135 / 174
第六章
6-7 前夜〜淡い想い
しおりを挟む
鈴心は一人縁側に座って夜空を眺めていた。日ごとに満ちていく月の姿を追っていると遠い日々を思い出す。
「……」
「もうすぐ満月かな?」
「ハル様」
その声に振り向くと主の姿があった。永は微笑みながら鈴心の隣に腰掛ける。
「いいねえ、夏の宵にお月見。有名な随筆にも書いてあったよね」
「はい。ここに来てから慌ただしくて、気持ちを落ち着けてから寝るための習慣になってしまって」
永は鈴心の顔を覗き込みながら心配そうな声音で聞いた。
「──眠れないの?」
「少し。明日が気になってしまって」
「そっか。ライくんとは反対だ。明日のためにもう寝るってさ」
「ライらしいです」
蕾生の話をしていると雰囲気が和んでいい。永はそれでようやく尋ねることができた
「……少し聞きそびれたことがあって」
「何でしょう」
「リンの体は銀騎さんと同じ実験の被験体なんだろう?銀騎さんはキクレー因子が不活性らしいけど、リンはどうなんだ?」
本当は日中に聞けたら良かったのだが、蕾生はともかく梢賢がいると茶々が入ってドタバタした雰囲気になってしまいそうだ。
少し怖い気もするが二人きりで静かな場所でじっくり聞く方がいいと思い直して、永は鈴心を探していた。別の用事もあることだし。
「私の中の因子は、リンの魂と融合した事もあって、今は体に馴染んでいるそうです」
鈴心は特に動揺することなく、言いにくそうにすることもなかった。それで抵抗感が薄れた永は更に聞いてみる。
「それって、僕やライくんと同じ状態ってこと?」
「ハル様やライの体とキクレー因子の結びつきを理想の形とするなら、私はどれくらい近づけたのかが詮充郎の研究テーマでした。
ですから貴方達の体を詳細に調べ、私と照合して答え合わせをしたかった」
「ああ……そういう事か。あの時は頭ごなしに否定したけど、今落ち着いて聞くと興味深いね」
永がそう言うと、鈴心は眉を寄せて怒る。
「だからと言って詮充郎に協力するなんて論外です」
「それはそうなんだけど、リンの体の事がそれで解明するなら悪くないな、とちょっと思った」
鈴心の中にあるキクレー因子は鵺由来の純粋なもののままなのか、銀騎詮充郎が作ったレプリカの因子なのか。
永の考えでは今の所五分五分だ。リンの魂の比重が上なのかどうかで、今目の前にいる御堂鈴心という人間をリンとして認識していいのかが決まるのではないか、と永はたまに考えることがある。
永にとっては目の前の鈴心は、少し年若いがリン本人に見えている。ならそれでいいじゃないかと思う反面、銀騎詮充郎に身体を弄られているという事実が頭の片隅にこびりついて離れない。
そういう永の複雑な心境を知る由もない鈴心は単純に言葉通りの意味にとって即座に否定する。
「いけません、私なんかのためにそんなことをしては」
「ええ?何で?僕にはライとリン以上に大事なものなんて無いけど」
当然のように言ってのけた永に、鈴心は俯いてしまった。何かを懺悔するかのような表情だった。
「私は……そんな身分では……」
「バカだなあ、あれから何百年経ったと思ってんの?もう僕らはただの子ども同士だよ、何の力もない……さ」
珍しく自嘲気味に言う永に、鈴心は顔を上げて今度は労りの表情を見せる。
「ハル様も、明日が不安なんですか?」
「まあ、自信満々ではないよねえ。祭をやり過ごしたとして、雨辺の問題は何一つ片付いてないし」
苦笑しながら言う永に、鈴心は少し力をこめて励ますように言った。
「祭が終わったら、葵くんの容体を見に行かなくては。お兄様にも相談しましょう」
「そうだね。悔しいけどキクレー因子の専門家はすでにあっちだからさ」
「はい。葵くんは必ず助けましょう……!」
その瞳。強く揺るがない光を帯びた瞳に、永は何度も助けられた。心の拠り所と言ってもいい。蕾生に対する気持ちとはまた別の感情が込み上げていった。
===============================
お読みいただきありがとうございます
感想、いいね、お気に入り登録などいただけたら嬉しいです!
「……」
「もうすぐ満月かな?」
「ハル様」
その声に振り向くと主の姿があった。永は微笑みながら鈴心の隣に腰掛ける。
「いいねえ、夏の宵にお月見。有名な随筆にも書いてあったよね」
「はい。ここに来てから慌ただしくて、気持ちを落ち着けてから寝るための習慣になってしまって」
永は鈴心の顔を覗き込みながら心配そうな声音で聞いた。
「──眠れないの?」
「少し。明日が気になってしまって」
「そっか。ライくんとは反対だ。明日のためにもう寝るってさ」
「ライらしいです」
蕾生の話をしていると雰囲気が和んでいい。永はそれでようやく尋ねることができた
「……少し聞きそびれたことがあって」
「何でしょう」
「リンの体は銀騎さんと同じ実験の被験体なんだろう?銀騎さんはキクレー因子が不活性らしいけど、リンはどうなんだ?」
本当は日中に聞けたら良かったのだが、蕾生はともかく梢賢がいると茶々が入ってドタバタした雰囲気になってしまいそうだ。
少し怖い気もするが二人きりで静かな場所でじっくり聞く方がいいと思い直して、永は鈴心を探していた。別の用事もあることだし。
「私の中の因子は、リンの魂と融合した事もあって、今は体に馴染んでいるそうです」
鈴心は特に動揺することなく、言いにくそうにすることもなかった。それで抵抗感が薄れた永は更に聞いてみる。
「それって、僕やライくんと同じ状態ってこと?」
「ハル様やライの体とキクレー因子の結びつきを理想の形とするなら、私はどれくらい近づけたのかが詮充郎の研究テーマでした。
ですから貴方達の体を詳細に調べ、私と照合して答え合わせをしたかった」
「ああ……そういう事か。あの時は頭ごなしに否定したけど、今落ち着いて聞くと興味深いね」
永がそう言うと、鈴心は眉を寄せて怒る。
「だからと言って詮充郎に協力するなんて論外です」
「それはそうなんだけど、リンの体の事がそれで解明するなら悪くないな、とちょっと思った」
鈴心の中にあるキクレー因子は鵺由来の純粋なもののままなのか、銀騎詮充郎が作ったレプリカの因子なのか。
永の考えでは今の所五分五分だ。リンの魂の比重が上なのかどうかで、今目の前にいる御堂鈴心という人間をリンとして認識していいのかが決まるのではないか、と永はたまに考えることがある。
永にとっては目の前の鈴心は、少し年若いがリン本人に見えている。ならそれでいいじゃないかと思う反面、銀騎詮充郎に身体を弄られているという事実が頭の片隅にこびりついて離れない。
そういう永の複雑な心境を知る由もない鈴心は単純に言葉通りの意味にとって即座に否定する。
「いけません、私なんかのためにそんなことをしては」
「ええ?何で?僕にはライとリン以上に大事なものなんて無いけど」
当然のように言ってのけた永に、鈴心は俯いてしまった。何かを懺悔するかのような表情だった。
「私は……そんな身分では……」
「バカだなあ、あれから何百年経ったと思ってんの?もう僕らはただの子ども同士だよ、何の力もない……さ」
珍しく自嘲気味に言う永に、鈴心は顔を上げて今度は労りの表情を見せる。
「ハル様も、明日が不安なんですか?」
「まあ、自信満々ではないよねえ。祭をやり過ごしたとして、雨辺の問題は何一つ片付いてないし」
苦笑しながら言う永に、鈴心は少し力をこめて励ますように言った。
「祭が終わったら、葵くんの容体を見に行かなくては。お兄様にも相談しましょう」
「そうだね。悔しいけどキクレー因子の専門家はすでにあっちだからさ」
「はい。葵くんは必ず助けましょう……!」
その瞳。強く揺るがない光を帯びた瞳に、永は何度も助けられた。心の拠り所と言ってもいい。蕾生に対する気持ちとはまた別の感情が込み上げていった。
===============================
お読みいただきありがとうございます
感想、いいね、お気に入り登録などいただけたら嬉しいです!
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
エレンディア王国記
火燈スズ
ファンタジー
不慮の事故で命を落とした小学校教師・大河は、
「選ばれた魂」として、奇妙な小部屋で目を覚ます。
導かれるように辿り着いたのは、
魔法と貴族が支配する、どこか現実とは異なる世界。
王家の十八男として生まれ、誰からも期待されず辺境送り――
だが、彼は諦めない。かつての教え子たちに向けて語った言葉を胸に。
「なんとかなるさ。生きてればな」
手にしたのは、心を視る目と、なかなか花開かぬ“器”。
教師として、王子として、そして何者かとして。
これは、“教える者”が世界を変えていく物語。
死んだはずの貴族、内政スキルでひっくり返す〜辺境村から始める復讐譚〜
のらねこ吟醸
ファンタジー
帝国の粛清で家族を失い、“死んだことにされた”名門貴族の青年は、
偽りの名を与えられ、最果ての辺境村へと送り込まれた。
水も農具も未来もない、限界集落で彼が手にしたのは――
古代遺跡の力と、“俺にだけ見える内政スキル”。
村を立て直し、仲間と絆を築きながら、
やがて帝国の陰謀に迫り、家を滅ぼした仇と対峙する。
辺境から始まる、ちょっぴりほのぼの(?)な村興しと、
静かに進む策略と復讐の物語。
処刑された勇者は二度目の人生で復讐を選ぶ
シロタカズキ
ファンタジー
──勇者は、すべてを裏切られ、処刑された。
だが、彼の魂は復讐の炎と共に蘇る──。
かつて魔王を討ち、人類を救った勇者 レオン・アルヴァレス。
だが、彼を待っていたのは称賛ではなく、 王族・貴族・元仲間たちによる裏切りと処刑だった。
「力が強すぎる」という理由で異端者として断罪され、広場で公開処刑されるレオン。
国民は歓喜し、王は満足げに笑い、かつての仲間たちは目を背ける。
そして、勇者は 死んだ。
──はずだった。
十年後。
王国は繁栄の影で腐敗し、裏切り者たちは安穏とした日々を送っていた。
しかし、そんな彼らの前に死んだはずの勇者が現れる。
「よくもまあ、のうのうと生きていられたものだな」
これは、英雄ではなくなった男の復讐譚。
彼を裏切った王族、貴族、そしてかつての仲間たちを絶望の淵に叩き落とすための第二の人生が、いま始まる──。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる