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第575回。ハヤシエリさんの真っ赤な地球

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久しぶりにハヤシエリさんのマンガを買いまして。
少し前に読み終わったのだけれど…自分でも殆ど読んだことのないジャンルだったのと、感想を書くのがちょっと難しかったので遅くなってしまいました。
内容は物凄く素敵で、素晴らしくて、ハヤシ節全開のエモーショナルが押し寄せてくるのだけれど、難しかった理由もその内容で。
どう書いたらいいのか自分でもまだ掴めていないということが大きかったです。
もし不適切な表現などありましたらご指摘頂ければと思います。

購入したのは全部で3冊で、すべて大阪で活動するバンドの物語。
主な登場人物を始めみんな男性で、いわゆる男性同士の恋愛作品となっている。
直接グイグイ描かれてるわけじゃないけど、きちんと致すことも致している。
ハヤシさんの描く性行為は愛情があればあるほど切なく愛しく、その逆であればあるほど物悲しくて消費されてる感覚に苛まれる。
セックスってなんなんだ、ということを両極端のベクトルで問うてくる。
今回の作品はどれも愛があり過ぎて重たすぎて、胃もたれ通り越して胃の中で生コンが固まってしまうほどの愛情を感じさせる仕上がり。

登場人物たちの明るく軽快な関西弁トークに、バンド活動、自転車移動といった日常の風景が切り取られて、そこに漂う恋心が初めはうっすらと、次第にハッキリとオーバーラップしてくる。
秘めた恋心が日常に染み出して、具現化して、いいカタチに落ち着いて存在し続ける。
小さな、小さな幸福感が二人の心を満たして、周囲と見ている読者をも幸せな気持ちにする。

「ハヤシエリ」というマンガ家さんはタチ悪い男を描かせたらピカイチで、本当に雑で女性の敵な、セックスとオナニーの区別もついてない、女性を食い物として消費したがるヤツが作品に登場することもある。そこまで極端じゃなくても、女の子から見て不意に男の背中に投げかけられる
ねえ、私ってなんなの?
なんでセックスしたいの?
という問いかけに答えられない男がいる。

セックスをするのも、セックスについて考えるのにも性別なんて関係ないと思う。だけど、どちらかの立場からどちらかのことを考えることに変わりもない。
自分が男だろうが女性だろうが全部同じなんだ。

ハヤシさんの作品で繰り返されるそうした営みは時に儚く、時に呆気なく、時に濃密で激しく、そして最後はちょっと切ない。
今回で言えば「翼よ、あれが巴里の灯だ」
で特に顕著で、片思いの二人がふとした瞬間にお互いの気持ちを知ることになったその時から物語が動き出す。そこに至るまでのバンド活動、日常があったうえでの話だと思うと凄く重く、勇気のいるひとことを不意に放ってしまう主人公と、もう一人の男。
あっけらかんとしつつも深い愛情を抱く主人公と、密かな恋心をずっと温め続けてきたもう一人の男。

スタジオがはけて、お店も全部閉まっちゃったような時間。
主人公のおうちで焼酎を取り出す。
いつも通りの風景、いつも通りの日常。
それが、いつの間にか色を変えてゆく。雰囲気の変化が見えるようなストーリー。
いつまでも一緒にいよう、どこまでも一緒にゆこう、と結ばれる二人の言葉は、そのままハヤシさんのこのバンドにかける想いそのものだし、それがこういう作品としてカタチになったのだと思いました。
横顔やタバコを吸う仕草、自転車を漕ぐところ、何気ない表情にも深い観察力と愛情を注いでいて、どのコマのキャラクターたちもみんな目が優しい。二人を見守り、ともに活動する仲間の描かれ方にも深い愛着を感じる。
ハヤシさんが、その場にいられて、彼らとともにあることを強く願っていることがひしひしと伝わって来る。この作品において最も重要なのは、そこなのかなと思う。
私はハヤシ先生を通してこのバンドを知ったし、世の中にこんな素敵な人たちが居るんだな、といつも楽しみにツイッターでその様子を垣間見ている。ただそれだけの私にでも、彼らの世界がステージも客席も包み込んだ深い愛情で結ばれていることが伝わって来る。
それをどう解釈しようが、どのように表現しようが、それをさらにどう発展させようが自由だということがどれほど素晴らしいことか。

あと素晴らしいと言えば「バニラ・メープル・ブラウンシュガー」での、タバコを吸いながらのセックス。
立ち上った煙をかき回すような動きと、攪拌された空気がまたゆっくり沈殿してくるような静かな時間。
一つ一つのそんな場面がハヤシさんの情念たっぷりの絵に乗って繰り広げられる小さな世界、小さな宇宙。
この作品の中の
「言葉がなければとてもじゃないけど、俺はこいつと向きあうことなんて出来なかった」
というフレーズ。バンドとして、表現者としての、キャラクターを通して発せられたハヤシさんの心からの一言だったと思う。彼らと向き合い続けてきたハヤシさんの。

キスミープリーズ しばくぞコラ
は、そんな彼らがさらに女体化したアンソロジーとなっている。
マンガと小説で表現されたバンド愛。
「この美しい身体の中にはピンク色の内臓が詰まっている」
すげえわかる。私も、いつだって大好きな人の事を、そんな風に想っている。
えっちだ!ハヤシさんえっちだ!!!
と激しい共感を得たことを書き添えて今回はここまで。堪能させて頂きました。
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