285 / 1,319
第278回。新潟走行記 前編
しおりを挟む
2014年9月13日。
プロレスを見に愛知県から新潟県まで走った話。
ついにこの日がやって来た。
2014年9月14日開催
松山勘十郎デビュー10周年凱旋記念公演
田上プロレス祭
である。
場所は松山勘十郎さんの故郷・新潟県は南蒲原郡田上町。
グーグルさんに聞いてみると、我が家から体育館まで約500キロ。順調に走っても6時間少々の道のり。
自動車で、自分一人で行くのでは過去最長距離である。
しかしこの場合「行けるのか」いや「行くのか」という疑問や逡巡の入り込む余地は微塵もないのである。
この公演が決まった時、私は「行く」と決めたのだ。
そうして9月13日の午後15時20分ごろ、いよいよ我が愛車のエンジンは唸りを上げ、ウルトラ警備隊のポインター号よろしく轟音と共に走り去ったのである。
まずは給油。
行きつけで元バイト先のガソリンスタンドで新潟まで行くと言うと
「バカかお前!」
「死ぬなよ」
「よーやるわ!」
と褒められる。空気圧をやや高めにして再び出発。
16時30分、愛知県は岡崎インターから東名高速下り線へ。
豊田ジャンクションからちょっとだけ伊勢湾岸自動車道、さらに東海環状道、土岐ジャンクションからは中央自動車道へ。
土岐市と言えば!あの!破壊王!橋本真也さんの生まれ故郷。
浅草キッドの玉袋さんが言ってたが、プロレスマニアのガキは地理地名もプロレスで覚える(ハーリー・レイスが居なかったらミズーリ州なんか一生知らなかったという名言)ってあれホントだな。私もプロレスラーの出身地と地図を照らし合わせては数学の時間をやり過ごし、セントルイス、ティファナ、リバプールなど街の名前を地図上で探しては数学の時間を切り抜けていたものだ。
そんな土岐ジャンクションに差し掛かる頃、電光掲示板には
「土岐IC~瑞浪IC 事故渋滞」
の文字が。
ありゃー迂回するかな……でも国道19号線通るんじゃ一緒か。まあいいや、なんとかなるだろう。
これが間違いの元であった。
その表示通り土岐インターの手前できっちりドン詰まり。
そして瑞浪インターまでの数キロを、この後みっちり2時間半かけてゆっくり進むことになろうとは、私も、重低音を響かせて歌うジェイムズ・ラブリエも知る由は無かったのである。
渋滞のお供には重低音。
Six Degrees Of Inner Turbulence
という、DREAM THEATERの素晴らしいアルバムがあるのだが、この2枚組のCDのうち2枚目を2周、1枚目もひと回りして漸く渋滞を抜けたのだから参った参った。私がソリタリィ・シェルに籠りたかったよ。
あのアルバムの「ザ・グラス プリズン」という曲はアルコール依存症との戦いを描いたものらしいが、私もこの曲を聞きながら自らの内面から湧き上がる熾烈な戦いを繰り広げていた。
そう、己の中に湧き上がる猛烈な尿意と。
そっちに意識を集中するあまり土岐インターを通過してしまい、もはや膀胱はショート寸前、ハートは万華鏡。
何度となくもうダメかと思ったが、事故現場が瑞浪インターの出口と入口の間だった(移動させたのかな?)ため、瑞浪インターの出口へ誘導しつつ料金所の手前から再び本線に戻るようになっていた。これで漸く先へ進める!
という訳でパーキングエリアにあるトイレにやって来たのだ。
屏風山PAという所で、まあみんな考えることは同じなのか、食堂と便所が随分と混み合っておりました。子供の頃におぼろげな記憶にあるディズニーランド並みであった。
先は長い。
無事身を清め、飲料水と食糧の補給をして出発。
やがて長野県に入る。ここからが長いの。長野ってほんと、長いの。
辰野と言う表示を見て、愛知県民からしたら地の果て程遠く感じた場所を目の当たりにする。一度山梨へ行ったことがあってその時にも同じように思ったんだけど、飯田線という鉄道ファンにはおなじみのローカル線が我が豊橋市から出ていて、その終着駅がここ辰野。
お爺ちゃんが新婚旅行で東京へ行って、帰りに辰野から豊橋まで(つまり始発駅から終着駅まで)帰るのに各駅停車で7時間かかったという話を聞いたことがあった。しかも途中には近年有名になった秘境駅なんてのもいくつか存在するぐらいだ。
それと思えば、まあ自分の配分でここまで走れるだけマシかなあと考えている時点で、距離と時間に関するパッキンが結構な勢いでバカになってきている。
駒ヶ根の辺りで、急に空や山肌がピカリピカリと光り出した。
すわナニゴトカ!いよいよバルタン星人でも攻めて来たか、それとも黒十字軍とショッカーが手を組んだか、と思ったら豪勢な花火だった。
時間も遅かったので、あれが最後の山場だったのだろう。
その後、岡谷ジャンクションから長野自動車道へ。
キツイ旅だぜ、お前にわかるかい?
あれだけさんざっぱら走ったのに、まだ新しく出てきた道が
「長野自動車道」
だぜ。
このまま中央道を進めば、すぐ諏訪湖。日本のスイスと言われていて有名な時計メーカーの工場があったりするほど空気の良いところだ。
数年前山梨へ向かう際に、やはり夜ここを通った。
その時に見た夜景が素晴らしくて忘れられない。
無数の灯りが山肌のはるか高くまで輝き、それが漆黒の湖に反射して揺れている様は実に幻想的であった。じっと見ていると本当に幻想の世界へ逝ってしまうので横目で見ただけではあったが……。
長野を走っていて思うのが、この夜景の素晴らしさだ。
何処をどう走っても周囲を山に囲まれてはいるが、中々どうして平野も広い。
なので、拓けた土地から山肌に向かって伸びる宝石の絨毯みたいな灯りの数々は迫力がある。実際はなんてことのない生活の灯りなんだろうけど、それがまたこうして集まってみると見ものになるのだから不思議である。
長野自動車道は高い所を走るおかげか、こういった景色が良く見える。
夜景を売りにしてはどうかと思ったが運転手があまり気を取られるのはよくないか。
梓川サービスエリアで晩御飯。
鹿肉まん、と言うのがあったので食べた。美味かったがおやきも食うべきだったかなーと思いつつ帰りも同じ梓川サービスエリアに寄ったが結局おやきのおの字も食わなかったことは内緒だ。
鹿肉まん と かき揚蕎麦。
温かい料理が身に染みる。
深夜だがお土産を買いに行った売店のおばちゃんはとても親切であった。
梓川を超えると安曇野。
愛知県民からしたら「ブラックマッペもやし」か「ちょっと高いヨーグルト」でしか見ない名前だ。
この辺りは山と谷ばかりで自動車で走り抜けるのだって一苦労だというのに、馬か人力車ぐらいしかない時代に殿様をやっていた武田信玄さんと言う人は大した人だなあ。
更埴(こうしょく、と読む)ジャンクションから漸く上信越自動車道。
まだ信州の「信」という字が入っているから長野県なんだぜ、すっげーよ長野。
この期に及んで漸く姿を現した長野インターなどという看板を尻目に北へ、北へ。
そうして漸く入った新潟県。
上越ジャンクションから北陸道へ。
やった。
新潟だ。松山勘十郎さんを応援するようになってからいつか必ず訪れると思っていた約束の地へ、ついにやってきたのだ。
ここまで来るのにも高速に乗れば大渋滞をし、走っても走っても長野大迷宮は私を放してくれず、武田が上杉どっちかに呪われてやしないかと思うぐらい色々あった。
が!私は覚悟を決めていたのだ。たとえ武田騎馬隊一万人の怨霊にとり憑かれようと、女性説どころか超絶ギャル化した上杉謙信に
「テカ生理的にマヂ無理なんですケド(ワラ」
とデコりまくりのスマホ片手にエクステいぢくりながら存在ごと全否定されようと私は新潟へたどり着くつもりであったのであって、そして本当にたどり着いたのだ。
大潟(おおがた)パーキングエリアは便所と伊藤園の自販機が置かれただけのこじんまりした場所だった。車もまばら。
私はそこに静かに入り込み、持参したジャージと長袖Tシャツに着替えると後部座席を倒してごろりと横になった。
明日(いやもう今日)は田上プロレス祭。
その為に私は、今此処に居るんだ。
そう思うとワクワクして仕方が無く、約2分ほどで眠りに落ちた。
翌朝。
6時ごろ目が覚める。
さすが北陸は冷える。
というかもう寒くて起きた。
思えばタオルケットを忘れたのがマズかった。
仕方がないので昼寝用の腹掛けにと置いてあった防寒着と、小さなブランケットをかぶったがやはり寒い。
エアコンを少し入れて温まったら切って寝ようか。
そう思って次に目が覚めたら3時間経っていましたおはようございます。
新潟県は快晴。
寝起きの顔は浮腫んでいました。
身体をほぐし、身を清め、いざ出発。
此処まで来たら田上町はすぐそこだ。
北陸道を進むと、関越道と言う表示が出る。
東京から来るとここへ当たるのだろう。
ああいよいよ自分の知らない街を一人で走るんだなあ。
ここ数年、知ってる道しか走ってこなかったから新鮮で。
米山サービスエリアで見た日本海も綺麗でねえ。
ついつい朝ご飯をもりもり食べてしまったよ。
海鮮かき揚丼(またかき揚食ってるよこの人)と、番屋揚げ。
大変おいしゅうございました。
米山から三条燕インターまではすぐでした。
日本海を離れ、山がちな街へ入っていきます。
のどかな田園の向こうにうっすらと街並みが。
遠くの山には雨雲がかかっております。
三条燕インターは中々の都会。
新幹線の停まる燕三条駅には宿泊施設も色々と……ああ此処に泊まればよかったのではないかと言う脳内のミニマム長老会議を黙らせ、インターを降りて県道1号線を進む。
しばらく道なりに川沿いを走る。ぐんぐん街が遠ざかって、田んぼの中を進む。
加茂市に入ってすぐ、道路の片隅に小さな看板が立っていて
「田上町」
と書かれていた。今度こそ本当にやって来たのだ。
田上町町役場周辺で写真を撮る。
田んぼの中をまっすぐ伸びる道。田上、と言うだけあって本当に田んぼが多くて、私のふるさとよりも一つ辺りの田んぼが大きい。
そこから田上町民体育館は目と鼻の先だった。
自動車で周囲を少し走ってみる。工務店、酒屋さん、コンビニ、化学工場、色んなお店や会社があってそこはどこも変わらない事であって。
でもそのどれか一つにでも松山さんが就職なり跡を継ぐなりしていたら、今私はこうしていることは絶対ないわけで。
この9年の歳月は此処から始まっていたのだなあと思うと感無量である。
指定の駐車場には数名の警備員さんが。
みんな親切でにこやかな方々でした。
徒歩で酒屋さんに。藤次郎さん。
店先にはポスター、レジ前にはフライヤー。
新潟のお酒を買う。フライヤーを頂いてくれば良かった。
少し陽射しが暑い。
体育館までの長くのんびりした坂道をポクポク歩く。
普通の民家が立ち並ぶ静かな住宅街だ。この平和な風景の中の、古びた体育館。
丸っこい屋根、公共融資を受けたという金属板、何処にでもある体育館。
この中で今日行われるのが田神町初のプロレスで、そこにはデビュー10周年を迎える男が凱旋してきて、それを追いかけてこんなバカがやってきている。
開場前だが、すでにお客様がちらほら。バスツアーの方だろうか。
松山さんの本拠地・大阪での興行で頻繁にお見かけする面々だ。
話題は専らプロレス。着ているシャツもプロレス。なんだったら結構マニアックなものまである。
坂道の途中ですれ違った人が、なんと闘龍門Tシャツ。
どこで買ったのだろう。思わずお互いに目が合ってしまい会釈をする。
私は一人でプロレス会場に居て、いろんな人たちの話を聞いているのが好きだ。
プロレスに肯定的な話、批判的な話、思い出話、顔見知りになったレスラー・関係者との雑談などがなんとなく聞こえてくる。
たまに訂正したくなるのが困る(笑)いやいやそれはティム・ウッズだ、とか。
開場を待つ間、そんな風に他の皆さんの声に耳を傾けて過ごしておりました。
後編に続く。
プロレスを見に愛知県から新潟県まで走った話。
ついにこの日がやって来た。
2014年9月14日開催
松山勘十郎デビュー10周年凱旋記念公演
田上プロレス祭
である。
場所は松山勘十郎さんの故郷・新潟県は南蒲原郡田上町。
グーグルさんに聞いてみると、我が家から体育館まで約500キロ。順調に走っても6時間少々の道のり。
自動車で、自分一人で行くのでは過去最長距離である。
しかしこの場合「行けるのか」いや「行くのか」という疑問や逡巡の入り込む余地は微塵もないのである。
この公演が決まった時、私は「行く」と決めたのだ。
そうして9月13日の午後15時20分ごろ、いよいよ我が愛車のエンジンは唸りを上げ、ウルトラ警備隊のポインター号よろしく轟音と共に走り去ったのである。
まずは給油。
行きつけで元バイト先のガソリンスタンドで新潟まで行くと言うと
「バカかお前!」
「死ぬなよ」
「よーやるわ!」
と褒められる。空気圧をやや高めにして再び出発。
16時30分、愛知県は岡崎インターから東名高速下り線へ。
豊田ジャンクションからちょっとだけ伊勢湾岸自動車道、さらに東海環状道、土岐ジャンクションからは中央自動車道へ。
土岐市と言えば!あの!破壊王!橋本真也さんの生まれ故郷。
浅草キッドの玉袋さんが言ってたが、プロレスマニアのガキは地理地名もプロレスで覚える(ハーリー・レイスが居なかったらミズーリ州なんか一生知らなかったという名言)ってあれホントだな。私もプロレスラーの出身地と地図を照らし合わせては数学の時間をやり過ごし、セントルイス、ティファナ、リバプールなど街の名前を地図上で探しては数学の時間を切り抜けていたものだ。
そんな土岐ジャンクションに差し掛かる頃、電光掲示板には
「土岐IC~瑞浪IC 事故渋滞」
の文字が。
ありゃー迂回するかな……でも国道19号線通るんじゃ一緒か。まあいいや、なんとかなるだろう。
これが間違いの元であった。
その表示通り土岐インターの手前できっちりドン詰まり。
そして瑞浪インターまでの数キロを、この後みっちり2時間半かけてゆっくり進むことになろうとは、私も、重低音を響かせて歌うジェイムズ・ラブリエも知る由は無かったのである。
渋滞のお供には重低音。
Six Degrees Of Inner Turbulence
という、DREAM THEATERの素晴らしいアルバムがあるのだが、この2枚組のCDのうち2枚目を2周、1枚目もひと回りして漸く渋滞を抜けたのだから参った参った。私がソリタリィ・シェルに籠りたかったよ。
あのアルバムの「ザ・グラス プリズン」という曲はアルコール依存症との戦いを描いたものらしいが、私もこの曲を聞きながら自らの内面から湧き上がる熾烈な戦いを繰り広げていた。
そう、己の中に湧き上がる猛烈な尿意と。
そっちに意識を集中するあまり土岐インターを通過してしまい、もはや膀胱はショート寸前、ハートは万華鏡。
何度となくもうダメかと思ったが、事故現場が瑞浪インターの出口と入口の間だった(移動させたのかな?)ため、瑞浪インターの出口へ誘導しつつ料金所の手前から再び本線に戻るようになっていた。これで漸く先へ進める!
という訳でパーキングエリアにあるトイレにやって来たのだ。
屏風山PAという所で、まあみんな考えることは同じなのか、食堂と便所が随分と混み合っておりました。子供の頃におぼろげな記憶にあるディズニーランド並みであった。
先は長い。
無事身を清め、飲料水と食糧の補給をして出発。
やがて長野県に入る。ここからが長いの。長野ってほんと、長いの。
辰野と言う表示を見て、愛知県民からしたら地の果て程遠く感じた場所を目の当たりにする。一度山梨へ行ったことがあってその時にも同じように思ったんだけど、飯田線という鉄道ファンにはおなじみのローカル線が我が豊橋市から出ていて、その終着駅がここ辰野。
お爺ちゃんが新婚旅行で東京へ行って、帰りに辰野から豊橋まで(つまり始発駅から終着駅まで)帰るのに各駅停車で7時間かかったという話を聞いたことがあった。しかも途中には近年有名になった秘境駅なんてのもいくつか存在するぐらいだ。
それと思えば、まあ自分の配分でここまで走れるだけマシかなあと考えている時点で、距離と時間に関するパッキンが結構な勢いでバカになってきている。
駒ヶ根の辺りで、急に空や山肌がピカリピカリと光り出した。
すわナニゴトカ!いよいよバルタン星人でも攻めて来たか、それとも黒十字軍とショッカーが手を組んだか、と思ったら豪勢な花火だった。
時間も遅かったので、あれが最後の山場だったのだろう。
その後、岡谷ジャンクションから長野自動車道へ。
キツイ旅だぜ、お前にわかるかい?
あれだけさんざっぱら走ったのに、まだ新しく出てきた道が
「長野自動車道」
だぜ。
このまま中央道を進めば、すぐ諏訪湖。日本のスイスと言われていて有名な時計メーカーの工場があったりするほど空気の良いところだ。
数年前山梨へ向かう際に、やはり夜ここを通った。
その時に見た夜景が素晴らしくて忘れられない。
無数の灯りが山肌のはるか高くまで輝き、それが漆黒の湖に反射して揺れている様は実に幻想的であった。じっと見ていると本当に幻想の世界へ逝ってしまうので横目で見ただけではあったが……。
長野を走っていて思うのが、この夜景の素晴らしさだ。
何処をどう走っても周囲を山に囲まれてはいるが、中々どうして平野も広い。
なので、拓けた土地から山肌に向かって伸びる宝石の絨毯みたいな灯りの数々は迫力がある。実際はなんてことのない生活の灯りなんだろうけど、それがまたこうして集まってみると見ものになるのだから不思議である。
長野自動車道は高い所を走るおかげか、こういった景色が良く見える。
夜景を売りにしてはどうかと思ったが運転手があまり気を取られるのはよくないか。
梓川サービスエリアで晩御飯。
鹿肉まん、と言うのがあったので食べた。美味かったがおやきも食うべきだったかなーと思いつつ帰りも同じ梓川サービスエリアに寄ったが結局おやきのおの字も食わなかったことは内緒だ。
鹿肉まん と かき揚蕎麦。
温かい料理が身に染みる。
深夜だがお土産を買いに行った売店のおばちゃんはとても親切であった。
梓川を超えると安曇野。
愛知県民からしたら「ブラックマッペもやし」か「ちょっと高いヨーグルト」でしか見ない名前だ。
この辺りは山と谷ばかりで自動車で走り抜けるのだって一苦労だというのに、馬か人力車ぐらいしかない時代に殿様をやっていた武田信玄さんと言う人は大した人だなあ。
更埴(こうしょく、と読む)ジャンクションから漸く上信越自動車道。
まだ信州の「信」という字が入っているから長野県なんだぜ、すっげーよ長野。
この期に及んで漸く姿を現した長野インターなどという看板を尻目に北へ、北へ。
そうして漸く入った新潟県。
上越ジャンクションから北陸道へ。
やった。
新潟だ。松山勘十郎さんを応援するようになってからいつか必ず訪れると思っていた約束の地へ、ついにやってきたのだ。
ここまで来るのにも高速に乗れば大渋滞をし、走っても走っても長野大迷宮は私を放してくれず、武田が上杉どっちかに呪われてやしないかと思うぐらい色々あった。
が!私は覚悟を決めていたのだ。たとえ武田騎馬隊一万人の怨霊にとり憑かれようと、女性説どころか超絶ギャル化した上杉謙信に
「テカ生理的にマヂ無理なんですケド(ワラ」
とデコりまくりのスマホ片手にエクステいぢくりながら存在ごと全否定されようと私は新潟へたどり着くつもりであったのであって、そして本当にたどり着いたのだ。
大潟(おおがた)パーキングエリアは便所と伊藤園の自販機が置かれただけのこじんまりした場所だった。車もまばら。
私はそこに静かに入り込み、持参したジャージと長袖Tシャツに着替えると後部座席を倒してごろりと横になった。
明日(いやもう今日)は田上プロレス祭。
その為に私は、今此処に居るんだ。
そう思うとワクワクして仕方が無く、約2分ほどで眠りに落ちた。
翌朝。
6時ごろ目が覚める。
さすが北陸は冷える。
というかもう寒くて起きた。
思えばタオルケットを忘れたのがマズかった。
仕方がないので昼寝用の腹掛けにと置いてあった防寒着と、小さなブランケットをかぶったがやはり寒い。
エアコンを少し入れて温まったら切って寝ようか。
そう思って次に目が覚めたら3時間経っていましたおはようございます。
新潟県は快晴。
寝起きの顔は浮腫んでいました。
身体をほぐし、身を清め、いざ出発。
此処まで来たら田上町はすぐそこだ。
北陸道を進むと、関越道と言う表示が出る。
東京から来るとここへ当たるのだろう。
ああいよいよ自分の知らない街を一人で走るんだなあ。
ここ数年、知ってる道しか走ってこなかったから新鮮で。
米山サービスエリアで見た日本海も綺麗でねえ。
ついつい朝ご飯をもりもり食べてしまったよ。
海鮮かき揚丼(またかき揚食ってるよこの人)と、番屋揚げ。
大変おいしゅうございました。
米山から三条燕インターまではすぐでした。
日本海を離れ、山がちな街へ入っていきます。
のどかな田園の向こうにうっすらと街並みが。
遠くの山には雨雲がかかっております。
三条燕インターは中々の都会。
新幹線の停まる燕三条駅には宿泊施設も色々と……ああ此処に泊まればよかったのではないかと言う脳内のミニマム長老会議を黙らせ、インターを降りて県道1号線を進む。
しばらく道なりに川沿いを走る。ぐんぐん街が遠ざかって、田んぼの中を進む。
加茂市に入ってすぐ、道路の片隅に小さな看板が立っていて
「田上町」
と書かれていた。今度こそ本当にやって来たのだ。
田上町町役場周辺で写真を撮る。
田んぼの中をまっすぐ伸びる道。田上、と言うだけあって本当に田んぼが多くて、私のふるさとよりも一つ辺りの田んぼが大きい。
そこから田上町民体育館は目と鼻の先だった。
自動車で周囲を少し走ってみる。工務店、酒屋さん、コンビニ、化学工場、色んなお店や会社があってそこはどこも変わらない事であって。
でもそのどれか一つにでも松山さんが就職なり跡を継ぐなりしていたら、今私はこうしていることは絶対ないわけで。
この9年の歳月は此処から始まっていたのだなあと思うと感無量である。
指定の駐車場には数名の警備員さんが。
みんな親切でにこやかな方々でした。
徒歩で酒屋さんに。藤次郎さん。
店先にはポスター、レジ前にはフライヤー。
新潟のお酒を買う。フライヤーを頂いてくれば良かった。
少し陽射しが暑い。
体育館までの長くのんびりした坂道をポクポク歩く。
普通の民家が立ち並ぶ静かな住宅街だ。この平和な風景の中の、古びた体育館。
丸っこい屋根、公共融資を受けたという金属板、何処にでもある体育館。
この中で今日行われるのが田神町初のプロレスで、そこにはデビュー10周年を迎える男が凱旋してきて、それを追いかけてこんなバカがやってきている。
開場前だが、すでにお客様がちらほら。バスツアーの方だろうか。
松山さんの本拠地・大阪での興行で頻繁にお見かけする面々だ。
話題は専らプロレス。着ているシャツもプロレス。なんだったら結構マニアックなものまである。
坂道の途中ですれ違った人が、なんと闘龍門Tシャツ。
どこで買ったのだろう。思わずお互いに目が合ってしまい会釈をする。
私は一人でプロレス会場に居て、いろんな人たちの話を聞いているのが好きだ。
プロレスに肯定的な話、批判的な話、思い出話、顔見知りになったレスラー・関係者との雑談などがなんとなく聞こえてくる。
たまに訂正したくなるのが困る(笑)いやいやそれはティム・ウッズだ、とか。
開場を待つ間、そんな風に他の皆さんの声に耳を傾けて過ごしておりました。
後編に続く。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ちょっと大人な物語はこちらです
神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な短編物語集です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる