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第997回。松山座「田上百花繚乱」第六試合の続き。そして

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試合は座長が先発。
ここへ辿り着くまでの艱難辛苦、苦労話なんて本当に滅多にヒトに漏らさない座長が、いや勘十郎さんが、ツイッターで開始前からポツリとこぼしたのは本当にすでに感極まってしまっていたからかもしれません。
溢れ出る感情、整理のつかない心模様、抑えきれない胸の高鳴り。
そんなとき、本当にプロレスラーって良いな、と思う。プロレスラーなら、それはリングの上でぶつけて、放出して、ゴジラが最後のトドメの放射火炎をぶっ放すときのように全身から光になって輝けるから。
対戦相手は松山ポンポン選手。
かつてのコーチの前で、かつての生徒ふたり。
姿は変わったかもしれないけど、ルーツもムーヴもスピリットも変わることはなく。
身に着けた技術を、鍛え上げた肉体を、そして築き上げたパーソナリティをお客さんの前に満を持してさらけ出す。
コーナーに登って声援を集める座長。
そしてポンポン選手に交代。
「ポンポーン、って呼んでね!」
と呼びかけると、また可愛い!と声援が飛ぶ。
が、ドテっと滑り落ちて尻餅をつくポンポン選手。
そこから体勢を立て直し、手を取り足を払い素早く起き上がってまたカバー、起き上がって見栄を切る。
お客さんの前で、かつてのコーチの前で、死ぬほどやったであろう動きをキッチリ見せる。
そして早くも座長がポンポン選手の手を掴んでコーナーポストに登る。
ロープの上を歩いて渡る名人芸、名付けて眩暈坂(めまいざか)に入る。
シマ重野選手が蝶々を持ち、シーサー選手が随伴する豪華版だ。
こいつぁ故郷で縁起がいいわい!!
ポンポン選手を投げ捨てて、参ったか!と見栄を切る座長の目の前でシーサー選手が拍手喝采。

そのシーサー選手とタッチ、ポンポン選手は怨霊選手と交代。
スペル・シーサーVS怨霊!?
なんて豪華なマッチアップ。もしかすると初対決なのでは…ちょっと記憶にないけれど、陰陽のテクニシャン同士の試合はハズレなしの鉄板!
さあロックアップ。
怨霊選手の頭髪からエクトプラズムがモワァ~~~…!
むせる。
リングの選手、そして客席もみんなしてゲッホゲッホ。セコンドのめぃりぃ選手は座長の投げた扇子でパタパタ。
ちなみに私の隣の女性はいつまでもしつこくブツブツ言っていた。よっぽどお気に召さなかったと見える。

気を取り直して素早い攻防。
怨霊選手の、この切り替えの早さとギャップがまた素敵。
スペル・シーサー選手もピッタリくっついて怨霊選手を逃がさない。
いいもん見た!と言ったところで三度交代。
シマ重野選手とビッグ・THE・良寛選手の新潟対決に。ガッチリとロックアップ。エースと力自慢、重厚な攻防はロメロスペシャルの掛け合いに。
そこに怨霊選手とシーサー選手も飛び込んできてダブル。
と、そこにポンポン選手と座長もやってきてトリプル…!?
シマ重野選手とシーサー選手のロメロスペシャルは綺麗に決まったものの、座長のロメロスペシャルなんて見たことないぞ…まさか、やらなかっただけで出来たのか!?教わってても全然不思議はないし、能ある鷹は爪を隠すって言うしな…
と、アッサリ諦めた座長
「はい、シャッターチャーーンス!」
とど真ん中でポーズ。
ここから試合は荒れ模様に。シマ重野選手が捕まってチョップや怨霊選手のフットスタンプを浴びる。珍しくパワーを誇示するポーズまで見せてノリノリの怨霊選手。顔色が悪いので表情までは伺えないが、なんだか楽しそうだ。
さらにポンポン選手と怨霊選手の二人を相手に今度はシーサー選手が二人まとめての関節技を披露。マエストロならではの名人技に拍手喝采。
見るたびにルチャリブレ愛好家の私でも生で見るのは初めてな技が沢山出てくる。
そのままポンポン選手とシーサー選手の勝負に。かつてのコーチを軽々と持ち上げてのサイドバスターで攻め立てるも、ここで座長が得意のハリセン攻撃!
実は二つのハリセンを重ねてひっぱたくので音も凄いがものすごい痛いのだ。
スパーン!
という乾いた炸裂音が田上町民体育館に鳴り響く。
さあ恒例のハリセンタイムだ。ハリセンで真剣白刃取りを試みるも悉く失敗。
ついに怨霊選手がハリセンを手に。
…なんだこの絵面は!?
凄いものを見てしまった。
そして案の定滅多打ちに遭う座長。
さらに背後に忍び寄るポンポン選手の手には得意の陰陽盤が。これは金属製の丸い板に陰陽模様が刻まれたもので、どう使うかというとコレで座長の頭を
パッカーン!
と一撃。さらに仰向けに倒れた座長のお腹に、怨霊選手をおんぶしたポンポン選手がドスン!
あっコレ背後霊だ。
手を合わせてハイ、ポーズ。背後霊、もとい怨霊選手もハイ、ポーズ。
思わぬツーショットからのフォールはシーサー選手がカット。そのまま場外にもつれこみシマ重野選手が見事なノータッチ・トペ・コンヒーロ。
リングの外に向かって、一番上のロープのさらに上を飛び込み前転で飛び超えて場外にいる選手にブチ当たる捨て身の空中殺法を見事に炸裂させて見せた。
すると座長も黙っていない。お得意の矢のようなトペ・スイシーダ。
これは1番上と真ん中のロープの間を真っすぐに通り抜けて体当たりをブチかますコレまた捨て身の空中殺法。
混沌としたまま試合はリング上へ。怨霊選手のパウダー攻撃がポンポン選手に誤爆、さらに陰陽盤を自爆させ、シマ重野選手がミサイルキックで弱らせて
「座長!」
とアシスト。そして座長が得意技である陣太鼓を炸裂させピンフォール。

ここに松山勘十郎座長の十五周年を祝う公演における全演目が終了した。
休む間もなくマイクを掴む座長。
出てくる言葉はすべて、お客さん、関係者、選手、故郷、沢山の人々への謝辞だった。何よりも、自分のお祝いの試合であっても、一人としてお礼を言い逃したくない、誰に何度お礼をしても足りない、そんな気持ちが伝わってくる挨拶でした。
そして
新潟で生まれ、大阪で活動する松山勘十郎というプロレスラーを、覚えていてください!
と。

終演後の座長は晴れやかな表情でした。
記念撮影を終え、リングを降りた座長は会場出入口付近の物販コーナーに座ってお見送りと最後のサイン、ファンサービスに精を出す。
最後の最後の最後まで、楽しんでってちょうだい!
の言葉に嘘はない。松山勘十郎は、松山勘十郎を全うする。どんな一日であっても。
そんな先輩に帰りのあいさつをして、ぎゅっと握手をして体育館を出る。
ぽっかりと月が出ていて暗い坂道をおりて羽生田駅を目指す。
前回はみんなが帰るまで残ってて、校長のタクシーを見送ったんだったな…その時に校長から
「また、プロレスやれよ!」
と言っていただけたけど、結局僕は今もこうしてフツーに会社員をしながら、物書きとして作品を残すべく文章を書いている。
だけど5年前と今で明らかに違うのは、そんな誰しも送るそれぞれの
フツー
が、何にも代えがたい闘いの日々だということを、若干後ろ向きではあったものの噛み砕いて、自分なりに飲み込んでいられることだ。
プロレスラーになれず、バンドも続かず、空虚な思いだけが胸の中に渦巻いて脳まで浮腫んで心が折れかかってた頃もあった。
人生の終わりを意識したこともあった。
だけど三十歳を超えて、新しい遊び方や過ごし方、新しい仕事のことを考えるようにもなった。
年に数度の座長の試合が見たくて、そこでかつての先輩にもまた会えるのが楽しみで、それで生きながらえてる間に何かをウッカリ乗り越えた。
そんな感じも確かにする。それだけじゃないにしろ、10割あるうちの結構な割合がプロレスで助けられた。プロレスで生かされた。そんな言い方は私にとっては、決して大袈裟な話ではない。
生きてまた田上町にも来れた。
次にまたあの坂道を登るのは、何年後かな。
5年前とは生活も、友達も、仕事も変わった。
だけど、松山勘十郎座長は松山勘十郎座長であり続けてくれていた。

みんなの人気者であり、私の大好きな先輩のままだ。
この人が先輩だったから、この人と同じ部屋だったから、私は今でもプロレスが好きだと胸を張って言える。
プロレスが大好きで、松山勘十郎が大好きだと言える。
覚えておけと言われたって忘れる方が難しいや。
そんなことを考えて羽生田駅に着いて、電車を待っていた。

すぐあとに、大きな荷物の女性がやってきて私の三つくらい左のベンチに腰掛けた。電車はしばらく来ない。
その間に、また二人の大柄な男性が荷物を引いてやってきた。
「おおー!」
男性が女性に声をかけた。
葛西純選手だった。て、ことはあとの男性と女性は…

まさかこの3人と信越本線で長岡駅を目指すことになるとは。
真っ暗な田園地帯をガタゴト進む小さな鈍行列車。
周囲には地元の学生さんやアジア系の乗客もいるが、何しろすぐ隣にはプロレスラーが座っている。
じっと固まって、緊張しているしかなかった。レールの上を走るゴトンゴトトンという車輪の音だけが脳裏に強く残っている。
後にも先にも、こんな経験はなかなか出来ないだろう。
最後にとんだボーナストラックを頂いて、
僕の田上百花繚乱プロレス観戦記を終わります。

最後まで全部読んでくれたかた、
とりあえず何だこりゃ?と思って見てくれたかた、
写真につられてアクセスしてくれたかた、
そして何より松山勘十郎座長。
ありがとうございました。
次は大阪、11月10日松山流女子祭典でお会いできるのを楽しみにしております。
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