#ダイエットは死語になりました

ダイナマイト・キッド

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#ダイエットは死語になりました

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 毎日毎日、まったく息苦しいったらありゃしない
 それはただ単純に僕が極度の肥満体型であるからだけではなく。今この御時勢がデブにとっては実に息苦しいことこの上ない、という意味もある。テレビのコマーシャルではダイエットサプリに血圧、血糖値、コレステロールを如何にかこうにかするものばかり。
 食べたい! でも、気になりますよね!?
 なんて。聞かれるまでもないことをイチイチ大袈裟で恩着せがましく押し付けてくる。そんなコマーシャルが果たして効果的なのかはわからない。雑誌やネットに見られるダイエット系の広告によれば世論も肥満には百害あって一利なし、それどころか万に一つも良いことなんかない! といった論調で埋め尽くされている
 僕に言わせてもらえばデブにはデブなりの、肥満には肥満体の数だけ理由がある。それだけをやり玉に挙げるならまだしも、それだけでこれまでの人生から人格まで何もかも否定されるような覚えはない……けど、世の中には自分が太っていないというだけなのにもかかわらず余計なことをのたまう奴が多い
 実際の話、痩せようとか鍛えようと思わせるような人はモノの言い方も心得ているとあって不快な言説は先ずしない。そうじゃなく、鍛えも痩せようともしていない奴に限って必要以上のデブ叩き、デブいじりをしてくる。そういう奴等はといえば別に太ってないだけで不細工に変わりはない。体重別の階級が違うだけで不細工ってジャンルは同じだぞ、と思うけど
 そういえばネットを見ていると僕みたいな顔をした痩せた男を三種のチーズ牛丼顔と呼ぶ人がいるがちょっと待ってくれ。奴等は確かに地味なうえに癖の強い顔をした不細工かもしれないが、僕ほど三種のチーズ牛丼は食べられないだろう。食べ物を不細工さに結び付けるような言い草も問題だとは思うが、三種のチーズ牛丼顔などと呼ばれるほど太っても居ないとは。中途半端な連中だ

 かくいう僕だって好きで太ったわけじゃないし、ただデブであること以上に文字通り息がつまるような思いをしてタバコをやめたせいでつまみ食いが増えて気が付いたらこんなになっていた、というだけのことだ
 元々大したスポーツ経験もなければ運動神経もない、単なる肥満体として生きて来た。子供の頃はクラスメイトからのイジメやイジリを受け、それを逆手にとってデブを自覚するという名の道化を演じることで克服してきたつもりだった
 だけど社会人になってからというもの、衆目に曝されたデブがこんなに惨めで醜悪だとは自分でも驚いたしショックだった。ただそれも一時的なもので、今度はデブに慣れてしまって痩せようと思っても中々痩せられなくなった。キツイ運動は大嫌いだし、だいいち食事制限をするほど生活に余裕なんかない
 好きで炭水化物や脂っこいものばかり食ってるわけじゃない、それが一番安くて量が多いから食べるしかないんだもん。そういう食べ物はコスパ、コスパというわりにしっぺ返しも大きいし、みんなそういう事実や組成には口を開けても目は瞑っているくせにデブになった他人だけはいっちょ前に叩きに来る
 結局ロカボだのグルテンフリーだの、カラダに優しい食べ物にはカラダに優しいっていう付加価値があるという建前で量は少ないし値段も高い。厳選素材とか地域限定とかの贅沢品や土産物と理屈が変わっただけでやってることはおんなじだ
 要するにダイエットもスローフードもロカボも何も贅沢ってだけなんだ。健康の為ではなく、健康そうに見せかけて買わせるための方便、贅沢品としてのステータスでしかない
 
 世の中には好きで太ってる人ばかりじゃない
 でも、他人の出来ない自己責任とか自己管理を指さすのが好きな世間の人々というのはそれを絶対に見逃さないし許さない
 そのくせ自分たちは何か失敗しても知らん顔、ツラの皮の厚みで言えば小心者のデブよりもずっと上だ
 そして二言目には、でも私はタバコを吸わない。太ってもいないと来る。自分の出来不出来よりも他人の粗探しの方が優先されている時点で知れているようなものだと僕は思うけど、デブがそれを言うと負け惜しみと言われるだけなのだ

 本当にダイエットなんか、誰が始めたんだか
 ダイエットなんかなくなれば、ダイエットなんていう概念が消えうせてくれれば、僕だってこんなに悩んだり心身両面で息苦しい思いをしなくても済むのになあ……

 五月初旬。大型連休も終わって少し世の中のムードが落ち着いて、梅雨前の僅かな過ごしやすい時期を惜しむように日々が過ぎてゆく
 初夏の清々しい空気も最寄駅から二度も乗り換えたら窮屈で猥雑な大混雑と満員電車で何処吹く風、そして僕は肥満体。赤の他人をよくもそこまで邪険に見れるものだ、という眼差しを浴びるか。それとも目の前でフーフー言って汗かいてるデブにすら無関心でイヤホンとスマホとマスクで完全防備してるか。都会の人間はどっちかだ
 朝、ギリギリの時間まで眠ってから目を覚まして身支度をし家を出る。私鉄とJRでそれぞれ一回乗り換えて都心に聳え立つ高層ビルの中に入っているオフィスに着く頃には汗だくだ。そのまま仕事をするので昼前には空腹で目が回って来ている。周囲の人間からは目が座ってきていると言われる

 お昼は近所の居酒屋が昼間のまかないアルバイトといった感じで店の外に出している黒板の日替わり定食か、それよりもう少し遠くにあるけど安くて量が多いお蕎麦屋さんチェーンに入って大急ぎで食べる。たまに会社の最寄り駅構内の地下にある飲食店街に行くこともあるけど、外回りのついでとか午後からあまり仕事がない時だけ。だけどそこでは洋食や回転寿司、中華バイキングもあって実に豊かな気持ちで午後のひと時を過ごすことが出来る
 独身で不細工、この顔とこの体系では当然ながら彼女もおらず、これといった趣味もない僕にとって食べることは道楽でもある
 このうえ食べることまで制限されたら、他にコレといった楽しみを持たないようにして生きてきた僕にはもうどうすればいいのやら。身の丈に合った生活のはずが、その身の丈をさらに一回り縮めさせられることほど惨めなことはないんじゃないか
 そんなことをボンヤリと考えつつ仕事をこなし、終わればまた満員電車を乗り換えて自宅まで歩く。途中、スーパーマーケットやお弁当屋さんで晩御飯を買っていくのを忘れずに。遅くなるとコンビニだ
 毎日、毎日この繰り返し。これ以上の運動や食事制限、食事療法をする余裕も何もない。ただ生きて生活するだけの暮らし。このどこにダイエットが入り込む隙間があるというのか
 今の生活は僕のサイズにピッタリ過ぎて、肉と脂肪でみっちり詰まった身の丈ジャストフィット
 生活が窮屈なせいなのか、窮屈な生活のせいなのかはわからないけど。いつの間にかそんな風になってしまって暫くになる

 一方で、僕の上司であるフジシロ課長は典型的な八頭身のモデル体型でおまけに顔もハンサムときている。彫が深く二重の優しい眼差しに低く心地よい声、優しくて頼りがいのある理想的な男性だ。よく若い女の子が言う
「おじさんが好き」
 の、そのおじさんにバッチリ当てはまるタイプと言えばわかりやすい。要するに清潔感のある人畜無害そうな優しい中年男性ってことだ。もう五十代に差し掛かるはずだが入社以来ずっと若々しく、肌もツヤツヤで髪の毛も多少グレーになったぐらいでふさふさしている。前世でどんな徳を積めばこんな風に産まれて育てるのだろう
 そのぐらい、男の僕から見てもカッコいいし、妬ましくもないくらいの人格者だ
 ただ時折会社の中でも汗くさいままフーフー言っているのを見て
「少しは痩せた方がいいんじゃないか、それも体調管理のうちだぞ。汗かいてエアコンつけると冷えるだろ?」
 と優しくもストレートに諭されてしまうこともあった。オフィスは冷房が効いているうえ当然ながら換気をしないので周囲からすればこんなポプリが設置されていたら嫌なことこのうえない。それに言い方が嫌味だったり怒鳴ったりしないので、僕も言われて嫌な気分にならない。やっぱりこの人はスマートだな
 見た目だけじゃなく考え方や話し方も
 とてもじゃないけど、叶わないや。別に対抗するつもりもないけど。世の中がひっくり返りでもしなきゃ追いつけないぐらいの差が付いていると、もうそんな風にしか思えなくなる

 そんな僕が風向きの変化を感じたのはそれから間もなくのことだった。ある日、仕事から帰ってきて点けたテレビ番組ではひな壇型のセットに太ったタレントがぎっしり並んでそれぞれ好きなラーメンのトッピングを語っていた
 こういう、自分の好きなものを喧々諤々と熱く語り合う系の番組は苦手だ。テーマが自分の好きなジャンルであれば猶更、そこに自分が参加していないで置き去りにされたまま向こうで盛り上がっているところを見せられても……テレビの前で身の置き場がなくなるだけに思えて仕方がない

 ある関西弁のタレントは
 豚骨ラーメンに紅しょうがという組み合わせがどうしても理解出来ないのに、なんであんなに美味しいのか!
 と声高に叫んだ。それに対して九州出身で小太りのお笑いもわかってそうな顔をした個性派俳優が呼応して熱弁をふるう。何もそんなに口角泡を飛ばして話すような事だとは思わないが、その場は盛り上がっているようだった。僕は力なくチャンネルを回し、電車の窓から世界を覗いて回る短い番組だけを見てスイッチを切った

 日頃からツイッターを見ていると真夜中なのにラーメンを食べたりコンビニで売っている脂っこいフライドチキンにカマンベールチーズを乗せていたりするけれど、自分が出勤して仕事してまた帰ってくるまでの間にそんなことをしている人も、してそうな人もいないし話題にもなっていない。ツイッターは大勢が発信しそれを受信する人も沢山いるけれど、決してそれが世間ではないんだなと実感している。それはこんな食べ物絡みのことから、もっと色んな話題にしても、だ

 だけどそれにしてもツイッターがデブに優しい話題で溢れている、少なくとも正統派の世間様での扱いに比べれば何倍も肯定してくれるということは……逆に言えばそれだけやっぱりデブに対する風当たりが強いということなのだろう
 考えてみればFacebookやインスタグラムでは細く加工した写真こそ載せても、太っている人が雑なメシや私生活をひけらかすことはあまりない

 スマートでスイートでセレブリティなフリをするのがFacebookで
 そのもうちょっと頭の軽いのがインスタグラムだろう

 だとしたらそのどっちでもなく、どちらからもハブられたりあぶれた奴が吹き溜まる場所こそがデブにとっては優しいぬるま湯であって然るべきだ
 それなのに最近ではツイッターでもデブには風当たりがきつい。自己管理だとか自己責任だとか、言う方ばかりが気持ちいいフレーズで見知らぬ匿名のアニメアイコンから後頭部を引っ叩かれて知らんぷりされている
 やれやれ、とスマホから目を上げた電車の広告には
「今こそ太れるサプリメント」
 という謳い文句。おや珍しい、と思ったのもつかの間
(どうせ奇をてらった新手のイケ好かない広告だろ)
 と思い直して、再びスマホに目を落とした。昨日の真夜中に背脂で煮詰めたようなラーメンを食っていたフォロワーが、自称・良識ある自然派の健康食主義者から句読点の狂ったリプライで袋叩きに遭っていた

 会社に着くと少し時間があったので飲み物とオヤツを買いにビルの一階に入っているコンビニへ立ち寄ることにした。オヤツと言っても朝10時だ。聞けば保育園の小さなお子様は15時と10時にオヤツを食べるという。大人だって頑張って働いているのだからオヤツを食べるべきだし、働いているぶんで相殺されてノーカロリーだ
 店に入ると青と白と緑でお馴染みのメロディが鳴る。狭い通路が通勤客で少し混みあっているのでぶつからないように気を使って歩く。普通の体型同士でもぶつかればトラブルになるのに、デブとぶつかりそうになると殊更イヤな顔をする奴が居る。気持ちはわかるが気分は良くない。だから最初から小さくなって歩くようになった。こういう狭い場所や、ごった返す駅のコンコースなんかじゃ猶更だ
 ちぢこめた肩から見上げるようにして目に入ったポップには
「肉! 脂! 具沢山のカロリー大感謝祭!!」
 の文字。テカテカした太い文字でデカデカと踊るように書いてある。そこには唐揚げを丸ごと一つ包んだおにぎりや、特大の豚の角煮入りおにぎり、さらにはマヨネーズマシマシのツナマヨマヨなどというおにぎりまでがズラっと並んでいる
 もちろんご飯も大・増・量!
 と、ご丁寧に迫力に満ちた魅力的きわまりないラインナップです! と言わんばかりのコメントまで添えて
 僕はデブだし世の中のぽっちゃりさん諸氏に偏見や奇異の目、誹謗中傷を向けるつもりはない。でもそれと同じだけ、過度にデブを礼賛したり肯定したりされるのも苦手だ。結局は身勝手なわがままでしかないのだが、じゃあ僕がこんなわがままボディになったのは自分のせいであって、それは重々承知しているし異論はない
 かと言って、こんな思いを抱えたわがままハートまで押し付けるわけにはいかないから……どっちみち肩身の狭い思いはする。そういう塩梅に世の中は出来上がってしまっている。広告とパリピとキャッチフレーズさえ揃えばそれが世論で、持ち上げられ、消費される。カロリーは消費どころか蓄積する一方だというのに
 結局こんな風な売り文句を添えられるとかえって買いづらくなるいつもの悪癖のおかげで買い物に時間がかかり、無駄にバランス栄養食やプロテイン飲料なんぞを抱えてオフィスに入ることになってしまった
 朝イチから社内は活気があり、既に口頭での伝達事項がデスクとパソコンの上空を飛び交っているのに電話のベルと受け答えが渾然一体となって如何にもデキるビジネスの現場と言う感じだ。僕はそこにぼんやりと這入り込んで席に着き、とりあえず買ってきたプロテイン飲料の蓋を開けてグビリと飲んだ。ヨーグルトのようなミックスジュースのような妙な味わいだが中々イケる
「おっ、珍しいもん飲んでるな」
 背後から肩をポンと叩かれて、そのままお肉を軽くにぎにぎされる。これはフジシロ課長がいつもやる動作だ。振り返ると今日もスマートで爽やかなフジシロ課長がニッと笑って僕の手元を見ている
「たまたま、買ってみちゃって」
 曖昧に笑う僕の肩を「今日も頼むぞ」とにぎにぎして、課長は懐から取り出したスマホの着信を受けつつ自分の席へ向かっていった
 なんとなく呆然とそれを見送って、僕も自分の仕事にとりかかった

 昼休みになったのでまた外に出た。ずっとオフィスの中に居ると幾ら先進的で清潔な空間であっても息がつまる気がして、どうにも社内の食堂や自分のデスクで食べようという気にならない。やはり気分転換も兼ねて、お昼ぐらいは外食したい
 大体いつも行くお店も幾つか決まってて気分で選ぶか空いてるところに入るようにしているんだけど、さて今日は……と第一候補にした居酒屋の昼営業を伺うとそこにも
「昼肉!」
「メガ盛り豚トロ丼(カレーも出来ます)」
 などと大書きされていて、歩道に並んだ派手な幟がビル風に吹かれてビラビラはためいている。午後の仕事が残っているのにそんなに食べたら頭がボケーっとしてしまうし、如何にもデブが喜びそう! と言われているみたいでなんだか気後れしてしまったまま僕は次の店を目指した。でも、二番手候補だったお蕎麦屋さんも
「天かすマシマシ」
「メガカツ丼」
 と来て、いよいよ時間も時間なのでそのまま店に入ったところ結構な人がそのマシマシやメガを頼んでは運ばれてきた料理の写真を撮ったり舌鼓を打ったりと楽しそうにやっている。またこれが名前に偽りなしのマシマシのメガで、如何にも写真映えしそうな見た目をしている。相変わらずの悪癖でついつい
「あの、んと、鴨せいろ定食で……」
 と普段なら割高で量が少ないと選考外だったものを注文し、店員にも自分と同じぐらい意外そうな顔をされてしまった。そして案の定それでは物足りず、気分も胃袋も腹六分目のままオフィスに戻った。周囲のデスクでも何処其処の店の大盛が不服で、とか、あそこのランチバイキングが、という話で持ちきりだった

 気が付くと世の中はすっかりデブがブームとなっており、雑誌もテレビも飲食店のメニューも軒並みデブ礼讃のカロリーてんこ盛りメニューをこぞって並べるようになっていた
 そんな雑誌やテレビ番組に出演し、飲食店に取材に行くのもぽっちゃりしたタレントや俳優、お笑い芸人たちで、可愛い女の子からイケメンまで居たアイドル事務所からも次々にぽっちゃりアイドルが誕生し世間を賑わせた
 テレビコマーシャルもダイエットサプリや低カロリー食品、トクホのお茶などから
「ひと粒1000キロカロリー」
のキャッチフレーズに、へそ出しデブのランナーが汗だくになっているパッケージのキャラメルをはじめ
「脂肪を燃やさず便秘を解消」
「本場アメリカンサイズ!」
 など、すっかり逆転現象が起こっている。またそれを手のひらを返したように平然と流され続けるとヒトもそちらに流されるのか街中でも以前よりぽっちゃりした人をよく見かけるようになった

 駅のホームやオフィス街のビルに掲げられた美容整形の広告からは痩身、ダイエット、脂肪吸引などの文字が消えた
 エステサロンは困るだろうと思ったら「食欲増進」「血流とリンパの流れを改善し消化吸収率アップ!」とアプローチを変えてきた
 ファッション業界もそれに追随するように大きなサイズの商品を続々と展開、例によってぽっちゃりしたアイドルやタレントたちがモデルを務めニッコリ微笑んでいる
 極めつけはそれまでも沢山出されていたファストフードや居酒屋チェーン、大手食品メーカーなどの広告で、ここぞとばかりに高カロリー系メニューを前面に押し出してきた
 食え、太れ、そして着飾れ!
 世の中が全力で太らせに来ている。それも、それまで太っていることに対しては必要以上に攻撃的に批判するか、そうでなくともマイナス方面の偏見を無意識のうちに植え付けられていたであろう層がこぞってデブを肯定し始めた
(これはいったいなんなのだろう)
 戸惑いながら、受け流しながら僕は日々を過ごした。通勤中や昼時の飲食店で、オフィスで自分に向けられる世間の視線や意識というものが果たして以前とは変わって好意的になっているのか。それとも依然として僕のような人間に対しては否定的であるか路傍の石くらいにしか思われていないのか
 その見極めが難しいというか、億劫で、僕にとってのデブブームは実に迷惑というか、居心地の悪いものだなあと思うばかりだった
 冬は暖房代が節約できる! ダイエットの必要がなく苦痛のない人生!!
 デブ礼讃はその年の梅雨を過ぎても止むことはなかった。どうせ自然に淘汰されるだろう、何しろデブにとっては初夏から既に夏なのだ。ホントに真夏が来たら嫌でも収束するに違いない。長年ナチュラルデブとして過ごしている僕はそう確信していた
 だが現実はといえば諦めの悪い御仁が居るのか、驚くべきコマーシャルを打ち始めた
「汗香る季節!」
「男のハートは背中で見せる」
「ROKOTU新発売!」
 今までデオドラントと言えば制汗と消臭だったものが全く逆に汗の匂いをシトラスやバラ、ヤンキー先輩のスカイラインみたいなバニラとココナッツの香りにするサプリメントが発売され、
 背中に汗ジミでハートマークや星型、果ては簡単なメッセージを作れるシャツが売り出され、
 豆乳ではなく高脂肪の牛乳をふんだんに使ったアイスクリームが金賞を獲得した
 
 要するに真夏の太陽にもめげずブームは去らなかった。それどころかフジシロ課長との立場も逆転、ブームに乗って太り始めた同僚に
「フジシロさんもあの人(僕だ)くらいのプロのデブになったらどうすか?」
などと言われていて、やり玉に挙げられた僕の方は居心地が悪いったらない。フジシロ課長はと言えば相変わらずスマートで、僕の方を見て
「オレもプロテインでも始めるか!」
 と言って笑っている。本来そもそも魅力的な人は、体脂肪や筋肉量の大小ぐらいでそれを損ねることなんてないのだなと思うが、どうも広告主の向こう側にいる連中と言うのはいつの時代もそうではないらしい。現に今たまたまデブが流行っているだけで、その少し前までは真逆の事を躍起になって宣伝していたわけだし……

 そのまま夏が去っても、秋が深まってもブームは去らずより深化していった。もはやデブ産業とでもいうべきジャンルが確立され、世間にはデブが二割か三割増えていた。そしてその分、通勤時における苦痛は以前の数倍以上になり汗と二酸化炭素の充満する満員電車に辟易していたある朝のことだった。山手線のドア上に設置されたモニターに映し出されたのは新発売のデブサプリ
「飲むだけでカロリー爆上げ、新カロボム!」
「バター300個分のカロリー! カロナミンD」
 の広告だった。そしてこのブームの起爆剤にもなった商品が、去年発売されたカロボムだったのだ。僕は例によってその太ったラジオパーソナリティが何やらまくし立てている広告ムービーをボンヤリと見流して電車を降りた

 昼休みにネットニュースを見ると、ここでも新商品の発売を前に開発者のインタビューが載っていた
 それを読んで、このカロボムシリーズの開発者が小学生のころ、自分を散々デブデブといっていじめてきた同級生だったことを知る。アイツは毎日毎日飽きもせず、僕を見るたびに揶揄したり腹をつまんだり、姿が見えないと探し出してまで蹴飛ばしてくるようなやつだった。何処にでもいる騒がしくてつまらない乱暴者で、まさかこんなスーツにオールバックヘアーでカチっと固めた姿になっているとは。念のためにと記事の最後尾にある開発者のプロフィールを見るとやっぱりアイツだった
 そしてインタビューでは、サプリの開発に至った発想とその秘話とやらが紹介されている

 自分は小学生のころ、同級生で太った子をいじめていたんです。でね、ある日それを咎めてくれた女の子のことが好きになってしまって。それで太った子をいじめるのもやめたんですよ。でもずっとあの子の事は胸の中に残ってまして、それが高校に入って再会。紆余曲折あって付き合い始め、社会人になって結婚したら彼女もぽっちゃりし始めた。やがて妻は妊娠、出産を経て体型は戻らなかったんですが、それでも僕の中での妻への愛情が変わらなかったんです。むしろ変わったのは自分の方で、かつて自分がいじめてしまった彼のことを思い出したんです。
 そこで考えたのは
 太っていてもいいじゃないか、痩せることばかり考えて頭でっかちになっている今の常識を変えたい。そう思って開発した商品だった
 彼のことは今でも、商品を見つめるたびに思い出します……

 とインタビューは結ばれている。随分と虫のいい話で、しかも向こうはヒット商品の開発者であり自分は今でも体系を維持している。わかってて売ってるんだ

 それを読んで以来、前にも増してこのブームに冷めていた。そしてある日、田舎の実家から荷物が届いた。結構ずっしりと重たいのでお米でも送ってくれたのかと思い開封すると、広告で散々見慣れたパッケージと一枚の手紙が入っていた
 例のサプリを開発したアイツからお詫びに、と大量のサプリメントがどっさり送られてきたのだという

 僕は元から太ってるよ!! 大きなお世話だ!
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