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補助輪のついた脳味噌が
向こうからひとりでにやってくる
まわるパトランプ
無人のフォークリフト
響くビーコン
正午
予鈴のメロディ
だけども戻ってくる者など、とっくにいなくなった。無人の工場、巨大なベルトコンベア、長い長い廊下、高い高い天井。窓から差し込むうっすら黄色い光が立ち込める埃と少し喉にヒリつく煙を四角く照らす。
ここが何処かわからない。なんの工場かもわからない。遠くて近い場所にある、機械仕掛けの人工心臓。脈打つ合成ビニールのパイプの中を轟々と流れる何かの溶液。金属製の制御盤に丸っこいボタンが幾つかある。赤、緑、黒のボタンの周りを合金のカバーが丸く覆っているあのボタン。押すとカシュっと心地よい音がするあのボタン。ボタンを押すだけ。誰かの都合で。ボタンを押すだけ。お前の都合で。ボタンを押すだけ。そんな生活が延々続く。延々続く。延々と。そして家に帰る。大渋滞の田舎道を、赤いテールランプと排気ガスの田舎道を。イラついた車の列の中、僕を追い越していく車の群のなかに埋もれて田舎道を。
君は溜め息
僕は舌打ち
夢にまでみた幸せは
裸で泣いてる真っ赤だよ
幾ら殴っても消えなくて
お酒も薬も足りないよ
カルテに名前が増えてゆく
病気の名前が増えてゆく
夢にまでみた幸せは
幾ら眠っても覚めなくて
頼んでもいねえのにノコノコとヒリ出されて来やがって、てめえのせいでどれだけ金使ってると思ってやがる。お前らが首尾よくくたばりゃこっちが儲かるものを高い金払って食わせて何が幸せだ!!ふざけやがって、ふざけやがって、
ふざけやがって!!
巣。
我が家の古い車庫に何かの巣が出来た。古い車庫というよりこれは旧家屋でその昔はオートバイショップだったのをぶち抜いて車庫として使ってもう長い。築五十年は軽く超えているだろう。先日、遂に取り壊して建て直すことが決まった。祖母の遺産が相続出来たので、そのお金を使うのだ。だからもう余程の事がなければそのままでも構わない。そう思っていた矢先の、巣だった。
入って一番奥の天井の角んとこに盛られた土の塊、乾いた黄土色をしていて丸く袋状になっていて、手前のところにぽっかりと穴が開いている。中の様子は見えないし何かが出入りしている様子もなさそうだ。脚立を出してのぞき込もうかと思ったがそんな度胸もない。ただ日に日に大きくなってゆくその土の塊を毎日、朝と夕方見るのが楽しみになっていた。壁に、天井に、じわじわと大きさを増して広がってゆく土くれ。入口の穴もそれに伴って拡がっているようだ。
早朝、会社に向かう。いつもなら五時ごろに何度も目覚ましを止めながら起きて、寝ているうちから疲れた顔をしている三十路も半ばの妻と五歳になる無邪気な娘の寝顔を見て舌打ちをひとつするだけだったのが、車庫の土くれをしげしげ見て、なんだったら多少ワクワクしながら会社に向かうようになった。仕事は退屈極まりなく、理不尽で非効率的で、そのうえ安月給と来ている。生活水準は限界を少し上回るほどの程度の低さで、無論のこと娘など望んで授かったわけではない。若かったとはいえ優しさや責任と、命を一つ諦めることの区別がついていなかっただけだ。モタモタしていると大渋滞に巻き込まれ、すり抜けて信号待ちで割り込むバイクや、お前があと五分早く家を出ろよ! と言いたくなるほど煽ってくる他人の車に気分を害される。毎朝、考えることはそのくらいだ。かといって自分も邪魔なところで停車して眠そうな派遣労働者を乗せるマイクロバスや、混んでて曲がれないのに右折で抜け道から出ようとしてくる奴ら、同じく混んでて後ろがつっかえているのにコンビニに入ろうとする奴には道なんか譲りたくもないし、割り込まれたら心底嫌そうな顔をする。
昨日から降り続いてる豪雨
火曜日。早朝。憂鬱にエンジンとタイヤを四つ付けたような気分で会社に向かう田舎道。真っ黒な雲にうっすらと光が透けて、ぼんやりした景色が土砂降りの向こうに浮かんでいる。畑から道路まで溢れ出す泥水が坂道を流れて赤茶色の帯を描いている。ミニサイズの濁流のなかで時折ごぼり、ぼこり、とあぶくが浮かぶのは排水溝が詰まっているからだろうか。
毛虫が歩いている。
薄緑色の床に真っすぐ描かれた青いラインの上を、深緑色の毛虫が体を伸びたり縮めたりしながら音もなく歩く。縮む、伸びる、縮む、伸びる、縮む、伸びる……時折ふと周りを見渡りたり、じっと立ち止まったりもする。赤い複眼ひとつひとつに一体どんな映像を浮かべているのか。無人の巨大工場を歩き続ける小さな毛虫。轟音を立てて回る機械。すぐ際を通り過ぎる自動制御のフォークリフト。もちろん積み荷なんてありゃしない。停める者が居なくなっただけの産業機械が今でも規則的な動作を繰り返している。延々と。時折ふと立ち止まることもなく、何かを捉えて浮かべる目玉もなく。ヘッドライトの光とキンコンキンコーンと鳴る作動音だけを残して走り去ってゆくタイヤの下に、内臓や黄緑色の汁をぶちぶちとはみ出させた毛虫の残骸がひとつ。
向こうからひとりでにやってくる
まわるパトランプ
無人のフォークリフト
響くビーコン
正午
予鈴のメロディ
だけども戻ってくる者など、とっくにいなくなった。無人の工場、巨大なベルトコンベア、長い長い廊下、高い高い天井。窓から差し込むうっすら黄色い光が立ち込める埃と少し喉にヒリつく煙を四角く照らす。
ここが何処かわからない。なんの工場かもわからない。遠くて近い場所にある、機械仕掛けの人工心臓。脈打つ合成ビニールのパイプの中を轟々と流れる何かの溶液。金属製の制御盤に丸っこいボタンが幾つかある。赤、緑、黒のボタンの周りを合金のカバーが丸く覆っているあのボタン。押すとカシュっと心地よい音がするあのボタン。ボタンを押すだけ。誰かの都合で。ボタンを押すだけ。お前の都合で。ボタンを押すだけ。そんな生活が延々続く。延々続く。延々と。そして家に帰る。大渋滞の田舎道を、赤いテールランプと排気ガスの田舎道を。イラついた車の列の中、僕を追い越していく車の群のなかに埋もれて田舎道を。
君は溜め息
僕は舌打ち
夢にまでみた幸せは
裸で泣いてる真っ赤だよ
幾ら殴っても消えなくて
お酒も薬も足りないよ
カルテに名前が増えてゆく
病気の名前が増えてゆく
夢にまでみた幸せは
幾ら眠っても覚めなくて
頼んでもいねえのにノコノコとヒリ出されて来やがって、てめえのせいでどれだけ金使ってると思ってやがる。お前らが首尾よくくたばりゃこっちが儲かるものを高い金払って食わせて何が幸せだ!!ふざけやがって、ふざけやがって、
ふざけやがって!!
巣。
我が家の古い車庫に何かの巣が出来た。古い車庫というよりこれは旧家屋でその昔はオートバイショップだったのをぶち抜いて車庫として使ってもう長い。築五十年は軽く超えているだろう。先日、遂に取り壊して建て直すことが決まった。祖母の遺産が相続出来たので、そのお金を使うのだ。だからもう余程の事がなければそのままでも構わない。そう思っていた矢先の、巣だった。
入って一番奥の天井の角んとこに盛られた土の塊、乾いた黄土色をしていて丸く袋状になっていて、手前のところにぽっかりと穴が開いている。中の様子は見えないし何かが出入りしている様子もなさそうだ。脚立を出してのぞき込もうかと思ったがそんな度胸もない。ただ日に日に大きくなってゆくその土の塊を毎日、朝と夕方見るのが楽しみになっていた。壁に、天井に、じわじわと大きさを増して広がってゆく土くれ。入口の穴もそれに伴って拡がっているようだ。
早朝、会社に向かう。いつもなら五時ごろに何度も目覚ましを止めながら起きて、寝ているうちから疲れた顔をしている三十路も半ばの妻と五歳になる無邪気な娘の寝顔を見て舌打ちをひとつするだけだったのが、車庫の土くれをしげしげ見て、なんだったら多少ワクワクしながら会社に向かうようになった。仕事は退屈極まりなく、理不尽で非効率的で、そのうえ安月給と来ている。生活水準は限界を少し上回るほどの程度の低さで、無論のこと娘など望んで授かったわけではない。若かったとはいえ優しさや責任と、命を一つ諦めることの区別がついていなかっただけだ。モタモタしていると大渋滞に巻き込まれ、すり抜けて信号待ちで割り込むバイクや、お前があと五分早く家を出ろよ! と言いたくなるほど煽ってくる他人の車に気分を害される。毎朝、考えることはそのくらいだ。かといって自分も邪魔なところで停車して眠そうな派遣労働者を乗せるマイクロバスや、混んでて曲がれないのに右折で抜け道から出ようとしてくる奴ら、同じく混んでて後ろがつっかえているのにコンビニに入ろうとする奴には道なんか譲りたくもないし、割り込まれたら心底嫌そうな顔をする。
昨日から降り続いてる豪雨
火曜日。早朝。憂鬱にエンジンとタイヤを四つ付けたような気分で会社に向かう田舎道。真っ黒な雲にうっすらと光が透けて、ぼんやりした景色が土砂降りの向こうに浮かんでいる。畑から道路まで溢れ出す泥水が坂道を流れて赤茶色の帯を描いている。ミニサイズの濁流のなかで時折ごぼり、ぼこり、とあぶくが浮かぶのは排水溝が詰まっているからだろうか。
毛虫が歩いている。
薄緑色の床に真っすぐ描かれた青いラインの上を、深緑色の毛虫が体を伸びたり縮めたりしながら音もなく歩く。縮む、伸びる、縮む、伸びる、縮む、伸びる……時折ふと周りを見渡りたり、じっと立ち止まったりもする。赤い複眼ひとつひとつに一体どんな映像を浮かべているのか。無人の巨大工場を歩き続ける小さな毛虫。轟音を立てて回る機械。すぐ際を通り過ぎる自動制御のフォークリフト。もちろん積み荷なんてありゃしない。停める者が居なくなっただけの産業機械が今でも規則的な動作を繰り返している。延々と。時折ふと立ち止まることもなく、何かを捉えて浮かべる目玉もなく。ヘッドライトの光とキンコンキンコーンと鳴る作動音だけを残して走り去ってゆくタイヤの下に、内臓や黄緑色の汁をぶちぶちとはみ出させた毛虫の残骸がひとつ。
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