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第一章
1-8 楓「婆」
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目の前に置かれた美しいパフェに鈴心も釘付けになる。向かいのデコボココンビはもう会話の役には立ちそうにない。
それで永が代表して説明するはめになった。
「ちょうど、貴方が銀騎に来た日です。僕らは一悶着終えて帰る所だった」
「──マジ?」
「マジ」
真っ直ぐそう言われたものの、梢賢はすぐには信じられなかった。
「え、あれって戻れるもんなの?」
「そうみたいです。僕らも理由はわからないんですけど」
永と梢賢が目を見合わせている向いで、喫茶メシの虜となった二人は夢中でそれを口に運んでいた。
「うまっ」
「パフェも美味しいです」
二人の欠食児童は置いておいて、永が銀騎研究所で起こったことを梢賢に説明する。
蕾生が鵺となったこと、しかし黒い鵺から金色の鵺になったことで自我が芽生えたこと、それから人間に戻れたことなどを聞いて、梢賢は口を開けたまま背もたれに寄りかかった。
「はー、なんやすごいことが起こってたんやねえ。金色の鵺なんてウチの文献にも載ってへんで」
「ああ、やっぱり一通りご存じなんですね」
雨都梢賢個人はどれくらいの知識を有しているのか、永がそれとなく尋ねると当の本人は軽く頷いて答える。
「ウチに残ってるやつはな。母ちゃんの目ェ盗んで読むの大変やってん」
「ハハ、楓さんもおんなじこと言ってた」
雨都の人達は基本鵺とは関わりたくないと永は理解している。楓や梢賢の方が少数派であり、鵺の情報を紐解くことはそれなりに難しい。
「なるほどなあ、君らが楓婆に会ってたのはほんまみたいやね」
「婆って。まあ、貴方から見たらそうですけど」
少女の頃の楓しか知らない永には、梢賢の言葉の中に出てくる楓の様子は新鮮だ。
婆、と呼ぶくらいだからきっと長く生きられたのだろうと、永はこの時まで疑っていなかった。
「言うてもオレも会ったことはないで。若い時の写真しか知らん。ウチに帰ってから数年で死んでもうたからな」
「──え?」
梢賢がけろっと言ってのけた言葉に、永は打ちのめされた。鈴心も突然青ざめてスプーンを置き、蕾生も手を止める。
「なんや、知らんかったんかいな」
三人の態度は梢賢からしてみたら意外ではあった。
「はい。僕らはその前に鵺に殺されてますから」
「そうか。……そやったな。五十年前の転生では、辛うじて楓婆だけ生き残ったっちゅう話やったな」
永達との認識の違いを重く受け止めた梢賢は、それまでの軽口をやめて真顔で言った。
永も俯きながら答える。
「それからまた雨都の人達とは連絡が取れなくなったので……」
「せやろな。檀ばあちゃんならそうするやろな」
「檀──確か楓のお姉さんですね」
鈴心がそう付け足すと、梢賢は真面目な顔のままで頷いた。
「そうや。檀がオレのばあちゃん。ばあちゃんも二年前にのうなったけどな」
「そうですか……。せめて会って謝りたかったけど……」
永が意気消沈したまま呟くので、梢賢は少し口調を明るくしたがその内容は辛辣だった。
「ああん、そんなんええって。てか、ばあちゃんが生きとっても君らには会わんよ」
「……」
「お怒りは深いんですね……」
完全に落ち込んでしまった永と鈴心を見ると良心が痛むけれど、気休めの嘘を言っても仕方がない。
それでも少しでも話題を明るくしようと梢賢は自虐気味に続ける。
「まあなあ。情けない話やけど、ばあちゃんが死んだからオレも君らに会いに来れたんや」
「僕は、もしかしたら楓さんが生きた証が聞けるかもしれないって思ってた。淡い期待だったけど──」
「そりゃあ、期待に応えられずすまんな」
「いえ、どこかでそんなことあり得ないってわかってました。鵺の呪いを身に受けて無事でいられるはずがないから……」
言えば言うほど落ち込んでいく永の様子に、どうしたもんかと梢賢が考えあぐねていると、蕾生がこちらを睨んで凄む。
「あんたが陽気な登場の仕方だったから、永が期待しちまったんだ」
「ええ!?オレのせいなん!?」
「ライ、やめなさい。筋違いです」
おどけるチャンスを鈴心に潰されて、梢賢はますます八方塞がりだった。彼らに恨み言を言いたくて呼んだ訳ではない。本題はこれからなのだ。
「まあ、ちょっと湿っぽくなったから話題変えよか」
「はあ」
テンションの戻らない永の肩を叩きつつ、梢賢はまた少し声音を明るくした。
===============================
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それで永が代表して説明するはめになった。
「ちょうど、貴方が銀騎に来た日です。僕らは一悶着終えて帰る所だった」
「──マジ?」
「マジ」
真っ直ぐそう言われたものの、梢賢はすぐには信じられなかった。
「え、あれって戻れるもんなの?」
「そうみたいです。僕らも理由はわからないんですけど」
永と梢賢が目を見合わせている向いで、喫茶メシの虜となった二人は夢中でそれを口に運んでいた。
「うまっ」
「パフェも美味しいです」
二人の欠食児童は置いておいて、永が銀騎研究所で起こったことを梢賢に説明する。
蕾生が鵺となったこと、しかし黒い鵺から金色の鵺になったことで自我が芽生えたこと、それから人間に戻れたことなどを聞いて、梢賢は口を開けたまま背もたれに寄りかかった。
「はー、なんやすごいことが起こってたんやねえ。金色の鵺なんてウチの文献にも載ってへんで」
「ああ、やっぱり一通りご存じなんですね」
雨都梢賢個人はどれくらいの知識を有しているのか、永がそれとなく尋ねると当の本人は軽く頷いて答える。
「ウチに残ってるやつはな。母ちゃんの目ェ盗んで読むの大変やってん」
「ハハ、楓さんもおんなじこと言ってた」
雨都の人達は基本鵺とは関わりたくないと永は理解している。楓や梢賢の方が少数派であり、鵺の情報を紐解くことはそれなりに難しい。
「なるほどなあ、君らが楓婆に会ってたのはほんまみたいやね」
「婆って。まあ、貴方から見たらそうですけど」
少女の頃の楓しか知らない永には、梢賢の言葉の中に出てくる楓の様子は新鮮だ。
婆、と呼ぶくらいだからきっと長く生きられたのだろうと、永はこの時まで疑っていなかった。
「言うてもオレも会ったことはないで。若い時の写真しか知らん。ウチに帰ってから数年で死んでもうたからな」
「──え?」
梢賢がけろっと言ってのけた言葉に、永は打ちのめされた。鈴心も突然青ざめてスプーンを置き、蕾生も手を止める。
「なんや、知らんかったんかいな」
三人の態度は梢賢からしてみたら意外ではあった。
「はい。僕らはその前に鵺に殺されてますから」
「そうか。……そやったな。五十年前の転生では、辛うじて楓婆だけ生き残ったっちゅう話やったな」
永達との認識の違いを重く受け止めた梢賢は、それまでの軽口をやめて真顔で言った。
永も俯きながら答える。
「それからまた雨都の人達とは連絡が取れなくなったので……」
「せやろな。檀ばあちゃんならそうするやろな」
「檀──確か楓のお姉さんですね」
鈴心がそう付け足すと、梢賢は真面目な顔のままで頷いた。
「そうや。檀がオレのばあちゃん。ばあちゃんも二年前にのうなったけどな」
「そうですか……。せめて会って謝りたかったけど……」
永が意気消沈したまま呟くので、梢賢は少し口調を明るくしたがその内容は辛辣だった。
「ああん、そんなんええって。てか、ばあちゃんが生きとっても君らには会わんよ」
「……」
「お怒りは深いんですね……」
完全に落ち込んでしまった永と鈴心を見ると良心が痛むけれど、気休めの嘘を言っても仕方がない。
それでも少しでも話題を明るくしようと梢賢は自虐気味に続ける。
「まあなあ。情けない話やけど、ばあちゃんが死んだからオレも君らに会いに来れたんや」
「僕は、もしかしたら楓さんが生きた証が聞けるかもしれないって思ってた。淡い期待だったけど──」
「そりゃあ、期待に応えられずすまんな」
「いえ、どこかでそんなことあり得ないってわかってました。鵺の呪いを身に受けて無事でいられるはずがないから……」
言えば言うほど落ち込んでいく永の様子に、どうしたもんかと梢賢が考えあぐねていると、蕾生がこちらを睨んで凄む。
「あんたが陽気な登場の仕方だったから、永が期待しちまったんだ」
「ええ!?オレのせいなん!?」
「ライ、やめなさい。筋違いです」
おどけるチャンスを鈴心に潰されて、梢賢はますます八方塞がりだった。彼らに恨み言を言いたくて呼んだ訳ではない。本題はこれからなのだ。
「まあ、ちょっと湿っぽくなったから話題変えよか」
「はあ」
テンションの戻らない永の肩を叩きつつ、梢賢はまた少し声音を明るくした。
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