不定期エッセイ キッドさんといっしょ。

ダイナマイト・キッド

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うしなわれしきおく。

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部屋の壁掛け時計が壊れた。秒針を動かすための歯車が滑るようで、小刻みに痙攣している。今までなら電池がなくなってくるとこうなったので今回もそうだと思って単三電池を入れ替えてみた。が、3日も持たずにまた同じような症状が出た。

限界、か…?

思えば多分、20年は軽く使っている。いや、我が家に新しいお父ちゃんが来た時分に買ったからもっとかもしれない。ホームセンターでなんとなく選んだやつだったから、大変な長持ちさんだった。

新しいお父ちゃんが来たのは私が11歳ぐらいのときだったと思う。
8歳で両親が離婚し、もともと母方の実家で暮らしていた私は特に何の変化もなく…むしろ家庭内暴力や暴言などが少なくとも毎日のことではなくなり平和になった。
まあそれ以降も週末だけ生贄のように泊まりに行かされたりして地獄はそれなりに続くのだが、それはさておき。いつの間にかウチに出入りするようになった佐藤さんという人が、そのままお父ちゃんになった。絵に描いたようなダメ男だったが、絵に描いたようなイケメンでもあった。
どれぐらいイケメンかというと、その家庭内暴力男のマンションに乗り込んで直談判し、当時まだ小学校6年か中学1年ぐらいだった私を守ってくれたこともあった。
そんな酒と女性には随分ヨワイが喧嘩と度胸は一級品な昭和の愛すべきダメ男は、母にならってテルさん(名前がテルユキさんだった)と呼ばれるようになった。すぐ我が家にも溶け込み、料理が得意で働き者で、多額の借金があった。駅前でバーを経営していたが潰してしまい、家賃が払えなくてアパートにも帰れず、我が家に拾われてきた……というのがコトの真相だった。

で。
元々あった祖父の書斎(デカいタイプライター?みたいなのがあった)を使った私の部屋を和室に移すことになった。多分それが中学1年とか2年ぐらい……だったと思う。
物置になってた旧家屋へ続く廊下にあったその小部屋は隣の部屋を使っていた妹の通り道でもあり、まあ中学生男子としては夜間のプライバシーを確保したかったのだ。
そこで家移りに必要な本棚とかカーペットとかを買いに行ったのだが、そこでなんとなく目に留まった時計をほしいと行ったらテルさんが「この際だから時計ぐらい買ってやろうよ」と言ってくれた。オカネを出してくれるのは祖母だったと思うが…部屋に時計の一つも無いでは不便だろうと買ってくれた。

秒針がカチコチ鳴らずにスーッと動くので静かで、とても気に入っている。
正直今でも簡単に直るなら直して使いたいが、きっと買ったほうが安上がりなんだろうな…とも思っている。
けどこの何の変哲もない、きっと同じものが同じ時期に沢山あったであろう時計が昨日や今日まで形を留めて役目を果たし続けていたことも大したもんだと思う。
すぐに捨てるのはしのびないから、あきらめがつくまでどこかに安置しておこうか。

テルさんはその後、お酒で体調を崩して我が家を出ていった。母いわく、それでも酒が辞められず、家族と酒とどっちを取るのかと言われても遂に「酒を辞める」とは言えなかったらしい。暫くしてアルコール依存の治療のため閉鎖病棟に入ったときも見舞いに行ったし、退院後も用事を頼まれたり相談事をしたりで付き合いは続いていた。
数年前、仕事中に倒れてからはガタガタガタっと色んな病気にかかってしまった。すでに内蔵がボロボロだったのだ。結果それで酒を飲むことが出来なくなり、浮いた酒代でハーレーを買って我が家に乗り付けてきた。それが、多分テルさんと会った最後だった。

死ぬ寸前には、もう長くないから旅行に行きたい。一緒に行ってくれと母に連絡が来ていたらしい。だけど、それも叶わなかった。
そのテルさんが買ってくれた時計が、ついに壊れた。
勘違いで、生協のアルカリ電池じゃなくどっかのマンガン電池入れたらアッサリ動かないかな…と、これを書き終わりそうな今も薄っすら思っている。

どうしようかな。直しに持っていこうかな…。
なんだか最後の時間が止まってしまうようで、ちょっと感傷的になった日曜の朝でした。
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