転生帰録2──鵺が嗤う絹の楔

城山リツ

文字の大きさ
152 / 174
第七章

7-16 道化

しおりを挟む
 姉に比べたら極弱い梢賢しょうけんの糸は、それでもけいの右手を縛って動きを止めていた。梢賢は心の底から叫ぶ。
 
「もうやめてくれ!珪兄ちゃん!」
 
 だが珪は梢賢を見下して蔑んだ。
 
「離したまえ。どっちつかずの愚図が」
 
「そうや……結局オレはすみれさんにも、ハル坊達にもいい顔して、その間をふらふらしとった。そのせいで菫さんは死んでもうた……」
 
「よくわかってるじゃないか。全てはお前が優柔不断だったからだよ」
 
「ふざけるな!梢賢くんは──」
 
 激昂しかけたはるかを制して梢賢は懺悔するように言った。
 
「ええんやハル坊。コウモリ野郎でも愚図でも、オレは何でもええ。ただ、里の皆を信じたかった。色んな人の機嫌とって皆が仲良くしてくれるなら、オレは裏切り者でも良かった」
 
「梢賢……」
 
 その気持ちは、瑠深るみが理解していた。
 藤生ふじき眞瀬木ませきの間で常に道化を演じて里の円滑な運営を図る雨都うとは、珪のように見下す者が多い。しかし中には瑠深のように好ましく思う者も確かにいる。雨都は、里での潤滑油のような存在だ。
 
「なあ、珪兄ちゃん!?もうやめよ、皆に謝ろ!オレも里の皆に謝る!雨辺うべを調子づかせたのは確かにオレやから!珪兄ちゃんも謝ってくれ!そうしたら康乃様かて許してくれる!」
 
 梢賢の言い分は甘いことこの上ない。康乃やすのもおいそれと同意する訳にはいかなかった。珪ももちろん切り捨てる。
 
「バカか、お前は!?謝ったら許すなんてのは子どもだけなんだよ!謝っても許されないことを、この里では誰もがしてるんだ!」
 
 雨辺の離反。
 藤生の嫁一家の自殺。
 眞瀬木ませき灰砥かいとの粛清。
 ──そして、雨都うとかえでの殉死。
 
「ああ、本当や……」
 
 梢賢は里で行われた多くの闇の深さを、今、思い知った。
 
「楓婆が言っとった「里はもう終わる」ってのは本当やった。けど!楓婆は終わらしたくないから、あないに頑張った!楓婆が首の皮一枚で繋げたモンをオレかて終わらせたくなかったんや!」
 
「梢賢……」
 
 梢賢は希望の子だと、雨都の誰もが産まれた時から思っていた。姉の優杞ゆうこは正直言ってこのちゃらんぽらんな弟には荷が重すぎると思っていた。
 けれど、誰よりもそう思っていたのは本人だったのだろう。背負わされた期待とも宿命とも戦って、折れずにこうして珪に対峙している弟を優杞は誇りに思う。
 
「黙れ!他所者が大きなお世話だ!里のことは我々が考える!雨都も、雨辺も──藤生も!鵺人ぬえびとに成り果てた者には任せられない!!」
 
 梢賢の真っ直ぐで真摯な思いに怯んだ珪は、それを打ち消すべく頭ごなしに否定した。もはや珪に誠実な思いは届かない。
 
「先にその減らず口から閉じてやる……」
 
 梢賢の出した糸が時間とともに緩んでいく。自由を取り戻した珪の右手は梢賢へと狙いを定めた。
 
「梢賢くん!」
 
「──くっ!」
 
 蕾生を支えなければならない永は咄嗟には動けない。蕾生も疲れ果ててしまっていて同様だった。
 
「梢賢!」
 
 鈴心は恐怖のあまり悲鳴をあげる。梢賢は己の非力さに呆れて目を閉じた。
 
「──!!」

 

 チィイイイ……ッ!
 青い鳥が高らかに叫んで飛び回った。
 梢賢に飛ばされた呪いの衝撃波は、対象に届く前に霧散した。

 

「──ッ!なんだ!?」
 
 呪詛を返された珪の手が赤く爛れる。激痛に顔をしかめて、珪はその術者を探した。
 
「お兄様!」
 
 鈴心の希望に満ちた声が響く。
 青い鳥を差し戻し、その肩にとめた皓矢が涼やかな顔で言った。
 
「込み入った話の最中に申し訳ない。僕の妹に血を見せる訳にはいかないのでね」
 
 どうやっても格好良くなる皓矢の言動は人智を超えているのかもしれない。永と蕾生は「お約束」を見せられた気分でシラーとしていた。







===============================
お読みいただきありがとうございます
感想、いいね、お気に入り登録などいただけたら嬉しいです!
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

【完結短編】ある公爵令嬢の結婚前日

のま
ファンタジー
クラリスはもうすぐ結婚式を控えた公爵令嬢。 ある日から人生が変わっていったことを思い出しながら自宅での最後のお茶会を楽しむ。

エレンディア王国記

火燈スズ
ファンタジー
不慮の事故で命を落とした小学校教師・大河は、 「選ばれた魂」として、奇妙な小部屋で目を覚ます。 導かれるように辿り着いたのは、 魔法と貴族が支配する、どこか現実とは異なる世界。 王家の十八男として生まれ、誰からも期待されず辺境送り―― だが、彼は諦めない。かつての教え子たちに向けて語った言葉を胸に。 「なんとかなるさ。生きてればな」 手にしたのは、心を視る目と、なかなか花開かぬ“器”。 教師として、王子として、そして何者かとして。 これは、“教える者”が世界を変えていく物語。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

私はもう必要ないらしいので、国を護る秘術を解くことにした〜気づいた頃には、もう遅いですよ?〜

AK
ファンタジー
ランドロール公爵家は、数百年前に王国を大地震の脅威から護った『要の巫女』の子孫として王国に名を残している。 そして15歳になったリシア・ランドロールも一族の慣しに従って『要の巫女』の座を受け継ぐこととなる。 さらに王太子がリシアを婚約者に選んだことで二人は婚約を結ぶことが決定した。 しかし本物の巫女としての力を持っていたのは初代のみで、それ以降はただ形式上の祈りを捧げる名ばかりの巫女ばかりであった。 それ故に時代とともにランドロール公爵家を敬う者は減っていき、遂に王太子アストラはリシアとの婚約破棄を宣言すると共にランドロール家の爵位を剥奪する事を決定してしまう。 だが彼らは知らなかった。リシアこそが初代『要の巫女』の生まれ変わりであり、これから王国で発生する大地震を予兆し鎮めていたと言う事実を。 そして「もう私は必要ないんですよね?」と、そっと術を解き、リシアは国を後にする決意をするのだった。 ※小説家になろう・カクヨムにも同タイトルで投稿しています。

死んだはずの貴族、内政スキルでひっくり返す〜辺境村から始める復讐譚〜

のらねこ吟醸
ファンタジー
帝国の粛清で家族を失い、“死んだことにされた”名門貴族の青年は、 偽りの名を与えられ、最果ての辺境村へと送り込まれた。 水も農具も未来もない、限界集落で彼が手にしたのは―― 古代遺跡の力と、“俺にだけ見える内政スキル”。 村を立て直し、仲間と絆を築きながら、 やがて帝国の陰謀に迫り、家を滅ぼした仇と対峙する。 辺境から始まる、ちょっぴりほのぼの(?)な村興しと、 静かに進む策略と復讐の物語。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

処理中です...