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第355回。「レスラー」
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ロビン?
ランディだっての。
レスラーはレスラーでも、映画のはなし。
ミッキー・ローク主演のプロレス映画
レスラー(原題:The wrestler)
は、題材がプロレスだってだけで他の色んな分野にも置き換えて考えられることの多い名作映画だと思う。
ちょいとご紹介しますと、80年代に大人気を博したプロレスラー
ランディ“ザ・ラム”ロビンソン
という男が居て。2000年も幾分か過ぎた現在ではその人気も肉体もすっかり衰えて、スーパーマーケットのお総菜コーナーで働きながらかろうじて現役を続けていた。
顔なじみの年増のストリッパー・キャシディに会いに行くのが唯一の楽しみという過去の栄光にすがる孤独な日々だったが、伝説の名勝負・ジ・アヤトッラー戦から20周年を記念した特別試合が決定する。
これで名誉挽回、メジャー団体復帰のチャンスを意気込んでトレーニングをするランディを、心臓発作が襲う。長年の薬物使用と肉体を酷使したせいで体はとうに限界を迎えていた。
現役続行をあきらめたランディは長年疎遠だった娘と関係修復をし第二の人生を歩もうと決意する。だが結局その約束をすっぽかしてしまい娘には絶縁され、かつての自分を知る客に声をかけられて仕事もやめてしまい、現役復帰を決意する。やがてジ・アヤトッラーとの記念試合の最終局面で、再び心臓発作がランディを襲う。それを押し殺してトップロープに登り、彼の最大の必殺技「ラム・ジャム」をファンに披露するため飛び降りる…。
というお話。
かつての栄光が忘れられず、いつまでもダラダラと過ごしているランディ。
金も家も伴侶もいない。
一人住まいのトレーラーハウスの電気代だか家賃が払えずに締め出されたりしている。
薬物接種、乱れた私生活、正規雇用者でもないランディだが決して悪質な人間ではなく。
近所の子供たちにはプロレスラーとしてなつかれている模様。
トレーラーハウスの前に集まった子供に
「なんか技かけてー!」
と言われて、抱っこしながらチョークスラムのポーズを取ったりしている。
私がこの映画で最も好きな場面は、この子供たちのうちの一人とのこと。
根が優しくて子供好きのランディ。
近所の子供を見つけて、自分の持っているテレビゲームで遊ぼうと
「おーい!うちでニンテンドーやるか!?」
と声をかける。
ひとしきり遊んだ子供はすぐに飽きてしまい、ランディにこう言い放つ。
「今は、もっとすげえリアルなゲームがあるんだ」
この子供の一言にショックを受けるランディ。
彼の登場するテレビゲームはニンテンドー。つまり日本でいう初代ファミコン。
それに対して、もっとリアルなゲームがある、というセリフは、つまるところランディそのものが
時代遅れ
だと言われているようなもんなのだ。
トレーラーハウスにぽつんと置かれたニンテンドーに自分の登場するゲームソフト。
この物悲しさったらない。
一方でリング上ではアメリカのプロレス団体ROH(正式名称はRing of Honor Wrestling)が協力。本物のプロレスラーも沢山出てくる。あのレジェンド、ネクロ・ブッチャーも出ているのだ。
実は私、地元の体育館でネクロ・ブッチャー様を生観戦している。えっへん。
いやまさか、あんな神様みたいな位置に行っちゃったとはねえ。
劇中で語られるのは古き良き時代のこと。
80年代はランディも、世界も絶好調だった。
「ガンズ・アンド・ローゼズが活躍した80年代の音楽は最高だった。90年代はニルヴァーナのせいでお楽しみが台無しだった」
といったセリフがあるように、何かと80年代を思い出しては追憶に浸るランディ。
だが現実では肉体は衰え、生活は汲々とし、娘には愛想を尽かされて、人々から忘れられる恐怖と逃れられない過去の栄光に板挟みに遭い、心臓発作に見舞われても現役復帰を目指すぐらいプロレスが好きで、プロレスラーとしてしか生きられず、プロレスにすがりついているしかない。
これはプロレスとプロレスラーだけではなく、色んな分野の色んな人に言えることだろうと思う。
けど、プロレスマニアでプロレスラーになりたかった私に言わせてもらえるならば、プロレスラーにこそ言いたいことでもある。
「引き際って大事だけど、もしどうせ引くつもりなんてないのなら初めから言わないでほしい」
引退も復帰も実に軽いものになったプロレスラー。
だけど、最終的にあなたの末路がこうであっても、永遠にあなたを好きでい続ける人が何人ぐらい居てくれると思う?
引退したレスラーの復帰についてはミスター・デンジャーこと松永さんがご自身のブログで
「会場で歓迎してくれる人の倍以上の人が軽蔑している」
と書いていて、その通りだと思った。
そうしてそれは繰り返すほど減って行く。
だからまた選挙に出たりして話題を稼がないといけないわけで。
ザ・グレート・サスケ先生はこの映画を見て
「こ、これは私のことだ!」
と感銘を受けてコスチュームもランディ仕様にしたばかりか、勢い余って近所の肉まん屋さんでアルバイトを始めたり、しまいにはご自身の団体・みちのくプロレスには居場所がない、として他団体でイジけていた始末。
しかし、あのとき上半身をあらわにしたサスケ先生は見事にビルドアップしており、むしろそこから再び注目を集めて今も元気に現役続行中だ。
一方、そのライバルとして名をはせてその後たもとを分かったスペル・デルフィン選手は地元・大阪で市会議員を務めながらやはりプロレスを続けている。
プロレスと、プロレスラーである自分自身と、どのように向き合い、よい付き合いを続けていけるのか。
映画のなかのミッキー・ロークのように生死をかけて今日も飛ぶのか。
老いて衰えてからも飛び続けるのか。
そして私たちファンは、どこまでそれを望むのか。
何が正しくて、何が正解で、何が素晴らしいことなのか。
考えても考えても答えはない。
けど、そこに付け込まれるようなマニアではありたくない。
目の前で起こっているプロレスという名の現象を、出来るだけ素直に楽しみたいだけだ。
そのためにも、見ておいて損はない映画です。
ランディだっての。
レスラーはレスラーでも、映画のはなし。
ミッキー・ローク主演のプロレス映画
レスラー(原題:The wrestler)
は、題材がプロレスだってだけで他の色んな分野にも置き換えて考えられることの多い名作映画だと思う。
ちょいとご紹介しますと、80年代に大人気を博したプロレスラー
ランディ“ザ・ラム”ロビンソン
という男が居て。2000年も幾分か過ぎた現在ではその人気も肉体もすっかり衰えて、スーパーマーケットのお総菜コーナーで働きながらかろうじて現役を続けていた。
顔なじみの年増のストリッパー・キャシディに会いに行くのが唯一の楽しみという過去の栄光にすがる孤独な日々だったが、伝説の名勝負・ジ・アヤトッラー戦から20周年を記念した特別試合が決定する。
これで名誉挽回、メジャー団体復帰のチャンスを意気込んでトレーニングをするランディを、心臓発作が襲う。長年の薬物使用と肉体を酷使したせいで体はとうに限界を迎えていた。
現役続行をあきらめたランディは長年疎遠だった娘と関係修復をし第二の人生を歩もうと決意する。だが結局その約束をすっぽかしてしまい娘には絶縁され、かつての自分を知る客に声をかけられて仕事もやめてしまい、現役復帰を決意する。やがてジ・アヤトッラーとの記念試合の最終局面で、再び心臓発作がランディを襲う。それを押し殺してトップロープに登り、彼の最大の必殺技「ラム・ジャム」をファンに披露するため飛び降りる…。
というお話。
かつての栄光が忘れられず、いつまでもダラダラと過ごしているランディ。
金も家も伴侶もいない。
一人住まいのトレーラーハウスの電気代だか家賃が払えずに締め出されたりしている。
薬物接種、乱れた私生活、正規雇用者でもないランディだが決して悪質な人間ではなく。
近所の子供たちにはプロレスラーとしてなつかれている模様。
トレーラーハウスの前に集まった子供に
「なんか技かけてー!」
と言われて、抱っこしながらチョークスラムのポーズを取ったりしている。
私がこの映画で最も好きな場面は、この子供たちのうちの一人とのこと。
根が優しくて子供好きのランディ。
近所の子供を見つけて、自分の持っているテレビゲームで遊ぼうと
「おーい!うちでニンテンドーやるか!?」
と声をかける。
ひとしきり遊んだ子供はすぐに飽きてしまい、ランディにこう言い放つ。
「今は、もっとすげえリアルなゲームがあるんだ」
この子供の一言にショックを受けるランディ。
彼の登場するテレビゲームはニンテンドー。つまり日本でいう初代ファミコン。
それに対して、もっとリアルなゲームがある、というセリフは、つまるところランディそのものが
時代遅れ
だと言われているようなもんなのだ。
トレーラーハウスにぽつんと置かれたニンテンドーに自分の登場するゲームソフト。
この物悲しさったらない。
一方でリング上ではアメリカのプロレス団体ROH(正式名称はRing of Honor Wrestling)が協力。本物のプロレスラーも沢山出てくる。あのレジェンド、ネクロ・ブッチャーも出ているのだ。
実は私、地元の体育館でネクロ・ブッチャー様を生観戦している。えっへん。
いやまさか、あんな神様みたいな位置に行っちゃったとはねえ。
劇中で語られるのは古き良き時代のこと。
80年代はランディも、世界も絶好調だった。
「ガンズ・アンド・ローゼズが活躍した80年代の音楽は最高だった。90年代はニルヴァーナのせいでお楽しみが台無しだった」
といったセリフがあるように、何かと80年代を思い出しては追憶に浸るランディ。
だが現実では肉体は衰え、生活は汲々とし、娘には愛想を尽かされて、人々から忘れられる恐怖と逃れられない過去の栄光に板挟みに遭い、心臓発作に見舞われても現役復帰を目指すぐらいプロレスが好きで、プロレスラーとしてしか生きられず、プロレスにすがりついているしかない。
これはプロレスとプロレスラーだけではなく、色んな分野の色んな人に言えることだろうと思う。
けど、プロレスマニアでプロレスラーになりたかった私に言わせてもらえるならば、プロレスラーにこそ言いたいことでもある。
「引き際って大事だけど、もしどうせ引くつもりなんてないのなら初めから言わないでほしい」
引退も復帰も実に軽いものになったプロレスラー。
だけど、最終的にあなたの末路がこうであっても、永遠にあなたを好きでい続ける人が何人ぐらい居てくれると思う?
引退したレスラーの復帰についてはミスター・デンジャーこと松永さんがご自身のブログで
「会場で歓迎してくれる人の倍以上の人が軽蔑している」
と書いていて、その通りだと思った。
そうしてそれは繰り返すほど減って行く。
だからまた選挙に出たりして話題を稼がないといけないわけで。
ザ・グレート・サスケ先生はこの映画を見て
「こ、これは私のことだ!」
と感銘を受けてコスチュームもランディ仕様にしたばかりか、勢い余って近所の肉まん屋さんでアルバイトを始めたり、しまいにはご自身の団体・みちのくプロレスには居場所がない、として他団体でイジけていた始末。
しかし、あのとき上半身をあらわにしたサスケ先生は見事にビルドアップしており、むしろそこから再び注目を集めて今も元気に現役続行中だ。
一方、そのライバルとして名をはせてその後たもとを分かったスペル・デルフィン選手は地元・大阪で市会議員を務めながらやはりプロレスを続けている。
プロレスと、プロレスラーである自分自身と、どのように向き合い、よい付き合いを続けていけるのか。
映画のなかのミッキー・ロークのように生死をかけて今日も飛ぶのか。
老いて衰えてからも飛び続けるのか。
そして私たちファンは、どこまでそれを望むのか。
何が正しくて、何が正解で、何が素晴らしいことなのか。
考えても考えても答えはない。
けど、そこに付け込まれるようなマニアではありたくない。
目の前で起こっているプロレスという名の現象を、出来るだけ素直に楽しみたいだけだ。
そのためにも、見ておいて損はない映画です。
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