫人が」

その声に振り向くと、そこには冷たい笑みを浮かべた第二皇女の姿があった。

「……ご用でしょうか」

「用なんてないわよ。ただ、憐れねって思っただけ。愛されてない余計物って、どんな気分?」

刺すような言葉に、夫人の心がざわめく。

「あなたの存在、将軍にとって重荷じゃないの? そうじゃなければ、寝所から締め出すなんてしないでしょ?」

心の奥に隠していた痛みに、鋭い杭を打ち込まれるようだった。

ぐらり、と視界が揺れる。

その時。

「――おやめ下さい!」

強い声が割り込んだ。

晨だった。

無言で第二皇女をにらみつけ、夫人をそっとその後ろにかばうように立った。

「この方に対する侮辱は、私が許しません」

「……家令風情が、威勢のいいことね?」

「身分ではありません。信義です」

その一言に、第二皇女が舌打ちをして去っていく。

夫人の膝が崩れ落ちそうになったところを、晨が支えた。

「……もう大丈夫です。ここは危険です、奥様。第六王子殿下のところへ。すぐにご案内します」

「でも……」

「将軍のためにも、今は……お側を離れた方が良い時です」

そう言われてしまえば、反論の言葉は出なかった。

晨の手に引かれ、夫人は夜の庭を後にした。

風が冷たいのか、それとも涙のせいなのか。頬に触れた温度がやけに冷たく感じた。

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