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【第25話】ラストコール
しおりを挟むその時、
ゴゴゴゴゴゴ………………!
大地を引き裂くような轟音と振動が、コンクリート造の柱に響き渡る。放送用スピーカーの街灯が軋み、音を立てて揺れ動く。
「なによこれ! まさか!」
重力が傾く。あちこちから悲鳴が聴こえ、シエリは思わず辺りを見回した。恐怖の顔で慌てふためく市民たちが見える。
〝♪~〟
東京全域への一斉放送。耳慣れた、カルーセル風の優しいアンサンブル音が、終末の街を鎮めた。
そして、割れた空気を縫うように、重く澄んだ声が放たれる。
『さあ、ラストコールだ!!』
女王レギーナの声。
人々の足が止まり、ざわめきが凍りつく。
誰もが息を呑み、次の言葉を待った。
『私に背く者であっても、どうかこれから告げる言葉をしっかりと受け止めてほしい。
地球は今、新しい時代へ移ろうとしている。
この五年間、遠心力は地球の外側へ働いていた。しかし今、それは次第に弱まり、本来の重力が力をとり戻そうとしている。
このまま行けば数時間後、おそらく空を覆う水の膜はその形を維持できず、遠心力の少ない極地方から大雨となって落ち始める。
時間差で他の地域でも局所的な大滝が出現するだろう。大量の水が一気に落下すれば、空気との衝突で巨大な嵐、暴風雨が起こることは避けられない。
最後には地球全域に雨雲を作り、世界規模の終末的大豪雨になる可能性が高い。数週間続いたノアの洪水のようにな。
地形も文明も崩壊級の天災だ』
群衆のざわつきが再び広がり、誰かの悲鳴が上がる。しかしレギーナの言葉は揺るがず、毅然と続いた。
『私はこの日のために備えてきた。東京メトロ全域の天井線路を補強し、各駅の騎士たちに市民全員分の改造型ペンデュラムを配布してある。
説明している暇はない! 迷わずそれを使え! 目的地は〝アーク〟だ。急げ!!』
その声は真っ直ぐと放たれ、決して震えることはなかった。そして、レギーナのラストコールは次の一言で閉ざされる。
『私の愛する劫火の騎士たちよ。市民を、我が家族を……命をかけてどうか守ってくれ。以上だ』
放送が途切れた瞬間、再び大地が大きく揺れる。メトロジェイル全域の劫火の騎士たちは身を挺し、素早く誘導を始めた。
アーク内部では、その巨大なドームを揺るがすほどの悲鳴と怒号の中、市民の胸に鋭く突き刺さるひとつの〝叫び〟があった。
「騙されるな!!」
群衆の視線が、一人の男に集まる。
「俺は見たんだ! あっちの古びた看板に首都圏外郭放水路って書いてあったんだ!
ここはな、首都圏を守るための〝水を貯め込む施設〟なんだよ!
つまりだ、津波の水は全部ここに流れ込む!
女王は俺たちを集めて皆殺しにするつもりなんだ! ここで全員溺れ死ぬぞ!」
その声が引き金となり、瞬く間に不安が波のように広がる。
「やっぱり罠か!」
「反乱を起こした俺たちに制裁を加える気だ!」
「殺される!」
絶望の声が連鎖し、群衆は押し合い、泣き叫び、出口へと殺到していく。
老人が倒れ、子供の泣き声が響く。
「ちがう……」
シエリの震える声が、放送デスクのマイクの前で漏れた。
彼女は円花の横で必死にデータを打ち込む。Enterを押すと、画面には〝Noah's Ark〟と表示された。
ハッキングの焦燥の奥、彼女の頭の中でレギーナの言葉やミナトの言葉、たくさんの情報が何度もひしめき合っていた。そして、ついにひとつの答えを導いた。
マイクを掴む。
言葉を選ぶ余裕なんてない。
心から沸き上がる声を、シエリはただ叫んだ。
「ちがうの!」
キィイイーーン!
突然の声量にハウリングする中、シエリの演説が始まる。
「私たちは女王の命で、ここアーク全体の補強をしてきた! それと食糧を集めたり、メトロのレールを補強したり……それは全部、
私たち市民を守るためだったの!
ここ〝アーク〟に洪水は来ないわ!
ノアの方舟のことをNoah's Arkって言うの。〝アーク〟は方舟のことなの。女王は全部知っててここを準備していたのよ!」
一瞬、市民たちの足が止まる。シエリはマイクを握りしめ、さらに続けた。
「みんな、聞いて……私は女王に、……大好きな人を殺された……」
市民たちは街灯スピーカーに顔を向けた。シエリの声が、静まり返ったアークを包み込む。
「……私の大好きなあの人は言ってたの。人ひとりの笑顔が、世界をほんの少しマシにするって。
そして私に笑ってくれた。私を笑わせてくれた。……私はもう……喪いたくないの。何も喪いたくない。みんなにも、喪って欲しくない。
……嘘を嫌う女王が、みんなを騙すようなことしないわ! 信じて……! お願い……。どうか、私を信じて!」
シエリの叫びが、恐怖で硬直していた人々の心に熱い鼓動を呼び戻していく。
そんな中、市民たちの新たな呟きが聞こえた。
「女王は、正義の塊だ」
「そうよ、女王が嘘をつくなんてこと……」
そこへ、一際大きな声が響き、群衆の不安を一転させた。
「おい、この声、酒場のシェリーだぞ!」
「そうだ、シェリーさんだ!」
「俺は昔からシェリーのファンなんだ。シェリーを信じるぞ!」
俺も私もと、すすり泣きが混じり、押し合う力が弱まり、次第に人の波が落ち着きを取り戻していく。
信頼と涙が混ざり合い、争いをやめた手が、迷子の子供を抱き上げる。倒れた老人を助け、泣き笑う顔が誰かの笑顔を呼ぶ。
隣り合う人々が互いに肩を貸し、宥め合い、寄り添うことで絆が生まれていく。
――それは、レギーナが夢見ていた〝家族〟の形だった。
地面に置いてあった滑車がゆっくりとひとりでに転がった。地面の傾きが増している。
アーク入り口の混雑は徐々に減り、騎士たちが入り口の門を開けた。
そしてアークはついに、全市民の受け入れ体制を整えた。
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