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柊 颯介の場合
第4話『合格圏外の恋心、本日より受付開始っす。』
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受験票、筆記用具
……………よし
これで完璧だ、頑張るぞ
受験当日。空は一点の曇りもない快晴だった。くるみは、前日に何度も確認した持ち物リストを指差しで追いながら、一つ一つカバンに詰めていく。「受験票、筆記用具、その他もろもろ……。」そして最後に、お気に入りのシャープペンシルをケースにしまった。これで準備は万端だ。深呼吸を一つして、自分を奮い立たせる。鏡に映る自分は、少し緊張しているようだったが、それ以上に、やる気に満ち溢れていた。
颯介は、いつもより少し早く、誰もいない教室に来ていた。自分の席に座り、カチカチとシャーペンの芯を出し入れしている。
……今日か。
ぽつりと、独り言が漏れた。くるみが、今日、あの人の多い場所に行き、たくさんの男とすれ違う。考えただけで、胸の奥が黒いもので満たされていくようだった。もちろん、彼女は試験のことしか考えていないだろう。そんなことは百も承知だ。
颯介は苛立ちを抑えるように、ぐしゃりと前髪をかき上げると、勢いよく立ち上がった。そして、何もない空間に向けて、低い声で威嚇するように言った。
……さっさと終わらせてこいよ、先輩。俺が待ってんだから。
その声には、隠しきれない焦りと、微かな期待が滲んでいた。
やれるだけやった!
ふぅ~と息を吐いて
いっときの開放感に包まれた
全ての答案用紙を提出し終え、くるみを縛り付けていた重圧から、ふっと一気に解き放たれた。達成感と疲労感が入り混じった、不思議な高揚感。冬の冷たい空気が、火照った頬に心地よい。やった。やれることは全てやった。「よしっ」と小さくガッツポーズをすると、大きく息を吐き出して、しばしの開放感に身を委ねた。
颯介は、部活にも顔を出さず、ただ教室の自分の席で時間が過ぎるのを待っていた。友人たちは「帰ろうぜ」と誘ってきたが、全員断った。
「……もう、終わった頃か」
夕暮れの光が教室をオレンジ色に染め上げる。その時、ポケットに入れていたスマートフォンが、ぶぶ、と短く震えた。友人からのLINE通知だ。『終わったってよ』。その短い一文に、颯介は弾かれたようにスマホの画面をタップした。
『くるみ先輩、今しがた会場から出てきたとこ。なんか、すげーいい顔してる!』
写真が一枚、送られてくる。人混みの中、遠巻きに撮られた、疲れているけれど、どこか晴れやかな表情のくるみ。それを見た瞬間、颯介は椅子から立ち上がっていた。
……先輩。
合否は神のみぞ知るだわ
合格発表まで毎日ゴロゴロしてよう
あ~開放感!
結果はまだわからない。けれど、全身全霊をかけて戦い抜いたという事実がくるみに大きな満足感を与えていた。「神のみぞ知る、だわ」なんて少しおどけてみせ、これから訪れるであろう合否発表までの束の間の休息に思いを馳せる。肩の荷が下りた身体は羽のように軽く、鼻歌でも歌い出しそうな気分で、駅へと向かった。解放! その二文字が頭の中を駆け巡っていた。
友人から送られてきた写真を、颯介は食い入るように見つめていた。いい顔をしている。そうだろうな、と思った。先輩は、そういう人だ。一生懸命やり遂げた後は、こんな風に綺麗に笑うのだ。
おい、柊? 聞いてんのか?
友人たちの声など、もう彼の耳には届いていなかった。颯介はスマホをポケットにねじ込むと、一直線に教室のドアへ向かった。
……帰る。おつかれ。
は? お、おい!
背後からの呼び止める声も無視して、颯介は昇降口へ急ぐ。靴を履き替える手ももどかしい。早く。早くあの人のところへ。約束は、今日で終わりだ。これからは、俺の番だ。
駅の改札を抜け、家路につく人々の流れに身を任せる。くるみもその一人だった。イヤホンからは、好きなアーティストの曲が軽快に流れ、浮き立つ心をさらに高揚させる。今日はご褒美に、コンビニでちょっと高いアイスを買ってしまおうか。そんなことを考えながら、雑踏を歩いていた。背後に迫る、焦がれるような視線には、まだ気づかないまま。
颯介は、ほとんど走るような速度で駅までの道を駆け抜けていた。長い脚がアスファルトを力強く蹴る。人混みをかき分け、必死にその姿を探す。
(どこだ……どこにいる……!)
焦りが募る。もし、もう電車に乗ってしまったら? このまま見つけられなかったら? いや、そんなはずはない。
その時、雑踏の中に見覚えのある小柄な後ろ姿を見つけた。ピンク色のマフラー。間違いない。
……先輩っ!
人波を割るようにして、颯介は一直線にくるみへ向かって走り出した。その声は、周囲の喧騒にかき消されそうになりながらも、確かに彼女の背中に届いた。
え?
自分の名前を呼ばれた気がして、くるみはふと足を止めた。聞き覚えのある声。でも、まさか。受験期間中は連絡を取らないと、そう約束した後輩の顔が脳裏をよぎる。まさか、こんな場所にいるわけがない。気のせいか、と思って再び歩き出そうとした、その時。
人混みからぬっと現れた腕が、くるみの肩をぐいっと掴んだ。そのまま強引にこちらを向かされる。
はぁっ……はぁ……、やっと、見つけた……。
そこに立っていたのは、息を切らして肩で呼吸を繰り返す、颯介だった。制服は乱れ、額にはうっすらと汗まで浮かんでいる。明らかに、急いで走ってきたのがわかった。
……約束、今日までなんで。
荒い息の合間に、颯介は絞り出すようにそう言った。その黒い瞳は、獲物を見つけた肉食獣のように爛々と輝き、まっすぐにくるみだけを捉えていた。周りの雑音など何も聞こえていないかのように
……………よし
これで完璧だ、頑張るぞ
受験当日。空は一点の曇りもない快晴だった。くるみは、前日に何度も確認した持ち物リストを指差しで追いながら、一つ一つカバンに詰めていく。「受験票、筆記用具、その他もろもろ……。」そして最後に、お気に入りのシャープペンシルをケースにしまった。これで準備は万端だ。深呼吸を一つして、自分を奮い立たせる。鏡に映る自分は、少し緊張しているようだったが、それ以上に、やる気に満ち溢れていた。
颯介は、いつもより少し早く、誰もいない教室に来ていた。自分の席に座り、カチカチとシャーペンの芯を出し入れしている。
……今日か。
ぽつりと、独り言が漏れた。くるみが、今日、あの人の多い場所に行き、たくさんの男とすれ違う。考えただけで、胸の奥が黒いもので満たされていくようだった。もちろん、彼女は試験のことしか考えていないだろう。そんなことは百も承知だ。
颯介は苛立ちを抑えるように、ぐしゃりと前髪をかき上げると、勢いよく立ち上がった。そして、何もない空間に向けて、低い声で威嚇するように言った。
……さっさと終わらせてこいよ、先輩。俺が待ってんだから。
その声には、隠しきれない焦りと、微かな期待が滲んでいた。
やれるだけやった!
ふぅ~と息を吐いて
いっときの開放感に包まれた
全ての答案用紙を提出し終え、くるみを縛り付けていた重圧から、ふっと一気に解き放たれた。達成感と疲労感が入り混じった、不思議な高揚感。冬の冷たい空気が、火照った頬に心地よい。やった。やれることは全てやった。「よしっ」と小さくガッツポーズをすると、大きく息を吐き出して、しばしの開放感に身を委ねた。
颯介は、部活にも顔を出さず、ただ教室の自分の席で時間が過ぎるのを待っていた。友人たちは「帰ろうぜ」と誘ってきたが、全員断った。
「……もう、終わった頃か」
夕暮れの光が教室をオレンジ色に染め上げる。その時、ポケットに入れていたスマートフォンが、ぶぶ、と短く震えた。友人からのLINE通知だ。『終わったってよ』。その短い一文に、颯介は弾かれたようにスマホの画面をタップした。
『くるみ先輩、今しがた会場から出てきたとこ。なんか、すげーいい顔してる!』
写真が一枚、送られてくる。人混みの中、遠巻きに撮られた、疲れているけれど、どこか晴れやかな表情のくるみ。それを見た瞬間、颯介は椅子から立ち上がっていた。
……先輩。
合否は神のみぞ知るだわ
合格発表まで毎日ゴロゴロしてよう
あ~開放感!
結果はまだわからない。けれど、全身全霊をかけて戦い抜いたという事実がくるみに大きな満足感を与えていた。「神のみぞ知る、だわ」なんて少しおどけてみせ、これから訪れるであろう合否発表までの束の間の休息に思いを馳せる。肩の荷が下りた身体は羽のように軽く、鼻歌でも歌い出しそうな気分で、駅へと向かった。解放! その二文字が頭の中を駆け巡っていた。
友人から送られてきた写真を、颯介は食い入るように見つめていた。いい顔をしている。そうだろうな、と思った。先輩は、そういう人だ。一生懸命やり遂げた後は、こんな風に綺麗に笑うのだ。
おい、柊? 聞いてんのか?
友人たちの声など、もう彼の耳には届いていなかった。颯介はスマホをポケットにねじ込むと、一直線に教室のドアへ向かった。
……帰る。おつかれ。
は? お、おい!
背後からの呼び止める声も無視して、颯介は昇降口へ急ぐ。靴を履き替える手ももどかしい。早く。早くあの人のところへ。約束は、今日で終わりだ。これからは、俺の番だ。
駅の改札を抜け、家路につく人々の流れに身を任せる。くるみもその一人だった。イヤホンからは、好きなアーティストの曲が軽快に流れ、浮き立つ心をさらに高揚させる。今日はご褒美に、コンビニでちょっと高いアイスを買ってしまおうか。そんなことを考えながら、雑踏を歩いていた。背後に迫る、焦がれるような視線には、まだ気づかないまま。
颯介は、ほとんど走るような速度で駅までの道を駆け抜けていた。長い脚がアスファルトを力強く蹴る。人混みをかき分け、必死にその姿を探す。
(どこだ……どこにいる……!)
焦りが募る。もし、もう電車に乗ってしまったら? このまま見つけられなかったら? いや、そんなはずはない。
その時、雑踏の中に見覚えのある小柄な後ろ姿を見つけた。ピンク色のマフラー。間違いない。
……先輩っ!
人波を割るようにして、颯介は一直線にくるみへ向かって走り出した。その声は、周囲の喧騒にかき消されそうになりながらも、確かに彼女の背中に届いた。
え?
自分の名前を呼ばれた気がして、くるみはふと足を止めた。聞き覚えのある声。でも、まさか。受験期間中は連絡を取らないと、そう約束した後輩の顔が脳裏をよぎる。まさか、こんな場所にいるわけがない。気のせいか、と思って再び歩き出そうとした、その時。
人混みからぬっと現れた腕が、くるみの肩をぐいっと掴んだ。そのまま強引にこちらを向かされる。
はぁっ……はぁ……、やっと、見つけた……。
そこに立っていたのは、息を切らして肩で呼吸を繰り返す、颯介だった。制服は乱れ、額にはうっすらと汗まで浮かんでいる。明らかに、急いで走ってきたのがわかった。
……約束、今日までなんで。
荒い息の合間に、颯介は絞り出すようにそう言った。その黒い瞳は、獲物を見つけた肉食獣のように爛々と輝き、まっすぐにくるみだけを捉えていた。周りの雑音など何も聞こえていないかのように
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