転生帰録2──鵺が嗤う絹の楔

城山リツ

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エピローグ

8-17 戦え

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「あの、八雲やくもおじさん……」
 
 一同が倉庫部屋を出ようとした時、瑠深るみが遠慮がちに声をかける。
 
「どうした、瑠深」
 
「その犀髪の結さいはつのむすびはどうなるの?」
 
「あぁ……これはぬえの妖気と慧心弓けいしんきゅうの神気を抜き出したらただの鉄棒になる」
 
「廃棄しちゃうの?」
 
 瑠深は寂しそうに尋ねる。兄の残した物が捨てられるのが辛いのだろう。
 
「むう……我ながら惜しいとは思うが、あまり良いものではなかったからな」
 
「それも、生まれ変われないの?」
 
 瑠深には特に妙案があった訳ではない。ただ、兄の証が何の価値もなく忘れられていくのが寂しかっただけだった。
 
 だが、それは八雲にとっては一つの兆しであった。
 
「む?──そうか」
 
「八雲さん、仕事が増えましたね」
 
 皓矢こうやも同じ事を察していた。
 
「そうだな」
 
「これは徹夜確定ですね」
 
 皓矢がニヤリと笑うと、八雲も少し笑った。
 
「ああ、そうしよう」
 
「?」
 二人の笑みは、何も察していない梢賢しょうけんに向けられる。
 
「梢賢、楓石かえでいしはあるか」
 
「そらもちろん」
 
「俺に託してはもらえないか?」
 
「ええ!?」
 
 驚く梢賢を八雲の次なる言葉が更に追い打ちをかけた。
 
「この犀髪の結をお前の呪具として生まれ変わらせる」
 
「えええっ!!」
 
 驚きながらも無意識にシャツの中にある楓石のペンダントを握る梢賢に、八雲は真っ直ぐ目を見ていった。
 
「お前はこの先、けいを探しに行くんだろう」
 
「そらまあ……」
 
「その過程で戦うこともあるだろう。その時、きっと役に立つ。頼む」
 
 八雲は頭を下げて言う。それに少し考えてから、梢賢は口を開いた。
 
「じゃあ、いっこ聞きたいことがあるんやけど」
 
「なんだ?」
 
「楓婆を石にしたのは、眞瀬木ませきなんか?」
 
「──」
 
 八雲は黙ってしまった。しかし梢賢は強く出る。
 
「どうなんや、ちゃんと答えてくれ」
 
 そして八雲は観念したように短く答えた。
 
「そうだ」
 
「やっぱり……」
 
「梢賢、楓さんがいた頃はおじさんはまだ生まれてないし、父さんだって──」
 
 瑠深がなんとかフォローしようと口を挟むも、梢賢は優しい目で首を振った。
 
「ルミ、オレは別に責めるつもりはないよ」
 
「え?」
 
「八雲のおっちゃん、当時のことは伝わっとるんやろ?」
 
 聞かれた八雲はゆっくりと話し始める。
 
「俺の聞いた話では、雨都うとかえでは鵺の呪いに当てられて亡くなった。その遺体は鵺の呪いを内包する貴重なものだ。当時の眞瀬木は惜しいと考えたんだろう。いつか役立つ日があるかもしれないと、眞瀬木随一の保存術が施されたそうだ」
 
「その感じだと、当時も眞瀬木に鵺肯定派がおったみたいやな。しかも上の立場の」
 
「そこまでは俺の口からは言えん。墨砥兄さんに聞いてみるといい」
 
「──いいや、そんだけわかれば充分や」
 
 八雲の言葉に誠意を見た梢賢は深く息を吐いて引き下がった。
 
「あの、その事を雨都の人達はご存知なんですか?」
 
 蛇足かもしれないけれど、はるかはその事が気になっていた。八雲は素直に教えてくれた。
 
「石化は雨都うとまゆみ立ち会いのもとで行われたそうだ」
 
「ばあちゃんは隠し事がうまいからなあ」
 
「……」
 
 苦笑する梢賢に、永はやはり余計な事を聞いてしまったかもと少し後悔した。
 
 そんな永の心配を打ち消すように微笑んだ後、梢賢は胸元からペンダントを取り出して、ジッと見つめた後首から外し八雲に差し出した。
 
「わかった。よろしく頼んます」
 
「承った」
 
「いいのか、梢賢?」
 
 蕾生らいおが遠慮がちに聞くと、梢賢はスッキリした顔で笑う。
 
「おう。言われた気がしてん。「戦え」って」
 
「楓サンは厳しいからねえ」
 
「子孫ならば余計でしょうね」
 
 永も鈴心すずねも、あの頃の楓を思い出している。梢賢はちょうどその頃の楓と同じ光を瞳に宿していた。
 
「よっしゃ、改めて言わしてもらうわ。ハル坊、オレも仲間に加えてくれ」
 
 願ってもないことではあった。
 けれど永には少し躊躇いがある。また雨都の人間を危険な目に合わせることになる。それが果たして正しいのか、永にはわからない。
 
 梢賢はそんな永の気持ちすらも見透かして、屈託のない笑みを向けた。
 
「鵺との問題はもう君らだけのもんやない。雨都にも因縁ができてしまいよった。きっちりケジメつけたるわ、楓の後継者としてな」
 
 その宣言を、蕾生と鈴心は力強く頷くことで受け止める。
 
「わかった。これからもよろしく」
 
「おう!」
 
 永も心を決めて右手を伸ばす。梢賢はその手をとって二人はがっちりと握手を交わした。


 
 その午後から翌一昼夜、八雲の作業場ではずっと灯りがついていた。







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