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第七章
7-16 道化
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姉に比べたら極弱い梢賢の糸は、それでも珪の右手を縛って動きを止めていた。梢賢は心の底から叫ぶ。
「もうやめてくれ!珪兄ちゃん!」
だが珪は梢賢を見下して蔑んだ。
「離したまえ。どっちつかずの愚図が」
「そうや……結局オレは菫さんにも、ハル坊達にもいい顔して、その間をふらふらしとった。そのせいで菫さんは死んでもうた……」
「よくわかってるじゃないか。全てはお前が優柔不断だったからだよ」
「ふざけるな!梢賢くんは──」
激昂しかけた永を制して梢賢は懺悔するように言った。
「ええんやハル坊。コウモリ野郎でも愚図でも、オレは何でもええ。ただ、里の皆を信じたかった。色んな人の機嫌とって皆が仲良くしてくれるなら、オレは裏切り者でも良かった」
「梢賢……」
その気持ちは、瑠深が理解していた。
藤生と眞瀬木の間で常に道化を演じて里の円滑な運営を図る雨都は、珪のように見下す者が多い。しかし中には瑠深のように好ましく思う者も確かにいる。雨都は、里での潤滑油のような存在だ。
「なあ、珪兄ちゃん!?もうやめよ、皆に謝ろ!オレも里の皆に謝る!雨辺を調子づかせたのは確かにオレやから!珪兄ちゃんも謝ってくれ!そうしたら康乃様かて許してくれる!」
梢賢の言い分は甘いことこの上ない。康乃もおいそれと同意する訳にはいかなかった。珪ももちろん切り捨てる。
「バカか、お前は!?謝ったら許すなんてのは子どもだけなんだよ!謝っても許されないことを、この里では誰もがしてるんだ!」
雨辺の離反。
藤生の嫁一家の自殺。
眞瀬木灰砥の粛清。
──そして、雨都楓の殉死。
「ああ、本当や……」
梢賢は里で行われた多くの闇の深さを、今、思い知った。
「楓婆が言っとった「里はもう終わる」ってのは本当やった。けど!楓婆は終わらしたくないから、あないに頑張った!楓婆が首の皮一枚で繋げたモンをオレかて終わらせたくなかったんや!」
「梢賢……」
梢賢は希望の子だと、雨都の誰もが産まれた時から思っていた。姉の優杞は正直言ってこのちゃらんぽらんな弟には荷が重すぎると思っていた。
けれど、誰よりもそう思っていたのは本人だったのだろう。背負わされた期待とも宿命とも戦って、折れずにこうして珪に対峙している弟を優杞は誇りに思う。
「黙れ!他所者が大きなお世話だ!里のことは我々が考える!雨都も、雨辺も──藤生も!鵺人に成り果てた者には任せられない!!」
梢賢の真っ直ぐで真摯な思いに怯んだ珪は、それを打ち消すべく頭ごなしに否定した。もはや珪に誠実な思いは届かない。
「先にその減らず口から閉じてやる……」
梢賢の出した糸が時間とともに緩んでいく。自由を取り戻した珪の右手は梢賢へと狙いを定めた。
「梢賢くん!」
「──くっ!」
蕾生を支えなければならない永は咄嗟には動けない。蕾生も疲れ果ててしまっていて同様だった。
「梢賢!」
鈴心は恐怖のあまり悲鳴をあげる。梢賢は己の非力さに呆れて目を閉じた。
「──!!」
チィイイイ……ッ!
青い鳥が高らかに叫んで飛び回った。
梢賢に飛ばされた呪いの衝撃波は、対象に届く前に霧散した。
「──ッ!なんだ!?」
呪詛を返された珪の手が赤く爛れる。激痛に顔をしかめて、珪はその術者を探した。
「お兄様!」
鈴心の希望に満ちた声が響く。
青い鳥を差し戻し、その肩にとめた皓矢が涼やかな顔で言った。
「込み入った話の最中に申し訳ない。僕の妹に血を見せる訳にはいかないのでね」
どうやっても格好良くなる皓矢の言動は人智を超えているのかもしれない。永と蕾生は「お約束」を見せられた気分でシラーとしていた。
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「もうやめてくれ!珪兄ちゃん!」
だが珪は梢賢を見下して蔑んだ。
「離したまえ。どっちつかずの愚図が」
「そうや……結局オレは菫さんにも、ハル坊達にもいい顔して、その間をふらふらしとった。そのせいで菫さんは死んでもうた……」
「よくわかってるじゃないか。全てはお前が優柔不断だったからだよ」
「ふざけるな!梢賢くんは──」
激昂しかけた永を制して梢賢は懺悔するように言った。
「ええんやハル坊。コウモリ野郎でも愚図でも、オレは何でもええ。ただ、里の皆を信じたかった。色んな人の機嫌とって皆が仲良くしてくれるなら、オレは裏切り者でも良かった」
「梢賢……」
その気持ちは、瑠深が理解していた。
藤生と眞瀬木の間で常に道化を演じて里の円滑な運営を図る雨都は、珪のように見下す者が多い。しかし中には瑠深のように好ましく思う者も確かにいる。雨都は、里での潤滑油のような存在だ。
「なあ、珪兄ちゃん!?もうやめよ、皆に謝ろ!オレも里の皆に謝る!雨辺を調子づかせたのは確かにオレやから!珪兄ちゃんも謝ってくれ!そうしたら康乃様かて許してくれる!」
梢賢の言い分は甘いことこの上ない。康乃もおいそれと同意する訳にはいかなかった。珪ももちろん切り捨てる。
「バカか、お前は!?謝ったら許すなんてのは子どもだけなんだよ!謝っても許されないことを、この里では誰もがしてるんだ!」
雨辺の離反。
藤生の嫁一家の自殺。
眞瀬木灰砥の粛清。
──そして、雨都楓の殉死。
「ああ、本当や……」
梢賢は里で行われた多くの闇の深さを、今、思い知った。
「楓婆が言っとった「里はもう終わる」ってのは本当やった。けど!楓婆は終わらしたくないから、あないに頑張った!楓婆が首の皮一枚で繋げたモンをオレかて終わらせたくなかったんや!」
「梢賢……」
梢賢は希望の子だと、雨都の誰もが産まれた時から思っていた。姉の優杞は正直言ってこのちゃらんぽらんな弟には荷が重すぎると思っていた。
けれど、誰よりもそう思っていたのは本人だったのだろう。背負わされた期待とも宿命とも戦って、折れずにこうして珪に対峙している弟を優杞は誇りに思う。
「黙れ!他所者が大きなお世話だ!里のことは我々が考える!雨都も、雨辺も──藤生も!鵺人に成り果てた者には任せられない!!」
梢賢の真っ直ぐで真摯な思いに怯んだ珪は、それを打ち消すべく頭ごなしに否定した。もはや珪に誠実な思いは届かない。
「先にその減らず口から閉じてやる……」
梢賢の出した糸が時間とともに緩んでいく。自由を取り戻した珪の右手は梢賢へと狙いを定めた。
「梢賢くん!」
「──くっ!」
蕾生を支えなければならない永は咄嗟には動けない。蕾生も疲れ果ててしまっていて同様だった。
「梢賢!」
鈴心は恐怖のあまり悲鳴をあげる。梢賢は己の非力さに呆れて目を閉じた。
「──!!」
チィイイイ……ッ!
青い鳥が高らかに叫んで飛び回った。
梢賢に飛ばされた呪いの衝撃波は、対象に届く前に霧散した。
「──ッ!なんだ!?」
呪詛を返された珪の手が赤く爛れる。激痛に顔をしかめて、珪はその術者を探した。
「お兄様!」
鈴心の希望に満ちた声が響く。
青い鳥を差し戻し、その肩にとめた皓矢が涼やかな顔で言った。
「込み入った話の最中に申し訳ない。僕の妹に血を見せる訳にはいかないのでね」
どうやっても格好良くなる皓矢の言動は人智を超えているのかもしれない。永と蕾生は「お約束」を見せられた気分でシラーとしていた。
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