169 / 174
エピローグ
8-16 弓を呼ぶ
しおりを挟む
話題が一段落つくと、墨砥は大慌てで作業場を出ていった。康乃から剛太に継承された藤生の力を確認するためである。
図らずも父親に置いていかれた瑠深は少し場違いな気もしたが、八雲に声をかけた。
「それで、新しい弓はできそうなの?」
「うむ。この二つの鏃を使って鵺の妖気と慧心弓の神気を硬鞭から取り出す算段はついた」
すると横から皓矢が少しウキウキしながら口を挟む。
「弓本体はどうするんです?」
「まさか、一から作る……の?」
永も薄々勘付いていた不安を口にした。
「それが希望ならそうするが、三ヶ月以上かかる」
「やっぱり……」
がっかりと肩を落とした永の横で鈴心も残念そうにしていた。
「そんなにかかるものなんですね」
「竹曲げて、糸張ればいいだけなのにか?」
蕾生の迂闊な認識に、永が烈火の如く怒った。
「ライくん、なんてこと言うの!大昔の野蛮人じゃないんだよ!?職人さんへの侮辱です、謝りなさい!」
「す、すいません……」
だが八雲は涼しい顔で言ってのける。
「別に構わないが、一から作るのは最終手段だな」
「他に方法があるんですか?」
鈴心の問いに八雲は軽く頷いた。
「ここは眞瀬木が誇る武器工房だ。あらゆる武器の基礎まで作成したものは常にストックがある」
「え、じゃあ、弓も!?」
「もちろんだ。仕上げだけを残して作ってあるものが数本ある」
「うひょー!」
永はいつになく興奮しており、蕾生は思わず一歩引いてしまった。実はさっき怒られたのがだいぶ効いている。
両手を上げて喜ぶ永に、八雲は工房の奥を促した。
「その中にお前の手に馴染むものがあればそれを譲ろう、こっちだ」
永はスキップでも踏むような足取りで八雲についていく。
奥の間は完全に倉庫化しており、所せましといろいろな道具が置いてあった。
弓や杖、それから短剣などの武器はもちろん、衣服や一見日用品に思える皿や花瓶などあらゆる物品が棚に敷き詰められていた。
それでも雑然とした感じはなく、埃っぽさも感じられない。清浄な空気が満ちていた。
「これは、壮観だね」
「すごいです。全部八雲さんが作ったんですか?」
そこに入るなり、皓矢と鈴心は棚をぐるりと見回して感嘆の声を上げる。
しかし、八雲は平然と頷いただけだった。
「そうだが。弓はここだ」
倉庫部屋の奥、棚の中に整然と立てられた数本の弓があった。永はそこに近づいて溜息を漏らす。
「わあ、結構ありますね。どれがいいんだか……?」
「まず真っ直ぐ立って目を閉じ、精神を集中しろ。そうすると見えてくるものがある」
「はあ……」
言われて永は背筋を伸ばし、目を閉じた。
「……」
屋内なのに空気が綺麗だ。心が落ち着いていくのがわかる。
「……」
目を閉じているけれど、何かが見えた。小さな灯りが呼んでいる。
「……あ」
永はそこで目を開けて、棚の中から迷いなく一本の弓を取り出した。
まだそれは剥き出しの竹だったが、不思議と手に馴染む感覚があった。
「これ、気になるなあ」
「ふむ、それか。さすがだ」
「え?」
八雲は無表情だが、その言葉は確実に満足しているようだった。それで永は期待を込めて次の言葉を待つ。
「それは去年作ったものだが、最近では一番納得した出来のものだ」
「やった……」
永は手にした弓に既に愛着のようなものを感じていた。
「さすがハル様です」
鈴心も喜びながら永を褒め、蕾生も永ならこれくらいは当然と言わんばかりに大きく何度も頷いた。
「では早速始めましょう。すみませんが僕もあまり時間がなくて……」
腕まくりで皓矢が八雲を促すと、八雲も振り返って静かに頷く。
「む。そうか、そうしよう」
「わくわく!」
永は擬音をわざわざ声に出して、期待満面の笑みで二人を見ていた。
===============================
お読みいただきありがとうございます
感想、いいね、お気に入り登録などいただけたら嬉しいです!
図らずも父親に置いていかれた瑠深は少し場違いな気もしたが、八雲に声をかけた。
「それで、新しい弓はできそうなの?」
「うむ。この二つの鏃を使って鵺の妖気と慧心弓の神気を硬鞭から取り出す算段はついた」
すると横から皓矢が少しウキウキしながら口を挟む。
「弓本体はどうするんです?」
「まさか、一から作る……の?」
永も薄々勘付いていた不安を口にした。
「それが希望ならそうするが、三ヶ月以上かかる」
「やっぱり……」
がっかりと肩を落とした永の横で鈴心も残念そうにしていた。
「そんなにかかるものなんですね」
「竹曲げて、糸張ればいいだけなのにか?」
蕾生の迂闊な認識に、永が烈火の如く怒った。
「ライくん、なんてこと言うの!大昔の野蛮人じゃないんだよ!?職人さんへの侮辱です、謝りなさい!」
「す、すいません……」
だが八雲は涼しい顔で言ってのける。
「別に構わないが、一から作るのは最終手段だな」
「他に方法があるんですか?」
鈴心の問いに八雲は軽く頷いた。
「ここは眞瀬木が誇る武器工房だ。あらゆる武器の基礎まで作成したものは常にストックがある」
「え、じゃあ、弓も!?」
「もちろんだ。仕上げだけを残して作ってあるものが数本ある」
「うひょー!」
永はいつになく興奮しており、蕾生は思わず一歩引いてしまった。実はさっき怒られたのがだいぶ効いている。
両手を上げて喜ぶ永に、八雲は工房の奥を促した。
「その中にお前の手に馴染むものがあればそれを譲ろう、こっちだ」
永はスキップでも踏むような足取りで八雲についていく。
奥の間は完全に倉庫化しており、所せましといろいろな道具が置いてあった。
弓や杖、それから短剣などの武器はもちろん、衣服や一見日用品に思える皿や花瓶などあらゆる物品が棚に敷き詰められていた。
それでも雑然とした感じはなく、埃っぽさも感じられない。清浄な空気が満ちていた。
「これは、壮観だね」
「すごいです。全部八雲さんが作ったんですか?」
そこに入るなり、皓矢と鈴心は棚をぐるりと見回して感嘆の声を上げる。
しかし、八雲は平然と頷いただけだった。
「そうだが。弓はここだ」
倉庫部屋の奥、棚の中に整然と立てられた数本の弓があった。永はそこに近づいて溜息を漏らす。
「わあ、結構ありますね。どれがいいんだか……?」
「まず真っ直ぐ立って目を閉じ、精神を集中しろ。そうすると見えてくるものがある」
「はあ……」
言われて永は背筋を伸ばし、目を閉じた。
「……」
屋内なのに空気が綺麗だ。心が落ち着いていくのがわかる。
「……」
目を閉じているけれど、何かが見えた。小さな灯りが呼んでいる。
「……あ」
永はそこで目を開けて、棚の中から迷いなく一本の弓を取り出した。
まだそれは剥き出しの竹だったが、不思議と手に馴染む感覚があった。
「これ、気になるなあ」
「ふむ、それか。さすがだ」
「え?」
八雲は無表情だが、その言葉は確実に満足しているようだった。それで永は期待を込めて次の言葉を待つ。
「それは去年作ったものだが、最近では一番納得した出来のものだ」
「やった……」
永は手にした弓に既に愛着のようなものを感じていた。
「さすがハル様です」
鈴心も喜びながら永を褒め、蕾生も永ならこれくらいは当然と言わんばかりに大きく何度も頷いた。
「では早速始めましょう。すみませんが僕もあまり時間がなくて……」
腕まくりで皓矢が八雲を促すと、八雲も振り返って静かに頷く。
「む。そうか、そうしよう」
「わくわく!」
永は擬音をわざわざ声に出して、期待満面の笑みで二人を見ていた。
===============================
お読みいただきありがとうございます
感想、いいね、お気に入り登録などいただけたら嬉しいです!
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
エレンディア王国記
火燈スズ
ファンタジー
不慮の事故で命を落とした小学校教師・大河は、
「選ばれた魂」として、奇妙な小部屋で目を覚ます。
導かれるように辿り着いたのは、
魔法と貴族が支配する、どこか現実とは異なる世界。
王家の十八男として生まれ、誰からも期待されず辺境送り――
だが、彼は諦めない。かつての教え子たちに向けて語った言葉を胸に。
「なんとかなるさ。生きてればな」
手にしたのは、心を視る目と、なかなか花開かぬ“器”。
教師として、王子として、そして何者かとして。
これは、“教える者”が世界を変えていく物語。
【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました
いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。
子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。
「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」
冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。
しかし、マリエールには秘密があった。
――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。
未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。
「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。
物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立!
数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。
さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。
一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて――
「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」
これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、
ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー!
※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。
処刑された勇者は二度目の人生で復讐を選ぶ
シロタカズキ
ファンタジー
──勇者は、すべてを裏切られ、処刑された。
だが、彼の魂は復讐の炎と共に蘇る──。
かつて魔王を討ち、人類を救った勇者 レオン・アルヴァレス。
だが、彼を待っていたのは称賛ではなく、 王族・貴族・元仲間たちによる裏切りと処刑だった。
「力が強すぎる」という理由で異端者として断罪され、広場で公開処刑されるレオン。
国民は歓喜し、王は満足げに笑い、かつての仲間たちは目を背ける。
そして、勇者は 死んだ。
──はずだった。
十年後。
王国は繁栄の影で腐敗し、裏切り者たちは安穏とした日々を送っていた。
しかし、そんな彼らの前に死んだはずの勇者が現れる。
「よくもまあ、のうのうと生きていられたものだな」
これは、英雄ではなくなった男の復讐譚。
彼を裏切った王族、貴族、そしてかつての仲間たちを絶望の淵に叩き落とすための第二の人生が、いま始まる──。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる